【EP.5】好きこそものの上手なれ
「では、馬車が襲われたのも、魔物を使って聖女様をさらったのも、全部この方の仕業ということですか?」
一連の説教を終え、いくらか落ち着いたマリナとクラレンス殿下の話を聞き、総括したのがさっきの発言だった。
手ごろな大きさの岩にそれぞれ座り、魔力による照明器具やエレキテルシープを囲んで話し合っている。なお、事件の元凶であるグロリアは唯一地面に座り込んでぶすくれていた。
クラレンス殿下が語るには――
彼女はグロリア・グノー。王家に仕えるグノー侯爵家の娘二人の片方。社交界では二人の娘はどちらも才女と名高いらしく、その知性や魔術の腕は周りも目を見張るものだった。
……それが正しい方向に向いている間は。
「あれはもう三年前だったか」
そう前置きして、殿下は当時を振り返る。
「グノー侯爵家は僕たち王家との繋がりを強固にするため、長女であるヘンリエッタと僕の次兄エッセルの婚姻を提案してきたんだ」
「こちらのグロリア……さんではなく、お姉さんの方が、ですか?」
殿下は首肯する。
「まぁ、そちらはいろいろあって白紙になったのだが、そのときに見知ったグノー家次女が……その、言いづらいのだが」
視線が宙をさまよう。必死に言葉を探しているようだ。
「僕を……あー、たいへん好意的に捉えたようで」
「惚れられたのね」
脚を組み替えながらマリナがストレートにまとめた。
クラレンス殿下は顔を青くし、反対にグロリアは顔を赤く染める。
「あーら、品のない言い方。お慕い申し上げてる、と言い換えて。うふっ」
恥ずかしがりつつもどこか嬉しそうに、頬に手を当てる金髪の少女。
「――続けてください」
「このグノー家次女は、好意が行き過ぎるあまり……僕の周りの使用人たちに呪術を仕掛けたり、占星術で僕や身内の位置を特定しようとしたり、料理人を洗脳し食事に怪しい薬を仕込もうとしたり、窓から手紙を結びつけた小型の魔物を侵入させたり――」
「だ、大丈夫です、もういいですよ殿下ッ」
記憶がよみがえったのか、徐々に生気が無くなるクラレンス殿下を宥める。
「……仮にも王子様相手にそこまでして、大丈夫なの?」
グロリアを横目に聖女様が尋ねた。
「当然――大丈夫ではなかった」
殿下が言うには、当時それはもう大きな雷が、彼女の実父から落とされたそうだ。侯爵は自らの首を掻っ切らんばかりの勢いで国王に謝罪し、国王側も昔から懇意にしている相手でもあったため、王都から離れた地で暮らすことを処罰とし、騒動は終わった。
「――けど、真の愛に距離なんて関係ないでしょ」
胸を張るグロリア。一睨みでひるませる聖女。
マリナに尋ねる。
「それで、聖女様はあのあとどうなさったのですか?」
「目が覚めたら牢屋みたいなところにいてね。困惑してると、そっちの娘さんが来て、あたしの顔を見て『違う!』って叫んで……勝手に連れてきて勝手に失望してるのが腹立って牢屋ぶち破ったわ」
少し前に聞いた爆発音の正体が判明した。
「な、なるほど。でも『違う』とはどういう……?」
「本来の目的はフェリシエお嬢さんだったみたいよ」
「フェリシエ嬢を? それなのに、なぜ聖女様がさらわれたんですか?」
沸き上がる疑問を口にすると、グロリアが抗議の声を上げる。
「紛らわしい格好してるのが悪いんでしょ! アタシは聖女『じゃない方』を連れてこいって命令したのに、なんでこっちが来るの!」
「――あっ、そういうことですか」
フェリシエの姿を思い出して合点が入った。
歴代の聖女をモチーフとした衣服を身に付けたフェリシエ。動きやすい黒服のマリナ。まったく知らない人が、彼女たちのどちらが聖女かと問われれば、どうしても前者に傾くだろう。ましてや、人の身分けを苦手とする魔物の判断ではなおさら無理もない。
「で? なんでフェリシエお嬢さんを狙ったのかしら?」
身を傾けてグロリアを覗き込みながら問い質す。
バッ、と顔を上げ、激昂しながら少女は口を開いた。
「だって! あの女、ひと月前からクラレンス様にべたべたべたべたと、医者の娘だかなんだか知らないけどロクな地位もない平民のくせにしゃしゃり出てきて! ほんっとうざったい!」
甲高い声が洞穴内に響き渡る。
少しして、殿下がなにかに気付いた。
「……ま、待て。三年前に辺境領へ追放されたお前が、なぜ最近の僕の動向を知っている?」
言葉の端が震えるクラレンス殿下。
どんな状態でも声を掛けられると嬉しいのか、彼女は顔を赤らめる。
「だって、大切な人のことは少しでも多く知りたいじゃない、ねっ」
「僕が知りたいのは手段だ。いや、知りたくないが……知らなくてはいけないから」
覚悟を決めた男の顔をしていた。
グロリアは飄々と答える。
「魔物を使役して監視していたけど、それがなにか?」
「それがなにか、じゃない!」
耐え切れなくなったクラレンス殿下が声を荒げる。
「あの事件以来、僕たちには近寄らないよう厳重に言われていただろう! そもそもお前はなんでここにいるんだ?」
「なんでって、ドブ臭い泥棒猫から殿下を守るために決まってるじゃない」
「そんな理由で魔物に馬車を襲わせたのか?」
「あんな女とその親なんて、いなくなった方がいいじゃない!」
「人の命だぞっ!」
殿下の怒声が岩壁を走る。
本気で怒られていると気付いたグロリアが、下を向いて唇を噛んだ。
「…………なによ、アタシはただ、あなたへの愛を証明するために、不要な雑音は消してあげようとしたのに、なんでアタシの愛をわかってくれないの?」
「愛、愛って。それですべてが許されるとでも思っているのか!」
殿下は語気荒く告げる。マリナが力強く頷いた。
ひりつく空気が、湿った洞窟内に漂う。
そのとき、鎧を鳴らしながら騎士の一人が駆け寄ってきた。
「殿下!」
「どうした?」
「付近の見回りを行っていましたが、枝分かれした道の一つからオオカミの鳴き声が反響し……近付いてきています」
私たちに緊張が走った。
マリナに目を向けると、錫杖を片手に立ち上がる。
「――ふ、うふふ」
不敵な笑い。
グロリアが俯いたまま肩を震わせる。
「あの獣どもが帰ってきたみたいね。殿下以外は邪魔だから、ここでサヨナラよ」
言うや否や、唸り声を上げながら、あたりの暗がりから数体のホラアナオオカミが現れる。
「な……いつの間に!」
殿下が腰の剣に手を添え一歩下がる。
その隙に一同から離れ、細道のひとつに逃げ去るグロリア。それを視界の端に捉えながら、鞄の中の巻物に手を触れる。
「ホラアナオオカミは時間稼ぎですね」
「ねぇアシュレイ。もしかして、あの娘も召喚士なの?」
錫杖を足元の岩に突く。
「召喚術の心得はあるみたいですね。ですが――」
言い終わる前に、オオカミたちが襲い掛かってきた。
「ああもう!」
マリナが手の銀色を振るう。数頭の獣が空間の狭間に消し飛ばされた。
「聖女様、グロリアさんはどうしましょう?」
「あんな地雷娘、野放しにしたら大変なことになるわよ。そうでしょ、王子様?」
「ああ!」
出会ってから一番大きな声だった。
殿下と騎士たちも剣を抜いて、牙と敵意をむき出しの相手に応戦する。
グロリアが逃げた方向はわかっている。だけどホラアナオオカミが行く手を阻む。
「彼らは本来、こんな真正面から敵と戦うことなんてないのに……」
「召喚士?」
そばにいた殿下が私の呟きを聞きとめた。
怒りのような、悲しみのような、複雑な感情が渦巻く。小さな炎が胸の奥で燃えているようだ。
『めぇ~……』
エレキテルシープが足元にすり寄る。不安を表す鳴き声。
「きみ、頑張れる?」
『めっ』
のんびりとした羊の瞳が、キリッと引き締まった。
「みなさん、グロリアさんを追いかけましょう!」
「し、しかしオオカミは?」
「エレキテルシープはごく短時間ですが強く発光できます。それを目くらましにします」
こちらの思惑を理解して、周りの人たちが頷いた。
オオカミたちの隙をついて、一斉に横穴へ走り出す。当然追いかけてくる獣たち。
そこに――
『めぇぇぇぇ!』
羊が一鳴き。目蓋越しにもわかる強い光が辺りを満たす。
私たちは岩の隙間へなだれ込んだ。
少し目がちかちかする……
閃光の直撃を受けたオオカミは、こちらを見失ったらしく追いかけてこない。
「ね、ねえ、あの羊は大丈夫なのか?」
前進しながらも、殿下は背後を気にしている。
「力を使い果たしたら還るので大丈夫です」
「そうなのか……」
一応は納得したみたいだった。
「ところで聖女様の持ってるそれは?」
「借りた」
マリナの片手には魔力で灯るカンテラ。どさくさに紛れて持ってきたらしい。
小さな光を目印に、壁に手を添えながら早足で進む。
――しばらくして。
出口の光が見えた。
地面が岩から土に変わる。息がしやすくなった気がした。
背後には崖と、今自分たちが出てきた暗い隙間。周りは森の中らしく、頭上は緑に覆われていた。薄暗いはずだが、暗闇に慣れた目にはちょうどよかった。
「あっちよ!」
《巧導羅針盤》の針の先を示すマリナ。
獣道をかき分け、先へ進む。
森が――開けた。
崖だ。
眼下には轟音と共に流れる清流。ざあざあと水の音が耳に入る。
崖の際には人影――金色の髪に薄手のドレスの少女。
「ああもう、あの役立たずどもめ!」
地団駄を踏んで、オオカミに向けた悪態を吐く。
良家の御令嬢という立場はもうかなぐり捨てている。
一歩、クラレンス殿下が歩み出る。
「これ以上グノー家に泥を塗るようなことはやめろ。不問とはいかないまでも、まだ大きな被害もない今なら――」
「愛してくれもしないのに優しくしないでッ!」
彼の説得を悲鳴のような声がかき消す。
「なんで、アタシはこんなに愛してるのに、あなたは違う女を見てるの!? アタシ以外を見るなんて許せない!」
「はぁ……まったく、自分の都合ばかり押し付けるんじゃない!」
苦悩の表情のまま、殿下は頭を抱える。
ふと、横に佇む聖女がずいぶんと落ち着き払っているのに気付いた。
「聖女様はもう怒ってないんですか?」
「直接的な被害者が一番怒っているのだから、これ以上部外者は口出しできないわよ」
腕を組んで静観の構え。錫杖は小脇に抱えている。
言い合う二人。しかしどこまでも話は平行線だったようで――
「……もういい。あの女がいるから全部悪いのよ」
グロリアの声が深く、静かなものになる。
「――! 様子がおかしいわ」
異変に勘付いたマリナが、殿下を引っ張って数歩離れた。
「クラレンス殿下以外はいらない。あの女も、聖女も、その他全部全部、アタシの邪魔をするものは全部――いらない!」
グロリアが右手を上げる。
瞬間、彼女の前に影が表れた。
「シャドーです!」
「アレね、あたしをここに連れてきたのは」
正面に佇む黒い人影。輪郭のぼやけたそれが、異様な速さで向かってきた。
銀色の錫杖が空を切る。空間にヒビが入る――が、影は自身を転移させ、衝撃を避けた。
こちらに近付くシャドーを、マリナが牽制し続ける。
「召喚士、全然攻撃が当たらないが大丈夫なのか!?」
影の動きを目で追うので精一杯の殿下が不安を示す。騎士たちも周囲に神経を配る。
「大丈夫です……聖女様、私に手があります。あと少しそのままで」
「わかったわ」
場を抑えてもらい、その間に巻物を一つ取り出し、そこに描かれている召喚紋を一部書き換える。
本来はある魔物を召喚するためのもの。それと近い種を呼ぶために修正を加える。旅の道中で呼ぶ想定は皆無だった――あの子を。
「さっさと倒しなさいよ! なんのために高い金払って召喚紋を書き出してもらったと思ってんの!」
喚く少女。
なるほど、召喚術を使えるのに召喚する魔物の知識が不足気味なのはそういうことか。
修正が終わった。
「みなさん、後ろに退いて!」
マリナと殿下がすぐに下がる。
同時に――空が暗くなる。
「え?」
グロリアが頭上を見た。
空から降った巨大なそれは、影をその身で押しつぶす。
『めえええええええええええ』
鳴き声が岩山にこだまする。
「お、大きい羊……」
クラレンス殿下は目を見開いて呟いた。
白く輝く小山――ではなく黒い手足と顔がある羊。体を覆う羊毛は、ぱちぱちと発光している。
「まだです。目を閉じて!」
『めえええええええええええ』
再び巨獣がいななくと、世界は――白くなった。
強力な光だ。目を閉じるだけでは光を防ぎきれず、背を向けて顔を腕で覆う。
「アシュレイ、あの羊ってさっきの……?」
「いえ、プラズマシープという、エレキテルシープの上位種です。シャドーは確かに強力な魔物ですが、強い光に弱いのです」
プラズマシープは道中で呼ぶには巨体がネックであり、光源としてならエレキテルシープで事足りるので、まさかここで呼び出すことになるとは思わなかった。
少しして、徐々に当たりの光が収まると、ゆっくり目を開け、羊を見上げる。
地面に伏していた。横長の瞳孔で周りを見回すと、不意に立ち上がって森へ向かう。すると樹木の葉をもしゃもしゃと食べ始めた。
「シャドーは……消えたか、還ったみたいですね」
羊が立ち退いたあとにはなにもなかった。目線をずらすと、顔を覆って倒れている少女がいる。
「うう、目、目がぁ」
うめき声を上げてはいるが、大きな怪我もないようだ。
「とりあえず、大人しくはなったみたいなので、今のうちに王都に戻りましょうか」
あの閃光を間近で浴びたのだ。しばらくは視界が戻らないだろう。
殿下は騎士に指示を出し、その一人がグロリアを担ぎ上げた。
「はぁ……なんだか疲れたわ」
マリナが吐き捨てる。
すべてが終わったあとには、草を食む咀嚼音だけがその場に響いていた。
◆ ◆ ◆
「フェリシエ! 無事だったか、ああよがっだぁ!」
「お父様!」
親子の再開を、朱に染まりつつある陽光が照らす。
一行が村に戻ると、すぐに王都へ早馬を向かわせた。迎えの馬車がやってきて、扉が開くと同時に丸みのある男性が転がり出てきた。
いてもたってもいられず、こちらまでやってきた王室医師だ。
顔をぐしゃぐしゃにしながら、娘の無事を喜んでいる。手を握り返すフェリシエの瞳にも光るものがあった。
父と娘の歓談が一段落すると、フェリシエ嬢は立ち上がり、キュクロプスの長老の前に歩み出る。
「大変お世話になりましたわ。またお会いできる日を願っております」
『願』
洗濯されたドレスの裾を掴み、丁寧に一礼する。
長老や他の村人たちも、表情からは読み取れないが別れを惜しんでいるのか、みんな集まって彼女を見守っていた。
「ふぇ、フェリシエ、この魔物たちはいったい……?」
「わたくしたちを助けてくださった、とても親切な方々ですわ」
「そう……なのか。いやはや娘が世話になりまして――」
身を縮ませる父親を諭す。驚きつつも、敵意がないことには気付いたようで、おそるおそる礼を告げる。
医者は私たちに向き直ると――
「聖女様に殿下、召喚士殿にも、感謝の言葉は尽きません。本当に、心より感謝いたします」
「あたしは別に……」
「そう謙遜なさらずに。ただ、一度王城に戻ってから、改めてお礼をさせてください」
言われて、マリナはこちらの顔を見る。
「あたしたち、またお城に戻るの?」
「うーん、旅路は急を要するものではありませんが……」
騎士たちが馬の仕立てをしていると、その近くにいた殿下がこちらに歩み寄る。
「僕からもお願いするよ。今回の騒動、元をただせば僕が原因みたいなものだし」
「いやアレは」
「で、殿下はあまり関係ないような……」
暴走する金髪娘を思い出す。
けれど殿下は首を振り――
「お詫びも兼ねて、十分な休息の場を提供したい。ダメだろうか」
疲れた顔で眉尻を下げるクラレンス殿下を、マリナも無碍にはできないようだった。
「わかりました。王子様のおもてなしだものね」
柔らかく微笑んだ。
◆ ◆ ◆
私たちは、王城を再訪した。
戻った頃にはすでに夜。完全に帳が降りる前には城下に入り、人の生活の明かりに安心感を覚えた。
国王陛下は戻った一同――特にクラレンス殿下を見て安堵の表情を浮かべた。
医者の親子も各所に感謝の意を伝え、始終忙しそうにしている。
連行されたグロリアのことは、すぐに実家こと侯爵家へ伝令が走ったらしい。それまでは城の一室に軟禁される。一応は侯爵令嬢であることと、数日視力も回復しないのもあり、牢屋に入れられることはなかった。
私たちは、夕食をご馳走になり、数日前と同じ客室に案内され、ようやく肩の荷が下りた。
「はぁ」
柔らかなベッドに腰を下ろし、小さく息をつく。
みな穏やかに笑っていた。
目下の問題も解決したし、聖女様に訪れた危機も、なんとか乗り越えることができた。
私も、少しだけでも彼女の助けになれただろうか。召喚できる魔獣たちも、力を貸してくれる。
そう、この子たちは大事な協力者。それを、あの人はモノのように……
握ったシーツにしわが寄る。無意識に拳を握りしめていた。
――ドアをノックする音。
不思議に思いながら扉を開けると、クラレンス殿下が静かに佇んでいる。
「あ、聖女様はとなりのお部屋ですよ」
「いや、きみに話がある」
神妙な顔でそう言われて、殿下を部屋に招いた。
サイドテーブルを挟んで座ると、ためらいながら彼は口を開く。
「なにか、考え込んでいるのではないか?」
思考を見透かされたようで、驚いて固まる。
「やはり……あのグノー家の娘のことだろう?」
「え、なんで――」
もやもやの原因を言い当てられるなんて。
「今回のことは……本当にすまないと思っている。聖女殿やきみを、不要な危険にさらしてしまった」
「あ、いえ、そのことはもう大丈夫です。終わったことですし」
「あれから彼女を問い質すと、いくつかわかったことがある。召喚士には伝えておいた方がいいだろう」
そう前置きして、教えてくれた。
グロリアは確かに魔術やその他の技術は卓越している。ただ、今回のホラアナオオカミやシャドーは召喚紋を別の者から買い取ったという。
理由は単純。時間がなく、金があったから。
「ああ、通りで」
「驚かないんだな」
「あのお嬢様、召喚術を扱うクセに魔獣の知識が雑だったので」
答えると、一拍置いて殿下が吹き出した。
「きみもそんな言い方するんだな」
「夜に行動するのに適している魔獣を昼間に動かすなんておかしいと思ってたんです」
殿下が耳を傾けているのをいいことに、お嬢様の魔獣への敬意がないだとか、召喚獣の優劣は召喚士の責任だとか、溜まっていた鬱憤を吐き出すように言葉を羅列してしまった。
「――あ、すみません、こんな……」
自分ばかりしゃべっていることに気付く。けれど殿下は気分を害するでもなく、落ち着いた顔つきでこちらを見ていた。
「構わない。それよりも、すまなかった」
「いえ、ですから今回のことは別に――」
「違う。きみに対しての態度だ。改めて自分の言動を振り返ると恥じ入るばかりだよ」
クラレンス殿下はテーブル上で組んだ自身の手を見つめる。
「召喚士の出生事情は知っていた。せいぜい聖女殿の腰巾着止まりだとばかり……」
「そ、そんな風に思われてたんですか?」
「今はもう思い直している。申し訳なかった」
そう言って、静かに頭を下げる。
これには私が慌ててしまった。
「王族の方が、そんな軽々頭を下げてはいけませんよっ」
「王族か……今回、一度城の外へ出てしまえば、王族という地位に意味がないと気付かされたよ」
肩を落として呟く殿下。
「……聖女様が、仰ってました」
彼は顔を上げる。
「クラレンス殿下は内政向きだ、と。その、私が言っても説得力ないかもしれませんが、人には向き不向きがあると思うのです」
「そうか……父にも同じことを言われて、どうにも納得できずにいたが……聖女殿にまでそう言われては、それが正しいんだろう」
小さく苦笑した。
彼は再び口を開く。
「――なら、まずは内政に携わるために必要な知識を身に付けないと」
「それこそ、殿下の得意分野だと思いますよ。本、お好きなんですよね」
「なぜそれを……父か」
居心地悪そうに頭の後ろを掻く。
「殿下が望むように、見分を広められることを願っています」
「ありがとう。あと、魔獣に関しても無知だと思い知らされた。少しずつでも学んでいくよ」
「あ! はい、ぜひ!」
理解を示してくれることに、心から嬉しく感じた。
「そうだ。使徒討伐が完了した暁には、城内の書庫を案内するよ。きみなら、勉強に適した本を選んでくれるだろう」
言われて――咄嗟に答えられなかった。
「……ん? どうした召喚士?」
「い、いえ――そう、ですね。私でよければ、殿下の……お力になりますね」
自然に。違和感ないように。今までと同じような笑顔を――できていることを願った。
私は、嘘を吐いた。