【EP.3】郷に入っては郷に従え
日は中天に差し掛かる。
暗い影を落とす木々。踏み固められた土の道を、六頭の馬が駆け抜ける。
「王都の西の山には大療養院があり、街道は通っているのですが樹木に覆われているのです。おそらく、そこの山に住む魔獣が今回の元凶だと思います」
「元凶ね……」
マリナは意味深に呟く。
森で目撃された勇者(仮)への怒りがふつふつと燃えているようだ。
今回ばかりはさすがに私にも馬を用意してもらった。マリナと私、そして三人の護衛を伴ったクラレンス殿下。
横を走るマリナに説明を続ける。
「フェリシエ嬢をさらったのは一つ目で人型の巨人――おそらくキュクロプスかと」
父親である医者の証言を改めてまとめると、この山林の奥に居を構えている魔獣の存在が挙がった。
「……ただ」
「ただ?」
情報を総括したものの、どうにも納得できなかった。
「キュクロプスは魔獣と言っても、意思疎通が可能で争いを好まない性質なのです。だから、なんだかおかしいなって」
「そう。でも今はどうでもいいわ――」
私の懸念などものともせず、聖女は毅然と眼前を見据える。
「――あいつの首以外は」
付け足した言葉は、蹄の音に混じって微かに聞こえてきた。
しばし道を進むと、無造作に放棄された残骸に辿り着く。馬車の成れの果てだ。
馬を降りて確かめると、確かに鋭利な爪痕が木製の車軸や外装に刻まれている。地面には黒ずんだ液体が乾いた形跡があった。
「これは……?」
「おい、召喚士」
痕跡を前に考えていると、横からクラレンス殿下が抑えた声で呼ぶ。
「なんでしょう殿下?」
「お前に頼るのは不服だが……聖女殿、雰囲気がなんというか、近付き難いというか」
言われて、彼女に目を向ける。
マリナは険しい顔のまま、落ち着きなくあたりを往復していた。早く先に進みたくて仕方ないようだ。
「聖女様にもいろいろあるんです」
「……まあなんにせよ、僕がいれば問題ない。教会の人間は大人しく控えていたまえ」
なるほど、これが敵対意識。
あまり他人に強い感情を向けられることがなかったので、嫌悪よりも感慨を覚えてしまう。
それがさらに気に入らないのか、殿下はこちらを離れ近くの茂みに進み――直前で踵を返してきた。
その顔はどこか青ざめている。
「けも、獣が、死んでる」
「えっ」
私と、周りの護衛騎士たちも、慌てて茂みに駆け寄る。
そこには、すでにこと切れている狼のような毛深い生き物が横たわっていた。馬よりも大きな体躯。薄茶の毛皮は血にまみれ、骨がひしゃげている。
血生臭さに口元を覆いながら、その姿を観察する。
「ホラアナオオカミですね」
魔力を持つ魔獣の一種。群れで行動し、山林や平野で狩りを営む。名前の通り、暗い洞穴を住処とし、夜の間は影に溶け込むように移動する。
「オオカミ? 僕らが追ってるのはキュクロプスではないのかい?」
刺繍付きのハンカチで鼻を覆いながら、殿下がこちらに尋ねる。
「おそらく、馬車を襲ったのはホラアナオオカミの群れだったのではないでしょうか。あの爪痕も、オオカミのものだと思います」
「じゃあ、医師殿が言っていたのは?」
情報を整理してみる。
馬車を襲った魔物。残された爪痕。医者の情報――
「……もしかして、キュクロプスは馬車を襲ったのではなく、助けようとした側なのではないでしょうか?」
「魔物がそんなことをするのかい?」
嘲笑うような声音に少しだけムッとする。
魔物は召喚士にとって大事な存在だ。自分のことはともかく、そちらを軽んじられるのは面白くない。
「一口に魔物と言っても千差万別です。書を嗜む殿下ならご存じかと思いましたが」
言葉を返すと、今度は向こうが不満そうな顔をした。
「だが医者殿は、フェリシエ嬢をさらった二足歩行の魔物を見たのだろう?」
「正確には、お医者様を助けた勇者伝いの情報ですが、怪我人を救助しようとしたのなら納得です」
「……ふん」
腕を組んだ殿下がオオカミの死骸から目を背けながら鼻を鳴らす。反論する要素もないと判断したのだろう。
「だったらキュクロプスの元に行こう」
「そうですね。足跡から大まかな方角を……聖女様?」
少し離れた聖女に声を掛けようとしたら、彼女が両手を広げ、宙に光り輝く円盤が現れる。
「あれは!」
となりの殿下が声を上げる。
「いかがなさいました?」
「あの羅針盤は九百年前の聖女が顕現した、求めるものをすべて指し示すと言われる《巧導羅針盤》!」
「あれ既視感……」
困惑している間にも、羅針盤の針は森の奥を指し示す。
「行くわよ」
茂みをかき分け、一直線にそちらへ歩を進める。枯れた枝葉を躊躇なく踏みしめていく。
騎士の一人が馬たちと待機することになり、残り二人とともに私と殿下は聖女を追いかけた。
◆ ◆ ◆
聖女が手に持つ扇を振るうと、正面の草木が路を開けていく。
「おお、あれが四百年前の聖女が顕現した、数多の植物を意のままに操る《草分の扇》か」
「殿下詳しいですね」
どこかテンションの高い殿下は、歴代の聖女の顕現物を見ては子供のように目を輝かせていた。
初めは自力で枝葉をかき分けていたが鬱陶しくなってきたらしく、小さく舌打ちして取り出したのがあの虹色の羽で作られた扇であった。
――『ジュリアナ……』
と呟いていた。記憶に引っかかるものがあったのだろう。
さわさわと緑が分かれること数度――空が広がった。
開けた土地には広大な畑と、一回り大きい木造の住居がいくつか。広場の中央には井戸があり、サイズ感を除けば普通の農村みたいだった。
「これがキュクロプスの村か」
殿下が興味深げに辺りを見渡すと、一軒の家の戸が開いた。
体格のある騎士よりもさらに頭三つ分も大きい巨体。簡素な衣服に身を包み、その頭部には――ひとつの目。
『わ』
大きな目を見開いて、おそらく男性のキュクロプスは一番大きな家へと駆けだした。
「あ、待てっ」
殿下が慌てて追いかけようとするが、先頭の聖女が片手で制した。
「大きな声を出さないで。行くわよアシュレイ」
「は、はい」
マリナに促され、後ろに付き従った。
『待った』
「お待ちしてました、という意味です」
村内の一番大きな建物――この村の長の家に向かうと、長い髪を束ねた一つ目巨人の女性が一礼した。皮膚に刻まれたシワから、長い時を生きているのがうかがえる。
『かの人。迎え。理解。返却』
「ええと、この村にいるあの人間を迎えに来たのはわかっている。お返しします、という意味です」
「キュクロプスっていつもこの話し方なの?」
マリナは戸惑いながら尋ねてきた。いくらか怒りも落ち着いてきたみたいだ。
「ええ、彼らは意思を行動で示す種族なので、言葉は必要最低限なのです。でも、単語の意味は同じなので、慣れればわかりますよ」
「そう……それより」
マリナの視線は私――のうしろに向けられる。
「あなた、大丈夫?」
「あ、ああ。僕は問題ないよ、聖女殿」
まるで私を盾にするように、殿下が背後から両肩を抑えていた。
長老の家には、屈強なキュクロプスが何人も立ち並び、中央の椅子に座る長を取り囲んでいた。それぞれの一つ目がじっとこちらを見下ろす。珍しい客人に興味津々なだけだが、魔物に詳しくない殿下には恐ろしく感じるのだろう。
「外の騎士さんとお待ちしてても大丈夫ですよ」
気遣いの声を掛けるものの、殿下は手の力を強めた。
「なんで君たちは平然としているんだ……」
「私は慣れてますので」
「あの男のバカさ加減に比べれば」
即答すると、クラレンス殿下はそれ以降口をつぐんだ。
いろいろと話を聞くと、大方予想通りだった。馬車を襲う魔物を見つけ、通りがかりの数人がそれを拳で追い払う。しかし、怪我人に気付いたキュクロプスたちは慌てて村に連れ帰ったそうだ。潰れかけた馬車にもう一人いたことに気付かず。
幸い、助けられた娘もかすり傷で、意識もはっきりしているらしい。
「それで、そのフェリシエ嬢――人間の女性はどちらに?」
瞬間。
「――キャァァァァァ!」
絹を裂くような悲鳴が、村に響き渡った。
マリナが飛び出す。遅れて私と、それに引っ張られる形でクラレンス殿下も表に出た。
広場に駆けつけると、そこには数人のキュクロプスの後ろ姿。それに対峙するように数体のホラアナオオカミ。
「あいつじゃなかったか……」
聖女はあからさまに落胆していたが、かといって見捨てるほど冷血な人じゃない。
銀色の錫杖を片手に、両者の間に割って入った。
「聖女様、お気をつけて!」
「ええ」
鞄から巻物を取り出し、いつでも召喚できる体勢を整える。
出遅れた殿下も腰の剣に手を添え、護衛の騎士も白銀を構えた。
グルル……と低いうなり声をあげ、牙をむき威嚇するオオカミたち。口火を切ったのはオオカミの一個体だった。
最短距離にいる聖女に襲い掛かる。
が――
「ごめんなさいね」
マリナが呟きながら、杖の一閃。
以前に見た《天理の杖》は、その場の空間を軋ませると、跳びかかるホラアナオオカミを時空の狭間へ消し去った。
ガラスが砕けたような音だけ残し、一匹の獣が消滅した。
怯えか怒りか、触発されたように次々と後続が襲い掛かる。
その頃には周りのキュクロプスたちも手に武器を持ち、騎士や殿下、私の召喚した魔物もそれぞれ尽力していた。
群れの半数が倒れると、残ったオオカミは森の中へ姿を消した。
「に、逃げて行きました」
殺気を向けてくる存在がいなくなり、ほっと一息つく。呼び出した首無し騎士に一礼すると、彼も小さく前傾して還っていった。
「アシュレイ、今のは……?」
マリナが近付いてきて、さっきまで傍らにいた黒い騎士について尋ねてきた。
「彼はデュラハンという魔物で、とても紳士的でいつも助けていただいてます」
「キュクロプス以上に言葉少なそうね」
そもそも首がないのでそれはそうなのだが。
「……水を、飲んでくる」
顔色を悪くした殿下がふらふらとその場から離れる。護衛の騎士たちが付き添った。
剣術の腕は王室仕込みだが、どうにも争いとか血を見るのが苦手のようだ。
背後ではキュクロプスたちが農作業具を手に黙々と獣の死骸を片付けていた。
その中に――
「あなた怪我していますわ! 片付けより先に傷の手当をなさるべきですの! 聞いていますの!」
擦り傷切り傷をそのままにスコップを持って歩く一つ目巨人にまとわりつくように、フリルをあしらった外行きドレスの少女が小型犬のように吠えていた。
緊急事態だったので気付けなかったが、巨人たちの陰に紛れていたらしい。
「聖女様、あれってもしかして――」
マリナにも確認を取ろうとしたら、彼女がこちらに振り返る。
「まあ! 人間ですわ!」
食ってかかっていた様子から一転、嬉しそうに表情を輝かせて駆け寄ってきた。
緩く波打つプラチナブロンドに、空と同じ色の瞳。彼女の周りだけ一段階明るさが増しているようにも見える。
「もしかしてお父様からお話を聞いた方かしら? 来てくださってありがとう! どうやって帰ろうかと困っておりましたの。でも襲われたときはとっても怖かったのですわ」
笑い、困り、泣きそうになり……賑やかな人だ。
「あなたがその、フェリシエ……嬢?」
尋ねたマリナの手を取り、何度も頷いた。
「ええ、ええ、そうですわ黒髪のお姉様。お名前を伺ってもよろしいかしら?」
「ま、マリナ」
「マリナお姉様! お目に掛かれて光栄ですわ! あっ、そちらのかわいらしい方は?」
ついにフェリシエの目がこちらを捉え、まったく同じように手を掴みぶんぶんと振る。
「えと……召喚士のアシュレイです」
「召喚士様ですのね! まあ素敵! あっ、いけませんわ。わたくし、あの方たちの傷の手当をしてきますの。失礼いたしますわ」
フェリシエはそう言い残し、嵐のように去っていった。
「……この世界は初対面でテンション上げるっていう法律でもあんの?」
マリナが呟く。
「感情表現はお父上譲りな気がしますね」
私は苦笑いを返すことしかできなかった。
「あらクラレンス様もいらっしゃってたのね」
いくらかトーンダウンしたフェリシエが、殿下を見つけるなり言葉を投げた。
「なんで少し残念そうにするんだい」
「見慣れた顔なんですもの。むしろ見飽きましたわ」
歳の近そうな二人は以前から面識があるようだ。おそらくフェリシエも父とともに何度も王城を訪れていたのだろう。
「今の僕は栄誉ある使命を背負ってここにいるんだ。君の救助はその一端に過ぎない」
「あらまぁ、かわいげのないことおっしゃいますわ」
長老の家の前で話し込んでいる二人に、マリナが近寄った。
「娘さんが無事なら、王都の御尊父の元へ送り届けるのがいいと思うわ」
クラレンス殿下も場を見渡した。
「そうだね、一度我々は王都に戻ろうか」
「わかったわ。ではここからは別行動ね」
「……え?」
きっぱりと告げたマリナに、殿下はぽかんと口を開く。
「聖女様は、やはり――」
「ええ。あの害獣を捕まえに行くわ」
その視線は森の、さらに向こうのなにかに向けられていた。
追い打ちをかけるように別の場所からも声が上がる。
「わたくしも戻りませんわよ」
「フェリシエ、なんで君まで……」
頑なな女性陣に、殿下はただ愕然とする。
「まだ怪我をした方が残っていますのよ。医者の娘として……いいえ、助けてくださった方への恩を返すため、人として当然のことをしますわ」
「まったく、頑固なのは昔から変わらないようだね」
額に手を当て俯く。しばし考え、譲歩を提案した。
「ではこうしよう。今日の――」
「明日」
「……明日の日没までには王都に絶対戻る。お父上も心配しているから、いいね?」
絞り出された言葉に、フェリシエは満足して頷いた。
「あの王子様が気圧されてるの、なんかすごいわね」
「芯の強いお方なのですね、フェリシエ嬢は」
はっきりと宣言した彼女の言葉に感銘を受けた。一本筋の通った強い意志……憧れる。
『――人の』
低い女性のような声に、一同振り返る。
玄関先に佇む一つ目の大柄な存在。腰は曲がっているが、それでも成人男性ほどある。
「あ、長老様。その……明日まで村にいさせていただきたいのですが」
交渉するため一歩踏み出すと、長老は家に手招きした。
『人間の、治癒、卓越。感謝。滞在、不問』
「あたしにもなんとなくわかったわ」
マリナはフェリシエを視線で示す。
「え、え?」
不安げに身を縮こまらせる。そんな彼女に言葉を伝えた。
「フェリシエ嬢、あなたの治療に皆さま感謝なさっているようです。滞在も大丈夫ですって」
「そ、そうでしたの。よかったですわ」
照れくさそうにしながらも笑みを浮かべる。
穏やかな会話の輪からマリナが離れて行く。その背中に気付いて追いかけた。
「聖女様、いかがなさいました?」
問いかけに答えることなく、聖女は《巧導の羅針盤》を宙に漂わせた。
盤の針は――
「あっちね」
森の彼方、波打つ丘陵を示していた。
ためらうことなく歩みを進める。
「お、お待ちください聖女様! さすがに今から森に向かうと日が暮れてしまいます。日を改めた方がよろしいかと」
夕方とまでは行かないが、今から遠出するのは帰路が不安になる時間だった。
「……それもそうね」
同じ結論に至ったのか、羅針盤を消して踵を返した。
◆ ◆ ◆
翌日。
『材』
「壊された柵を修理するために森へ木をこりに向かいますのね。昨日の傷はすでにふさがってますが、大きな動きは控えてくださいまし」
『連れた』
「まあ! 馬車のお馬さん、こちらで保護してくださったのですね! ええ、お怪我もありませんし、ご飯も食べて大変健やかですわ。ありがとうございます!」
『贈る』
「えっ、あら素敵なお花! くださるの? お心遣い感謝いたしますわ! 長老様に花瓶お借りしてきますわね」
フェリシエ嬢は馴染んでいた。
「通訳の素質がありますね」
「順応しすぎだろ……」
長老宅の軒先で豆を選別しながら呟くクラレンス殿下。
殿下も大概……とは思ったが口にはしなかった。
少し前――
朝食の準備をマリナが手伝い、みんなも大きな皿やフォークを用意した。首元の高さまであるテーブルに乗った料理に、私たちは手を伸ばす。賑やかな食卓に、表情の乏しいキュクロプスの長老も、心なしか微笑んでいるようだった。
マリナは今すぐにでも出立したそうだったが、フェリシエはまだ留まって手伝いたいようだ。彼女の気が済むまで、キュクロプスの村に残ることになった。
一つ目巨人たちは働き者だ。
耕された畑の土の匂いが漂ってくる。早朝から作業していたのだろう。
フェリシエも彼らに負けず劣らずよく動く。彼女がキュクロプスたちに溶け込めているのは、献身的な気質が合っているからかもしれない。
「それにしても、なんでホラアナオオカミたちは急に荒れたんでしょう」
「元から気性が荒い魔物じゃないのかい?」
考えても無駄なことを――とでも言われると思ったのに、意外な返答だった。
「確かに穏やかな魔物ではないですが、ホラアナオオカミは縄張りの内外で明確に振る舞いを変化させるのです。内側では侵入者を排除しようとしますが、外側では退避を優先します」
「この周辺が獣たちの縄張りじゃないのか?」
陛下の疑問に、私は首を横に振った。
「もしこの周辺に彼らが生息しているのなら、この村の防衛はもっと強化されていると思いませんか?」
「確かに、せいぜい森の境目にある柵くらいだな」
村の中に日常的な被害がないことに、殿下も思い至ったようだ。
「では、よほど腹が減ってたのでは?」
「だったら野生動物を狙うでしょう。明らかな人工物を襲うのは効率が悪いはずです」
「なるほど」
意見を聞いて、神妙に考え込む。
殿下は再び手を動かし、茎と傷んだ豆を取り除く作業に没頭する。私もその横で保存用の根菜を干し草でまとめていく。
遠くではマリナがフェリシエに捕まっていた。善意満開のお嬢さんを無碍にできず、勇者への憤怒を見せることなく付き合っている。
文字通り毛色の違う二人。
その様子をぼんやりと眺めていると――
「歳の離れた姉妹みたいだな」
殿下が呟いた。
「姉妹というのは、あのような感じなのでしょうか?」
今度はこちらが質問者になった。
「王室近辺の姉妹は……いや、やめておこう。嫌なことを思い出した」
言いかけて、眉を寄せて言葉を濁した。
「と、とにかく。一般的な姉妹はあんな感じだろう、たぶん」
「殿下もよくわかってないじゃないですか……」
「仕方ないだろう。うちは男三人――」
そのときだ。
――ドォォン!
森の奥から轟音。木々の中から鳥の群れが飛び立ち、けたたましい鳴き声が辺りをつんざく。
「な、なんだ!?」
殿下が不安そうに森を凝視する。
嫌な予感がして、すぐにマリナとフェリシエの元へ駈け出した。
「聖女様!」
「アシュレイ、今の音は?」
「森からです!」
音の出処へ颯爽と駆けていくマリナ。
「どうなさいましたの? さっきの音は――」
「フェリシエ嬢は安全なところにいてください!」
振り向きざまフェリシエに声を掛け、私も聖女のあとを追った。
間もなく森の前に辿り着く。
立ちすくむ数人のキュクロプスと騎士。村の境にある柵の向こうを警戒する。
再び、ドォンと地響きを伴う衝撃音が響く。
茂みからなにかが飛び出してきた。
一同が武器を構える。が――それはピクリとも動かない。
ホラアナオオカミの死骸だった。
「これは、いったい……」
駆けつけたクラレンス殿下のかすれた声。
マリナが銀の錫杖を構えた。
「――向こうから来てくれるなら手間が省けるわ」
「え?」
暗く、ほの暗い声音だった。
さっきまで年下の女性にあたふたしていたマリナとは打って変わって、憤怒の炎を身にまとった鬼と化していた。
聖女がこれほどまでに豹変する対象――察しがつく。
落ち葉を踏みしめる足音。一歩、一歩と近付いてきた。
現れたのは、光を放つ小手を身に付けた黒髪の男。こちらに気付くと口を開く。
「よお、マリナ。頭は冷えたか?」
通りすがりに挨拶するように、勇者は軽く片手を上げた。
誤字脱字、表記ミスなどありましたらご連絡いただけると幸いです。