第2話 黒幕はいるのか
だからこそ、曾我兄弟の敵討ちには、実は黒幕がいたという話が出てくるのだ、と私は考えることさえもあります。
実際に「吾妻鏡」と「曾我物語」によれば、曾我兄弟は工藤祐経を討った後、更に源頼朝を殺そうともしています。
一介の武士である曾我兄弟が、現将軍の源頼朝を殺そうとする等、裏に黒幕がいないと不可能な筈という考えからして、確かに否定しきれない話です。
ですが、ここで難点になるのが、この曾我兄弟の敵討ちに関する資料不足です。
曾我兄弟の敵討ちに関する資料ですが、事実上は「吾妻鏡」と「曾我物語」しかないと言っても過言ではない現実があります。
そうしたことから、乏しい資料から推論を重ねざるを得ず、黒幕についても憶測が多くなります。
そして、黒幕として第一に出てくるのが、北条時政です。
北条時政は、曾我兄弟の弟の五郎の烏帽子親であり、「富士の巻狩り」の現場責任者で、曾我兄弟を配下の武士としていたと「曾我物語」には述べられており、確かに嫌疑が掛かって当然の立場です。
ですが、北条時政は伊東祐親の娘婿(有力説によれば、北条政子と北条義時は伊東祐親の女系の孫にもなります)であり、そもそも曾我兄弟を庇護して当然の立場で、黒幕視されるのには違和感があります、
更に言えば、工藤祐経はともかくとして、何故に曾我兄弟に源頼朝まで北条時政は狙わせる必要があったのか、どうにも説明が付きません。
第二の黒幕として挙がるのが、源範頼です。
実際、曾我兄弟の異父兄弟の原小次郎(京の小次郎)が、源範頼の縁座として処刑される等、曾我兄弟と源範頼の間に全く縁が無かったことはなく、黒幕であってもおかしくはありません。
しかし、これまでの源範頼の言動からして、いきなり野心をもって、兄に取って代わろうとする等、余りにも飛躍があり過ぎです。
また、確かに「富士の巻狩り」で曾我兄弟の敵討ちが起きた直後に、範頼は北条政子に、
「後にはそれがしが控えておりまする」
と発言したと伝わっていますが。
その発言の出典は、南北朝時代以降に成立した「保暦間記」が初出とのことで、本当に当時、範頼が言ったのか、というと多大な疑問を覚えざるをません。
更に範頼に嫌疑が掛かりだしたのは、曾我兄弟の敵討ちから2月以上が経ってからのようで、源頼朝の疑心が悪い方向に奔り過ぎた結果ではなかったか、とまで私には思われてなりません。
後、大河ドラマでは比企能員が実は黒幕だったように描かれていたように思いますが、これはドラマ上の演出と考えるべきで、「吾妻鏡」や「曾我物語」から考える限り、どうにも無理があるようにしか、私には考えられてなりません。
それなら、誰が黒幕だというのか、とツッコまれそうですが。
私は黒幕等は存在せず、曾我兄弟が単に暴走しただけでは、と考えます。
源頼朝は、一時、最初の妻の八重姫と北条政子、双方に通っていたという説があるようです。
それを知った伊東祐親は、自分の娘と孫娘、両方に手を出すとは、と源頼朝に激怒したとか。
そして、伊東祐親は娘の八重姫を、源頼朝と強制的に別れさせたのですが、源頼朝はそれを逆恨みして、工藤祐経をそそのかして、伊東祐親と河津祐泰を襲撃させ、それで河津祐泰は殺される事態が起きたとのことです。
確かにこの説の方が、曾我兄弟が源頼朝を敵として狙うことについて、まだしも説明がつく気がして、私はなりません。
実際問題として、伊東祐親は源頼朝が助命しようとしているのに、敢えて自害しているのであり、それなのに曾我兄弟が源頼朝を祖父の伊東祐親の敵であるというのには無理があります。
そして、ここまで述べて来た曾我兄弟の工藤祐経に対する敵討ちの論理から、祖父の伊東祐親ではなくて、父の河津祐泰の敵として、曾我兄弟は源頼朝を狙った気がして私はなりません。
そんな証拠はあるのか、曾我兄弟が源頼朝を狙ったのは、それこそ鎌倉幕府転覆を企む黒幕が、曾我兄弟を使嗾したからに違いない、と言われるかもしれませんが。
そもそも論になりますが、曾我兄弟が源頼朝を狙って、鎌倉幕府転覆まで狙っていたという一次資料に基づく根拠があるのでしょうか。
それこそ状況証拠から、曾我兄弟には黒幕がいて、その黒幕が鎌倉幕府転覆を狙っていた筈だ、という憶測から、黒幕論は出てきたように私は考えられてなりません。
それよりも、工藤祐経が結果的に曾我兄弟の実父の河津祐泰を殺した背後には源頼朝がいた、と曾我兄弟は考えていて、工藤祐経に加えて源頼朝も実父の仇だ、として曾我兄弟は源頼朝に対する襲撃を行ったのだ、と考える方が、まだ曾我兄弟が源頼朝まで狙った敵討ちを行った理由として、まだしも説明がつく気がします。
勿論、私の推論にしても、全く根拠がなく、黒幕存在論と同様の憶測ではないか、と言われれば、仰る通りです、と頭を下げざるを得ませんが。
それでも黒幕存在論よりも遥かに筋が通る、と私は考えています。
これで完結です。
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