感動配達人
「ちょっと兄ちゃん、こっち来てくれや」
居酒屋でのバイトを始めて早一年になるけど、客との絡みは未だに嫌なものがある。
「はい、どうされました?」
「おう、ちょっとここに座ってくれよ。いいか、俺の言ってることが間違いじゃないか、この兄ちゃんに聞いてみるから」
「あぁ、分かったよ」
「あの……」
おいおい、もう一体何の用だよ。そろそろ閉店時間だぞ。クレームでも何でもいいから、言いたいことあったらさっさと言ってくれよ。こっちはこの後久しぶりにミナと会うんだから。
「なぁ、兄ちゃん。俺たちお客様は神様なんだよな」
げっ、いやな予感。またどうでもいい話に付き合わされるぞ、こりゃ。
「はい、そうですが……」
「俺たちのおかげで、給料もらえるんだよな?」
「はい、そうですが……」
「その金で好きな女にプレゼントのひとつも買えるんだよな?」
「はい、そうですが……」
俺はぶっきらぼうな返事をした。でもこの親父はそれを喜ぶように、俺の肩を大袈裟に叩いてきた。
「そうだよな兄ちゃん。お前は偉いよ。ほら見ろ。俺の言ってることに間違いはないだろ」
「あぁ、分かったよ」
「あの……」
もう、何なんだよ。何かこっちに悪いことでもあったか? あったら全部引き受けるから、早く帰らせてくれよ。
「いやー、こいつな、自分には何もないなんて言いやがるんだよ。でもそんなこと微塵もないもんな。俺たちのおかげで、兄ちゃんが好きな女とうまくやっていけるんだもんな」
「あの……」
「君がいるから、俺たちも美味い酒が飲める。俺たちがいるから、君もうまいことができる。これって最高だよな」
「はぁ……」
何が言いたいかは何となく分かったけど、どうやら俺はあんたらの役に立ってるってことなのね。そんなあんたらが俺の役に立ってるってことなのね。その気持ちはうれしいんだけど、もう閉店時間だからそろそろおいとましてくれよ。今日はあんたらから頂戴した給料で買ったプレゼントを、ミナに渡すんだから。それができなきゃ意味ねえじゃん。
「あのそろそろ……」
でも俺はその続きをなぜか言えなかった。親父たちの会話がさらに熱くなっていたからだ。ったく、これで待ち合わせに遅れて、ミナに怒られたらお前らのせいだからな。
「わっはっはっは」
ったくもう、しょうがねえな。こんな親父たちの会話を、もうひとつのプレゼントにするしかねえだろ。
まったく幸せなサンタクロースだよ、俺は。