もうママには頼らない
「これやっぱりいらないから返品してちょうだい」
アパレル業界では返品なんてしょっちゅうだ。こっちの色のほうがいいとか、ちょっと小さすぎたとか、大きすぎたとか。理由はそれぞれだけど、たいして珍しいことではない。
「あの、すいません。これ返品とかできないですよね?」
中には申し訳なさそうに頼んでくる人もいる。自分がよく選んで買わなかったのが悪かったんだと、思い込んでいるんだろう。
「すいません。ありがとうございました」
そんなに謝んなくったって、返品くらいしてあげるのに。店員のあたしのことを怖いとでも思ってんのかな。まぁ、逆の立場になったらそれも分かんないことではないんだけどね。
「あ、もしもし。さっき娘がお宅で買ったお品、返品したいって言ってるんだけど大丈夫よね」
電話での問い合わせもよくある。でも本人からではなくその母親からだ。中学生とか高校生の娘なら分かるけど、うちのお客さんはほぼ成人した社会人の女性ばかり。にも関わらず、未だにママ頼み。いい加減電話くらい自分でかけなよ。
「はい。大丈夫ですよ」
「マキちゃん。大丈夫だってよ!」
「うーん。もう分かったから、早く返品してきてよ」
「はいはい。あっ、ごめんなさいね。来週娘の三十回目のお誕生日でね。ちょっとパーティーのために新しいお洋服買ったらしいんだけど、あまりお気に召さなかったみたいで」
「はぁ、さようでしたか」
「ママ、そんなこと言わなくていいでしょ。早く電話切りなよ」
「はいはい。じゃあ店員さん、そういうことだから、あとでお伺いしますわね」
「はぁ、かしこまりました」
三十歳って。まったくお宅のマキちゃんは。いつまでママに頼る気なのかしら。あとであんたのママが来店したとき、あたしたち店員はみんな心で笑ってるよ。チーフの伏見さんなんか、「タカコ、あいつあいつ。例のマザコン女」とか言って、一日中あたしたちにあんたを指差しながら嘲笑ってくるよ。電話の一本もかけられないのかってね。
返品くらいあたしたちはいつでもやってあげます。レシートがなくたって、ごり押しされたらやってあげます。あたしたちも別に不快には感じません。だから、いつまでもママに頼るのは止めなさい。
「あ、もしもし。さっき娘がお宅で買った品、返品したいって言ってるんだけど大丈夫よね」
「はい。大丈夫ですよ」
「タカコちゃん。大丈夫だってよ!」
あたしはママの左手から受話器を奪い取った。