扉を開いてもらう
「お帰りなさいませ、ご主人様」
新しい物語を探そうと、小説家のノブは初めてメイドカフェにやってきた。
「本日お仕えさせていただきます、サヤと申します。よろしくにゃん」
「は、はい。よろしくにゃん……」
ノブの書きたい意欲は、早くも燃え盛った。
「やばい。噂には聞いてたけど、これはマジでやばい。どんどんアイデアが浮かんでくるぜ」
ノブはぐるりと店内を見回すと、メモ帳にどんどんペンを走らせた。
メイドに恋する客の物語から、メイド同士の内乱の物語、メイドの彼女の働きぶりを見に来たその彼氏の物語。
そのどれもが、書斎に閉じこもっていては浮かんでこないものばかりだった。
「何を書いてらっしゃるんですか?」
ノブにコーヒーを差し出したサヤが、興味深そうに尋ねてきた。
「ちょっと取材をね。自分は物書きをやってて、新しい物語を書くためにここに来たんだ」
「へー。すごいですね。出来上がったら読ませてくださいにゃん」
「は、はい。待っててにゃん」
ノブは恥じらいながらも、サヤに笑顔を振る舞った。
次から次に浮かんでくるアイデアが、ノブの心を明るくさせたのだ。
「あのサラリーマンの客を冷たくあしらうメイドの物語もおもしろいな。いや、先輩に連れられてやって来たあの純情そうな学生の物語もおもしろいかも。メイドのプライベートを知っているOLふたり組の物語もいいな。やばい。書きたいものがありすぎるぜ」
ノブはうれしさのあまり、コーヒーをおかわりした。
そして二杯目のコーヒーを半分飲み干すと、急に困った顔になってしまった。
「オチはどうしよう」
書きたい物語はいくつも浮かんできたが、そのどれもにうまいオチが見つからなかったのである。
「はかどらないんですか?」
淋しげな顔でサヤが尋ねてきた。
「いや、えーっと、うん、大丈夫……」
ノブはサヤに心配をかけまいと、偽物の笑顔を作った。
「本当ですか? 困ったことがあったら、あたしにお申し付けください。せっかくあたしがいるんですから」
「あ、ありがとう」
ノブは本物の笑顔で感謝の言葉を言った。
「そうだよね。人のいるところに俺は今いるんだもんね。ひとりで考えてたら、ここにいる意味なんてないよね」
決まらなかったオチがやっと決まった。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様」
ノブはサヤから光の先への扉を開いてもらった。