うそつき
小説家の川崎くんに、小説を書いてみないかと誘われた。
「僕でも書けるんだから、美咲にも書けるよ」
川崎くんは真剣な表情だった。でもあたしはそれをやんわりと断った。
「ムリムリ。だってあたし川崎くんみたいに文才なんてないもん」
「日記感覚で書けばいいんだよ。今日の出来事とか、電車の中で出会ったおもしろい人とか。美咲の書いた物語を読んでみたいなぁ」
川崎くんはさすが小説家だけのことあって、次から次に必要以上のかっこよすぎる言葉で、あたしをそっちの世界へ導びいてきた。
「ねっ。書いてみなよ。美咲ならできる。美咲だからできる。美咲にできることは美咲にしかできない。美咲の光を浴びたいと願う人が、たくさんいるんだって」
そこまで言われたら、あたしも書かないわけにはいかなかった。
「分かった。やってみるよ」
あたしは川崎くんの笑顔をしっかりと覚え、机に向かった。
でもいざペンを握ると、何にも言葉が出てこなかった。何を書いていいか分からなかった。川崎くんには悪いけど、あたしにはムリだと僅か二分でそう悟った。
「そんなに難しく考えないでいいんだよ」
次の日、川崎くんはこんなあたしに諦めることなく、書け書けと叫び続けた。
「本当に簡単なことでいいんだよ。空の青がきれいだったとか、風が温かくて気持ちよかったとか」
「あたしもそんなふうに書こうとしたんだよ。でも書けなかったの。やっぱりあたしにはムリなの」
「じゃあ……」
川崎くんは少し悲しげな顔であたしを見つめた後、やっぱり諦めることなく、あたしに小説家を目指させた。
「美咲が誰かに一番伝えたいことを書いてみなよ。そしたら美咲のその想いは、読んでくれた人に必ず伝わるから」
「本当に?」
「あぁ、本当さ。だからもう一度書いてみてよ」
「おぉ。分かったよ」
あたしは川崎くんの願いを受け、もう一度小説を書くことにした。
その物語は大好きな人に気持ちを伝えるという、オーソドックスなものだった。
一週間後のあなたの誕生日にあの場所で待ってるから絶対に来てねっていう、乙女チック満載の物語だった。
自分で言うのも何だけど、なかなかの出来だった。
あたしはすぐにそれを川崎くんに渡した。川崎くんもあたしにすぐに感想をくれた。
「美咲すごいよ! とってもおもしろかった!」
おぉっ、どうやら川崎くんにもあたしの言いたかったことが伝わったらしい。よかったよかった。
なのに一週間後のその場所で、あたしはかれこれ二時間待ちぼうけ。
何にも伝わってねーじゃんか。あのうそつきめ。