力の証明
いよいよ四聖を決める最後の儀式が行われる。
この儀式で四人に絞られた者が四聖となるわけだが、そもそも四聖とは総称であって、一人一人役割が違う。
女神セイレーンが与えてくれた力は四つ。
魔物の侵入を物理的に阻む「結界」、空気中に混ざってしまう瘴気を消す「浄化」、通常の怪我はもちろん魔物に負わされた傷や毒を癒す「治癒」、そして土地の穢れを祓う「豊穣」。
候補者はこの四つの力を使うことができる。ただしその力は極僅かな限られた範囲で、これが四聖ともなれば広大な大陸を覆うほどの力となる。
ただ四聖になると今度は力が偏る。
結界の巫女、浄化の巫女、といったように突出した力を持つことになる。
さらに聖女になれば、四つすべての力を行使できるというわけだ。
では聖女だけで事足りると思うだろう。だがしょせん生身の人間、多大な力を操るには体が持たない。
聖女と三人の巫女、お互いが支え合ってこそである。
そして今日はその前段階、力の強い上位四名を決定する日である。
アリーヤがやる気十分で大聖堂に向かうと、すでに候補者全員が集合していた。
あいかわらずのウフフオホホ集団が目立っている。そこから遠ざかるつもりだったのに、カトリーナ達の方から近づいてきてしまった。
「アリーヤ様、カインとお別れの挨拶はされましたか?」
ジェシカが嫌な顔をして笑っている。こう見えて彼女は常に四番以内をキープしているので、カトリーナとともに自分も四聖になるつもりだろう。
ジェシカの言葉にとりまき達が楽しそうにクスクス笑い、カトリーナも諌めようとしない。
この見下された感じに、アリーヤはキールを思い出した。
正直言うとキールのことなどすっかり忘れていたのだが、アリーヤのやる気の源はキールからバカにされたことだ。
ーーやってやるわ!あんなこと二度と言わせない!私の本気をぶつけてやるわ!
アリーヤの闘志がメラメラ湧いてくる。それをぶつけるようにカトリーナ達に宣言した。
「今日はお互い、本気で頑張りましょう!」
いきなりやる気を漲らせたアリーヤに一瞬ポカンとしたカトリーナだったが、すぐ我に返り高笑いした。
「まあ!オホホホ!そうですわね、お互い本気を出しましょう」
本気を出したところで高が知れている、そう言いたいのだろう。もちろんとりまき達にも笑われた。
だが逆に、それが余計アリーヤの気合いに拍車をかける。拳をぎゅっと握りしめたとき、神官長と上層部達がやってきた。
「皆様、今まで定期的に行っておりました“力の証明”ですが、本日を以て最終といたします。それでは湖に参りましょう」
神官長に続いて皆で森に向かった。
神殿の裏手にあるこの森は女神セイレーンのお気に入りと言われており、心が洗われるような神秘的な場所で常に清廉な空気が漂っている。森の中央には透き通った湖があり、ここで幾度となく“力の証明”が行われてきた。
「それでは始めましょう。まずはカトリーナ様からお願いします」
トップのカトリーナが湖に手をつけて聖なる力を注ぎ込んだ。すると湖が白く光り輝く。
この輝きの強さこそが“力の証明”である。候補者達がこの光を見ればおのずと力量が測れるので、明確な順位付けができるのだ。
さすがともいうべきカトリーナの力、キラキラと水面が白く輝く様子はとても美しい。皆が感嘆の声を上げた。
カトリーナは満足そうに湖から手を離す。
次は前回二位のシシリー・タールだ。
タール家は代々騎士家系でシシリーも剣を持つ。赤褐色の髪を肩上で綺麗に切り揃え、琥珀の瞳をしたシシリーはキリリとした雰囲気を持っており、水面に手をつけている姿さえも凛々しい。
彼女もアリーヤ同様、一匹狼風だった。何度か声をかけてみようと思ったが、剣の稽古で忙しくしているようなので結局やめてしまった。
シシリーの光はカトリーナよりは若干劣るものの、十分な輝きを放っていた。
その後も前回の順位順に続いていく。とくに順位が入れ替わることはなさそうだった。
だがここに、本気を出したアリーヤが参戦することになる。
「それでは最後となりました。アリーヤ様、お願いします」
神官長の言葉に、前回最下位だったアリーヤが前に進み出る。
その周りにいる候補者達の表情は様々だ。いやらしい笑みを浮かべる者、白けた顔をしている者、無表情で佇む者、どれも好意的とは言えない。
だがアリーヤは気にならない。カインと目を合わせ、しっかりと頷き合った。
実はこの湖、力の足りない者が触れると氷のように冷たい。トップのカトリーナでさえ眉を寄せるほど。下位ともなれば凍えそうで悲鳴を上げたくなるという。
だがアリーヤにとってはぬるま湯だった。逆に気持ちがよいくらい。なぜこれが?と疑問に思っていたぐらいだ。
とはいえ力を隠していたアリーヤは見よう見まねで嫌がるふりをしていた。「キャッ!冷たいっ!」などと言ってみたりもしていた。
神力が強いカインは、そして神殿上層部は、アリーヤの本当の力がわかっていたらしい。そのアリーヤの大根役者ぶりをどのような目で見ていたのだろうか。
冷静に振り返ると今更ながら赤面しそうになり、慌てて首を横に振って手を這わせた。やはりとても気持ちよい。
ーーさあ、いくわよ!
アリーヤは自分の持つ聖なる力を、これでもかというほど目一杯湖に流し込んだ。
その瞬間、水面が真っ白に輝き出す。本来ならその白さと輝きで収まるはずだった。
だがアリーヤの力が強すぎて湖だけに収まりきらず、強く輝く光は辺りの木々にも反射して、眩しいぐらいに周囲がキラキラ光り出した。
更に言えばアリーヤ自身も光に包まれてキラキラと白く輝いている。
周囲は静まり返った。突然の出来事に、圧巻の風景に、皆がポカンと口を開けている。言葉も出ないようだ。
神官長ですら目を丸くしていたが、ハッと我に返った。
「アリーヤ様、もう結構です」
アリーヤは手を離して立ち上がる。すると光が静かに消えていった。
あまりの光景に皆が黙りこむ中、神官長が嬉しそうに微笑む。
「アリーヤ様、素晴らしい、素晴らしいお力でした。これほどの光、過去類を見ないでしょう。きっとセイレーン様もお喜びでいらっしゃいます」
「ありがとうございます!」
神官長の優しい言葉にアリーヤは笑顔で礼を伝えた。
「それでは皆様、これにて最後の儀式は終了となります。そして本日、四聖となる四名の方が決定しました。アリーヤ・クレスタ様、カトリーナ・アラナイル様、シシリー・タール様、アロマ・レディ様、以上です。四名の方にどうぞ拍手を」
周囲を取り囲んでいた神官達から一斉に拍手があがる。「おめでとうございます!」そんな言葉が口々に聞こえた。
ーーやったわ私!やってやったわ!真面目に頑張ってきてよかった!
拍手を聞きながら嬉しさが込み上げてくる。
本気を出すと決めていたが不安もあった。本気を出したことがなかったからだ。
それが神官長からお褒めのお言葉をもらえるほどの結果を出せた。嬉しくないはずがない。
この喜びをカインと分かち合いたいと思っていると、カインの方から来てくれた。
「おめでとうございます、アリーヤ様。素晴らしい光でした」
アリーヤは満面の笑みで大きく頷いた。
口を開こうとしたとき、甲高い叫び声がそれを遮る。
「嘘よ!そんなはずないわ!」
ジェシカが体を震わせてアリーヤを睨み付けていた。