キールの目論見(キール視点)
キールは幼い頃から自分が三男であることに不満を持っていた。
長男は跡継ぎ、次男はそのスペアとして兄の補佐役があるが、貧乏子爵家三男では自力で道を切り開くしかない。しかも兄二人は魔力がほぼ無いがキールには多少ある。といってもどんぐりの背比べなのだが、それでもキールが一番なのは確かだ。
ーー兄上達より俺の方が出来がいいのに、三男というだけでほぼ平民と変わらないなんておかしいだろ
だが転機が訪れる。
自分の父とアリーヤの父の会話を盗み聞きしたのだ。
「アリーヤに聖なる力が現れたって?!」
子爵家の客間とも言えないしょぼい部屋の前を通りがかったとき、少し開いた扉から漏れ聞こえる父の声にびっくりして立ち止まった。
ーーまさか。アリーヤなんかに?
両家は昔から仲が良く、父同士も幼馴染でよくこうして二人で飲んでいる。
しかしキールにとってのアリーヤはただの顔見知り程度。跡取りでもない男爵令嬢など何の意味もない、そう思っていたのだが。
「そうなんだよ。しかもねぇ、ここだけの話、アリーヤの力は強いらしくてね。真面目に頑張れば四聖になれるかもしれない、なんて言われちゃって」
「本当か?!すごいじゃないか!」
「私にはよくわからないよ。だけどうちはしがない男爵家だろう?アリーヤが変なことに巻き込まれないといいなと思ってね」
「そうだな。我々じゃ高位貴族にぷちっとやられて終いだな」
「だろう?」
二人は笑っている。何が面白いのか。
ーーだから向上心のないバカは嫌なんだ
舌打ちしたいのを堪えて息を潜める。
「今いろんなところから縁談がきてるんだ。だけどアリーヤは自由奔放に育ってるからねぇ。万が一四聖にでもなったりしたら大変だ。できたらアリーヤを支えてくれそうな男がいいのだけど」
「そのとおりだ。だが私達じゃ情報も少ないしなぁ。すぐに決める必要はないんだろ?」
「そうだね。だけど催促の手紙がわんさかくるよ」
「それは大変だな。まあ、アリーヤならきっと大丈夫さ。強い子だからな。それに四聖になれば国から手厚く保護されるだろう?かなりの恩恵もあるし、望めば爵位だっていただけるんじゃないか?」
「そうなったら親の私より、アリーヤのが出世するね」
また二人で笑い合っている。
キールはその場をそっと離れた。
部屋で一人考える。
アリーヤが四聖になるかもしれない。そうなれば爵位も夢じゃなくなる。幸いアリーヤはまあまあかわいいし、単純だから扱いやすいのもわかっている。
ここにきて、自分に運気が回ってきたことを確信したキールはほくそ笑んだ。
「俺がアリーヤと結婚すればいい。そうすればアリーヤの恩恵はすべて俺のものだ」
婚約を持ちかけると、アリーヤの両親よりむしろキールの両親が反対した。「アリーヤにはもっとよい男がいる」とかなんとか。邪魔するなと言いたかったが拗らせるとまずいので、とにかくアリーヤに言い寄った。
結果、おっとりしている男爵夫妻も、おおざっぱなアリーヤもキールでよいと言ったので、なんとか無事に婚約できた。
その後も家族がうるさいのでアリーヤに優しくしてやった。
16歳になり、学園では騎士科を選択した。
魔術科に入れるほどの魔力はなく、貴族科で腰巾着もやりたくない。下位貴族三男の選ぶ先なんて大体こんなものだ。
だがこれも、アリーヤが四聖になるまでの間だけ。
「将来は立派な騎士になれるように頑張るよ。だからお前も頑張れ(せいぜい俺のために頑張ってくれよ)」
だが目論見は崩れ去る。
以前からアリーヤに、自分にはそれほど力がないと言われていた。だが父同士の会話を聞いているキールは謙遜かと聞き流していた。
しかしそれは本当のことのようで、四聖は無理だときっぱり言われてしまう。実は最下位争いをしているとへらへら笑ってくるので、殴りつけたくなるのを必死に我慢した。
ーー四聖になれないなら婚約した意味がないじゃないか!この役立たずめ!
とはいえどうすることもできず、騎士科で鍛練をする毎日。だが肩書きさえあればいいと思っていたキールは身が入らない。
もうすぐ四聖が決まるという。脱落すればアリーヤは学園に通うことになるだろう。その前にいっそ婚約を解消しようか、そう考えているとき、貴族科のシルビアに声を掛けられた。
初対面の印象は、化粧が濃いな、だ。
素はたいしてかわいくないのだろう。だがそんなことより伯爵家の一人娘という立場に惹かれた。
しかもレイタック家は鉱山を所有しておりかなり裕福だと聞く。
「婿養子を探しているのよ」
そう言ってシルビアがすり寄ってくる。
当主になれるのは直系の男子のみなので婿養子にその権限はない。だが息子が成人するまで後見人として、ほぼ同等の権利が与えられる。
四聖になれないアリーヤと伯爵家の婿養子、考えるまでもない。
甘い言葉を囁けばシルビアはすぐに舞い上がり、伯爵家へキールを連れて行った。シルビアの両親からも歓待され、婿養子の話がトントン拍子に進んでいく。
ーーやっぱり俺はツイてるな!
アリーヤを呼び出し婚約破棄を告げてやった。今までの鬱憤もあり「四聖になれないお前が悪い」そう言ってやるとアリーヤは呆然としている。
バカな女だと思った。せいぜい自分の能力の無さを嘆くがいい、本気でそう思った。
アリーヤを可愛がっていた両親は怒り狂って縁切りだなんだと騒いでいたが、知ったことかとすぐシルビアと婚約して、伯爵家に身を置かせてもらった。
騎士になる必要がなくなり、逆に勉強の時間を作るために騎士科から貴族科へと転科した。騎士仲間からは羨ましがられたり、悔しがられたりした。それも心地よい。
それからは学園に通いつつ、伯爵家で領地経営の勉強をすることになった。
「ハハッ!何もかも順調だな!これが勝ち組というやつだ!」
笑いが止まらない。
だったのだが……