前編
遅くなりましたが、皆様のお声が一番多かった「アロマの恋が読みたい!」アップします!
神殿の朝は早く、朝日と共に活動が始まる。
アリーヤ達四聖も修行の一環で行っていた朝の沐浴をそのまま継続しており、その後は大聖堂でしっかりと祈りを捧げてからようやく朝食だ。
そのころにはアリーヤのお腹はいつもぐうぐう鳴っている。
「アリーヤ、今日も元気な音が響いていたな」
隣で祈っていたシシリーにからかわれるのはいつものことだ。
「だってお腹がすいちゃったんだもの」
「あなた達、毎朝同じ会話をしていますわ。ですが確かに今日はなかなか豪快でしたわね」
「わたくしにまで聞こえてきましたよ」
カトリーナとアロマにも笑われながらいそいそと食堂に向かう。
食堂は木製の長机が並べられており、食事を乗せたトレーを給仕係の神官にもらってそれぞれ椅子に腰掛けた。
座る場所はだいたいいつも同じで、アリーヤの隣にシシリーが座り、その向かい側にカトリーナとアロマが座る。
その周囲をそれぞれのお側付きが囲んでいるのが定位置だ。
そして会話はこんな感じ。
「カトリーナ様。苦手だからといって私のお皿にピーマンを乗せてはいけません」
「ち、違いますわ!リオンはピーマンがお好きでしょう?!だ、だからですわ!決して苦手だからではありませんわ!」
「ロイ、また玉ねぎを抜いてもらっていただろう。好き嫌いをするのはよくないぞ」
「玉ねぎだけは!玉ねぎだけは勘弁してくださいシシリー様!」
「アロマ様、無理して牛乳をたくさん飲んでも今さら背は伸びないと思います」
「ううう。でもサイラス、あともう一杯だけ」
「やめてください。またお腹を壊します」
なかなか賑やかで楽しい食事だ。
候補者時代のアリーヤはアルカインと二人だけで食事を取っていた。
それが今や総勢八名。
感慨深いな、なんて思っていると、隣のアルカインに頬をそっと撫でられる。
「カ、カイン!」
「アリーヤのかわいいお顔にパンくずがついていましたよ」
「じ、自分で取るから!」
「自分ではわからないでしょう?私が取った方が早いですよ」
人前でも躊躇なく触れてくるアルカインにアリーヤの顔が赤くなる。
だが誰も何も言わない。これももう見慣れた光景なのだ。
気持ちを落ち着けようと息を吐いたアリーヤの耳に、アロマとサイラスの会話が入っている。
「アロマ様、昨日も遅くまで読書をしていましたね」
「とても面白い本だったからやめられなかったの。ごめんなさい」
「ここ最近睡眠不足が続いていますから気をつけてください。今日はこの薬湯を煎じてきましたのでどうぞ。体が温まりますよ」
「いつもありがとう、サイラス」
「ゆっくりお飲みください。熱いですよ。そうそう、そうやってフウフウしてください」
小さな子供のように一生懸命フウフウしているかわいらしいアロマ。
隣のサイラスの優しい瞳にもほっこりする。
以前から気にはなっていたが、これはもしかしたらと思った。
祈りの間で光を放出した後、いつものように四人で湖に入って行く。
カトリーナが洗礼を終えた今、こうして四人でふよふよと浮かぶことも日課になっている。
太陽の光を浴びながらも柔らかい布団に包まれているような心地良さの中、周りには友人達がそれぞれのんびりと寛いでいる。
この穏やかな時間がアリーヤは大好きだ。
あまりの気持ち良さに寝てしまいそうになるが、今日は気になっていたことをアロマに聞いてみるつもりだった。
「ねえ、アロマ。サイラスといい雰囲気だと思ったんだけど」
「それは私も思っていた」
アリーヤの言葉にシシリーも便乗する。
二人でにやにやしながらアロマを見ると、アロマはキョトンとして首を傾げた後、気付いたようにふふふと笑った。
「誤解ですよ。サイラスは六人兄弟の長男なので、わたくしのことも妹のように世話を焼いてくれています。それにサイラスには恋人がいますし」
「え?!恋人がいるの?!」
「はい。商家のお嬢さんで、神殿に届け物をしているときに知り合ったとか。サイラスの一目惚れで押しまくったと言っていました」
「へえ。あのサイラスがねぇ」
シシリーと二人で離れた場所に座っているお側付き達に目をやる。あちらはあちらで談笑していて楽しそうだ。
まさかサイラスがそんなぐいぐいタイプだと思わなかったが、あの優しい瞳は兄心かと思うと納得もできる。
するとカトリーナが呆れたように言った。
「お二人共、気持ちはわかりますが、そもそもアロマには婚約者がおりますわ」
その言葉にアリーヤとシシリーはガバッと起き上がる。
「ええ?!ちょっと待って!アロマって婚約者がいるの?!」
「本当か?!」
「は、はい。四聖候補に上がった時点で婚約者が決まりました」
二人の大声に戸惑いながらも頷くアロマ。
あまりにもびっくりな話にアリーヤとシシリーが目を丸くした。
「うぇえええ!し、知らなかったわ!」
「ここ最近の中では一番のびっくり話だな!」
「そうですか?ですが四聖候補者の皆様方、ほとんど婚約者がいらっしゃったと思いますが」
一匹狼だったアリーヤもシシリーもそんな情報はまったく知らない。
唖然とするアリーヤ達にカトリーナが説明する。
たとえ四聖になれなくても一度授かった聖なる力が消えることはなく、候補になった時点でどの領主も喉から手が出るほど欲しい人材。
必然的に縁談が殺到し、揉め事を避けるためにも婚約者を決めて神殿入りする者がほとんどだという。
言われてみれば思い出す。
アリーヤの神殿入りが決まったとき、わんさかと縁談が舞い込み出して父と母が遠い目をしていたことを。
「高位貴族なら余計ですわ。わたくしもディーンの婚約者候補でしたし、アロマはレディ侯爵家の娘ですもの」
「それならシシリーは?」
「私の家は騎士家系だからな。父上や兄上達が自分より弱い者を婚約者に据える気はないと、軒並み叩き折っていた気がする」
シシリーの父親は騎士団長補佐をしている人物だし、兄達も相当な腕前らしい。そんな人達相手では縁談相手も尻尾を巻いて逃げ出すだろう。
アロマに婚約者がいることには驚いたが、それならそれでどんな人物なのか俄然興味が湧く。
「アロマの婚約者ってどういう方なの?」
「ガレーシュ侯爵家のセルジオ様です。騎士団に所属しています」
「セルジオ殿か!それはすごいな!」
シシリーが目を輝かせた。
どうやら知っている人物のようで、興味津々のアリーヤに説明してくれる。
「セルジオ殿は学園の騎士科をトップの成績で卒業された方だよ。実力が認められて、十代にして唯一近衛隊に所属している。今はグレイン殿下の護衛の一人だ」
「へえ!すごいわね!」
「ああ。王太子の護衛なんてエリート中のエリートだよ。模擬戦でも容赦なく相手を叩きのめす姿は圧巻で、同世代からは恐れられてもいるようだ。己を磨くことに余念がなく、筋肉自慢の騎士団の中でもトップクラスの筋肉を誇っているな」
「トップクラスの……筋肉?」
「四聖の婚約者に相応しい人物と言えるだろう。狙った獲物は逃がさない。まるで蛇に睨まれた蛙のよう。その眼光の鋭さからついた渾名が“イーグルアイ”その名に恥じない強さを持っている方だ」
「………」
シシリーは満足気に話してくるがアリーヤは黙った。
今の話では、セルジオなる人物は目つきの鋭い強面風のムキムキマッチョになってしまうではないか。そんな厳つい人がかわいらしいアロマの婚約者だなんて、大丈夫なのかと逆に不安になってくる。
黙り込んだアリーヤを見て、カトリーナがシシリーに言った。
「ちょっとシシリー、今の話ではセルジオ様が恐ろしい人になってしまいますわ」
「そうか?でも騎士団の中でも有望な方だ」
「それはそうですけど。アリーヤ、シシリーの説明を鵜呑みにしてはいけませんわ。トップクラスの筋肉なんて語弊もありますし」
「語弊ではないよカトリーナ。現に私の兄上達も」
「アリーヤ、どんな方かはアルカイン様にお聞きになった方がよいですわ」
「わ、わかったわ」
シシリーは話し足りなさそうにしているがカトリーナが矛先をアロマに変えた。
「それよりもアロマ。セルジオ様とはどうなのです?」
冷静さを取り繕っているカトリーナだが目の輝きが隠せていない。もちろんアリーヤとシシリーも食いついた。
そんな三人を前にアロマは困ったように眉を下げる。
「わたくしとセルジオ様の婚約は政略の上に成り立っていますので、お話するようなことは何も……。それに今となってはむしろ、セルジオ様にとってはあまりいいお話ではなかったのかもしれません」
悲しげに微笑むアロマになんだなんだと詰め寄ろうとしたところで、岸にいるロイから声がかかる。
「皆様、そろそろお時間です。お着替えをお願いします」
――これからが大事なところなのにっ!!
つい三人でロイをキッと睨み付けてしまう。
やられたロイは「ええ…?なんで?」と一歩下がり、アルカインとリオンに肩をポンポンされていた。
今日は今から他国の要人の訪問があるので正装して出迎えなくてはならないのだ。
このままアロマの話を聞きたいアリーヤ達はぐぐっと唸るもののこれも四聖のお務め。
この話はまたの機会にと四人で湖から上がった。
◇◇◇
その夜、アリーヤはアルカインに昼間の話を持ち出した。カトリーナに言われたとおりセルジオのことを聞こうと思ったのだ。
シシリーの言葉をそのまま伝えるとアルカインはクスクス笑った。
「それはカトリーナ様が正しいでしょうね。セルジオは別に筋骨隆々の厳つい男性ではありません」
「そうなの?」
「はい。シシリー様の言う“トップクラスの筋肉”というのはしなやかで均整のとれた筋肉のことでしょう」
アリーヤは少しだけ安心した。
ムキムキマッチョが悪いわけではないが、小柄でかわいらしいアロマでは美少女と野獣感がすぎる。
「それに騎士団では実力のある者は二つ名が付けられます。ドラゴンキラーやブラッディソルジャーなんていうのもありますよ。セルジオも実力者ですし、鋭い目つきと印象的なグレーの瞳から“イーグルアイ”が付けられたのでしょう」
目つきが鋭いのは騎士の中では割と普通です、とアルカインは付け加えた。
それなら見た目は問題なさそうだ。
シシリーの説明は上手いとは言えないが、とにかく強いと言いたかったのだろう。
では肝心なアロマとの仲だが。
「セルジオは不器用なタチですから言葉が足らないだけです。アロマ様が心配されるようなことはありませんよ」
アルカインがそう言うのなら大丈夫そうではあるが、それでも悲しげに微笑んでいたアロマを放っておくこともできない。
うーんと悩むアリーヤにアルカインが微笑んだ。
「収まるところにいつか自然に収まると思いますが、荒療治が必要であればお婆様に相談してはどうですか?」
「ルイーズ様?」
「あの方は“恋する乙女応援隊”を自称していますから。忙しい合間を縫ってはメイド達の恋愛相談もしていますよ。まあ、半分ぐらいは無理やり聞き出していますが」
なるほどと頷く。
アリーヤも初対面で洗いざらい吐かされたのはそれほど遠い過去でもない。