覚醒
アリーヤは祈り続ける。全身全霊で。
真っ白に光る強い光はやがてカトリーナをすべて覆い隠す。
体の中の力が暴れるように駆け巡る。全身が熱くなり、まるで血が沸騰しているかのようだ。頭痛も激しくなり頭が割れそうにガンガン響く。耳鳴りが酷く、心臓も破裂しそうだ。それでも。
ーーまだいける。まだまだいけるわ
きっとセイレーンは応えてくれる、それだけを信じて祈り続けた。
突如、額にビリッと裂けたような激しい痛みを感じた。
同時にカトリーナを包み込んでいた白い光は鮮やかな青い光に変化する。アリーヤは洗礼を受けて結界の巫女となった日と同じような感覚を感じた。
ーー四聖の、巫女の治癒力!
そう理解した瞬間輝きが一層増し、青い光はカトリーナの傷を癒し始める。周囲からどよめく声が聞こえたがそれを無視して、傷を癒すことだけを強く願った。
どれぐらい経ったのだろうか、ようやくカトリーナの瞼がゆっくりと開いた。
「あ、あ、ああ!カトリーナ様!カトリーナ様!!」
横たわるカトリーナをリオンが抱き締め号泣する。
「リ、オン……」
カトリーナの呟きが聞こえ、アリーヤはホッとして祈りを解いた。
一連の出来事に静まり返る中、やがて誰かが「奇跡だ!」と叫んだ。すると周囲から同じような叫び声が起こり、歓声と拍手が巻き起こった。
アリーヤは今度は嬉しくて涙ぐんだ。セイレーンはアリーヤの願いを聞き入れてくれたのだ。
起き上がる力がないカトリーナをしっかりと抱き締め泣き続けるリオン。それをぼんやりと優しく見つめるカトリーナ。お互いを愛しみ合う二人の姿に心が温かくなる。
カトリーナが視線をさ迷わせ、アリーヤを見つけた。涙を拭ってそれに笑顔で応える。
「カトリーナ様、ありがとうございます。あなたのおかげで私は傷ひとつありません」
「アリーヤ様……」
「今はまだ休んでください。またゆっくりお話したいです」
アリーヤはもう一度治癒の力を使い、カトリーナを眠らせた。今は何より休息が必要だ。
「アリーヤ様!ありがとうございます!!ありがとうございます!!」
リオンがカトリーナをしっかり抱き締め号泣している。
「こちらこそありがとう。カトリーナ様が休める場所に運んであげて」
リオンは顔中涙だらけにしながらカトリーナを運び出していった。神官長が付き添っているので安心だ。
それを笑顔で見送っているとアルカインが労るように声をかけてきた。
「アリーヤ、よく頑張りましたね」
「カイン!よかった!カトリーナ様を治癒できたの!」
「そうですね。なぜならあなたには初代聖女と同様に、額に石が現れていますから」
「え?石?」
アルカインに言われてなんとなく額を触ってみる。確かに菱形の石が埋まっているようだ。
先ほどの裂けたような痛みはこれだったのかと納得する。と、同時に。
「え?ちょっと待って!初代聖女って!」
「そうです。四聖の始まりとも言えますね」
一人の聖女と三人の巫女。だがそれは、一人の聖女から始まった。
心優しき一人の女性に、女神は四つの力を与えた。
力を与えられた聖女は、その力の強大さゆえに祈りを捧げるたび倒れてしまう。それを支えていた三人の女性が、聖女の負担を減らすために自分達に力を分けてほしいと願った。
それが聞き入れられ、三人の巫女が誕生した。
同じことを繰り返さないためか、次代からは先に四人の巫女が選ばれ、そのうち最も力が強く安定している者が聖女に選ばれるようになった。それが現在も続いている。
この歴史を聞いたとき、アリーヤはセイレーンは意外に大ざっぱで合理的だなと思ったのは内緒だ。
ともかく初代聖女は巫女がおらずとも選ばれた存在。強大な力を額の石に持つと言われている。
「さらに力が上がっていますが、大丈夫ですか?」
「別になんともないわ。でもそうね。今なら四つの力を放出しても全然へっちゃらだわ」
「アリーヤらしいですね」
アルカインがクスッと笑うのでアリーヤも一緒に笑った。
「でも額の石がみんなに見つかると面倒だから、ターバンか何かで隠そうかしら」
「それは……もう遅いでしょうね」
アルカインが周囲に目をやるので、つられてアリーヤも見た。
つい先程まではカトリーナの復活劇に皆が感動していた。
だが今は、お互い抱き合って喜んでいたシシリーとアロマも、ホッとしたように椅子に腰かけていたニコラスとグレインも、もっと言うならその他大勢も、アリーヤの額を見てポカンと口を開けている。
「ア、アリーヤ殿!そ、その額の石は!」
ニコラスが椅子からガタッと立ち上がり焦ったように叫んだ。
アリーヤはなんと言ってよいかわからず眉を下げた。聞くなら女神に、なんて思った。
代わりにアルカインが答えてくれる。
「父上、どうやらアリーヤ様は初代聖女と同等の力を手にしたようです。おかげで治癒の巫女がいなくてもカトリーナ様の傷は癒えました。そして皆様、ここに新たな聖女が誕生しました。女神セイレーン様の思し召しに感謝と、新たな聖女アリーヤ様に敬意を」
一瞬目を見開いたニコラスだったが、アリーヤに向けてその場に跪いた。それに倣うように次々と腰を下げていき、やがて全員がアリーヤに向けて頭を下げた。ずっと敵意を剥き出しにしていたディーンでさえも。
ニコラスが言う。
「聖女アリーヤ様、どうぞこれからもこの国を、この大陸を、お導きください」
国王にまで跪かれてアリーヤは落ち着かない。この後どうすればよいかわからずアルカインを見ると、それがわかっていたかのようにアルカインが誘導した。
「アリーヤ様、聖女の光を皆様にお披露目してください」
なるほどと頷く。
それならお祝いついでに張り切ってしまおうと、結界、浄化、治癒、豊穣、すべての祈りを同時に捧げる。
アリーヤからは目も眩むような金色と、煌めくような銀色と、鮮やかな青色と、華やぐような緑色が発せられた。四つの光は一斉に辺りを包み込み、眩いばかりに照らしながら虹のように天に昇っていく。
言わずもがな、会場は静まり返ったのち、大歓声に包まれた。