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隠された本心

カトリーナにナイフを突き刺した男が叫ぶ。


「くそっ!邪魔しやがって!」


だが一瞬にしてその男は地面に叩きつけられ、突如現れた縄に縛り付けられ地面に倒れ込んだ。


「やめろっ!魔術師!早く俺を助けろ!」


見知らぬその男の喚きに動揺しているとカランッという音とともにナイフが地面に転がり、アリーヤはハッとした。

カトリーナを見ると胸元あたりから徐々に、白い衣装が赤く染まっていく。


「カトリーナ様っ!!」


アリーヤが叫ぶとカトリーナはゆっくりと振り返り、アリーヤを見て柔らかく微笑んだ。その慈悲深い笑みにアリーヤは手を伸ばし損ねてしまい、カトリーナはその場に倒れ込んだ。


「キャーーーーーッ!!」


誰かの悲鳴とともに混乱に陥り、皆がその場から逃げ出そうとした。そこに一喝が響き渡る。


「静かにっ!アリーヤ!早く治癒を!!」


切羽詰まったアルカインの声に、アリーヤはすぐさまその場にしゃがみ込み祈ることに集中する。駆け寄ってきたシシリーとアロマも混ざり、三人から発せられた白い光がカトリーナを包んでいく。

刺されたのがどこであれ、これだけ処置が早ければすぐに傷は塞がるはずだ。


だというのに血は一向に止まる気配がなく、カトリーナはゴフッと咳き込み口からも血を溢れさせる。


ーーなんで?!なんで止まらないの?!


焦る気持ちを抑えて必死に祈る。

そのとき一人の男性が輪の中から飛び出してきた。


「ああっ!カトリーナ様!!私は!私は間に合わなかったのかっ!!」


カトリーナのすぐそばまで駆け寄り、膝から崩れ落ちるように泣き叫んだのはリオンだった。


「どういうことだ?!間に合わないとはなんだ!」


ニコラスが大声を上げた。だがリオンは泣き叫んでいる。


「リオン!説明を!!」


アルカインの怒号とも言える声にハッとしたリオンは立ち上がり、アルカインとニコラスに向かって叫んだ。


「そのナイフは禁術が施されています!強力な魔物の血が混ざっているため治癒の巫女、もしくは聖女でなければ傷を癒すことができません!」

「なんだと?!」

「現在どちらもいらっしゃいません!ですからそのナイフで刺された者は死あるのみ!そしてこれはアリーヤ様を狙った者の仕業です!それはガスペル・アラナイル!彼が仕組んだものなのです!」


周囲はどよめき人だかりがさっと割れた。その空間にとり残されたのはガスペル・アラナイル。


「な、何を言っているのだね!どこにそんな証拠が!それに刺されたのは私の娘、カトリーナではないか!」

「証拠ならあります!」


リオンは胸元から紙束を出し、皆に見えるように掲げた。

それを見たガスペルが驚愕する。


「そ、それはっ!」

「これはアラナイル公爵邸にあった書類です!魔術師との契約書、ナイフの作り方、今回の計画、すべてここに記されております!」

「まさか!それは厳重に保管されていたはず!」


ガスペルは焦りのあまり自供とも取れる発言をしてしまう。そのガスペルをリオンは睨み付けた。


「あなたが園遊会で不在になる隙を突いて私が公爵邸に忍び込み、魔術のかかった金庫を壊しました」

「そのようなことをすればそなたの神力が失われるぞ」


ニコラスの言葉にリオンはしっかりと頷く。


「覚悟の上です」

「説明せよ」


リオンは泣き濡れた顔を拭うことなく話し始めた。


公爵が金で雇った魔術師にナイフを作らせたこと。ディーンが騒ぎを起こした隙に、そのナイフでアリーヤを刺し殺す計画だったこと。そして実行犯はペイル洞窟から助け出されて顔を変えられた男だということ。


それを聞いたアリーヤは一気に血の気が引いた。


ーーまさかっ!


縛られた男に一斉に視線が集まる。アルカインが古語を唱えるとその男の顔がぐにゃりと変形し、やがて苦悶の表情を浮かべたキールの顔になった。


「そんな!本当にキールなの?!」

「ア、アリーヤ!違うんだ!こ、これは!そう、俺は魔術師に騙されたんだ!」

「いいえ、その男はナイフでアリーヤ様に致命傷を負わせれば、一生豪遊できる金を与えると言われてこのようなことを仕出かしています」


リオンの言葉にキールは狼狽えた。それがまさに事実だと言わんばかりに。


「騒ぎに乗じて魔術師が助け出すからと言われ、安易に計画に乗りました。公爵の方はこの男を助けるつもりなど最初からありませんでしたが」

「な、なんだと?!公爵?!どういうことだ!魔術師はどこだ?!話が違うじゃないか!俺が証人になると困ると言ってただろ!!」


必死に叫ぶキールを見れば蜥蜴の尻尾切りにされたことが見てとれる。たぶんキールはガスペルが主犯だと知らされていないのだろう。だがどうあれ犯した罪に違いはない。

アリーヤはショックを隠しきれなかった。いくら婚約破棄されたとはいえ幼馴染みなのだ。まさか金のためにアリーヤの命を狙うなんて、どこまで落ちぶれてしまったのか。

だがキールはあろうことかアリーヤに助けを求めてきた。


「アリーヤ!俺を助けてくれ!四聖になったお前なら何でもできるだろ?!ほんのちょっとした出来心だったんだ!頼むアリーヤ!アリーヤ!!」

「黙りなさい!!」


アルカインがキールからアリーヤを隠すように腕に抱き込み、古語を唱えて猿ぐつわを噛ませる。「んーー!んんんーーー!」くぐもった声が聞こえていたが、やがてそれも静かになった。


それを見ていたリオンは悔しそうに顔を歪め、涙を溢し始めた。


「カトリーナ様は……カトリーナ様はこの計画を潰すことにしました。公爵には計画がうまくいっていると見せかけるために、偽りの洗礼を。そして万が一、私が証拠を持ってくるのが遅れた場合、この場でアリーヤ様の身代わりを……」


そうしてリオンは泣き崩れた。

アリーヤは未だ血を流し横たわっているカトリーナの顔を見た。穏やかなその顔に、先程の笑顔が重なる。

カトリーナはリオンを探していたわけではない。ましてディーンを待っていたわけでもない。キールの犯行からアリーヤを救うために目を光らせていたのだ。

なぜカトリーナがそこまでしてくれたのかはわからない。二人の間に会話はなく、ずっと嫌われていると思っていた。だが現に、カトリーナは身を呈してアリーヤを守ってくれた。


「ち、違う!嘘だ!こいつは嘘を言っているのだ!カトリーナが!すべてカトリーナが仕組んだのだ!」


ガスペルの喚きに皆の表情が怒りに変わる。ニコラスが怒鳴った。


「ガスペル・アラナイル!いくら王妃の弟だとしてもこの罪許されるものではないぞ!しかもこの期に及んでカトリーナに罪を擦り付けるのか!恥をしれ馬鹿者!あやつを引っ捕らえろ!キールとともに牢にぶち込め!!」


兵士達が一斉にガスペルに向かっていく。

ガスペルは逃げようとしたがすぐに縛られ猿ぐつわを噛まされ、キールとともに引きずり出されていく。

キールは最後まですがるような目でアリーヤを見ていたが、アリーヤはもうキールの顔を見ることはできなかった。これが最後の別れだとわかっていても、どうしても。



「リオンとやら、なぜ今まで黙っていた?」


ニコラスが静かに問いかけると、リオンは顔を上げた。


「カトリーナ様は公爵に脅され、私含め監視がつけられていました。魔術師の魔力は高く巧妙で、皆様に近づくことすらできず、自室で過ごす以外すべて公爵に筒抜けだったのです。ただ、ディーン殿下とは自室で通信機を使っていました。カトリーナ様は事前に計画を潰せないかと、何度もディーン殿下に相談を持ちかけていたのです。ですが!」


リオンは縛られているディーンを真っ赤な目で睨み付けた。


「あなたはカトリーナ様の話を一向に聞いてくださらなかった!何を言っても“カトリーナは聖女になるべき”と!そんなこと!今のカトリーナ様は望んでいなかったというのに!!」


叫ぶリオンの言葉にディーンは呆然とした。


「そ、そんな。わ、私は………」


リオンはぐっと耐えるように顔を歪めたが首を横に振り、アリーヤを見た。

その顔は悲痛に満ちている。


「カトリーナ様は自身の行いを反省されていらっしゃいました。アリーヤ様に謝罪したい、と。アロマ様がされたように、皆様のお仲間に入れてほしい、と。そう決意された矢先に公爵に阻まれました。ですからカトリーナ様は、皆様に誤解されてもご自分ができることをするのだと……アリーヤ様、どうかカトリーナ様の意を汲んでいただきたいのです。あの方は決して、ただの高慢なご令嬢ではなかったことを知っておいていただきたい」


そこまで言い切ったリオンは体を震わせ、カトリーナの名を呼びながら泣き崩れた。

あまりのことに誰もが口を開くことができず、リオンの嗚咽だけが辺りに響き渡る。


気づけばアリーヤは、いつの間にか涙がぽろぽろと溢れ落ちていた。

ずっと皆に行動を怪しまれていた。アリーヤだって、偽りの洗礼なんて意味がないなんて思っていた。誤解されて弁解の余地もないまま、死ぬとわかっていてアリーヤの身代わりになった。それでもそれが満足だとでも言うように、微笑みを浮かべているカトリーナに胸が締め付けられる。


アリーヤはごしごしと涙を拭った。


ーーこんな、こんなことでカトリーナ様を失って堪るものですか!私がなんとしてでも!たとえ聖なる力をすべて使い切ったとしても!


アリーヤは横たわっているカトリーナの隣に再度膝を突き、姿勢を正してもう一度祈りを捧げる。


この強い思いがセイレーンに届くように、ひたすらに。

額がみしみしと音を立てたが、かまわずに。

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― 新着の感想 ―
[一言] カトリーヌさん、尊いっ!あまりにも正統派ツンデレやんか!!好き!!
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