園遊会
とうとう園遊会当日。
ようやくアリーヤ達はカトリーナに会うことができた。寝込んでいたと聞いていたが今は問題なさそうだ。だがやはりカトリーナとリオンの力にほんの僅かな違和感があり、大聖堂に集まっている全員がそれを感じ取っていた。
だというのにカトリーナは後ろめたさを感じさせることなく、むしろ候補者時代を彷彿とさせる自信に満ち溢れた姿で美しく微笑んでいる。
それを見るとアリーヤはなんだか悲しくなった。
ーー偽りの力で得るものなんて、きっと何もないのに……
俯きそうになったアリーヤの肩を、アルカインがそっと抱き寄せた。
神官長を筆頭に、四聖とお側付きが連なって会場に向かう。
場所は王城の一角にある大きな庭園だ。色とりどりの花が咲き誇り、緑との調和が素晴らしい場所である。テーブルやパラソルも用意されており、大勢の貴族で賑わいを見せていた。
アリーヤ達四聖が会場入りすると一斉に頭を下げられた。
慣れていないアリーヤと苦手なアロマはともかく、シシリーはやがて王妃となる自覚があるからか何時にも増して凛々しくかっこいい。場馴れしているカトリーナももちろん優雅に微笑んでいる。さすがだと思った。
会場正面に設置された壇上にはニコラスとグレインがいるのでその脇に四人で並ぶ。それを出席者達が半円になって取り囲んだ。
ちなみに第三王子のディーンはまだ再教育を終えていないらしく、またあのような失態を繰り返さないために今日は欠席らしい。
ニコラスが簡単な挨拶をした後、目配せされてアリーヤはアルカインに、シシリーはグレインにエスコートされて前に出る。
「この場を借りて皆に伝えよう。王太子グレインの婚約者に浄化の巫女シシリー・タール殿、そして第二王子アルカインの婚約者に結界の巫女アリーヤ・クレスタ殿が決定した。この喜ばしい慶事に皆も祝福を与えてくれ」
会場からは割れんばかりの拍手が送られる。四聖が王族に嫁ぐことは珍しくないが、二人同時というのはさすがに初めてだし、巫女と王妃の兼任は極々僅かだ。リグラータの繁栄が約束されたと皆が笑顔で手を打つ。
ーーまさか私の婚約がこんな大勢の方にお祝いしてもらえるようになるなんて。キールのときは思いもしなかったわ
そんな感想を持ちつつもこれほどの笑顔を向けられればアリーヤだって嬉しい。隣を見上げるとアルカインがアリーヤにふわりと笑ったので、女性達から悲鳴が上がった。
全員で乾杯をした後は一旦自由時間となる。といってもアリーヤ達は挨拶に明け暮れた。自国、他国のお偉方の対応は少々疲れるものだったがこれも四聖のお役目ともいえる。候補者だったジェシカ達とも挨拶を交わした。謝罪の手紙をもらって和解していたし、お祝いの言葉をかけてくれるのが嬉しかった。
会も中盤に差し掛かったころ、アリーヤ達四人は誘導されて再度正面に並び出る。
「それではこれより、四聖の皆様に祈りを捧げていただきます。豊穣の巫女アロマ様、よろしくお願いします」
宰相の言葉で再びわあっと歓声が上がった。
緊張した面持ちのアロマが前に進み出る。ふうっと息を吐いた後、静かに祈りを捧げた。すると淡い緑の光がふわっと立ち上がり、それが会場を包むようにキラキラ舞い散り天に上っていった。
幻想的な光景に会場が静まり返るが、やがて大歓声と拍手が沸き起こる。アロマはホッとしたように表情を崩し、はにかみながら元の位置に戻った。
同じようにシシリーも銀色の光を舞い散らせ大歓声を浴びる。グレインの拍手が激しすぎて、隣のニコラスが若干引いていた。
「それでは治癒の巫女カトリーナ様、お願いします」
カトリーナは黙って前に進んだ。だが辺りをじっと見ながら視線を動かすばかり。周囲も何事かとざわめきだした。
カトリーナが祈りを誤魔化すならリオンの力が必要だ。
だがリオンは、監視の目をすり抜けて会場から忽然と消えてしまったらしい。それを聞いたアルカインも探したが見当たらなかったそうだ。もしかするとリオンを待っているのかもしれない。
「カトリーナよ、どうした?そなたの神官はおらぬぞ」
ニコラスがそう言ったとき。
「お待ちください父上!待たせたな、カトリーナ!」
現れたのはディーンだった。
走ってきたのか息を切らしながらも、ディーンはアルカインをキッと睨み付けた。
「私、ディーン・ソル・デ・リグラータは、アルカイン・イル・デ・リグラータの罪を告発します!」
またもディーンがとんでもないことを言い出した。
そのせいで会場が騒然となっている。
アリーヤが見上げるとアルカインはディーンを見ていた。それは困ったようにも、悲しんでいるようにも見えた。
「ディーンよ、そなたには謹慎を言いつけてあったはず。なぜここに来た」
ニコラスがディーンを睨み付けた。一瞬ぐっと詰まったディーンだが、それを振りきるように言い放つ。
「アルカイン兄上を告発するためです!先程カトリーナが祈りを捧げることができなかったのも、兄上が何かしたに違いありません!」
その言葉で出席者達がざわめき出す。
ニコラスが残念そうに首を横に振り口を開きかけたが、ディーンの方が一歩早かった。
「聞いてくれ!皆の者!アルカイン兄上は幼いながらに神力を使って王位を簒奪しようと、城に住む者達に呪いをかけたのだ!そのせいで多くの使用人が兄上の傀儡となってしまい、記憶が曖昧になってしまった!結局それは未遂に終わり、兄上は表舞台に立つことができなくなったのだ!」
出席者達から悲鳴が上がった。
神力を使って呪うことができるか定かではないが、アルカインが秘された存在だったのは言うまでもない。
「私はずっとアルカイン兄上が恐ろしかった。王族の不祥事でもあるし、昔のことだと言い聞かせてきた。だが今!兄上は同じことを繰り返すつもりだ!兄上、いや、アルカインは!神殿を乗っ取り!聖女になるべきはずのカトリーナを虐げ!自分の手駒である男爵令嬢を聖女として祭り上げようとしている!」
ディーンはギロリとアリーヤを睨み付け、指差して叫んだ。
「こいつは偽物の四聖だ!」
その瞬間アルカインから怒りのオーラが膨れ上がり、ディーンと対峙するようにアリーヤの前に進み出た。
そのオーラの恐ろしさに気付いているのは神力を持つ神殿関係者と聖なる力を持つ四聖だけだが、アリーヤはすぐにアルカインの服を掴み、首を大きく横に振った。私は気にしていないから周りをよく見てくれと。ローズマリーのときもそうだが、アルカインの神力が強すぎて怒りオーラは本当に怖いのだ。
初めて目の当たりにしたシシリーもアロマも、ロイもサイラスも真っ青になっている。
アルカインはそれに気付いてフッとオーラを消した。申し訳なさそうに眉を下げたので、皆に見えないように笑顔を見せる。
そんなアリーヤ達を置いてけぼりにして、ディーンはアルカインが悪だと喚いた。
「皆の者!目を覚ませ!真実を見極めろ!王族だからとて容赦するな!!」
「ほう。王族とて容赦するな、か。まさにそのとおりだ。衛兵!ディーンを捕らえろ!」
ニコラスの命令に衛兵達が駆け寄り、ディーンを取り囲む。捕まりそうになったディーンは呪文を唱えてバリッという音とともに自分の周囲に障壁を出した。
「なぜだ父上!捕らえるべきはアルカインだ!」
ニコラスはディーンを無視してアルカインを見た。
「そなたがやれ」
アルカインは諦めたような顔をして古語を唱えた。
その瞬間パリンと音が聞こえて障壁が砕け散り、さらに縄が現れディーンの両腕の自由を奪う。
「くっ!なんだこれは!放せ!私を誰だと思っている!」
「お前が自分で言ったではないか。王族とて容赦するなと」
低い声が響き、ディーンは青い顔を自身の父親に向けた。
「そ、それはアルカインのことです!奴を野放しにしておけない!」
「余からすればお前を野放しにしておけぬ。勝手な憶測で塗り固めた作り話をこのような場で喚き散らし、誤った道へ先導するお前こそが、悪だ」
会場は静まり返った。ニコラスの威圧に誰も口が利けない。
ディーンも例外ではなく、小刻みに体を震わせている。
「いいか、ディーン。その昔、確かに記憶が曖昧になってしまった者達はいる。だがそれは、アルカインの神力が強すぎて高い神気にあてられただけだ。アルカインは神力のコントロールを身につけさせるために神殿に預けた。それだけの話だ」
「う、嘘だ!だって母上が!」
ディーンの叫びにニコラスは溜め息を吐いた。
「お前の母親は心が弱かった。だから圧倒的な神力を持つアルカインを怖がった。それもあってアルカインは神殿に行くしかなかったのだ。お前にわかるか?実の母親に拒絶される辛さが。ただ人より優れた力を持っていたというだけで」
「う、嘘だ!」
ディーンは納得できないのかさらに喚き立てる。
そのときアリーヤ達の死角となる方向から一人の男が駆け寄ってきた。魔術でもかかっているのか、静かすぎるその存在に誰もが気づけなかった。喚き立てるディーンに気を取られていたことも大きい。
だがただひとり、その男に気づいた者だけがアリーヤをドンッと突き飛ばした。
「キャッ!」
突然の出来事にアリーヤは小さな悲鳴を上げてよろめき、前に立っていたアルカインの背中にぶつかってしまう。
「くそっ!失敗か?!」
そんな声が後ろから聞こえてきた。
何が起こったか分からずアリーヤが振り返ってみるとそこには、男にナイフを突き立てられたカトリーナがいた。