ルイーズとの面会
キールが行方不明と聞いたアリーヤは少なからずショックを受けていた。
怪しげな洞窟に放り込まれてその後消息を絶ったらしい。アルカインは「きっと自力で逃げ出したのでしょう」と言っていたがアリーヤは素直に頷けなかった。しかも娘のように可愛がってくれていたソルディ子爵までも隠居することになってしまった。
救いがあるとすれば、子爵家はいまや四聖の生家となった男爵家の庇護下にあり、変わらず交流を続けていることか。
もやもやしているアリーヤだったが、実はアリーヤもそんな場合ではなかった。
お披露目会の一件で、ディーンの所業を王太后ルイーズが直接謝罪したいという。
「そんなの恐れ多いわ!ムリムリ!もう過去のことだし!問題なし!」
「名目上は謝罪と言っていますが、単にアリーヤと話がしたいだけですよ」
「余計意味わかんない!」
王太后から直々に何の話があるのかと震え上がる。
とはいえ拒否することもできず、王城から迎えにきた豪勢な馬車にしぶしぶ乗り込んだ。
城に着いたアリーヤとアルカインはメイドによって客間の一室に案内された。
しばらくするとノックが聞こえ、扉を開けたメイドの後ろから落ち着いた色合いのドレスを着た白髪混じりのきりっとした女性が杖を突きながら入ってきた。
「ルイーズですわ。今代の四聖にお目にかかれて光栄です。遅くなりましたが、お披露目会ではディーンが大変失礼しました。同じ王族として謝罪しますわ」
ルイーズが頭を下げるのでアリーヤは慌てた。
「そんな!滅相もありません!お顔を上げてください!」
「では謝罪を受け取ってくれますか?」
「もちろんです!私はまったく気にしていませんので!」
王太后に謝罪させるなんて怖すぎると「大丈夫です!」を連呼するのに必死だ。そんなアリーヤにルイーズはフフッと笑い着座を促す。
「さ、ここからは堅苦しいのは無しにしましょう。アリーヤと呼ばせていただくわ。わたくしのことはルイーズと呼んでちょうだい」
「は、はい。ルイーズ様」
「それからアルカイン、あなたはグレインのところにでもいってらっしゃい。ここからは女性同士秘密の話よ」
アリーヤはびっくりしたがアルカインは肩を竦めただけだった。
「それではアリーヤ、後程迎えに参ります」
出ていくアルカインに一人にしないでくれと追い縋りたかったができるはずもなく。しかもルイーズはメイド達も下がらせてしまい無情にも扉はバタンと閉まってしまう。
一人残されたアリーヤは何を言われるのかとビクビクしていると、ルイーズはにんまり笑った。
「さあ、アリーヤ。聞かせてちょうだい。あなたに好きな人はいるのかしら?」
「へ?」
「あなたが恋焦がれる男性よ。四聖ですもの、結婚相手は選び放題よ。もちろん王族だろうと神官だろうと」
ルイーズはムフフと笑った。にんまりしている目が怖い。
全く予期していなかった話題にアリーヤは目をパチパチさせていたが、質問の内容が理解できてくると挙動不審になる。王族と神官、どちらにも該当している人物がただ一人。
ーーもしかして完全にバレてる?!なんで?!
濁そうと思ったがルイーズは追及の手を緩めない。初対面だというのに、アリーヤは胸の内を洗いざらい吐くことになった。
「それで。その。最近ではカインが髪をといてくれるんです」
「まあ!アルカインたら世話好きなのね!それで?それで?」
「その手つきがとても優しくて。その、大切にされているような気がして。緊張もするんですけど、嬉しいなって思ったりもして」
思い出してつい顔がだらしなく緩んでしまうアリーヤ。だがルイーズが目を輝かせて楽しそうに聞いてくれるのでついつい口が軽くなり、それがさらにルイーズを喜ばせて話に花が咲いた。
「ですが自分のことは自分で、がモットーなのに甘えちゃっていいのかなって」
「それなら大丈夫よ。洗礼を終えているのだから滅多なことでは力は落ちないわ」
それを聞いてアリーヤはホッとする。
「それなら安心しました。こんなこと相談できる人がいなかったのでルイーズ様とお話しできてよかったです」
「そうね。神官長には言いづらいわね」
ルイーズがコロコロ笑った。ルイーズはアナスタシアと親しかったらしく四聖の在り方にも詳しいようだ。他にも色々教えてもらいながら和やかに談笑していたのだが。
「失礼いたします。ルイーズ様、宰相様より至急ご相談したいことがあるそうです」
ルイーズは眉を寄せるものの、至急案件なら後回しにはできない。アリーヤも名残惜しいが仕方がない。
「私は大丈夫です。お仕事に戻ってください」
「せっかく盛り上がっていたのに残念だわ。また時間を作るから来てくれるかしら」
「もちろんです。次回はぜひルイーズ様やアナスタシア様のお話も聞かせてください」
「フフフ、そうね。アナスタシア様にはとても可愛がってもらっていたの。他の四聖の皆様もなかなか個性豊かで楽しいメンバーだったのよ」
ルイーズは窓の外を見ながら懐かしそうに目を細めた。
「今日は会えて嬉しかったわ。アルカインを呼ぶからこのまま待っていてちょうだい。次の機会を楽しみにしているわね」
そう言ってルイーズは出ていった。
メイドが付いてくれようとしたのだが、それを断りアリーヤは一人でお茶を楽しんだ。ずっと座っていたので外の空気が吸いたくなり、テラスに出て深呼吸をする。
ーールイーズ様が気さくな方でよかった。また話したいな。今度はシシリーも一緒にって聞いてみようかしら
太陽を浴びながらそんなことを思いつつ、ふと視線を下げたアリーヤは一瞬にして凍りつく。
眼下に広がる庭園の先で、アルカインが女性と二人で歩いていたのだ。アリーヤからは少し距離があるのではっきり見えるわけではないが、二人は仲良さげに談笑している様子である。
神殿では圧倒的に女性が少ないのでアルカインが別の女性と並ぶ姿を見たことがなく、初めて目の当たりにしたアリーヤはとてつもないショックを受けた。
ーーあの人、見たことがある気がするけど誰なの?!
目で追っていくが庭園の木々が邪魔でしっかり見えない。
居ても立っても居られなくなり、アリーヤは部屋から飛び出した。小走りに階下に向かう途中ですれ違うメイド達が声をかけてくるが「外の空気が吸いたいだけだから」とついてこようするのをやんわり断る。
そうして目指した庭園にやっと辿り着いた。
テラスから見た方向に当たりをつけて進んでいくと、そこにはやはりアルカインが女性と並んでいる。隣にいるのはピンクブロンドを綺麗に結い上げた華やかな美女で、アリーヤはその女性に見覚えがあった。
ーーあれって……確か隣国の王女だわ。まさかあの人と一緒だなんて
お披露目会のとき、まさに一目惚れという視線をアルカインに送っていたルガッタ王国の王女ローズマリー。いきなり愛称で呼べと言ってアルカインを困惑させていたが、こうして歩いているのを見ると二人の関係に進展があったのかもしれない。
アリーヤはショックを受けつつも木陰からそっと二人の様子を窺った。
改めて見るローズマリーは本当に美しく、真っ白な肌に大きな薄紫の瞳、体つきはほっそりしているのに二つの膨らみがやたら目立ち、男性ならつい目がいってしまうほどスタイルも抜群だ。だというのにいやらしくなくむしろ気品に溢れていて、レースがあしらわれた華やかなドレスがとても似合っている。
そんなローズマリーがアルカインに微笑みながら話しかけ、アルカインが一言二言返答している。二人が並ぶ姿はまさに美男美女、誰から見てもお似合いである。もちろんアリーヤから見ても。
ーー私……何やっているんだろう
追いかけてきたものの声をかけられるはずもなく、お似合いの二人を前に心が急速に萎んでいく。
先ほどの部屋に戻ってアルカインを待とう、そう思い動いた瞬間木の根元を踏んでしまった。
パキッ
それほど大きな音ではなかったのに、つられたように二人が振り返った。