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幸せの崩壊(レイタック伯爵視点)

昔からシルビアは恋愛結婚に憧れを持っていた。


財力がある伯爵家なら政略結婚させる必要もなく、妻と話し合いシルビアの好きにさせることにした。


あるときシルビアから侯爵家の次男を紹介された。婿養子は当主拝命とならずとも実際の立場は同じもの。見極めるためにも、すぐに婚約の手続きはしなかった。

だが少しすると二人の仲が壊れてしまう。


「私にはついていけないって言われたわ」

「あやつは器の小さい男だったのだ。広い心でお前を受け止め愛してくれる男などいくらでもいる」

「お父様のように?」

「そうだ。だから安心しなさい、かわいいシルビア」


しかしその後も似たようなことが何度も起こり、シルビアから男を紹介されることもなくなってしまう。

こうなったら婚約者を見繕ってやるべきか、そう悩んでいたとき、シルビアがキールを連れてきた。


胡散臭そうな笑みを浮かべる男だと思った。

だがシルビアが笑顔を振り撒き、楽しそうにしている。それなら自分がキールを教育すればよい、そう思い、同じことを繰り返さないためにも無理に婚約を推し進めた。


それが間違いだったのか……




キールを洞窟に放り込んでちょうど三日。

そろそろ助け出してやってもいい頃合いだ。薬を一切与えなければ、キールは一年経たないうちに病死するだろう。ほとぼりが覚めるには十分な時間と言える。

いくらシルビアかわいさとはいえ、やりすぎだったのではと思う自分もいる。だが今さらだ。


執事を呼ぼうとしたときメイド長が慌てて入ってきた。


「旦那様!騎士団の方がお見えです!急ぎ王城に向かうようにと!奥様とシルビア様もご一緒です!」


ーーまさか、気づかれた?!


そんなはずはないと否定しつつも、一抹の不安を抱えて城に向かった。






通された謁見の間には先日同様、ニコラス、グレイン、宰相、そしてアルカインがいた。空気が重く息苦しい。

だというのにアルカインを見た瞬間シルビアの目が輝く。


「お父様、あの方どなた?」

「第二王子アルカイン殿下だ」

「まあ!あの方が?とても素敵な方ね!」

「静かにしなさい!」


アルカインに聞こえるようにはしゃぐシルビアを叱咤する。壇上から威圧の視線を感じて縮こまった。

そんな場合ではないというのに、いつからシルビアはこれほど愚かしい発言をするようになったのか。


ニコラスの低く太い声が響く。


「さて、レイタックよ。なぜ呼ばれたかわかっておるな」

「い、いいえ、わかりかねます」

「なるほど、余に言わせたいか。ならば言おう。キールの件だ。貴様、我が命を破ったな」


鋭い声に血の気が引く。すべて気付かれていることを悟った。

たぶんキールには、いや、伯爵家には監視がつけられていたのだ。逃れようがなかった。


「も、申し訳ありません!で、ですがキールはアリーヤ様にも無礼を働いた者!私共としても手に余る存在でして!」

「だから私刑をしたとでも?」

「私刑などと…!その、きつくお灸を据えねばと思った次第でございます!」

「ほう?ペイル洞窟に放り込むことがきついお灸か。それではそなたの娘も同様にペイル洞窟に入れねばならんな」


横にいるシルビアが悲鳴を上げた。


「な、なぜですか!なぜ私がそのようなところに!」

「陛下!あんまりです!シルビアはキールに騙された被害者です!それなのに!」

「お前達やめなさい!」


必死に諌めるが二人は騒ぎ立てるばかり。直答すら許されていないのに、これでは不敬罪になってしまう。

近衛が腰の剣に手をやり動こうとしたのをニコラスが制したことで、僅かばかりの息を吐いた。


「違うな。シルビアはアリーヤ殿にとって加害者だ。よもや、婚約者を奪ったことを忘れたわけではあるまい」

「そ、それは……」

「その件について巫女殿はお許しになられた。とはいえ今回の件、発端は伯爵家も担っている。だからこそ王命を下したのだ。“キールの再教育”という王命を。キールを処罰するだけなら命令せずともこちらで罰を与える。…この話はすでに先日終わらせたはずなのだが、な」


ニコラスが再度大きな溜め息をつく。


「誰しもが私欲を持ち合わせている。だが娘かわいさに王命を破って婚約者を死に至らしめる。それはやりすぎだ」


その静かな言葉に、足元が崩れていくような錯覚に陥る。


「お、お待ちください!私が勝手にやったこと!娘にはどうか温情を!」

「そなたのその甘さが元凶だとなぜ気付かぬ?」

「そ、それは!ですが娘はただ!」


だがニコラスは無情にも首を横に振った。


「王命に背き、人一人の命を亡き者にしようとした。この罪は重い。よって」

「お待ちください!」


叫んだのはシルビアだった。

王の言葉を遮って何を言うつもりだと焦る。だが黙らせる前にシルビアは叫んだ。


「なぜキール様の犯した罪を伯爵家に被せるのですか?!アリーヤ様の命令ですか?!それならなんて酷い人なの!きっとキール様を取られた腹いせだわ!」

「やめなさい!シルビア!」

「アルカイン殿下!どうか私共に温情を!アリーヤ様の魔の手から私をお救いください!」


シルビアは泣きながらアルカインに懇願する。だがアルカインのあまりに冷たい視線に体が硬直した。


「アリーヤ様の魔の手、とは何です?」

「そ、それは」

「アリーヤ様の腹いせ?そんなものは存在しません。なぜならアリーヤ様はキールから散々暴言を吐かれたにもかかわらず、牢に入れることにも躊躇していたのですから」

「そん、な、はずは……」

「アリーヤ様は結界の巫女として日々尽力していらっしゃいます。それ以外は些末なこととして、気にも留めていらっしゃいません。もっと言うなら、あなたの存在などとうに忘れておいでです」

「う、うそ……」

「こんな嘘をついて何になると?」

「そ、そんな…で、でも!それならなぜこんなことに!」

「それはあなた方の身から出た錆でしょう。婚約者がいる男性に言い寄り手に入れ、そのくせ我儘し放題。挙げ句婚約解消できないからと死に追いやる。その結果がこれです」

「わ、我儘放題なんて!酷いわ!これはきっとアリーヤ様の陰謀よ!アルカイン殿下は騙されていらっしゃるわ!」

「アリーヤ様の陰謀。私が騙されているとは」


アルカインがクスッと笑ったので、シルビアはわかってくれたのだと顔を輝かせた。だがそれは一瞬で、アルカインの目が笑っておらず冷たい空気に飲み込まれた。


「責任転嫁もほどほどにしてほしいですね。私の前でこれ以上アリーヤ様を侮辱するのなら」


アルカインがスッと目を細める。


「私自らその喉を潰して差し上げましょう」


低く鋭い声が部屋中の温度を下げた。


シルビアは血の気が引いて床に崩れ落ちた。これ以上何か言えば本当に喉を潰されてしまう、それを肌で感じ取ってしまった。震え上がり、俯くことしかできない。


同じく血の気が失せた伯爵は、背筋に冷たいものを感じながらもようやく気付く。自分がシルビアの教育を大きく失敗していたことに。

シルビアは尊い四聖の存在を理解していない。ニコラスは誰しも私欲を持っていると言った。だが四聖はそんなレベルにない。女神セイレーンに誓いを立てて力を振るうのだ。私欲、我欲、そんなものに固執する者ならとっくに力は失われている。

そのことはシルビアだってわかっているはずだ。だが自分が正しい、自分は悪くないと思いたいのだ。これではキールと一緒ではないか。

しかも勝手な憶測で四聖を糾弾し、王族を侮辱するなど以ての外。


シルビアに罪を負わせたくなかった。華やかな場所は無理でも、親族に預けて田舎でひっそりとした幸せを。


ーーだがそれも、もう……


ニコラスから告げられる。


「レイタックよ、これでは娘に温情は出せない。わかったな?」

「……はい」

「では沙汰を言い渡す。三人とも貴族籍の剥奪、無償労働の義務。レイタックは北、夫人は東、娘は西の地へ。なお期間はおのおのの生活態度を見て考慮する」


伯爵はただ項垂れるしかなかった。


ニコラスの意図はわかっている。四聖に暴言を吐くシルビアを野放しにすることはできない。自分達から引き離し、矯正を。十分すぎるほどわかっている。けれど自由奔放に育ったシルビアが耐えられるはずがない。

隣でシルビアが泣き喚いている。だがもう遅いのだ。


シルビアがかわいかった。どんなことをしてでも願いを聞いてやりたかった。しかしそれは、シルビアを過酷な運命へと導くだけだった。

行った先で我儘が通らず、嘆きやつれて倒れ込む姿が脳裏をかすめる。


瞬きとともに涙が溢れ落ちた。それでも震える声で答える。


「陛下の仰せのままに……」


















「それで、キールは見つかったのですか?」

「いや、駄目だ。洞窟の中は危険すぎてこれ以上人員は割けない」

「自力で脱出する方法は?」

「難しいだろう。監視の者が事故に巻き込まれるとは、運が悪いとしかいいようがない。…いや、余の判断ミスか。まさかレイタックがあのようなことを仕出かすとは」

「………」

「それからソルディ子爵は息子に爵位を譲るそうだ。伯爵だけに責は負わせられないとな」

「キールを洞窟に置き去りにしたのは伯爵の責でしょう」

「そこまでさせた息子を育てたのは自分だからと言っておった」

「そうですか……」


アルカインは大きく溜め息をついた。

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[気になる点] 三人とも爵位剥奪??爵位は普通当主だけでは?
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