アリーヤの恋
誤字報告ありがとうございます!
お披露目会が終わり、神殿に戻ったアリーヤ達は日常に戻った。
ただひとつ、違うことといえば。
「カ、カイン!ちょっと近すぎじゃない?!」
「そうですか?私は気になりませんね」
夜の自由時間、変わらずアルカインと二人でお茶をしているのだが、その距離がえらく近い。
前は向かい合わせで座っていたというのに、あの日以来なぜかアルカインは隣に座る。距離が近すぎて腕が触れてしまいそうだし、アルカインが動くたびにふわっとよい香りがして、アリーヤをどぎまぎさせてくる。
それなら席を離せばいいじゃないかと思うだろう。だが椅子を動かすとアルカインは途端に寂しそうな顔をする。
「やはり私が王族であることに、アリーヤは距離を感じているのですね…」だの、「身分を隠していたことで信頼を失くしてしまいましたね…」だの言われる。
そんなことはないと必死で説明を繰り返すのが面倒になり、結局このやたら近い距離を受け入れている。
しかも、話すたびに至近距離で顔を覗きこんでくるので、それもアリーヤをドキドキさせる。
考えてもみてほしい。超美形が自分にだけふわりと微笑みかけてくるのだ。時には色気満載で、時には慈しむように。
以前から大切にされている感はあったが、ここ最近は特に感じる。これで動じない女性がいたらぜひ教えてほしい。
いつもの湖、アリーヤは隣にいるシシリーに思い切って聞いてみることにした。
「あのね、シシリー。あなたって好きな人いるの?」
シシリーは気持ちよさそうに目を細めていたが、アリーヤの質問に目を丸くした後、クスクス笑った。
「アリーヤから恋の話とはね。どうせ、アルカイン様のことだろう」
図星を指されてしまい視線をさ迷わせた。
シシリーはアルカインの素性を知ってしまった以上呼び捨てにできないが、アリーヤのお付きをやっているのに殿下呼びはなんか違う、と様づけで呼ぶようになった。それが神官達に広まり、殿下呼びを嫌がったアルカインを喜ばせている。
「見てればわかる。二人の距離が物理的に近くなったからな」
「そうなの!距離が近いの!そのせいでドキドキするの!でもそれはカインのことが好きだからか、美形だからかよくわからないのよ」
「確かにアルカイン様はとてもかっこいいからな」
「はっ!まさかシシリーも?!私達って恋のライバル?!」
ガーンと効果音でもしそうな表情になったアリーヤに、シシリーはお腹を抱えて笑いだした。
「なんて顔してるんだ!いきなり笑わせないでくれ!」
「ちょっとシシリー!声が大きいわ!カインに聞こえちゃうでしょ!」
「アリーヤの声のが大きいよ」
アリーヤは両手で口をサッと隠した。
そのしぐさがまた可愛らしく、シシリーは笑いを堪えた。
「フフ。私は一般論を言っただけだ。私のタイプではないな」
「そうなの?シシリーのタイプってどんな人?」
「私は剣を持つだろう?だから相手にもそれを求めてしまうな。アルカイン様はどちらかといえば線が細いだろう」
「ちょっと!失礼ね!ああ見えてしっかり筋肉ついてるんだから!」
アリーヤの抗議にシシリーは苦笑した。そんなに怒るのはもう好きだからだ、とは口に出さない。
「実際の筋肉の話じゃない。見た目が柔らかいというか優しげというか」
「ああ、そういうことね」
「私はもっと男らしい人が好ましい。凛々しいって言葉が似合う人だな」
「例えば?」
「うーん。私達の共通でわかる人といえば、王太子のグレイン殿下あたりか」
「そうなの?」
「短髪がよく似合うキリッとした感じがいいと思う」
アリーヤはお披露目会を思い出した。
グレインとは簡単な挨拶をしている。アルカインと似ていないとは思ったけれど、正直顔の細部まで覚えていない。あの日は色々あったしと心の中で言い訳しつつも、これはさすがに不敬なので黙っておく。
「なるほどねぇ」
「だから私は恋のライバルじゃないから安心してくれ。それより話を戻すけど」
「何の話だっけ?」
「アリーヤが好きなのか美形だからかわからないって話」
「そう!それよ!どうすればわかると思う?」
「簡単だ。嫉妬するかどうか。例えばアルカイン様が、アリーヤにするみたいに他の女性を扱ったらどう思うか、考えてみればいい」
アリーヤは想像してみる。
アルカインが他の女性とくっついてお茶をする。顔を覗きこんでふわりと微笑む。
ーーなにこれ。かなりイラつくわ
ムッとするアリーヤにシシリーはフフッと笑った。
「あと他に、例えば私のお付きのロイ。彼だってまあまあ美形だろう?そのロイがアルカイン様と同じ行動をアリーヤにしたら。もしくは他の女性にしてみたらどうか」
アルカインの横で寛いでいるロイを見る。
彼が自分の隣で微笑んだとしてもドキドキする要素はない。それなら他の女性に笑いかけたとして。
「なんとも思わないわ。だからなにって感じね」
「その違いだと思う。嫉妬するかどうか。許容できるかどうか。自分だけ見てほしいかどうか」
「そう、そうなのね。それでいうと私はカインのことが」
好き。
そう思った瞬間、一気に恥ずかしくなった。耐えきれず湖の水をバシャバシャ薙ぎ払う。
「シシリーまずいわ!これからも毎日カインと一緒にいるというのに!これは気付いたらダメなやつだわ!」
「自分で知りたいって言ったくせに」
アリーヤがバシャバシャ音を立てたせいで、読書をしていたアルカインが何事かと顔を向けてきた。
ちなみに隣のロイもだが、それはアリーヤの視界には入っていない。
「シシリー!カインがこっちを見てるわ!」
「そりゃあんだけ暴れたら見るさ」
アリーヤはじっとしていられず、エイッと湖の中に潜り込んだ。そんなアリーヤにシシリーは大爆笑だ。
それを物陰から羨ましそうに見ている人物がいることを、アリーヤだけが気づいていなかった。
「今日は特に楽しそうでしたね」
「え?」
いつもの夜のお茶の時間。
昼間に自分の気持ちを理解したアリーヤはギクシャクしっぱなしだ。アルカインは気づいていないのか、普段どおりに笑いかけてきた。
だがアルカインが気付かないはずがない。
今まで以上にアルカインを意識しているからこその挙動不審ぶりだと確信している。
その上での質問だ。
「湖で楽しそうにされていたでしょう。シシリー様と何を盛り上がっていたのかと思いまして」
アルカインの真意などわからないアリーヤは、ただただギクリとした。“あなたへの恋心について”なんて言えるわけがないのだ。
「あー、えーっと。そう!シシリーがね、グレイン殿下みたいな方がタイプだって話をしてたの!」
いきなり友人を売るような真似をしてしまったので心の中で謝罪する。でも止まらない。
「なんかね、凛々しい男性がいいんだって!それで私と違うなーって!」
「そうでしたか。それで、アリーヤのタイプはどうなのですか?」
その質問にギョッとする。
「え?タ、タ、タ、タイプ?私の?!そ、そんなのないわ!!」
「そうですか。ではアリーヤは私と兄上なら、どちらがよいですか?」
「ど、どっちって?!わ、私は別に!」
「そうおっしゃらずに。教えてください」
ただでさえ近い距離をさらに詰められアリーヤの頭はパンク寸前だ。
「わ、私はグレイン殿下の顔をしっかり覚えていないの!だからわからないわ!」
そう叫ぶとアルカインはポカンとした。
そんな顔も素敵だが距離が近すぎる。
「アリーヤは兄上の顔を覚えていないのですか?本当に?」
「本当よ!カインと似てないなって思ったし、また会えばわかるわよ!でも顔の細部までは覚えていないわ!」
アルカインはびっくりしていたが、やがて肩を揺らして笑い始めた。
「そうでしたか。それは。フフ、仕方ありませんね」
「なんでそんなに笑うの?」
「兄上は凛々しいお顔立ちをされていて、女性に大変人気があるのですよ」
「そうなの?よくわかんないけど。あ、でも顔がいまいちわかってないなんてさすがに不敬だから、二人の秘密にしてね」
アリーヤがそう言うとアルカインはさらに笑いだした。
アルカインが楽しそうなのはよいが、なぜ自分が笑われているのかさっぱりわからない。
アルカインにしてみれば自分にはバリバリ意識しているくせに、評判の高い王太子の美醜を気にも留めていないことに笑って、いや喜んでいるだけなのだが。
「もう!なんでそんなに笑うのよ!」
「フフ。あなたはずっとそのままでいてくださいね、アリーヤ」
「意味がわかんないわ」
プイッと顔を背けたアリーヤに、楽しそうに笑っていたアルカインの表情が柔らかな微笑みに変わった。
「髪が乱れてしまいましたね」
アルカインがアリーヤの髪をさらさらと手ですきはじめた。アリーヤは一瞬にしてカチンコチンだ。
更に言うならなぜか頭まで撫でられ始めた。
体に力が入ってものすごく疲れる。
ものすごく疲れるのだけど、もう少し触っていてほしいと思う自分もいることに、今日初めて気がついた。