それぞれの思惑(カトリーナ視点)
お披露目会ではアリーヤを排除できると思っていた。
昔からカトリーナに惚れ込んでいるディーンならうまくやってくれるはず、そう思っていたのに。
「私の弟はいつからそんな愚か者になったのですか」
まさかの登場に、カトリーナは血の気が引いた。
従兄とはいえアルカインは秘された存在で、それが神官のカインだとは思ってもみなかった。
神殿が不正をしてアリーヤを選んだ、そんな空気を一気にひっくり返したアルカインは、逆にアリーヤを皆に認めさせた。ニコラスでさえもアリーヤに敬称をつけた。
カトリーナは表面上にこやかな笑顔を見せていたが、内心ギリギリしていたのは言うまでもない。
ーーディーンなんて、本当に役立たずですわ
そこでカトリーナは軌道修正することにした。巫女と王妃の兼務、それなら聖女と匹敵する立場を得ることができる。
そこでグレインに会いに行ったのだが。
「私は弟の想い人とどうにかなろうなどと、万に一つも思わない」
冷たい視線で言われてしまい、慌てて取り繕ってその場から逃げた。
城に泊まった翌日、父ガスペルに呼ばれて久しぶりに公爵邸に向かった。
十中八九、昨日のディーンの所業だろう、そう思っていたのだが。
「グレイン殿下に近づいたらしいな」
ガスペルはカトリーナに苛立っているようだった。
こんなふうに責めるような言われ方をするのは初めてで、カトリーナは戸惑うものの返事を返す。
「ええ。昨日のディーンの失態を考えれば当然のことでしょう?」
するとガスペルは忌々しそうに舌打ちした。
「チッ。まったく余計なことを。そんなことをすれば警戒心を持たれるだけだ。なぜそれがわからん」
鋭い目をしたガスペルに睨み付けられてしまう。なぜこれほど機嫌が悪いのか、カトリーナは困惑した。
「お前が王太子妃になれるものなら、とっくになっている。だがお前はすでに脱落しているのだ。候補にすら上がらなかった。だから私は何度も言っただろう、聖女になれと。それしかお前が上りつめる道がないからだ」
「すでに脱落、なんて」
カトリーナはそんな事実など知らなかった。
ディーンのことがあるにしても、候補にすら上がらなかったことに少なからずショックを受ける。
そんなカトリーナにガスペルは冷笑した。
「今さらグレイン殿下に近づいて何になる。お前のように頭が足りない女が王妃と巫女の兼務など、本気でできると思っているのか?そんな器量、お前には欠片もない」
「そ、そのようなこと」
「ないと言うのか?それならはっきり言ってやろう。お前の売りはその見た目だけだ。そんなお前にできるのはせいぜい若い令嬢達を侍らすことぐらいだ。それだって公爵家の立場がそうさせているに過ぎない」
「そ、そんな言い方!酷いですわ!いくらお父様でも!」
まさかそんなふうに見られているとは思っていなかった。そもそもこんな扱いを受けたのは生まれて初めてで、動揺が隠しきれない。
だがガスペルはお構いなしに冷たく言い放った。
「そんなこともわからんからお前は使えないのだ」
カトリーナは絶句した。
“使えない”その言葉が突き刺さる。
「だが幸運なことに、お前には聖なる力があった。聖女になれる立場にいるのだ。そんなお前が巫女の一人に甘んじていいわけがない」
カトリーナも同じように思っていた。巫女のうちの一人だなんて、と。
だが今は、父の言葉にすんなり頷けない。役に立たないのだからせめて聖女になれ、そんな言葉が潜んでいるのに頷けるはずがない。
「お前が聖女になるためには小石を弾く必要があることはわかっている。そこはまだこれからだが、ディーン殿下はお前を盲信している。次こそそれをうまく使え。いいか、お前は聖女になるしか道はない。それが我が公爵家の繁栄に繋がるのだ」
神殿に戻ったカトリーナはただ呆然としていた。
父も母も昔から忙しく、かまってもらった記憶がない。公爵家ともなれば当たり前だと教えられてきた。
だが聖なる力が発覚したとき、誰よりも喜んでくれたのは父だ。だから愛されていると思っていた。
それがどうだ。
今日の父は聖女になれないなら役立たずと言わんばかり。公爵家の繁栄とそれらしいことを言っていたが、結局は自分の野心のため。娘であるカトリーナすら、駒のひとつでしかなかったのだ。
ーー“使えない”なんて。酷すぎますわ
だがそれは、カトリーナも同様だ。周りを駒としてしか見ておらず、どれだけ尽くしてもらっても当然と思っていたし、使えないなら必要なし。そんなふうにしか考えられなかった。
それなのにいざ自分が“使えない”側の扱いをされて憤りを感じている。
ふと思う。
父の言うとおり誇れるのは見た目だけで、中身は傲慢でただ気位が高いだけの嫌な女なのではないか。アリーヤを追い落としてやると行動できる時点で、気高さなどまるでない。
自分は称賛を浴びるに相応しいと思っていた。
思っていたはずなのに。
根底にあった自信が、ガスペルの言葉によってぐらつき始めていた。