王城の一室で(アルカイン視点)
あらすじを少し修正しました!
アルカインはアリーヤと別れた後、王族でも一部の者しか知らない裏通路を使い、ある部屋に向かっていた。
今日は突然の出席になってしまったが、アリーヤを狙う子息達を牽制できたのは大きい。いくら神殿育ちとはいえ、第二王子を敵に回そうとする者はいないだろう。
先程の、照れに照れているアリーヤの顔が思い出されて一人でクスクス笑った。
ーーあのかわいらしさは罪ですね。困らせたくなってしまいますから
パーティーでは、素性を知ったアリーヤが不安そうにしていることに気づいていたし、何を言い出すか見当はついていた。
だがアルカインとしてはむしろこの機会を有効活用するつもりだった。
その結果があの呼び捨てとプロポーズまがい。ついでにいたずら心が湧いて手の甲へのキス。元婚約者がいても男性慣れしていないアリーヤがあたふたすることをわかった上での行動だ。あれでさらにアルカインを男として意識せざるを得なくなったはず。
この先もアリーヤを手放すつもりはこれっぽっちもない。あとは徐々に距離を詰めていくだけだと、一人優雅に微笑んだ。
辿り着いた先で待っていたのは父ニコラスと兄グレイン、そして王太后ルイーズの三人。
ルイーズは前聖女アナスタシアを昔から姉のように慕っており、王家に嫁いでからは王妃としても四聖を支え続けてきた。足を悪くしてから表舞台に立つことはなくなったが、王妃不在の現在、まだまだ現役で執務をこなしている。
「遅かったわね」
「アリーヤに今回の説明をしていました。さすがにびっくりしていましたからね」
ルイーズに返答しながら空いているソファに腰を下ろした。
「だろうな。あの場でなければ冗談かと思う話だ」
そう言ってきたのはグレインだ。彼は短髪がよく似合う精悍な顔立ちをしており、アルカインとはあまり似ていない。というより、三兄弟全員似ていない。
「それにしても、そなたはずいぶんあの巫女を気に入っておるのだな」
「ええ、そのとおりです。ですから私は譲る気はありませんよ。相手が誰であろうと」
アルカインがグレインにチラリと視線を向けると、グレインは降参といったように両手を上げた。
「やめてくれ。私にその気はない。お前を敵に回すつもりはないぞ」
「賢明な判断です。よろしいですね?父上」
ニコラスが苦笑した。
グレインの婚約者はまだ決まっていない。できれば四聖が望ましいからだ。だからアリーヤはどうかとニコラスが考えていそうなので先に潰したまでのこと。
「そなたのその柔らかい微笑みに騙される者も多いだろうな。結界の巫女殿はどうだろうか」
「いらぬ心配は無用ですよ」
「フフフ、アルカインがあの子と上手くいってくれたらいいわね。今度お茶に誘いたいわ」
なぜルイーズがアリーヤに会いたがっているかというと、以前からお忍びで神殿に足を運んでいたからだ。アリーヤを盗み見ては生前のアナスタシアと盛り上がっていた。
もちろんアリーヤは知らない。
「では近いうちに機会を設けましょう。それで、ディーンはどうしていますか?」
ニコラスが大きな溜め息を吐いた。
「部屋で謹慎させている。まさかあのような戯れ言を公の場で口にするとはな。第三王子だと思って甘やかしすぎたか。ツケが回ってきた」
正確に言えば、甘やかしたのはアルカイン達三兄弟の母親だ。
王妃でもあった母は、自分と似た容姿を持つディーンに強い愛情を注いだ。だがその一方でアルカインを遠ざけた。
「アルカインは悪魔よ!化け物だわ!決して近づいては駄目よ!!」
母が幼いディーンに言い続けたせいでディーンはトラウマになり、必要以上にアルカインに怯えている。それはそれで憐れだった。
そんな母は心を壊して数年前に亡くなっている。王妃でありながら四聖に負けてしまう自分の立場に嘆いて。聖なる力も神力も、心の病は治せない。
「今回の発端はアラナイル家、ですね?」
ずばりアルカインが切り込むと、ニコラスが唸った。
「そのようだな。ディーンがカトリーナに惚れ込んでいるせいで、ガスペルの操り人形になっている。頭の痛い話だ」
カトリーナの父、アルカイン達の叔父でもあるガスペルは野心が非常に強いため、王家は距離を置いている。
だが知らないうちにディーンがカトリーナに惚れ込み、ガスペルにべったりになってしまった。
グレインが眉間に皺を寄せる。
「ここに来る前、カトリーナに声を掛けられた。私の婚約者は決まったのか、とな」
「あらあら。ディーンの婚約者候補のくせに思い切った行動をしたものね」
「ではカトリーナは知らないのだな。ガスペルを遠ざけるために自分が候補からも外れていることを。だが今頃になってか?」
「聖女になれないと踏んでの行動かもしれません。アリーヤの力がとてつもなく強いですし」
「聖女の前に、まずは洗礼なのだがなぁ」
ニコラスが再び溜め息を吐いた。
「二人だけでも巫女の称号を名乗ってもらうべきだった。そうすればディーンも愚かな真似はしなかっただろう」
「でもそれはそれで残り二人の立場があまりに不憫だわ」
「気を遣った結果がこれとはな」
「しかも今回、カトリーナが裏で絡んでいるとしたら、彼女の力が下がってしまうのではないか?」
「兄上のおっしゃるとおりです。カトリーナ様の力は微弱ながら落ちていますね」
お披露目会でも口にしたが、聖なる力も神力も、人道的に反する行動をとればとるほど力は失われていく。物語にあるような“意地悪聖女”や“悪徳神官”などというものは、現実には存在しない。
これは大陸共通でありカトリーナも分かっているはずだが、自分が直接アリーヤを追い詰めたわけではないと正当化しているのだろう。それほど甘い話ではないというのに。
「過去の文献にも同じような事例があります。ですので最悪の場合、巫女一人を選び直しという可能性も視野に入れています」
「一人でいいのか?」
「はい。もう一人のアロマ様は今はまだ力は足りませんが、アリーヤの洗礼に感銘を受けています。そのうちカトリーナ様から離れるでしょう」
「それならしばらく様子を見ましょう。這い上がるならよし。駄目なら仕方がないわ」
「そうだな。聖女うんぬんにしてもカトリーナが洗礼を終えんことには話にならん。ともかくディーンの再教育が先だ。また近いうちにこの場を設けよう」
ニコラスの言葉で解散の雰囲気になったが、アルカインが手で制した。
「最後にひとつ。ディーンがあの調子では、私は王位継承権を持ったままがよいでしょう。ですが私はアリーヤから離れるつもりはありません。アリーヤは聖女には向いていますが王妃は無理です。兄上、さっさと伴侶を見つけてお子を授かってください」
ルイーズがコロコロ笑い、ニコラスがにやにや笑い、グレインは溜め息をついた。