カトリーナの苛立ち(カトリーナ視点)
カトリーナは木の陰からある一点を睨み付けていた。視線の先にいるのは湖に浮かんでいるアリーヤだ。
あの日結局、洗礼を終えることができたのはアリーヤのみ。湖の水は聖なる力を安定させるらしく、アリーヤがああして湖で寛いでいる姿をよく見かけるようになった。
自分はまだ冷たすぎて入ることができないというのに。
「こんなはずではありませんでしたわ」
ギリッと奥歯を噛み締めた。
公爵令嬢として生まれたカトリーナは何不自由なく暮らしてきた。皆がカトリーナの美貌と地位に跪く。それが当たり前であったし、聖なる力があるとわかったときは当然とも思った。
「さすが我が娘だ!父はお前を誇らしく思う!いいか、カトリーナ、お前こそが次代の聖女だ!」
普段あまり会話をしない父ですら称賛の嵐だ。周囲からも期待がかかるが、カトリーナはそれを平然と受け止めた。
神殿入りしてからも令嬢達が周りに侍り、それほど必死に修行しなくてもトップをとることができる。
筆頭とりまきとも言えるジェシカが輪から外れたアリーヤにやたらと絡みたがったが、格下すぎるアリーヤなどカトリーナにはどうでもよかった。美形のカインがアリーヤの世話役なのも気に食わないらしいが、カトリーナにしてみればただの神官に興味はない。
面白味のない生活ではあったが、何の問題もなかった。
それが一変したのが四聖を決定するあの日。
ずっと影が薄く気にもしていなかったアリーヤが凄まじい力を見せた。カトリーナはたまたまだと自分に言い聞かせた。たまたま調子がよかっただけだと。
だが後日、あれほど冷たい湖の中にズカズカ入っていき、気付けば昼寝までしている。さらに一人だけさっさと洗礼を終わらせてしまった。
儀式に続きアリーヤとの差を見せつけられた気がして、カトリーナは苛立ちを隠しきれなかった。
聖女は神託で決まるとはいえ、過去の文献から見ても最も力の強い者が選ばれている。となれば、アリーヤが聖女になる可能性が極めて高い。
巫女でも充分と人は言うだろう。だが聖女は、四聖の中でもトップに立つ選ばれし存在だ。聖女の称号を得れば一国の王すら膝を突く、女神に次ぐ崇高な存在。それはまさにカトリーナに相応しいと言える。
そのはずなのに、その地位をただの男爵令嬢に掻っ攫われようとしている。
悔しく思うのは当然だ。神殿入りしてからつい最近まで自分はずっとトップであり、いずれ聖女になるだろう未来は疑う余地もなかったのだから。
カトリーナの目の前には美味そうにお茶を飲んでいるアロマがいる。
四聖になって自由時間が増えた。どう過ごすかはそれぞれだと言われており、一人行動のシシリーは修行を積んでいるようだ。本来ならカトリーナも同様にするべきだろう。
だがやる気がしない。やる気がないのにやっても力は伸びないと神官長は言っていた。
それなら別のことをするべきだ。
「アロマ様、そちらは我が家が用意した東国の高級茶葉ですの」
「さすがアラナイル公爵家ですね。とても美味しいです」
「よかったですわ。ところで、アリーヤ様のことですけど」
「はい!先日は素晴らしかったですね!わたくし、見惚れてしまいました!」
使えない。
カトリーナは苦々しく思った。
これが脱落してしまったジェシカなら、意を汲み取ってアリーヤに何かするはずだというのに。
だが今いるとりまきはアロマ一人。手駒にもならないぼんくらだ。
「わたくしは部屋で休ませていただきますわ」
アロマと別れ自室に戻り、カトリーナ付きの神官リオンに指示を出す。
「リオン、今から魔導具を使いますわ。扉の外に立っていてちょうだい。誰か来たらわたくしは休んでいると伝えて」
「カトリーナ様、神殿で魔導具はあまり…その、聖なる力にも……」
「リオン、あなたはわたくしに聖女になってほしいの?ほしくないの?」
「もちろんカトリーナ様に聖女になっていただきたいです!ですが」
「それなら黙って言う通りにしなさい。大丈夫ですわ、お父様と少しお話がしたいだけですから」
「そ、そうですか。それなら、わかりました」
「もちろん他言無用ですわ。わかっていますわね?」
「はい、もちろんです」
神殿入りしたときから側にいるリオンはカトリーナの美貌に惚れ込んでいる。おとなしい性格もあいまってカトリーナの言いなりだ。アロマよりは使えるだろう。最終的な切り札として置いておく。
ーーいくら四聖になったとしても、このわたくしが巫女のうちの一人だなんて。馬鹿げていますわ
通信機に手を伸ばす。
「お父様、カトリーナですわ。お願いがありますの。四聖の中にドブネズミが混じっていますわ。………ええ。………………そうですわね。ディーンにそれとなく伝えてくださる?………ええ、わかりましたわ」
通信機を切ったカトリーナはゆっくり目を閉じた。自然と口角が上がる。
「お披露目会が楽しみですわ」




