突然の婚約破棄
完結済み投稿です
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「アリーヤ、お前との婚約を破棄させてもらう」
突然の言葉にアリーヤは顔を上げた。
口はやや半開きの間抜け面だが許してあげてほしい。ここは王都でも有名なカフェ。楽しみにしていたイチゴのタルトを、今まさに口に入れようとした瞬間だったからだ。
「は?」
「お前との婚約は破棄だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、キール!いきなり何なの?!」
アリーヤにとってキールは幼馴染で婚約者。久しぶりに会えた今日、ずっと行きたかったカフェにキールを誘ったのだが、いきなりとんでもない話をぶちこまれている。アリーヤはついていけていない。
だというのに、キールは何でもないことのようにさらっと言った。
「学園でシルビア・レイタック嬢と懇意になったんだ。彼女は伯爵家の一人娘で、俺を婿養子にしたいと言っている。だから彼女と婚約することにした」
何を言われているのか理解できずアリーヤは混乱した。突然の婚約破棄宣言、その上さらに新しい婚約者がすでにいるという。なにがなんだかわからない。
「意味が、意味がわからないわ。私という婚約者がいるのになぜそんな話が進んでいるのよ。あなたが言ったのよ、私を幸せにするから婚約してほしいって」
「そんなのは昔の話だ。そもそも俺は、お前の聖なる力が強くて四聖になれるかもしれないと知ったから婚約を申し込んだんだ。そうなれば爵位を賜ることだってできるからな。だがお前は力が足りなくて無理だと言っている。こっちは騙された気分だよ。落ちこぼれのお前と婚約を続ける意味があると思うのか?」
キールはやれやれとでもいうように溜息をついた。まさかの発言にアリーヤは開いた口が塞がらない。
「……私の聖なる力を、あてにしてたって言うの?」
「他に何があるんだ。言っておくが俺は悪くない。四聖になれないお前が悪いんだ」
呆然とするアリーヤに、キールはフンと鼻で笑った。
「お前が何を言っても無駄だ。これはレイタック伯爵家の要望だからな。昨夜のうちにお前の家には書類を送った。さっさと手続きを済ませるよう男爵に言ってくれ」
面倒臭そうにキールは言った。
放心状態のアリーヤだったが徐々に現実に引き戻される。なぜこんな横柄な態度をとられなくてはいけないのかとキレそうになった。
だがそこへ。
「キール様、お話は終わったかしら?」
笑顔の女性がキールに話しかけてきた。貴族令嬢らしい華やかな女性だ。少し化粧が濃い気もするが。
「シルビア!待たせてしまったか?」
「いいえ、大丈夫よ」
キールは立ち上がり、先程とは打って変わってうっとりするような笑顔でその女性の手を取る。彼女がキールの浮気相手というのは一目瞭然だった。
「あなたがアリーヤ・クレスタ様ね。シルビア・レイタックよ。今回のこと、あなたには突然でしょうけど、私達は本当に愛し合っているの」
シルビアは申し訳なさそうに眉を下げる。
だがわざと表情を作っていることが見え見えだ。
「あなたとキール様の関係は幼馴染の延長でしょう?恋とは違うわ。そしてキール様は私と出会ってしまったの。彼は本当の愛を知ってしまったのよ」
「ああ、シルビア。そのとおりだ」
「キール様、愛しているわ」
「シルビア、俺もだ。君を愛している」
見つめ合う二人はお互いしか見えないようだ。
アリーヤは何を見せられているのか。イチャイチャを見せつけられて、邪魔だとでも言いたいのか。
「クレスタ様、お分かりいただけたかしら?それではキール様、お父様が馬車で待っているの。もう行きましょう」
「伯爵をお待たせしているのか?!こうしちゃいられない!シルビア、早く戻ろう!」
「それではクレスタ様、失礼するわ」
「じゃあな、アリーヤ。今後は気安く俺に声をかけるなよ」
婚約破棄に対する了承の言葉も待たず、二人は笑いながらカフェから出て行ってしまった。
ただ一人、その場に取り残されたアリーヤは二人の背中を睨み付けながら、イチゴタルトを口の中に目一杯に突っ込んだ。
◇◇◇
大小の国が連なるこの大陸は女神セイレーンの加護を受けており、一人の聖女と三人の巫女の聖なる力によって魔物の脅威から人々の生活を守っていた。
そのためどの国でもセイレーンへの信仰が強い。
聖女と三人の巫女は、四人の聖なる力を持つ者として『四聖』と称され、大陸中から敬われている。
その四聖候補に、何の因果か当時十歳だったクレスタ男爵家の娘アリーヤも選ばれた。
現在の四聖は皆高齢で、そろそろ代替わりがあるのではと噂されていた矢先、神殿に神託が降りたのだ。
『今年十を数える者の中に聖なる力が現れる』
国中が神託に沸いている中、アリーヤも両親に連れられて神殿に向かった。
力が現れるのは初代聖女が生まれたとされるリグラータ王国のみ。該当する少女達が大勢集まっていたが、大半は肩を落として帰って行く。
アリーヤもその中に混ざって儀式を受けたのだが、そこでアリーヤは白い光を、聖なる力を持つ証である光を発したのだ。しかもその場にいた神殿関係者がどよめくほどの強い光を、である。
びっくりした両親と弟は倒れそうになっている。
だがアリーヤは呑気なものだった。なぜなら昔から自分の中に内なる力を感じ取っていたからだ。これって聖なる力だったのね、などと納得した程度である。
四聖候補となった者は神殿で修行を積み、最終的に力の強い四名が四聖となる。
もちろんアリーヤも神殿入りが決まり、バタバタと準備をしていたところに突然キールから婚約を申し込まれた。
キールは隣領地のソルディ子爵家の息子で、三人兄弟の末っ子だ。二家は昔から家族ぐるみの付き合いをしており、アリーヤもキールの家族には本当の娘や妹のように可愛がってもらっている。
だがひとつ上のキールはいつも素っ気なく、二人は特に仲が良いわけではなかった。それが神殿に入るとわかった途端、キールは言った。
「恥ずかしくて話せなかったが本当はずっと好きだった」
「俺にはお前しか考えられない」
「離れてしまう前に約束がほしい」
ぐいぐい婚約を迫られたのである。
両親はアリーヤが決めればよいと言ってくれた。急ぐ必要はないとも。だが高位貴族からもバンバン縁談が舞い込みだして父が途方に暮れているのも事実。
アリーヤに特に希望があるわけでもなく、キールの熱意に押されたこともあり、まあいいかと婚約を決めた。
その後すぐ神殿入りしたことで会える時間は少なかったが、婚約してからのキールは驚くほど優しくなり、アリーヤは照れ臭さを感じつつも二人の関係は良好だった。
それから五年が経ち、キールは王立学園の騎士科に入学する。継ぐ爵位のないキールは入学前に言った。
「将来は立派な騎士になれるように頑張るよ。だからお前も頑張れ」
その一年後には、まさかの婚約破棄だった。