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ゴブリン騎士と農民姫  作者: 照喜名 是空
篭りの章:一年目・冬
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ゴブリン騎士の子、アーサーの誕生

 ◎占いババア


 それからテイマー達は商品を捌ききり、皆に小遣いを渡して一時解散となった。

 ゴブリンの夫妻はちらほら雪の降る街を歩く。

 前回と同じように所々で知り合いの店から買い食いしながらだ。

 違うのは、せいぜい妻に合わせてやや甘味が多かったくらいだ。

 特筆すべきことはない。


「楽しいですね、お祭りというものがこれほど楽しいものだとは私は知りませんでした」

「うむ、私も夏頃初めて来たのだ。よいものだな……皆、よくしてくれる。感謝にたえん」

「それはあなたが勝ち取った信頼ですよ。誇ってください」

「う、うむ……そうか。ありがとう、ジャクリーヌ。そなたがいるからこそ私は楽しいのだ」

「まあ、あなた……」


 甘味より甘い会話をしながら、二人は街を歩いて行く。


「それから、少し礼を言わねばならぬ方がいる。つきあってくれるか?」

「ええ、もちろん。どのような方なのです?」

「占い師の老婆どのだ。その方の導きがあったからこそ、私はそなたに出会えたのだ」

「まあ……」


 ジャクリーヌは半信半疑といった様子だが、それでも世話になっているには違いあるまいとついていく。

 祭りの横町の果て。老婆はいた。


「ああ、あんた……久しぶりだね。首尾よく行ったようでよかったよ」

「おお、占師どの。見ての通りだ。あなたの予言があったからこそ、妻と出会えた。感謝いたす」

「どうも、ジャクリーヌです。夫がお世話になったようで……」


 夏と同様に占師は簡易な机に座っていた。ただし魔女帽子に黒い上下は同じだが、今日は背中に烏羽のマントをつけている。

 烏羽の騎士と同じ仕立てのもので、それは老婆がまちがいなくこの辺境のギルド最強の男の師だということを表していた。


「いいのさ、面白い運命が見れたしね。まったく律儀な子だよ……フフフ。うん?あんた……すまないが少し手を見せてくれるかい?なあに金はとりやしないよ」

「え?はあ……」


 老婆がジャクリーヌの顔を見て手相を見始める。


「ふーむ……あんた、最近すっぱいものが食べたくなってないかい?」

「え、ええ……まあ」


 それから老婆は2つ3つ質問するとうれしそうに笑った。


「あんた、こりゃあおめでただよ。子が宿ってる……産み月はそうさね……春頃だろうねえ。あんた、身体を大切にするんだよ」

「まあ……!」

「おお、なんと……!」

「それからこれはゴブリン騎士、あんたにやるよ。お産の時、どうしても心配ならこの聖句を唱えな。まあ、そんなものなくったってきっと大丈夫だとは思うけどね」


 古いお守り袋の中には羊皮紙の感触がする。きっと中に聖句が書かれた紙が入っているのだろう。


「かたじけない。お代はいかほどで?」

「いいんだよ。本気で見ちゃいない。私くらいのババアになれば皆できることさね……」

「う、うむ。しかし……」

「気になるなら小物でも買ってお行き」

「かたじけない」

「まあ、小物……かわいらしいですね。このぬいぐるみ……きっと産まれてくる子に良いはずです」

「ふふ、お目が高いねえ。それを選ぶとはね……」


 それから他愛ない話をして老婆とは別れた。

 まるで孫に接されているようで、こそばゆくも心に暖かいものを感じさせた。


「そのうち……そのうち、落ち着いたら子を見せにおいで。もっとも、それまでに私がくたばってなかったらだけどね」

「うむ、いつか必ず」

「ありがとうございました。占師さま」

「いいのさ。またおいで」

「はい」

「うむ!」


 この後、テイマーによる検査でジャクリーヌの妊娠は確実となった。

 めでたい話が一つあったが、皆それぞれに祭りを楽しんだようだった。


 ◎ゴブリン騎士の子


 それから季節は瞬く間に過ぎた。

 何しろ冬だ。皆、家にこもって内職をしつつ貯蔵した食糧を食べるくらいしかやることがない。

 そして、まだ肌寒さが残る春の夜明け。

 ジャクリーヌは産気づいた。


「とうとうですね。たぶん今日中でしょう。赤毛さんとコボルト術士さんは協力してください!主屋の客間を使います!お湯を沸かしつつ消毒!コボルト術士さんは万一に備えてポーションと回復の準備を!」

「おお、お産だでよ!わかりましただ!さあがんばるべ!」

「わかったよー。準備しとくねー」


 あわただしく皆が準備する中、ゴブリン騎士はどうすべきかわからず立ち尽くすばかりだった。


「て、テイマー殿、私に何かできることは?」

「ありません!あえて言えば終わったとき優しい言葉をかけてあげてください!」

「わかった……邪魔にならぬようにしよう。ジャクリーヌ、きっと無事で……!」

「ええ、あなた……ううっ!」


 ジャクリーヌの手を握って励ますが、すぐにテイマーの手で客間に運ばれていく。

 無力さに立ち尽くすゴブリン騎士の肩にに幽霊剣士が手を置いた。


「……お産の時の男など、皆そういうものだ……邪魔にならぬように隅で祈るくらいしかできんものだ……だが、終わったときの言葉には気をつけよ。一生忘れられぬ故……」

「師よ……ありがとうございます……」


 そうして、お産が始まった。

 1時間だろうか、2時間だろうか。苦しむ妻の声を聞きつつ、ゴブリン騎士は扉の前で右往左往するしかできない。

 椅子に座っては立ち上がって熊のようにウロウロする。

 それはまるで人間の夫のようだった。


「うう、うううー!」

「ひっひっふー、ですよ!」


 扉の中から苦闘の様子が伝わる。


「無力だ……私には、何もできぬ……!」


 そうだ今こそ占い師殿にもらった祈りの言葉を見る時だ!


『白銀の騎士神に今こそ陳情する。家庭円満を除いた私が今までに諸神にいただいた全ての祝福、その全てをこれから生まれてくる子どもたちに捧げる。

 その子の顔、妻に似て美しいように。

 その子の魂、その父に似て高潔であるように。

 そしてどうか健康に生まれてくるように。母子ともに無事であるように。

 白銀の騎士神よ、これは契約である。成就したまえ!』


 そこにあった言葉は、おそらく自身の身体を蝕むであろう祈りだった。

 今よりずっと体力は衰え、ゴブリン騎士は知らないがトレントの樹液による長寿すらなげうつ契約だ。

 それでも、迷いは無かった。


 今までゴブリン騎士は神に感謝を捧げても、願ったことはなかった。

 どうか頼みを聞いてくれとすがったことはなかった。

 だが、ゴブリン騎士は今はじめて神にすがった。


「白銀の騎士神よ!私は今初めてあなたに陳情する!どうか、どうか……!」


 そうして、彼は自らを犠牲にする祈りの言葉を唱え始めた。

 ためらいはなかった。ただ祈りだけがあった。

 やがて長い長い祈りが終わり、目を開けるとそこには一枚の白い羽があった。


 羽には金の文字でこう書かれていた。


『受理する。契約はすみやかに執行される』


 神々しく、埃一つ、染み一つ無い羽だった。

 ゴブリン騎士は震える手でそれをそっと触れ、跪いて両手で高く掲げた。

 そういえば、いつの間にかとても身体が重い。関節がきしむ。

 これが代償か……だが、後悔はない。何一つ。


「ありがとう……ありがとうございます……ああ、ゴブリンのこの身の願いを聞いていただけるなど……あなたに感謝します。神よ……!」


 頬を熱いものが伝うと同時に、産声が聞こえた。


「おぎゃあ!おぎゃあ!」

「おお……おお!やったのか!ジャクリーヌ!」

「まだダメですよ!少しこっちが落ち着くまで待っててください!手を洗って待っててください!」


 ドアを開けようとすると、中からテイマーの慌ただしそうな声が聞こえた。

 邪魔はすまい。だが一つだけ聞きたかった。


「わかった。今は入るまい。だが一つだけ聞かせてくれ!無事か!?」

「無事だよー。心配いらないよー」

「わかった……ありがとう。ジャクリーヌ、聞こえるか?よかった……!ありがとう、よくやった!」


 コボルト術士の声が聞こえた。

 へなへなと力が抜ける。ああ、身体がこんなにも重い。

 だが、これでよかったのだ……


 ◎誕生


 しばらくして中に入ると、窓から差し込む日の出の明かりに包まれてジャクリーヌと赤子はいた。


「おお、これが……」

「ええ、私たちの子ですよ」


 顔は、つるりとしていた。腹の中でぶいずん育ったせいだろう。

 黒髪はふさふさと。

 緑の肌に小さな角の生え始め。

 だが妻のように、人の子のような顔だ。美しく、愛らしい。

 すやすやと寝息を立てる姿はずいぶん健康そうだ。

 よかった。願いは叶ったのだ。


「触っても?」

「ええ、優しく……」


 そっと、手に触れてみた。力強く握り替えされる。

 大丈夫だ。きっとこの子は大丈夫。

 だが、ああなんと愛らしいのだろうか。


「男の子です……名前は、何にしましょうか」

「ああ、実はもう決めていた。アーサー!お前の名はアーサーだ!」


 それは、白銀の騎士神の古い名であり……また、それより遙か前、偉大なる騎士の王とされた者の名であった。


 ◎闇の章:次代のゴブリン王


 それとほぼ同時刻。ゴブリン王国では王妃の出産が盛大な祭りとして開かれていた。


「ふう、ひっひっふぅー……あああ、産まれるっ!」

「おお……!頼むぞ、王妃よ。さあ見るが良い!これが王子の誕生である!」


 どんどこどんどこ、とシャーマンと軍楽隊がドラムを鳴らし、松明は赤々と焚かれる。

 やがて、ずるりと赤子が生まれた。

 慌ただしく「娘達」により産湯がつけられ、やがて王子は顔を出す。


「ほぎゃあ!ほぎゃあ!」


 赤い肌、女のような顔、赤子にしてはずいぶん大きな身体。

 幾重にも胎内で刻まれた祝福の文様に、角の生えかけた額。


「よくやった……!」

「ええ、慣れておりますもの……ふふ、この子の名前は?」


 ゴブリン王が駆け寄り、王妃の手をそっと握る。王妃の息は荒いものの、余裕すら感じられる。

「娘達」の一人により王子の身体が高く掲げられえた。


「ああ、考えてある……次の王の名を聞くが良い!モルド……いや、モルドレッド!この子の名前はモルドレッドだ!」


 ドラムの音はひときわ高く鳴り、ゴブリン達の歓声が鳴り響いた。


『モルドレッド!モルドレッド!』

『王子の誕生を祝え!さあ祝うのだ!』

『王を称えよ!さらに王妃を称えよ!』

『万歳!万歳!モルドレッド王子万歳!』


 それは、古いオーガの王の名前であり……また、それより遙か昔に災厄の王子とされた者の名であった。


 今この瞬間、因縁が分かちがたく結ばれた。

 ああ、いっぱいの祝福を、君達に。

 後のゴブリン騎士団の「王」とゴブリン王国の初の「王子」が共に祝福されて産まれてきたというのは、特筆に値するだろう。

 そう、後の歴史には書かれた。

ひとますここで一段落です。

一応最終話も書いていて、ここから最終話にスキップすることも可能ですが、もう少しだけ書こうかとも思います。


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