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ゴブリン騎士と農民姫  作者: 照喜名 是空
躍進の章:一年目・夏
28/83

なんてことない一日

  ◎なんてことない一日の始まり


 家の購入と牧場の開墾は、村長との話し合いにより家の増築と周囲の開墾という形でまとまった。

 元々、街道沿いにまばらに家が建っていただけの村だ。土地は十分に余裕があった。


「シィィィイイイッ!」


 風が吹き抜けるような声が木霊する。続いて木と木を打ち合わせる音が5連。

 ゴブリン騎士の鍛錬の声だ。

 ゴブリン騎士の朝は早い。夜明けと共に起き出しては庭に立てた杭に木剣を叩きつける。

 それが陽が昇りきる朝まで続く。

 当初は猿吠ウォークライを上げようかと思ったが、さすがに迷惑だろうと陽が昇るまでは静かにやることにしたのだ。


「キエエエエイ!」


 十分に陽が昇ったのを確認してから猿吠ウォークライを上げて杭に木剣を打ち込む。

 さらに朝食までは素振りを兼ねた演舞を行う。

 正しい呼吸と正確な型をしっかりと確認し、日々の体調を計算に入れて微修正していく。

 この鍛錬法は武家者に教わったものだ。

 元々は素振りだけをしていたが、そこに杭に実際に打ち込むという改良が加わっている。


「おはようー、ゴブリン騎士。相変わらず朝早いねえ」

「うむ、コボルト術士どのか。すまんな朝からさわがしく。そちらも精が出るな」

「まあねえー。いろいろ研究したいしねえ」


 コボルト術士が起き出して、庭、というより家の近くの野原を開墾してつくった家庭菜園を弄る。

 この家庭菜園には魔術の触媒に使う薬草が多々植えられている。

 図書館で写本をしてきたコボルト術士は最近は錬金術に夢中なのだ。

 実際、鍋を使って妖しげなポーションを作っている。副産物として料理もできるようになったらしい。


「おはようございます!ごはんできましたよー!」


 その頃になるとテイマーが鍋を抱えてコボルト術士とゴブリン騎士の住んでいる納屋に来る。

 遅めの朝食だ。大体が肉粥か卵粥に昨夜の残りの野菜スープがつく。


「ありがとねー。テイマーさん」

「うむ、かたじけない。テイマー殿。いつもちそうになる」

「いえいえ!美味しい食事は主としての義務ですからね!かまどにかけておきますから早めに食べて下さいね!」


 納屋の真ん中には囲炉裏のように焚き火と竈が作られている。

 彼らが来てから何度か改良を重ねたが、もうずっとここが竈として利用されている。


「ああ、いただこう」

「うん、たべよっか」


 そうして、地面には使い古しの絨毯が敷かれ、その上で彼らは座って食べる。

 食器は何の変哲も無い白い陶器のお椀が二つだ。

 鍋から肉粥を掬い、スープを入れる。

 竈にはヤカンもかけられており、中には紅茶だ。

 これは鉄製の冒険用マグカップに入れていただく。


「うむ、うまい……」

「やっぱりこれだねえ」


 どれも染みいるように優しい味だ。暖かい食事を彼らはゆっくりと食べる。

 そうしてコボルト術士が魔法で水を溜めた水瓶を使い、ゴブリン騎士が鍋と食器を洗う。


「さあ!一日の始まりだ!」

「今日は何をしようかなあ」


 こうして、一日が始まるのだ。


 ◎面接


 昼前になるとドワーフの職人たちがやってきて家の増築を始める。

 彼らの多くは本来城塞都市の住人だが、今は村の宿屋に泊まっている。

 当然、宿泊費はテイマー持ちだが、まだまだ懐に余裕はあった。

 あまりに金を貯め込みすぎるとよくない。

 故にこう言う機会に近隣にばらまいて地元の経済を回す方が好ましいのだ。


「おう施主のお嬢さん。昨日あんたに尋ね人が来てたぞ」

「あれ?なんでしょうね?」

「あんたん所の職員募集に来たとかいっとったな。まあそのうち来るじゃろ」

「ああ!よかった……いろんなギルドに張り出しておいた甲斐がありましたね!」


 テイマーは農業ギルド、冒険者ギルド双方に加え、この村のいくつかの場所に募集の張り紙をしていた。

 ギルドに宣伝を頼むのには多少の金がかかったが、これも必要経費である。


「んじゃあ作業に入るからな」

「はい!よろしくお願いします!」


 とんかんとんかん、槌の音も高らかに作業が始まる。

 何しろ家畜小屋に使用人部屋、それからゴブリン騎士たちのための『離れ』まで作らねばならないのだ。

 特にゴブリン騎士たちの小屋はかなり広めにとってある。最低でもゴブリン騎士とその嫁のための部屋、コボルト術士のアトリエ兼寝床が必要で、さらに増えたときのための雑魚寝部屋まで構想に組み込んである。

 しかし魔法も組み込んだドワーフによる職人芸はわずか3ヶ月でこれを可能とした。


「すいませーん、テイマーさんのお宅ってここッスか」

「あ、あのわたすもこの人と同じ件でえ……」


 昼下がりに若い女二人がテイマー宅を訪れた。

 一人は妙にやさぐれた猫人、一人はいかにも田舎者のドワーフだった。


「あ、はい。そうですよ。牧場の募集に来られた方でしょうか?」

「そうっス」

「そうだでよー」

「じゃあお入り下さい。今増築中なんでうるさいですけど」


 金槌の音が響いているが、会話に困るほどではない。

 二人はテイマーに導かれて客間に入った。

 木造で白い塗り壁のシンプルで清潔な客間だった。暖炉とテーブルがそろっている。

 促されるままに二人は椅子についてテイマーはその前に座る。


「ええっと……なんてお呼びすれば?」

「錆猫の斥候とよばれてたッス。今は錆猫で良いっス。本名はエイミーっす」

「わたすは赤毛の田舎者ホブとよばれてたでよ……赤毛でお願いしますだ。本名はアンともうしますだ」


 錆猫は最低限の礼儀は通すも素っ気ない態度で、赤毛はやや緊張気味に笑っていた。


「わかりました。こちらでお願いしたい仕事は、牧場の動物の世話にいずれは畑の世話、それと料理に掃除、買い出しとかになると思うんですが、大丈夫そうですか?」

「それなんスけど、私と赤毛で話し合った結果、掃除に料理と買い出しは私ができます。元冒険者なんで街までの自衛くらいならなんとかなりますから。赤毛は動物の世話や畑いじりなら前にやってたそうなんで、分担すればできると思うッス」

「は、はい!そういう仕事なら得意ですだ!」


 明らかに牧畜の方が大変そうだが、それでいいのだろうか?テイマーは思ったが本人達が良いというならまあいいか……と考えた。


「なるほど、元冒険者の方と農民の方ですね。わかりました。一応なんでこの仕事を選んだのか聞かせて下さい。いやお金なのはわかるんですが、どういうのを期待してこられたのかなって」


 二人は少し考えた後、錆猫から話し始めた。


「あー……あたしは冒険者であんま芽が出なくってッスね……都会に疲れちまったんス。そしたら田舎過ぎず都会過ぎないここで募集があったもんスから。メイドの真似事くらいはまあできるッスし。丁度いいかなって」


 テイマーにとってはたまに見る手合いであった。都会に疲れた鳴かず飛ばずの冒険者はわりと見るものだ。

 ああならないように気をつけよう、と思う手合いだ。それでも、錆猫の態度はまあ悪事はしない程度に教養はあるだろうと思わせる物だった。

 それが終わってから、赤毛はまた少し考えて話し出した。


「わたすは……都会と、テイマーさんにあこがれて田舎から出てきましただ。わたすの家はそれはもうド田舎で……田舎が嫌になっただす。テイマーさんの歌を聞いたりすて、わたすもこんな風になりてえと思ってたところに農業ギルドの張り紙を見てぇ……なんとか田舎を抜け出てきただす」


 これもテイマーにとってはよく見る、かつての自分を思い起こさせる手合いだった。

 田舎から路銀を握りしめて精一杯に都会に出てきた小娘。夢はあるが都会で通用するものはあまりない。

 導いてあげたいが、自分を目指しても、同じようになれるかは疑問がある。

 とはいえ、掛け値無く善良そうな態度は信用に値した。


「わかりました。お二人とも給料は月に金貨20枚からですけど、大丈夫ですか」

「十分ッス。さすが一流って思ったっス」

「十分すぎますだぁ……そったらお金、田舎では見た事ねえ」

「あはは、正直ですねお二人とも……あとは、うちはゴブリン騎士さんとコボルト術士さんがいますし、私も死霊術士を囓ってます。それからもそういうことは増えていくと思うんですけど受け入れられます?」


 二人とも大きくうなずく。


「そりゃまあ、あたしら二人ともゴブリン騎士の歌を聞いてここを知ったようなもんスから」

「う、歌の通りの方ならあたしらが嫌うなんてとてもとても……ゴブリンでも高潔な騎士なら……」

「で、どの程度マジなんすか」

「ゴブリン騎士さんについてはほとんど誇張がないですね……本当に高潔だし、本当にメチャクチャ強いですよ」

「まあ。何かあったらあたしは辞めますんで……目下のもんにも優しいんでしょ?高潔なら」

「きっと大丈夫ですだよ!あたしは信じてるだ!」

「ま、まあ……何かありましたら私はあなたたちを庇いますから……じゃあ採用ってことでいいですか?」

有難(あざ)ッス」

「ありがとうございますだ!さっそく何をしたらいいだ?」


 錆猫はひどく冷静ビジネスライクに、赤毛は焦りとやる気に満ちて立ち上がった。


「あ、じゃあ今日はお料理と開墾の準備と顔合わせで……」

「了解っス」

「わかりましただ!」


 そうして二人はまだ建築中の使用人部屋に代わり、客間の使用を許された。

 荷物を置き、一休みしてからキッチンに向かう。そこには静かな高揚があった。

 今日から新しい日々が始まるのだと。


 ◎夕暮れ


「あの、奥様。ちょーっと疑問なんスけどゴブリン騎士さんていつもあんな鍛錬やってんスか……」

「ええ、休日はだいたいあんな感じですね。夜明けから夕暮れまでずーっとですよ」

「いや常軌を逸してる練習量ですって……それに、マジで強いんスね……」

「あっ、わかりますか?」

「いやあのサンドバッグにしてる立木、同じ所に寸分狂い無く打ち込むから木刀で木が切れかかってるじゃないッスか……それにあの剣筋は斥候の私でも解るくらい一流っス」


 錆猫は割烹着に近いメイド服に着替えてパスタを茹でているが、その目線は窓の外に見えるゴブリン騎士を見ていた。

 まるで歯車仕掛けのように全く同じ動きを繰返している。

 ゴブリン騎士の奧に潜む静かな狂気を初っぱなから体験してしまった錆猫は少し引いていた。


「ええ、ですからゴブリン騎士さんは強いですよ。それにちゃんと高潔です。あなたが善良である限りは……」

「大丈夫っス!きびきび働きます!」

「ですよね!」


 錆猫の心の隅にあった妬みやら悪心は消し飛んでいた。

 内心は『ちょっと歌に歌われた程度で実際はたいしたことない成金だ。嫌な仕事なら隙を見て金をかっぱらって逃げよう』と頭によぎっていた。

 だがそれが本気ではないにしても実行すれば待っているのは死だとよく実感できた。

 今のところは仕事も楽だし真面目に働こう、と決意を新たにした。


「あんのぉ~」

「はい、なんですか赤毛さん」


 赤毛はオーバーオールに麦わら帽子、三つ編みの田舎スタイルで土を家に上げないように窓から挨拶した。


「畑仕事なんだすけど、一日で開墾は終わっちまいしただぁ。コボルト術士さんはすごいだぁ。都会のコボルトさんは田舎のクソコボルトとは全然ちがうだぁ~」

「えっとね、大変そうだからゴーレム貸してあげたの。赤毛さんの指示で動かしたからちゃんと畑にはなってるし、祝福かけといたから間違いないはずだよー」


 赤毛の短い足下にはコボルト術士が魔女の三角帽を被って立っている。


「あっ、じゃあ今日の作業はここまでで、泥を落したらみんなでご飯食べましょう。終わったらゴブリン騎士さんとコボルト術士さんにご飯を持っていきますから、その時に顔合わせしましょう」

「わかりましただぁ」

「今日のご飯なに?メイドさん」

「へっ?ああ、ええと、娼婦風プッタネスカパスタっす……」


 娼婦風パスタとはトマトと黒オリーブの漬け物、アンチョビとパン粉が特徴的な酸味と塩味の効いた赤いパスタだ。

 

「へえ、これがそうなんだー美味しそうだね」

「あ、有難(あざ)ッス……」


 錆猫はコボルト術士の目をのぞき込んでしまった。そこには、いざというときに敵に示す慈悲はなかった。

 ただ深い虚無が広がっていた。

 絶対に敵に回してはならない相手だとよく理解した。

 猫背が伸びる思いだ。

 ともあれ、夕飯だ。食べて仕切り直そう。


「いやあー、見直したっス。皆さん本当に実力者揃いで……へへへ……」

「コボルト術士さんは良い人ですだよ!毛並みも綺麗だし安心しただー」

「あはは、イメージ通りでよかったです……上手くやってけそうですか?」

「あっはい。真面目にやりまスよ!」

「大丈夫だす!ご近所の方もみんな親切で、田舎とは大違いですだよ」

「それはよかったです」


 女三人よれば姦しい。食事中の女子トークは上手くいったようだ。

 喋りながら食べ、喋りながら洗い、喋りながらゴブリン騎士たちの家畜小屋へと歩いて行った。


「ゴブリン騎士さん!コボルト術士さん!新しい人を雇いました。私たちや畑の世話をしてくれたり、家事を手伝ってくれるんですよ」

「錆猫ッス。斥候やってました」

「赤毛ですだ!農家ですだよ」


 竈の周りでコボルト術士から文字の手ほどきを受けていたゴブリン騎士は、素早く立ち上がって折り目正しい一礼をした。


「ごしょうかい、いたみいる。私はゴブリン騎士。主に仕える者どうしよろしくたのむ。そして、もしこの家に敵がきて貴公らを脅かすならば私は必ず貴公らを守ろう。我が剣に誓って」


 ややゴブリン騎士も緊張していた。同じ主に仕える同格者で若い女というのは彼にとってとても気を遣う存在なのだ。


「あっ、さっきの人たちだねー。コボルト術士だよ。よろしくねえ」


 コボルト術士はいつものように手を振った。自分が可愛い外見であることをよく知っている手つきだった。

 亜人二人の挨拶を見ておお……とメイド二人組が感心した。

 錆猫はそれが本当にきちんとした騎士の挨拶であることに驚き、赤毛はまるで本物の騎士様みたいだ!と興奮した。


「おおー……さすが騎士様だぁ。きちんとしてるだぁ」

「あー、まあ。お手柔らかにお願いするッスよ?先輩」

「むろんだ。誓って女性には無体なことはしない。とはいえ、この身は無学なゴブリン。不作法があればすまない」

「とりあえず食べようよ。おいしそうだよこのパスタ。温め直すね『万物に染みいる震動たる熱よ。奮い立て『加熱』』」

「う、うむ……うまそうだ。ありがたく馳走になろう」


 暖かい湯気と共にトマトとオリーブの香りが広がる。

 そうして、二人は静かにパスタを食べ始める。音を立てずにパスタを啜るのは礼儀の証だ。


「うまいな。これは。なんというパスタだろう」

「娼婦風パスタっス」

「……そ、そうか。変わった名だな……貴公が作ったのか?とてもうまい。かんしゃする」

「こんなんでよければ、いつでも作るッスよ」

「かたじけない。機会があればよろしくたのむ」

「おいしかったよ。お皿はぼくらで洗っておくからねえ。じゃあねえ」

「うふふ、顔見せは上手くいったみたいですね。これからここにいる全員がいわばパーティーです。よろしくお願いしますね!」

「了解っス」

「わかりましただ!」


 かくして、なんの変哲もない、しかし新しい一日が終わっていく。

 明日もまた、きっと良い一日だろう。

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