表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴブリン騎士と農民姫  作者: 照喜名 是空
冒険の章:一年目・春
24/83

闇の章:ゴブリン暗殺者の臣従

 ◎ゴブリン暗殺者


 交易都市から少し離れた草原地帯。どこにでもあるゴブリンの巣穴。

 そこに二人の流れ者ゴブリンがいた。


<これはまことだ!いくら食べてもなくならんほどの果物、いくらでもいる食える獣、さらには酒も出る!……戦働きをすればな。ゴブリンの王国は本当にあるのだ!>


 一人はゴブリン王国からの工作員として紛れ込んだゴブリンシャーマン。

 彼は熱心に見所のありそうなゴブリン達を口説いている。


<ほんとかぁ?戦士になるだけでそんなにいい場所があるのか?>

<信じられんな……きっと何かひどい企みがあるにちがいない>

<いや、俺は信じるぜ!こんな暮らしには飽き飽きしてたんだ>


 この巣のゴブリンたちは半信半疑でゴブリン工作員が手土産にした酒を飲みながら笑う。


<あんたはどう思う?渡りのセンセイ>

<……それで、そのゴブリン王国は戦士の他にはどのような者を探している>


 もう一人の流れのゴブリンが静かに口を開いた。

 その姿はゴブリンとしては異様で、黒いフードを被り、手足を布で隠している。

 丁度、かつてのゴブリン騎士のようだ。


<ほう、興味があるのか。渡りの。そうだな……まずわしのようなシャーマンだ。頭が良いやつは歓迎される。それから忠実な戦士だな>

<……なるほど、そうか。では、もし仮にシャーマンのように頭が良く、忠実な戦士たちの氏族があればどうなる>

<ふーむ……それを教えるには何か分け前がなくてはなあ……>

<……これを>


 黒フードのゴブリンがゴブリン工作員に岩塩の固まりを手渡した。


<おお、おお!……話がわかるな。話がわかるやつは向こうでも歓迎される。おまえのような腕利きで頭も良い戦士はな>

<おいなんだセンセイ、ゴブリン王国に行く気か?>

<さあな。だが、もしゴブリン王国の偉いさんに話がつくなら、もう少し俺の懐も緩くなると言う物……>

<……『甘い血』もなかなか良い値で交換できるのう>

<……もっていけ>


 黒フードのゴブリンが懐から小袋を取り出した。ゴブリン工作員は中身を確かめて頬を緩める。


<おお!おお!わかったとも。仕官とやらをしたいのだろう?いいだろうわしが少し話をつけてやる。おまえの氏族の名は?>

<……ゴブリン暗殺クラン>

<ほほう……わかったわかった。話はつけておいてやる。まあ気長に待て>

<ああ>


 ◎ゴブリン王国の夜


 その数日後、悪魔術士にいくつかの報告が上がってきた。

 ゴブリン暗殺クランの話だ。


「ゴブリン王。なにやら面白そうな者達が仕官をしたいと」

「無駄飯食らいはいらんぞ。文官か、せめて農民をよこせ」

「それにうちてもうってつけの人材のようです。複数の工作員から同時に彼らの氏族の名前……ゴブリン暗殺クランの名が上がっています」

「なるほど。こちらの存在に気づき、組織的に動けるくらいには頭が回る、か……渡りの用心棒になれるくらいには腕も立つ。と」


 石造りの砦には、あれからさらに家具や装飾品が増えていた。人間から略奪したものだ。

 ゴブリン英雄は高価そうな金の杯に入ったワインを弄びながら悪魔術士と話をする。


「その通りです。しかも彼らは貧しいながらも畑を耕し家畜を飼い、人を襲うのも極めて巧妙に隠れて行っています。共通語も喋れるようです」

「ふん、よく調べたな。ならばあいつらは俺たちのやりたいことを先にやっていたわけだ。自ら畑を耕し、自分の食い扶持を自分で増やす……くっくっく。使えるな、そいつら」


 ゴブリン王の傷跡まみれの緑の顔が凄みのある笑顔を作り、それが部屋のランタンの明かりに照らされる。


「ええ、まさに。文官として教育係としてこの国の模範となれるでしょう。彼らに農耕を指導させ、文官仕事もさせる。きわめて有能な人材です」

「だが、何か問題はあるだろう。言ってみろ」

「はい、それですが……彼らにこのような文化を教えたのは黒教だそうです。先日の自滅騒ぎで今は手が切れているようですが……我々の国教は今のところ赤教です」


 ゴブリン王は宗教と聞いて面倒臭そうにつまみのターキーをほおばった。


「赤教といってもせいぜい祖霊や赤の武神の勇猛を敬えと、その程度だがな……問題になりそうか?」

「いいえ、今すぐには。自らの黒教を捨てる気はないようですが、赤教を特別に敵視することもないようです」

「ならいい。いずれ坊主シャーマン共で頭をつきあわせてつじつまを合わせろ。それよりも、そのゴブリン暗殺者とやらの程度が知りたくなった。予定を合わせろ。工作員に言え『お目通りを許す。そのゴブリン暗殺クランとやら全員で出迎えろ。お前らの巣穴に来てやる』とな」

「かしこまりました。この出会いは僥倖でしょう」

「そうなることを願うがな」


 悪魔術士は執事のように丁寧に頭を下げて退出する。まさに王族が予定を組んで行幸するようにこれから下々に指示を出さねばならないのだ。


 ◎ゴブリン王、ゴブリン暗殺者の里に行幸すること


 そうして、悪魔術士の指示により1週間後に予定が組み上がった。

 恐るべき速さでゴブリン工作員たちにゴブリン暗殺クランに話をつけるように指示がゆき、それを聞いたゴブリン暗殺クランはわずか3日で広く散った暗殺者たちを里に戻した。

 人間であっても難しいであろう電光石火の判断である。


 ゴブリン暗殺クランの里は一見、ただの廃村に見える。

 だがよく見れば人間が来れぬようにわざと道を崩し、罠を張り、その上で建物を修理して使っている。

 家々にはブタや山羊といった家畜が痩せていながらも飼われ、山肌にしがみつくように棚田がイモを育てていた。

 パッと見れば山奥の落人集落といった感じだが、ここの住人はゴブリンだ。

 皆、黒いフードのコートを被り、陰気に歩いている。


<ゴブリン王、ご行幸!皆平伏せよ!>


 その寒々とした村に見張りが高く声を上げた。

 家々からゴブリン暗殺者たちが素早く出てきて村の中央に隊列を組んで立て膝で平伏する。

 そして、やや遠くから屈強なゴブリン戦士たちの担ぐゴブリン王の輿がやってくる。

 周囲には拙いながらもラッパや打楽器を打ち鳴らすゴブリンシャーマンによる楽隊がつき、悪魔術士が先頭を切っている。


<ゴブリン王のお成りである!誰か歓迎の者はいないか!>


 ゴブリン暗殺者の長と暗殺者の里のシャーマンはその言葉に素早く対応した。

 まさに風のような速さでゴブリン王の隊列の前に出て、地面に膝を突いて平伏する。


<……直言をお許しねがえますでしょうか、悪魔術士どの>


 その言葉に、悪魔術士は少し感心した様子で眉を上げて応える。


<……許しましょう。あなたは?>

<私はゴブリン暗殺者の長、真名をアンナスル=タイル5世と申します。伏してゴブリン王さまご一行をご歓迎いたします>

<私はゴブリン暗殺者のシャーマン、真名をデネブ7世と。伏してゴブリン王さまご一行をご歓迎いたします>


 真名をあずける。それはこの地にあって相手の命にそれが死であっても聞くという全面服従の意を示す。

 その行為に悪魔術士はまた少し機嫌を良くした。


<丁寧な歓迎、ありがとうございます。案内を願えますか?>

<はっ、願ってもない光栄です>


 それからゴブリン王はオークと見紛う屈強なゴブリン戦士たちに担がれて里を見て回った。

 ゴブリン王の感想は『面白くもない寒村だが、これをゴブリンが作ったというのであれば我が国の希望になり得る』だった。


「それで、どうされますか?」

「わかっているだろう。こいつらが嫌と言っても俺は国へ連れて行く。ゴブリンが村を運営して畑と家畜でほぼ自活している。必要なのは苗床だけだ。すばらしい……共通語の文字と言葉も話せる。まったく、有用すぎて何に使うべきか迷うほどだ」

「私も同じ考えです。彼らが模範となって文化と技術を教えればすぐにでも我が国は国として成り立っていく」

「決まりだな。だがその前に少し摺り合せをしておくか。面接というやつだ」

「はい。場を設けましょう」


 そうして、悪魔術士の魔法により広場に豪勢な陣が敷かれた。

 四方を壮麗な布で囲み、野戦用のテーブルと椅子、ご馳走を用意したのだ。

 そこにゴブリン暗殺長と暗殺者シャーマンが招かれた。

 二人は哀れなほど緊張している……と思いきやそうではない。まるで合戦時の騎士のように堂々と油断ない様子だった。

 彼らもこれが交渉の正念場だとわかっているからだ。


<ご苦労、ええっと……アンナスル=タイル5世とデネブ7世。楽にしろ。椅子に座れ。何も取って食おうとか、このままお前達を見捨てて帰ろうなどとは思っていない>


 ゴブリン英雄が悠々と中央の玉座に座って笑う。真名をあずけられた主君がその真名を呼ぶのは、この場合では臣下になるのを許す、という意味となる。

 暗殺者たちは静かに椅子を引いて座り、王達の言葉を待った。目下の者から図々しく喋るわけにはいかない、と弁えているのだ。

 そこで悪魔術士が厳かに口を開く。


<直言を許す。君達にもいろいろと不安があるでしょう。仕官はしてもらいますが、まずは認識のすりあわせを行っていかねばね>

<はっ、ありがとうございます>

<ありがとうございます>


 そしてゴブリン暗殺長がその続きを話す。


<まずは、我らが臣従を許していただき、ありがとうございます。我らゴブリン暗殺者の里一同、命を賭けて王にお仕えする所存>

<ああ、お前達の忠誠はうれしく思うぞ。くくく、どこかの誰かを思い出す……愉快な気分だ。だがそれはいい。俺たちに何を期待する?なぜそこまでして仕官しようと思った。腹を割って話せ>


 悪魔術士もふふふ……と笑う。そう、このゴブリン暗殺者たちはゴブリン騎士にどこか似ているのだ。

 まるで自分たちがゴブリン騎士を臣下にしたようで、気分が良かった。

 だが、そこまでの忠誠とは裏を返せば何かを期待していると言うことだ。そこで確認をしておかねば後々おかしな事になる。


<二つ……我らが王に望みがあります。まず我らの信仰、黒教をお許しいただきたいこと。そして我らも国の運営に臣下として関わりたいのです>

<続けろ>

<はっ……ご存じでしょうが、我らは黒教の手先としてただのゴブリンからこのようになりました。それは我らの誇りでもあるのですが……我らは安住の地を探しています。ゴブリン王国の庇護が欲しいのです。我らは王の望み、ゴブリンの国、ゴブリンの安息の地を作るという大望に心底感服しました。叶うのであれば、その大業のお手伝いをしたく存じます>

<黒教の布教がしたいんじゃないのか?>


 ゴブリン王が少しのうさんくささと大いなる愉快さを感じながら問う。


<それが王の望みとあらば……ですが、信仰を無理に押しつけようとはおもっておりませぬ>

<ふん。坊主共は皆そう言う……まあいい、俺たちにはお前達の暮らしのやり方が必要で。お前達はその暮らしを広めたい。その認識で良いか?>


 ゴブリン王とゴブリン暗殺者の目が合う。ゴブリン暗殺者は歓喜の顔で深くうなずいた。


<おお……おお!まさにそうなのです。ご慧眼に感服いたします。黒教の信仰を守ることもそうですが、我々はゴブリンという種族に我らのような慎ましい暮らしを伝授したいのです>

<もう少しは豊かになってもらうぞ。俺は国民にあまり我慢をさせたくはない。国には歌と宴も必要だ。そこは呑めるか>


 ゴブリン王がぐっと身を乗り出して尋ねる。ここが勘所だ。双方そのように認識していた。


<はい、暮らしが楽になるのであれば、それに超したことはありません。ゴブリン国の民が楽しく暮らせることも……ですが我々は静かに暮らせれば、それで良いのです……>

<まあいい。()()()()好きに慎ましく暮らせ。食うに困らん程度にな。それから文官仕事に教育もやってもらう。場合によっては暗殺者としての手並みを使うこともある。それでいいか。民が気楽に過ごすのは()()()()()。できるか>


 この時点で国のビジョンに違いがあるのはゴブリン王は気づいていた。だからこそ、主導権は自分だと言い聞かせる。

 そして落とし所を探ったのだ。これが呑めなければ少々『わからせる』必要があるなとも思っていた。

 一触即発の空気だが、ゴブリン暗殺者は深く頭を下げた。


<はい。できます。我らとしてもそのような形が望ましいと思っていたのです。国に我々の立場があればそれでよいのです。民に強制しようとまでは……>

()()()()

<はい、ご期待に添えるように尽力いたします>


 ふうーっとゴブリン王がため息をついて杯を飲み干した。面倒な交渉が終わったのだ。


<ならばこれはお互い納得して臣従した、ということだ。ええい堅苦しい話は終わりだ!飲め!食べろ!>

<はっ、ありがたくいただかせていただきます……>


 ゴブリン暗殺者たちは信じがたい美味に舌鼓を打っている一方でゴブリン王は悪魔術士にささやいた。


「やれやれ、文官はこれで確保できたが、次は楽師やら道化が必要になってきたな」

「王の道化は私で良いと思いますが……」

「冗談は良い」

「わかりました。引き続き、引き入れられそうな者を探しましょう。労働を教えるだけでは片手落ちですからね」


 無言で丁寧に食事を食べる暗殺者たちを見てゴブリン王はワインをもう一口飲んで、にやりと笑った。


「だが良い買い物ができた」

「まったくです」


 ゴブリン王国は大きくなっていく。少しづつ、少しづつ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ