第6話 餌の確保(物理)も、飼育員のお仕事です
「今日は、みんなのご飯を取りに行きますっ!」
輝く日差しの下、ルナは高らかに宣言した。
南国バレンティ王国もいよいよ初夏。 30度を超える気温の中、外出は正直勘弁してほしいのだが、
「明日は、遠出するからきっちり服装を整えてきてねっ!」
とのルナのお願いに、[も、もしかしてデートのお誘い!?]と動揺した18歳男子、鏡の前で数時間悩んだ挙句、結局無難なよそ行きコーディネート(白Tに黒ジャケット、黒チノパン、白スニーカー)を選んでしまいました……
モノトーンにした事を逃げとは言わないでくれ……まだまだオレとルナの仲では、冒険できないんだよぉ……我ながら情けないが、髪が赤毛なのは助かったぜ! シルエットがひきしまる!
「……ほえ? なんでレオくんおしゃれしてるの?」
「レオ……勘違い男子くん……」
気合を入れたオレを待ち受けていたのは、女子二人からの無情な言葉だった。
そう、先ほどルナが宣言したように、今日は”ガーデン”の動物たちのために、ご飯……餌を取りに行くとのことだった。
あああ、勘違いしていた……はずかしい……オレはトボトボとアパートに戻り、冒険用の服装に着替える。
くぅ、女の子を待たせてしまった……あとでちゃんと挽回しないと。
レオは、意外にマメな男であった。
*** ***
「ごめん、待たせた」
「あはは、そんなに待ってないよぉ……ゴメンね! 勘違いさせて」
オレは着替えると、ルナたちの元に戻る。
こういう時に男は早く済すむので楽だ。
「それじゃあ、改めてしゅっぱーつ!」
元気よく宣言するルナは、白いシャツをインナーに着て、丈の長いベージュのジャケットを羽織っている。
少し短めの白いスカートが風に揺れてドキドキする。
すらりと伸びた長い脚の足元はブーツ。
手にはメイジ・スタッフと釣り竿? を持っている。
釣り竿にメイジ・スタッフ? よくわからない組み合わせだな……そもそもルナは魔法が使えたのか? ここに来てから、魔法を使う所を見たことが無いが。
「ルナ……まずは海でしょ……こっち」
歩き出そうとするルナを引き留めたのは、青髪の少女。
こちらは、水色のインナーシャツに紺色のジャケット、青いホットパンツに黒のタイツ、青のスニーカーと、全身青で固めたコーディネート。
オレ達の同僚兼ルナの親友、メリッサである。
年齢はルナの2つ上で、オレの1つ下の17歳。 ”ガーデン”では、水生生物全般の管理・研究とすべての経理業務をこなしてくれる理系少女だ。
感情の起伏が乏しく、ダウナー系に分類される性格だが、ルナとはとても仲が良い。
「あう、ごめん、忘れてた……まずは魚釣りだね! こっち、港に行こう!」
ルナはくるりと踵を返すと、バレンティ中央駅を挟んで、”ガーデン”とは反対側にある港に向かった。
*** ***
さんさんと降り注ぐ日差しのもと、オレはのんびりと釣り糸を垂れていた。
気持ちよさそうに飛ぶカモメを見ていると眠くなる。
「……なあ、ルナ。 普通の釣りで動物たちの餌を確保するのは難しくないか? 船を出して漁でもした方が……」
持参したバケツには何匹かのアジ、サバなどが釣れているが、こんなのペンギン一羽分にもならないだろう……非効率極まりないと思うのだが。
「駄目だよレオくん! 船を出すには漁業権がいるんだから! 勝手に捕ったら怒られちゃうよ……おおっ、きたっ! 7匹目っ!」
ざばっ、とルナがなかなか良型のアジを釣り上げる……彼女の腕前はそこそこだが……
「せっかく港にいるんだし、漁師からまとめて魚を仕入れるわけにはいかんのか?」
「…………予算が足りないの」
「ん……?」
当然の提案に、思いつめた表情をするルナ。
「戦争の影響かなぁ……帝国政府から支給される補助金が打ち切られちゃって……自治王国からは引き続き資金援助をもらっているから、最低限の合成飼料は足りてるんだけど、やっぱりおいしいご飯も食べてほしいし……」
なるほど……合成飼料とは、どの動物でも食べられるように、魔導的に合成された動物用の餌だ。 今日調達するのは、新鮮な餌……嗜好品というわけか。
ルナは本当に”ガーデン”の動物たちが好きなんだな……よし……暖かな気持ちになったオレは、ルナの為に一肌脱ぐことにした。
オレは目を閉じ集中すると”アニマルトーク”を広範囲に発動させる。
とたんに、腹をすかした大量の魚の感情が伝わってくる。
魚のような知能の低い生物の場合、会話ではなく感情を読み取ることができるのだ。
オレは、”アニマルトーク”を送信モードにすると、ここに極上の餌があるぞ! という感情を魚たちに伝える。
たちまち、オレ達の仕掛けにたくさんの魚が集まってきて……
「ふおおおおぉぉ!? まさかのアジサバイワシ5連ッ?」
「こ、これわっ!? 幻のミナミエメラルドフエフキダイっ!? なぜこんなところに!」
そこから1時間、オレ達の爆釣伝説が幕を開けたのだった。
「すっご~~~い! レオくん、これもまさか”アニマルトーク”の効果なのっ?」
途中でバケツを取りに戻り、釣りに釣ったりバケツ15杯分だ。
乱用すると、漁師の皆様に海に沈められるので、ほどほどが肝心だ。
「これで、ペンギンさんたちにご馳走をあげられるよぉ~! レオくんありがとう、大好き!」
ぎゅっ! とルナが抱きついてくる。
ああ……この”大好き”には恋愛感情が入ってないとしても、伝わるやわらかな感触も含めて、この環境……最高だ!
オレもうずっとここでいい…
「おおお……レア魚類がこんなに……レオ、また今度頼みたい。 私は急ぎ標本作成するので、後はよろしく!」
メリッサにも満足してもらえたようだ。 彼女は研究者の顔になると、風のようにいなくなってしまった。
「……ええっと、ルナ……次は街の外に行くんだよな?」
「……はっ!? う、うん! 次はお肉を調達しようと思って……だだ、だいじょーぶだよ、ちょっとイノシシを捕まえるだけだし、しゅ、狩猟ライセンスはわたしが持っているから」
正面から抱きついてしまったことについて、今更ながら恥ずかしくなったのか、ところどころ詰まりながら次の行動予定を説明してくれる……やべえ、超萌える!
*** ***
1時間後……街の郊外の森で、オレ達はイノシシ(隠語)と対峙していた。
「なあ……ルナ……これがイノシシ?」
「あ、あはは……ちょ、ちょ~~~っと間違えちゃったカナ?」
なぜこうなってしまったか、事のいきさつはこうだ。
森に入ったオレ達二人、視力の良いルナがイノシシの背を低木の向こうに見つけ……しびれ薬を塗った折り畳み式の弓矢を準備する。
低木の向こう……? イノシシにしては背が高くないか、いったん様子を見ようと声をかける間もなく、まっすぐ飛んだ矢は”イノシシ”の背に刺さり……以上経緯終了。
オレ達の目の前では、巨大なAクラス魔獣、ヒュプノ・バッファローがオレ達を威嚇していた。
ヒュプノ・バッファローはバッファローの突然変異種であり、角に闇の魔力を宿すことで眠りの魔法を使いこなす。 体長は大型の個体で5メートルを超え、気性も荒いので注意すること。
魔獣辞典に載っていた情報通りのようで、ため息が出る。
”アニマルトーク”でなだめようにも、奴は知能が低くしかもいきり立っており、話を聞いてくれる可能性は低い。
なんとか倒すしかないか……とはいっても、オレの攻撃魔法の腕は大したことが無い。
Bクラスの氷系魔法を何とか使えるぐらいだ。
Aクラス魔獣を倒すには何十発と当てなくてはいけないが……
急所に当たることを期待して、やるしかないか……。
ブンッ……
「! レオくん、攻撃魔法も使えるんだねっ……それなら」
オレが覚悟を決めて氷系Bクラス魔法”アイシクル・ランス”の術式を展開すると、ルナがぱっと顔を輝かせる。
「待って! 私の増幅魔法の後に続けて……!」
リイイイィイィン……!
ルナがメイジ・スタッフを掲げると、大きな魔法陣がオレ達の前に展開される。
増幅魔法! 魔法の威力を増幅してくれる特殊魔法である。
そんなレア魔法をルナが使えたとは……一般的には1割から2割、威力を増してくれる。
これで倒せる確率が上がったぞ! 勇気づけられたオレは、”アイシクル・ランス”を発動させる!
人間の背丈ほどの氷の槍が生まれ、増幅魔法の魔法陣を通過する。 オレは氷の槍が少し大きくなるくらいだろうと思っていたのだが……
ビュオオオオォォォォ!
荒れ狂う氷嵐と化したオレの魔法は、ヒュプノ・バッファローを丸ごと氷漬けにした!
「…………」
思わず呆然とするオレ……この威力、Sクラスの攻撃魔法に匹敵するぞ……BクラスとSクラスの威力差は、単純計算で16倍。 魔法の威力を16倍にする増幅魔法なんて、見たことも聞いたこともないが……
「すすす……すっごいよレオくん! ここまで増幅されるなんて、わたしも始めてだよっ!」
この結果はルナにも予想外だったのか、あわあわと慌てている。
「魔力位相の相性によって、増幅率が変わるって王国の魔導士さんは言ってたけど……わたしとレオくん、すっごく”魔法力”の相性がいいんだね!」
あっ……これは惚れる……。
にぱっ! と満面の笑みを浮かべながら超ドキドキすることを言うルナに、オレはすっかりK.Oされていた。
……ヒュプノ・バッファローの冷凍肉は、1か月分の新鮮な餌になりました。