第3話 地獄の番犬、ケルベロス(もふもふ)登場
「レオくん、準備できた? 今日からお仕事だよっ!」
気持ちのいい青空のもと、ルナが高らかに宣言する。
昨日はあの後、職員の皆さんに俺のスキルを紹介した。
驚き、喜ばれた後、褒められまくり、そのまま定時後に歓迎会へ。
オレは、気分良く官舎となっている駅前のアパートに帰り、タップリと休息を取った。
そして、今日が初出勤というわけだ。
給料はちゃんと出るんだろうか……と危惧していたが、一応、オレの立場は帝国執務員、つまり公務員なので、給料は帝国から支給されるという事で一安心。
今日は平日だからか、入場者は少なそうだ。
ただ、場内の案内などは地域のボランティアの人たちがやってくれている。
オレたち職員は、動物の世話など、裏方の仕事に集中できそうだ。
「と、いうことでー! まずは”シルバー・ケイオス・ガーデン”の動物たちを紹介しながら、給餌をしよう! おー!」
今日もルナは元気いっぱいだ。
見ているこちらも元気になる。
彼女は長い後ろ髪をハーフアップにし、帽子をかぶっている。
上下とも、カーキ色の作業着に安全ブーツといういで立ち。 ザ・現場の人な格好だ。
オレも同じ格好だが。
「ふぅ、やっぱり今日も暑いねー。 バレンティ王国は大好きだけど、この暑さだけは大変だね。 ちゃんと日焼け止め塗らないと、すぐに赤くなっちゃう」
ルナは、胸元のボタンを外すと、上着をパタパタする。
おいっ……む、胸の谷間が丸見えだぞっ……うう、オレも健康な18歳男子なので、そんな無防備な姿を見せられると思わず前傾姿勢に……ここまで移動続きだったので、”男子の嗜み”をする暇がなかった。
くぅ。
女性3人以外は老人たちの職場だ……警戒する必要もないのだろうが、今は同世代の男が同僚なのだ……気を付けてほしいな。
”胸が見えるよ”と注意するわけにはいかない……今度メガネのお姉さんにそれとなく注意してもらおう……オレが煩悩と闘いながら前傾姿勢を続けていると
ブワワワッ!
ふいに、背後から巨大な闇の魔力を感じた……なんだ!?
慌てて振り返ったオレが見たのは……
凶悪な眼光をたたえる6つの目、軽く開いた口には鋭い犬歯が並び、唾液でてらてらと光っている。
闇の魔力を纏う漆黒の毛皮の先端は、青白く輝いており、いかにも強そうだ。
強靭な4本足の先には鋭い爪……3つの頭を持ち、地獄の番犬と恐れられる、ケルベロスの姿がそこにあった。
くっ、Sランク魔獣が何でこんな所に!? オレは氷系の攻撃魔法しか使えないが、なんとか時間を稼いで……
てくてくてく……
オレが悲壮な覚悟を固めていると、ルナが無警戒にケルベロスの前に歩み出る。
なっ……この魔獣の危険性を分かっていないのか!?
「もう! 男爵、新人くんを脅かしちゃだめでしょ!」
ぺちっ
しゅわわわ……
ルナのへなへなチョップがケルベロスに触れた瞬間、その凶悪な姿は掻き消えて……
(わうわう!)
3つの頭はそのままに、手足は短く、白銀の毛はもふもふに、赤い目はくりくりと愛らしく……とても
かわいらしい地獄の番犬が出現した。
「……はい?」
思わずフリーズするオレの横で、ルナはケルベロス? をなでなですると、オレに紹介してくれた。
「驚かせてゴメンね、レオくん。 この子はポチコーロ男爵。 伝説のケルベロスにして、この”ガーデン”にいる動物たちのリーダーなんだ」
リーダー? 伝説のケルベロス? このかわいらしいモフモフが?
大量のハテナを頭の上に浮かべていると、がうがうとポチコーロ男爵……もふもふケルベロスが抗議してくる。
”アニマルトーク”で話を聞いてみるか。
[小僧! 闇の眷属である我を愚弄するのもいい加減にしろ! 誰がもふもふケルベロスか!]
[しかも貴様! ルナに発情していたな……なんと卑劣な奴! 恥を知れ!]
……何か怒られているらしい……オレは反論するべく、”アニマルトーク”で自分の言葉を通訳する。
[しょうがないだろう! オレだって健康な男子なんだ……というか、ルナの無防備さは反則だろう! お前からも注意してくれよ]
[ルナのせいにするとは、どこまでもけしからん奴! この娘は、我が生まれ変わった直後、怪我をして倒れていたところを保護してくれた天使なのだぞ! 劣情を催すなど笑止千万!
[成敗してやるから、そこになおるがよい]
何やら高潔なことを言っていたが、オレは気付いていた……
[ふん、マジメぶるのもいいが、オレは見ていたぞ……先ほどルナがお前を撫でるときに、左右の頭で胸の谷間をガン見していただろう! しかも、もふもふの毛でごまかしているが、その毛の下で膨らませているじゃないか!]
[ぎくっ!]
ふふ、形勢逆転だな! 伝説のケルベロスといっても、コイツも生まれ変わってすぐの若い身体……発情するのも仕方ないといえる……オレはしゃがみこみ、がしっ! とポチコーロ男爵の頭を抱くと、その耳にささやく。
[オレもルナと仲良くなりたいし、ここはお互い両成敗と行かないか? 先ほどバカにしたことは謝る……お詫びの印として、これをもらってくれ]
[む……!! そ、それはっ!]
すっ……とオレが懐から取り出した”ブツ”を見て、ポチコーロの毛が逆立つ。 驚いているらしい。
[それは、まさか……”だんけちゅーる”!!]
そう、帝国の某企業が作成した、どんな犬でも骨抜きになる、犬界の麻薬といわれる珠玉の餌である!
[く、くっ……魔界を席捲した生ける伝説である我がこんなものに…………ああああ、たまらんっ!]
はふはふと即落ちするポチコーロ男爵に、オレは勝利の笑みを浮かべる。
[これで交渉成立だ。 おたがい、なにも見なかったことにしよう]
[む、しかたない……して人間よ、先ほどの逸品をどこで……]
「ふふ、レオくんとポチコーロ男爵、あんなに仲良くなって……”アニマルトーク”ってすごいんだぁ! さっすがレオくん!」
……キラキラとオレを称賛してくれるルナの眼差しが、少し心に痛かった。
ともあれ、オレは動物たちのリーダーであるポチコーロ男爵と、ある程度の利害関係……友情を結んだのだった。