最終話 中央に戻ってこい? 嫌なんですけど……
帝都宰相府議事堂 中央会議室
急遽召集された”対共和国戦争運営協議会”は、しょっぱなから紛糾していた。
タバコの煙で曇る会議室に怒号が響く。
「そもそも! 財務局が軍にもっと予算を割いていたら、人海戦術で押し切れた話だ!」
「何をおっしゃいますか! これ以上軍に予算を回したら、臣民の生活は耐えきれませぬ! 軍部は帝国1億の臣民を飢えさせても良いと言われるのか!」
「そこまでは言っておらん! だが国が無くなれば飢える飢えないの話ではなくなるのだぞ! 大局を見よ!」
戦争中の国にはありがちな、予算と現場の戦いである。
そもそもの発端となったのは、数か月前から投入されだした敵である共和国軍の新戦術だ。
敵を直接殺すのではなく、体内に干渉し悪性の魔力で病気や炎症を発生させ、後送させることでより多くのリソースを削る服毒魔法。
竜戦士ジョブが消えることにより大量に余剰になっていた魔獣ワイバーンを魔導的に使役することで実現した超高速魔導戦闘。
「毒に……竜戦士だと? 100年前の戦術だ。 馬鹿馬鹿しい……」
軍の戦略立案を担当する総参謀長が忌々しげに吐き捨てる。
いずれも、洗練された魔法、高度に魔導化された戦術を追及してきた帝国が、過去に捨て去った技術だ。
「そもそも、ワイバーンを使役できるスキル持ちなど、途絶えたはずだ! どうやって共和国軍は魔獣を使役しているのかね!?」
「……そ、それは目下調査中でして……」
苛立ちまぎれの質問に、魔導技術将校が恐縮しながら答える。
おのれ……悠長なことをしていると戦争に負けてしまうぞ……無駄飯食らいの技術屋め……
「総参謀長……今年の帝国執務員受験者に面白いスキルの持ち主がいまして……」
ん? 人事局の局長が何の用だ?
総参謀長は、渡された受験者のスキルシートを確認する。
「ほお、これは使えるかもしれん……物は試しだ、呼び戻せ!」
総参謀長が机に放り投げたのは、レオのスキルシートだった。
*** ***
バレンティ自治王国はまだまだ夏真っ盛り!
先日、”ガーデン”の誇るオモシロ魔獣達と始めた3つのアトラクション、
”ポチコーロ男爵のもふもふガーデン”
”ジョンの遊覧飛行・極”
”ユニコーンのフラワーフェスティバル”
は、大好評だ。
評判が近隣地域からも観客を呼び、広報のアリシアさん、経理のメリッサもほくほく顔だ。
どんどん仕掛けていくべきだろう……そんなオレは今日、”ガーデン”の中央広場に仮説のテントを立て、”臨時診療サービス”を実施していた。
これは、いつも”シルバー・ケイオス・ガーデン”を支えてくれる王国の皆さんへの恩返しである。
オレの”限定治癒”(リミテッドヒール)、ルナの”増幅魔法”(ブースト)を組み合わせることで、
どんな難病でもたちどころに治してしまう夢のサービスだ!
「おおすごい……あれだけつらかったリウマチが……レオさん、本当にありがとうね……」
曲がっていたおばあちゃんの腰が、たちまちにまっすぐになった。
「おばあちゃん、調子が悪くなったらまた来てね」
天使の笑みで、おばあちゃんを労わるルナ。
ああ、なんて素晴らしいのだろう……皆さんからの優しい称賛も最高だが、何がいいってルナのナース姿である(台無し)!
清潔なピンクのキャップに白い上着……動きやすいように短めのスカートに、白いタイツだ。
断じて邪な感情は抱いていない……抱いていないが……クソ馬の物質合成魔法、最高じゃないか。
オレは、今度奴の餌に、セントユーカリ(玉露)を混ぜてやろう……と心に思うのだった。
*** ***
別の日、オレは駅前の大木に集まり、大量のフンをするムクドリへ対処するため、バレンティ中央駅広場にいた。
1羽なら可愛いが、数千羽集まると一気に公害と化すあの鳥である。
ウニの野郎とか、一匹でも公害なので少しはムクドリを見習ってほしい。
……話がそれたが、彼らのせいで中央広場はフンだらけ、美しい景観が台無しである。
このような場合に役に立つのが、オレの”獣会話”(アニマルトーク)である。
「じゃあレオくん、増幅魔法掛けるね♪」
ルナの”ブースト”と組み合わせることで、オレの”アニマルトーク”は半径数百メートルが効果範囲となる。
[森の奥に、美味しい餌がいっぱいあるよ!]
こうして感情に働きかけてやることで、むやみに追い散らしたりせず、彼らも納得して住処を移動してくれるのだ。
「おお、素晴らしい……さすがはガーデンの皆さんです!」
あっさりと解決した”フン害”に、中央駅の駅長さんも感激している。
「ふふ、ムクドリ相手にもちゃんと話して解決するとか、本当にレオくんは優しいねっ!」
ふむ……ルナの好感度も稼げたようだ。
みんなに感謝され、ルナも笑ってくれる……この仕事、最高だな!
「今日はこれでお仕事終わりだね! それじゃあまた明日!」
そろそろ夕方だ。 家に帰るルナを見送り、オレは気分よく駅前のアパートに帰るのだった。
*** ***
「おはようルナ……ってどうしたんだ?」
次の日……今日は天気が悪く雨模様だ……出勤すると、先に出勤していたルナが、浮かない顔をしている。
彼女の手には、大きな封筒が握られており、そこには帝国中央人事局の印が押されている……あれは、オレあての郵便物か? 今更なぜ?
「……うん、これ……わたしにも正式に魔導通信が届いたんだけど……読んでみて」
いつも元気なルナの歯切れが悪い……良く無い知らせだろうか……胸騒ぎのしたオレは、急ぎ郵便物の封を切る。
こ、これは……!
そこに記載されていたのは、オレを改めて帝国1種執務員へ採用する旨と、帝国軍参謀本部への出頭命令だった。
サクッと落としたくせに、今さら都合よく戻ってこいなんて……おおかた、戦局が思わしくないので、もしかしたら使えるかもしれないスキル持ちを試しておこうという事なんだろうが。
うっわ、めっちゃ腹立つな……!
「戦争に使えない奴はいらん」とまで言ったくせに……手のひら返しとはこういうことを言うのであろう……だがオレは一介の公務員……感情では納得できなくても、断る事なんて……
「……レオくん、帝都に……帰っちゃうんだよね……?」
オレの表情とリアクションですべてを察したのか、ルナはその大きな瞳一杯に涙をためている。
ぽろり、一筋の涙がこぼれ落ち、机に敷かれたレースの下敷きに一点の染みを作る。
……ああ、何をオレは迷ってるんだ……帝国執務員の地位がなんだ。
惚れた女の子を泣かせるような男に育てられた覚えはない!
どうせ尻尾を振って戻っても、ダメもとで使いつぶされるだけ……この場所でルナの笑顔と……優しい王国の人々を笑顔にする方が、オレにはよっぽど価値のある地位だ!
オレは、ふう……と息を吐くと、優しくルナの頭を撫でる。
「……ぐすっ……レオくん?」
最初に合ったあの日から、オレの心を捉えて離さない深蒼の瞳。
「心配すんな、ルナ……オレは帝都に戻る気はないよ」
「帝国執務員を退官するから、一般職員として雇ってもらえないか?」
「最初はバイトでもいい。 ボランティアでもいい……この”ガーデン”……オレの居場所を守る為ならなんだってするさ……」
「レオくん……ありがとう……ぐすっ……うええええん!」
感極まったルナは泣き出してしまった……うう、ここは”ルナのために”って言うべきだったかもしれない……恥ずかしかったんだよ! 分かってくれよ!
「ぐすっ……うん、わかった。 わたしもできるだけのことをしてみるね……だから、退官届を出すのは少し待ってくれる?」
ようやく泣き止んだルナは、覚悟を決めた強い意志をはらんだ眼差しでオレに言ってくる。
なんだ? オレとしてはもう帝国執務員の地位にこだわりはないんだけど……でもルナには何か考えがあるようだ。 ここは彼女に任せてみよう。
*** ***
帝都中央作戦本部 参謀長室
「総参謀長……これを」
人事局局長が、硬い表情で総参謀長に一通の書類を手渡す。
そういえば、辺境のバレンティ自治王国からSランクスキル持ちの職員を呼び戻す指示をしていたな。
彼は先日出した指示を思い出し、受け取った書類になにげなく目を走らせる……
ガタッ!
その瞬間、彼は椅子を背後に吹き飛ばしながら、立ち上がっていた。
「馬鹿な! あのお方から直々の書状だと! もう一線を引かれたのではなかったのか!?」
「私もそう思っておりましたが……サイン・家印ともに、本物に間違いありません」
「……信じられん……Sランクスキル持ちとは言え、たかが下級執務員一人だぞ……」
「いかがいたしましょう……あのお方からの抗議、流石に無視するわけには……」
困惑する人事局長を前に、総参謀長は大きくため息をついた。
「……仕方あるまい……もともと大した期待はしていなかったのだ。 わざわざ藪をつつく必要はなかろう……他をあたろう」
*** ***
「採用と出頭命令の取り消し? 一体何があったんだ?」
退官に備え、新たな住居探しとねーちゃんに一時費用を借りる算段をしているさなか、その指令は突然届いた。
まさか、ルナが何かしたのか? 何度も聞いてみるが、「秘密だよっ」と言って、一向に教えてくれない。
さすがに完全に取り下げることは出来なかったのか、”状況の変化に応じ必要があれば臨時協力を求む”との一文はあるが、まあ大勢に影響はないだろう。
キツネにつままれたような気もするが、ともかくこの騒動はこれで幕引きとなるのであった。
オレは、これからもこの”シルバー・ケイオス・ガーデン”で、大好きなルナたちと過ごしていくだろう!
いったんこれでレオくんの物語は完結となります。
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