08,性4
移動した先は、簡素な会議室だった。そこには、1人の青年がシキたちより先にいた。
「ユキヒラ! アサは……大丈夫なわけ……ないよな」
言葉を詰まらせながらその青年は、ユキヒラの肩に手を置いた。
「今回はかなり重い刑だからね……それより待たせてごめん」
親密さは分かる2人の会話のやり取りから、2人はアサを、他の男性たちのようには扱っていないことを感じ取った。シキは少し安心する。
「あの……ユキヒラ。この方は?」
「あぁ、すまない。紹介が遅くなった、彼はモーリス。僕たちは幼馴染で、アサとは同期なんだ」
モーリスはシキに笑顔を見せ、手を差し出して握手を求めてくる。その笑顔は場の空気を一気に和らげた。先ほどまでのユキヒラの強張った態度も消え、柔らかな印象に変わったのはモーリスのおかげだろう。
「これからのことを話そうと思って、モーリスも呼んだんだ」
その言葉には、決意がこもっている。
「さっそくだけど、シキ、君はアサを救えると言ったね。根拠はあるのか聞かせてほしい」
ユキヒラの瞳がシキを真っ直ぐに捉える。その場の空気はピンと張り詰めた。
「僕はある人から、コロシアムの優勝者を探すように言われてここに来たんだ。その人が言っていたんだ。『優勝者に、彼女に託せ』って……、一緒に持ってきた荷物がある。それを彼女に届けてほしいって頼まれたんだ。」
シキの言葉を聞きながら、ユキヒラは少し違和感を覚える。モーリスに視線を向けると、顔を見合わせた。モーリスが口を開いた。
「その荷物って、あの大きな木箱か?司令部に保管されてるが……開けられなかったんだ。あれ、何なんだ?」
「普通の人には開けられないんだよ。僕も詳しくは知らないけど……ただ、ドクターが言ってたんだ。『優勝者なら開けられる』って」
その言葉に、2人は驚きの表情を隠せない。なぜアサだけが開けられるのか。荷物の中身は何なのか。だが、最も気になることは一つだった。
ユキヒラが眉をひそめながら問い詰める。
「……あの荷物の正体は何なんだ?」
シキは一瞬言葉を詰まらせたが、申し訳なさそうに言葉を絞り出す。
「……それは、僕にも分からないんだ。僕も教えてもらってなくて……」
その答えに、ユキヒラの感情が一気に爆発する。
「ふざけてるのか!」
怒りに声を荒げるユキヒラに、モーリスが冷静に制止しようとするが、ユキヒラは止まらない。
「君が!君がアサを救えると言ったんだろ!なのに、正体が分からないなんて、どういうことなんだ!」
シキは怯むことなく、必死にユキヒラに向き合った。
「それでも信じてほしいんだ!僕はアサを救いたい!彼女には、自由な世界が待っているって知ってほしいんだ!」
シキの言葉には、強い想いが込められているのは目に見えて分かる。ユキヒラはその言葉に押し返されるように、黙り込む。モーリスもじっとシキを見つめ、彼の本心を探るような視線を送った。部屋には一瞬の静寂が流れ、緊張は最高潮に達していた。その時、部屋の扉がゆっくりと開く。
「誰だ!」
ユキヒラが、ゆっくりと開く扉の方に向かって声をあげた。今の内容を聞かれてはまずい。3人は固唾をのむ。しかしそこに立っていたのは、ピオニーだった。3人は少し安堵するも、彼女の表情はどこか沈んでおり、何かを考え込んでいる様子が見て取れる。
「……ピオニー?」
ユキヒラが声をかけると、ピオニーは静かにその場に歩み寄る。
「シキ、聞きたいことがあるの」
ピオニーはシキに真っ直ぐな視線を向ける。
「もし、アサがこの世界から抜け出せたら……幸せになれるの? この地獄から抜け出せたとして、そこに彼女を待っている未来が、本当に彼女にとって良いものなの?」
部屋の中は、さらに張り詰めた空気に包まれる。ピオニーの問いかけは、この場の誰もが心の奥底で抱えていた疑問だった。ユキヒラもモーリスも、その答えを聞きたがっている。シキは一瞬、言葉を詰まらせたが、深呼吸をしてから口を開いた。
「……僕は確かに、この世界をよく知らない。アサがここでどんな日々を送ってきたのか、全部理解できているわけじゃない。でも……少なくとも、宇宙では、アサは今よりも尊重されるはずだ」
ピオニーはその答えにしばらく黙って考え込む。彼女にとっても、この世界での苦しみは深く、宇宙という未知の世界に対する不安と希望が入り交じる。
「……わかった。でも、シキ、もしアサが苦しむことになったら、その時は……」
ピオニーが言葉を選びながら話すと、シキは静かにうなずいた。
「その時は、僕が責任を持って彼女を守るよ。どんな結果になっても、僕が責任を取る」
ユキヒラは拳を握りしめたまま、言葉を選ぶようにゆっくりと声を絞り出した。
「……信じろと言うなら、証拠を見せてくれ。アサにその荷物を開けさせることで、すべてがわかるんだな?」
シキは深く頷いた。
「そうだ。アサが開ければ、すべてが始まる。」
ユキヒラは目を閉じ、深く息を吐き、そして静かに口を開いた。
「わかった……だが、何かあったら、君に責任を取らせるからな」
シキはその言葉にうなずき、再び決意を胸に秘めた。