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07,性3

 

 拷問が始まってから十数時間が経過している。だが、アサには時間の感覚はもうなかった。疲労が極限に達し、体は鉛のように重く、全身を走る鈍痛が彼女の意識を曇らせていた。血が止まらない部分があちこちにあり、出血による痛みがさらに彼女を苦しめる。


「よー。まだまだ元気そうだな」


 アサの感情とは真逆のトーンで話しかけてくる誰か。その声を聞き、顔を上げ、霞む目で、眼の前の人物をとらえる。


「……ハワード……」


 ハワードはアサを見下しながら、不気味な笑みを浮かべる。彼にとって、今のアサは自分が優位に立てる絶好の機会だ。


「お前みたいな奴が、人助けなんて笑えるよな。散々人を痛めつけてきたくせに。しかも助けた奴が、シュードヒューマンだって? やっぱお前ら"女"は、どこまで行っても"裏切り者"だな」


 ハワードの言葉には、あからさまな侮蔑が込められていた。男尊女卑思想の強い彼にとって、今回の出来事は、さらに思想を強めてしまう要因となった。


「お前を殺すことは許されてないが、他の方法でたっぷり苦しめてやる。アルバート少佐の許可も取った。せいぜい、意識を保って楽しませてくれよ」


 少佐が今回の拷問刑を決定したのは、アサに対する地球軍の冷酷なメッセージそのものだった。志願者を募り、アサを思う存分痛めつける機会を、ハワードに与えたのだ。彼は嬉々として、アサの髪の毛を鷲掴みにする。


「でも残念だな。ヤるならお前の相棒ピオニーが良かったぜ。あいつもお前と同様、前から気に入らなかったんだ。気が強くて自分の立場ってもんが分かってない。でもアサ、お前と違ってピオニーは、普通の"女"だ。こっちが本気になればいつでも、痛めつけることは出来るんだよ」


「……やめろ。それ以上喋るな」


 声を震わせないようにするのが精一杯だったが、ハワードはそれを聞いて楽しそうに笑った。


「知ってるぜ? お前、本当は短気だろ? 怒ってみせろよ。そっちの方が燃えるんだ。どうせお前をヤった後、ピオニーも俺が面倒見てやるさ! ハハハッ!」


 煽りだということは、アサも理解していた。しかし、今の彼女は理性をギリギリ保つことしかできない。身体的・精神的な疲労が限界に達し、自分の中にたまった怒りが押し寄せる。仲間への暴言。ハワードの口から出る言葉は、まるで刃のようにアサの心を切り裂いていく。ハワードは続けた。


「お前も知ってるだろ? この世界ではお前ら"女"は、無力なんだよ。お前の大切なピオニーが、どれだけ気が強くても、"家畜"なんだよ。お前もそうだ」


 アサの体が震え始める。視界が揺れ、血が沸騰するかのように、怒りがこみ上げてくる。


「……黙れ、クソ野郎……」


 声が低く、震えていた。しかし、言葉の裏には抑えきれない憤怒が燃え盛る。ハワードは、さらに笑みを浮かべる。彼にとって、アサが怒りに飲み込まれていく様子こそが、最高の娯楽だった。


「そうだ、その顔だよ。怒れ、アサ。お前がどれだけ抵抗しても、結局は俺たちの下にひれ伏すしかないんだ。お前も、ピオニーも、所詮"女"なんだからな!」


 その言葉を聞くと同時にアサの怒りが、頂点に達した。全身を駆け巡る熱に体が震え、思考が歪んでいく。


「……殺す……」


 怒りで視界が、赤く染まっていくような感覚が、アサを襲う。



『ダメよ……怒ってはダメ。あなたがあなたでいれなくなるわ』



 怒りから繋がれた鎖と壊そうとする。その瞬間、聞き覚えのない声が再び頭の中に響く。アサは、瞬間的にその声を振り払おうとした。自分でもなく、ハワードでもない……だが、そんなことを考えている余裕はない。



『怒りに飲み込まれたら、あなたはもう元のあなたではいられない』



 頭の奥で繰り返されるその声は、鎖のようにアサを縛ろうとする。彼女は、体の中に渦巻く怒りと必死に格闘しながら、心の中で叫んだ。


(それでも……!)


 怒りがすべてを支配し、彼女を底なしの沼に引きずり込もうとしている。目の前のハワードに制裁することは、造作もない。しかし、声は冷たく続けた。



『抑えて。あなたが自分自身でいるために。怒りに身を委ねたら、そいつらと同じになってしまうわ』



(それでも……私はっ……)


 声が震える。彼女の中で怒りと理性が衝突し続けていた。怒りに屈してハワードを徹底的に壊すか、それとも冷静さを保って耐え抜くか。彼女の心は引き裂かれそうになる。



『あなたが壊れたら、誰が"仲間たち"を守るの? ピオニーも、ユキヒラも、シキも……』



(……っ!)


 その言葉がアサに、冷静さを徐々に取り戻させた。自分を見失い、ハワードに制裁することが出来たとしても、軍はそれを許すことはない。むしろ自分の行動で、ピオニーや仲間たちに危害を加えられかねない。頭の中で、みんなの笑顔が鮮明に浮かび上がる。彼女は怒りに飲み込まれるのを拒否した。


 ふっと、不気味な笑みがアサの唇に浮かんだ。


「お前なに笑ってやがる!」


 ハワードが声を荒げるが、アサは笑みを浮かべたまま冷静に言い返した。


「よく喋るゴミだな……お前に私が怒ることはない。なぜなら、お前は私より弱いからだ。弱いやつに限って、……煽り上手だな。それは褒めてやるよ」


 言葉の響きが冷たく、まるで人格が変わったかのような口調だった。アサは今、完全に自分を取り戻していた。冷静さと鋭さを持ち、目の前のハワードをあざ笑う。ハワードの顔が歪み始める。真っ赤な顔でアサの髪を乱暴に掴み直した。


「後悔させてやる!」


 この言葉を機にハワードによる拷問が始まった。

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