07,性2
「一体あれは……何をしているんですか……」
シキは愕然としながらポツリとその言葉をはいた。
「……拷問だ。君を助けたことと持ち場を離れたことによるね。」
シキはアサの状況を目の当たりにし、教科書で習った男尊女卑の世界の"知識"が、現実の"残酷さ"と、どれほどかけ離れているかを痛感した。宇宙での男女平等とはまったく異なるこの世界の現実に、彼の胸にはショックと深い困惑が押し寄せていた。
突然、『ビー』という不協和音のブザーが鳴り響いた。驚いている間に、赤髪に翠眼の瞳を持つ女の子が勢いよく拷問部屋に入ってきた。
「アサッ!薬の時間だよ……」
そういうと彼女はアサを抱き寄せ、水と一緒に"薬"を飲ませた。ユキヒラが彼女について話し始めた。
「彼女はピオニー。さっきのフラワーエリアをまとめてる子だよ。アサとはすごく仲が良いんだ」
「……今の薬って?」
シキは混乱する中で必死に状況を理解しようとしていた。彼女に与えられている薬が何なのか、なぜ必要なのかが気になって仕方がなかった。だが、心のどこかで、その答えがさらに残酷な現実を叩きつけてくる。
「……アサは他の女性たちと違って、軍人だ。ここでは、女性は主に"生産"の役割を果たすものとして扱われている。でも、アサは戦力としてその"機能"を抑えておく必要があるんだ。いざという時に捨てられる駒として。最低だろ?」
ユキヒラは軽く肩をすくめながら、少し冷めた笑みを浮かべて話す。皮肉めいた響きは、何も出来ない無力さもあった。ユキヒラ自身も軍という組織の理不尽さを覚えながらも、その一員として従わざるを得ない立場にいることに葛藤があるのだろう。
「なんでアサだけ"特別"なんですか? 他の女性とは違う理由は一体……?」
ユキヒラは一瞬、言葉を探すように沈黙したが、やがて静かに話し始めた。
「……5年前、違法なコロシアムにいたんだ。そこでは、宇宙から追放された女性たちが集められて、強制的に戦わせられていた。犯罪者やその家族が主な対象で、あの場所は酷いものだった。環境も劣悪で、負けた者には『最強化』という名の体罰が待っていて。恐怖と圧力の中で、アサは奇跡的に優勝したんだ。」
シキは驚いて、目を見開いた。
「でも、優勝者にはさらなる地獄が待っていた。特別試合として、殺人や、暴力の限りを尽くした男たちと、戦わせるんだ。アサはその試合にも勝った。それで、軍はコロシアム摘発の時、彼女を『保護』するという名目で連れて来たんだ。実際には、いざという時の捨て駒としてね」
シキはその言葉に息を呑んだ。ユキヒラの言葉にある冷ややかな現実が、彼の心に重くのしかかる。
「違法コロシアムの優勝者……? アサが……?」
「そうだ。あの地獄を生き延びただけでも奇跡だ。だが、ここにいる限り、アサは幸せにはなれないよ。どれだけ頑張っても、彼女には自由なんてないんだ。」
シキは言葉を失い、胸の奥で何かが燃え上がるのを感じた。すると突然、唐突な言葉が口をついて出た。
「僕が……僕ならアサを救えるかもしれないです!」
その言葉に、ユキヒラは一瞬驚き、目を見開いたが、すぐに険しい表情に戻った。急に何を言い出すかと思えば、現実的ではない。しかしシキの中では、すべてがつながっていた。
「アサだったんだ……僕が探していた人は……」
ユキヒラは眉をひそめた。
「探していた……? 何の話だ?」
「僕は、お世話になっている人に頼まれて、"優勝者"を探すために地球に来たんです。宇宙に行けばアサにだって自由はある。"幸せ"になることだって出来るかもしれない。だから……僕がアサを救えるかもしれないんです」
ユキヒラはその言葉に驚きを隠せず、静かにシキを見つめ、重い口を開いた。
「……君が本当にアサを救えるなら、そうしてほしいと思ってるよ。場所を移動しよう」
慎重に言葉を選びながら答える。自由に生きることが出来ないアサを、ずっとそばで見続けてきたからこそ、心からそう願っているのだろう。彼はアサを横目で一瞥し、静かに部屋を出ていった。
(アサ……あとで必ず助ける。僕を救ってくれた恩人を、このまま見捨てるわけにはいかない!)
シキは心の中でそう強く誓い、ユキヒラの後を追った。