06,性
『起きろ。』
その言葉が耳に響くのと同時に氷水を容赦なく顔に叩きつけられた。
「アサ少尉。貴殿には規約違反並びに反逆者としての罪が決定した」
顔が痛みでひりつきながら、冷徹に言い渡される。痛みは氷水だけでなく、殴打の痕跡も感じた。何が起きたのか思い出せない。しかし、罪を着せられ、これから拷問にかけられることだけは理解できた。
拷問ーーアサに対する耐え難い屈辱と恥辱が24時間にわたって与えられる。それは、アサの尊厳を削り取り、決して逃れることのできない恐怖を伴う。
「日頃からお前に対して、鬱憤が溜まっている奴もいるからな。存分に楽しめよ」
錆びついたドアがきしむ音を立てながら、ゆっくりと開いた。アサは目をゆっくり閉じ、冷たい壁に背を預けながら、深呼吸をした。
*****
アサとシキが軍に戻ると、そこにはアルバート少佐と数人の軍人が待っていた。シキはどういうことなのか良く分からなかったが、アサは何かに勘付き、少佐に対して敬礼を行う。
「アサ、持ち場を離れて一体どこへ行っていたんだ? 」
「はっ! 待機中に空からの落下物を目視で発見したため、そちらの調査に向かいました。」
「持ち場を離れるほどのことか? 」
「落下物が人間に見えましたので、救出するべきと考えて持ち場を離れた次第です。その結果、彼を救うことが出来ました。」
そうか……と軽く息をはく少佐。次の瞬間、アサを殴った。一発、二発と何度も何度も殴り始める。アサも抵抗することなく、殴られ続けてる。
「なにしてるんだ! アサが死んでしまうだろ!」
シキは叫んだが、兵士たちに押さえつけられて身動きが取れない。怒りで胸が締め付けられる。アサは何も悪くないのに、なぜこんな罰を受けているのか、シキには理解できなかった。
「軍人が人を助けるのは普通のことだろ!? アサは何も悪くないじゃないか! 」
「黙れ! シュードヒューマンが。貴様は我々地球人が、女より嫌いな人種なんだよ」
少佐が冷たくシキを見下ろす。
「喋るな、喚くな、息をするな。今回は宇宙との交戦で得た"戦利品"としてお前を生かしてやるが、次はないと思え」
その憎悪に満ちた言葉にシキは身体が固まってしまった。周りの兵士たちはアサが殴られる様子を見て笑いながら囃し立てていた。異常な光景だった。
「アサは24時間の拷問刑だ。志願者は名乗り出ろ」
少佐が静かに言うと、兵士たちは競って手を挙げ、俺がやる、俺がなぶり殺してやると興奮気味に声を上げた。シキはその空気に一瞬で冷静さを取り戻し、心の中で叫んだ。
(こんな場所にいたら、アサはアサでなくなる……この環境は歪んでいる……)
そして、シキは監禁されてしまった。どれだけの時間が経ったのか、もうわからない。アサのことが頭から離れない。
「シュードヒューマン……か……」
シキは小さく呟いた。宇宙で平等な世界に育ったシキにとって、この歪んだ世界は衝撃的だった。アサはこんな環境の中で今まで生きてきたのだと思うと、胸が苦しくなる。
『ギー……』
突然ドアがきしむ音を立てて開いた。部屋に入ってきたのは、シルバーヘアのボブカットの男の子だった。
「遅くなってすまない。」彼は穏やかな声で言った。
「僕はユキヒラ。君に基地を案内するように言われている。さあ、ついておいで」
ユキヒラに促されるまま、部屋を出て、基地内を歩き始めた。彼は親切に基地の各施設を説明しながら案内を続けた。
「ここは食堂で、こっちは医務室」
その後、彼は女性が暮らすエリア『フラワー』に案内した。ここは、女性たちが快適に過ごせるよう配慮されたエリアのようだが、どこか冷たい雰囲気も漂っていた。居住区の住民と思われる女性たちがシキを無言で睨みつける。
「あまり僕は歓迎されてないみたいだね……」
シキはその冷たい視線を感じながら、つぶやいた。ユキヒラはため息をつき、冷ややかな目でシキを見る。
「そうだね。正直僕も君のことをよく思っていない。君さえここに来なければ、アサは今頃あんな刑を受けなくて済んだのに」
シキは一瞬で青ざめる。
「彼女は……アサはどうなってるんだ!」
ため息をつき、やや渋い顔をしながらユキヒラは言った。
「彼女のもとに案内するよ」
ユキヒラはシキを冷たい廊下へと導きながら、案内する。シキの心は徐々に重く、緊張が増していく。その後、別の廊下に入り、特に厳重なセキュリティが施されたエリアに案内された。通り過ぎる部屋の扉はすべて厚い鉄でできており、冷たい金属の感触が伝わる。
「アサがいるのはこの先だ」
シキの心臓は鼓動が速く、手に汗を握っていた。彼の歩みは自然と速くなり、ついに目的の部屋の前にたどり着いた。扉の前で、ユキヒラは一度立ち止まり、深いため息をついた。
「これから見るものは、本来見せるべきではないが、君にはどうしても彼女の現状を見てほしい」
ユキヒラは真剣な表情で言う。
「アサを傷つけたくないから、絶対に彼女には言わないでほしい。……覚悟はいいか?」
シキは黙って頷き、ユキヒラが手にしたカードで扉のロックが解除されるのを待った。扉がゆっくりと開くと、部屋の内部には強化ガラス越しにアサの姿が見えた。
シキの目に飛び込んできたのは想像を絶するものだった。両手を鎖に繋がれた彼女の苦痛に満ちた表情と、残虐な扱いが目の前に広がり、シキは言葉を失い、凍りついたままその場に立ち尽くした。