03,空2
ユキヒラたちと別れた後、アサは時計がもうすぐ13時であることを確認し、持ち場へ戻る。
「アサ、おかえりなさい!」
レッドカラーの長髪をツインテールに結んだ女性が、ひらひらと手を振りながらアサに声をかけて来た。彼女の名前はピオニー。やってきた場所は、女性たちが暮らすエリア『フラワー』であり、彼女たちの管理がアサの任務の一つだ。
「ピオニー、ただいま。他の子達は昼食中?」
「そうよ。みんなアサが来るのを待ってたけど、我慢出来なくて食事を始めちゃったわ」
「遅くなって申し訳ない」
アサは少し申し訳ない気持ちと、みんならしいなという微笑ましさを感じ、クスリと笑いながら答えた。さっきまでの刺々しい気持ちも、その笑みとともに和らいでいく。
「アサおかえりなさ〜い!」
「遅いから食べちゃったよ!」
話していると、部屋から首にチョーカーと鎖のついた手錠をした女性たちが出て来た。彼女たちは『フラワー』の住人で、アサの任務の対象者でもある。軍人としての立場を持つアサとは異なり、彼女たちは男性軍人の性奴隷として扱われている。
1日に2~3人の男性軍人を相手にすることが仕事であり、昼食時にはアサが全員の体調をチェックをする。また男尊女卑思想の強い者から暴行や精神的な罵倒を受けることも日常茶飯事だ。それらのメンタルケアもアサの役割となっている。
アサは軍人としての仕事を貰っているが、彼女たちは本当の意味で家畜扱いである。
「え〜もうお昼終わっちゃうよ。」
「アサともっと話したいのに!」
「こら、アサを困らせないの。自分たちの仕事に戻るわよ。アサまたあとでね。」
思春期を迎えた子から1番年長のピオニーまで年齢層は幅があるが、しっかりピオニーがまとめている。アサは自分と同い年であるピオニーを尊敬していた。
(外の世界で平穏に暮らせたらどれだけ幸せだろう……。夢物語かもしれないけど……)
しかし、この地球にいる限り、それはほぼ不可能だということをアサは自覚している。
軍からは何か問題を起こす可能性があるとみなされているため、アサには拳銃や短剣といった武器は支給されていない。したがって、『フラワー』から全員を救出することも、殴りかかってくる軍人に対して報復することもできない。また、仮にここを出ても平穏とは限らない。
"あの日"の絶望をアサは忘れることが出来ずにいた。
その時、通信機からノイズとともに指示が流れた。
『ガガッ……ステラ、105号室へ』
これが午後の彼女たちの仕事の合図である。
「げっ、ボンドじゃん!ついてないな〜」
「ステラ、無理だけは……」
アサは隣の部屋で怪訝な声をあげるブロンドヘアでショートボブの女の子、ステラを心配した。
しかし、ステラはアサの方にくるりと振り返り、ニカッと笑ってみせた。
「アサ、あたし大ベテランだから心配しないで!確かにボンドはちょっと荒っぽいけど気は小さいからあたしがストップすれば、怪我はしないから!」
『だからアサも笑って』
ステラの言葉にアサは少しだけ安堵した。
彼女たちは物理的には強くなくても、精神的にはとても強い。アサにとって、彼女たちのメンタルケアは仕事であるが、実際には自分のメンタルケアにもなっている。
軍人である私よりも『フラワー』にいる彼女たちの方が強くて逞しい。
(私が強くならなければ――)
アサは決意を新たにした。
「私も強くなって、いつか"自由"を手に入れたい。」
そんなふうに思うのは、いつぶりだろうか。考えることをやめていた。どうせ無駄だと思っていたからだ。しかし、この息苦しい生活から抜け出したいという思いと、それを変えられるような変化をアサは欲していた。