王宮の庭園にて
この日。私は第三王子のレオンハルト様に呼ばれ、王宮の庭園にいた。
婚約云々について話があるらしい。
目の前には、お茶とお菓子が置かれている。
お天気も良いし、庭園は素敵だし、お茶は美味しい。
でも、正直、何を話して良いのかわからない。
ここには、私とレオンハルト様の二人だけ。
連れてきたメイドのナンシーと殿下の側近をのぞき、レオンハルト様は人払いをしてしまった。
これって。
やっぱり、例の件について話したいわけですよね。
ディオンのアレ的な・・・。
ニコニコとお茶を飲むレオンハルト様をちらりとみる。
レオンハルト様は私と同い年。
春からは同じ魔法学院に通うはずだ。
レオンハルト様は、ウイリアム様とのお茶会時代に、何度か顔を合わせたことはある。
でも、きちんとお話ししたことはないはずだ。
そういった意味では、私たちは「知らない者同士」とも言える。
「さて」
かちゃっとカップをおき、レオンハルト様が私の方を見た。
「君の事情について詳しく知りたい」
きた。王家との婚約は、これが原因で白紙になったはず。
それなのに、またこの話が持ち上がるのだから、やっぱり何か裏があるのかもしれない。
私は、簡単に9歳の誕生日に起きたことを説明した。
「ふむ・・・男の子にね。ちょっと変わってみてほしい、といったら失礼かな」
少し考える仕草をして、レオンハルト様がいう。
なるほど。実際に見てみたいと。
確かに、こんな話を信じろと言われても・・・ですよね。
「もちろん、構いません。変わってみましょうか?」
「頼む。ではメイドに・・・」
パチン!
ザバーーーー
レオンハルト様が何かを言いかけたけど、
私は、椅子を少し後ろに引いて、テーブルにかからないように水魔法で頭から水をかぶった。
「お嬢様!」
ナンシーは思わず・・・といったように叫び、レオンハルト様も側近も目を丸くした。
パチン!
ふわっ
今度は、風魔法で服と髪を乾かす。
一瞬で、髪も短い男の子の出来上がりだ。
・・・まぁ、服は、そのままドレスだけども。
びっくりしたのか、誰も一言も発しない。
あれ?そんなにびっくりする?知っていたんですよね・・・。
ちょっと不安に思いつつ、ハッと気づく。
服か・・・?
確かに、男の子なのにドレス姿って、ちょっとみている方もびっくりだわね。
うん。戻るか・・・
「レオンハルト様、もうよろしいでしょうか?よろしければ戻りますので」
戻るときは少々厄介だ。どこかにお湯を溜めなければならない。
なぜ水と同じように「かぶる」設定にしてくれなかったのか。精霊ディオンに、いつか聞いてみたい。
くるりと見回すと、幸いにも庭園には噴水がある。
これをお湯に変えてしまおう。
お湯は後で戻せばいいよね・・・。パチンと水をお湯にかえる。
ドレスのまま、よいしょっと噴水に入ろうとすると。
ハッと我に返ったらしいレオンハルト様に「いい。ここで入らなくていい」と真顔で止められてしまった。
「すまなかった。ええと、様子はわかった。これは一部の者以外には秘密なのだろう?悪いが、私の私室まで来てくれ」
レオンハルト様は、側近とナンシーに何やら指示すると、二人は慌てて宮殿の方に駆けていった。
レオンハルト様は私を抱きかかえて「移動するよ」と転移魔法をかけた。
気づくと宮殿内の部屋だった。転移魔法、すごい・・・。
「誰にもみられぬよう、すまないが私室の浴室を使ってもらう。後でナンシーが来るから、支度を手伝ってもらうといい」
私は執務室にいるから、と出ていったレオンハルト様と入れ違いでナンシーがやってきた。
なんて雑なことを!と怒るナンシーに謝りながらお湯に浸かった。
ナンシーは怒ると本当に怖い・・・。元に戻るには、これが早いと思ったんだもの・・・。
言い訳をすると、ため息までつかれた。
ドレスはレオンハルト様が新しいものを用意してくださっていた。
私好みのデザインに、思わず笑みがこぼれる。
支度を整えて、レオンハルト様の執務室に向かう。
中に入ると、ソファへと促され「急にすまなかった」と言われた。
「とんでもございません。珍妙な出来事なのですから。実際に見てみたいと思うのはもっともなことでございます」
「いや、なんというか・・・。まぁ、いい」
あれ・・・なんか呆れられた?
コホンと咳払いをするレオンハルト様。
後ろでは側近の方が肩を震わせている。もしかして笑うのをこらえてる?
何故なのかしら・・・
「婚約の話だが」
その声に顔を上げる。
「僕は側室の子だから、いずれ王位継承権を放棄することになっている。だから、世継のことを考えなくて良い立場だ。王家としては、一度は白紙になったとはいえ、侯爵家とは良い関係を築いていきたい。再び、両家が縁を結ぶならば、僕は適任というわけだ。それに、僕たちは魔法学院で同級生になる。学院での君の生活や安全を、僕が保障することができる」
なるほど。再びの政略結婚・・・というわけだ。
しかも、学院でのサポート付き。その角度からみてもありがたいお話だ。
そもそも王宮からの要請を断ることなどできないのだから、ここでは「お受けする」の一択だ。
「どうだろう。僕の婚約者になってくれないかな」
笑顔を向けるレオンハルト様をみて決断する。
「私でよろしければ。謹んでお受け致します」
そうして、私はレオンハルト様、もといレオンの婚約者になった。