令嬢は精霊のいたずらに翻弄される
「マリアベル!」
どこかで私を呼ぶ声がする。あれはレオンの声だ。
「これは・・・姿をみられたらおしまいね。」
ハァ〜・・・とため息をついて走り出す。
ちょっと開放感を味わいたくて抜け出してきただけなのに。レオンも屋敷のメイド達も、ちょっと過保護なんじゃないかなと思う。
声の主は、レオンハルト・ベルンシュタイン。私たちが暮らすゼダ王国の第三王子様だ。
そして、私、マリアベル・フォルランは、フォルラン侯爵家の長女であり、レオンハルト様の婚約者でもある。
レオンは、王族としては変わり者だ。
自分だって忙しいはずなのに、王都にある侯爵家に足繁く通ってくる。
しかも、王族なのに、先触れもなくひょっこりやってくるから問題だ。
屋敷の者は突如の王族の訪問に狼狽えるし、警備隊長は人員のやりくりに必死だ。
初めて、ひょっこり現れた時には、本当に急いで警備体制を整えたのだろう。休日の隊員を呼び出して。
隊員の何人かは、ちょっと涙目だった。きっと恋人との甘い時間を邪魔されたんじゃないかなと思う。本当にごめんなさい。
でも、慣れとは怖いもので。
最初こそ、恐れ多いと突然の訪問にあたふたしていた使用人たちは、
あまりに頻繁かつレオンの気さくな人柄にいつの間にかほだされてしまった。
そして、警備隊長は「厳重な警備」を諦めて、第三王子専属の影の部隊を編成し、それに任せてしまうことにしたらしい。レオンも剣術の腕は立つし、魔法に関してもかなりのレベルなので「あとは殿下が自衛してください」ということになったらしい。大丈夫なのかな。その判断。
そんなわけで、頻繁に「ひょっこりやってくる」王族ことレオンは、
「近所のお友達」扱いになってしまった。
念の為言っておく。一応、一国の王子様なのですが・・・。
こんなの普通じゃない。
そう文句を言えば、呆れた声で言われたものだ。
「普通じゃない、って言えば、君もね」
そう。
確かに、私は・・・いや、「私こそ」普通じゃない。
「よいしょっと。ここならどうだ」
木の上に登って、見晴らしの良い場所に腰掛ける。
我が侯爵家は、王都の少し高台にある。
だから、高いところからなら眼下に広がる街の様子がよくわかる。
私は、この景色が大好きだ。
活気溢れる街、行き交う人々。ガヤガヤとして賑やかさが伝わってくるようだ。
あ、あの新しくできたパン屋さん、もう行列ができるお店になってる。
ミミの食堂、今日も賑わっているなぁ・・・。
あれ?あんなところに新しくカフェができてる!
こうやって街の様子を眺めていると「生きてるなぁ」と実感できるのだ。
私の特別な時間。
しばらくご満悦で眺めていると。
「見つけた!」
一羽の小鳥が目の前に現れた。レオンの使い魔だ。
「うわ!見つかったか」
見つけた!見つけた!と連呼する小鳥
慌てて隠れようとするけれど、その拍子にズルッと手が滑る。
あ・・・と思った時には、だいたい遅い。
次の衝撃を予測して体を丸めて目をつむると。
ドサッ
誰かに受け止められた。
全ては言うまい。誰かはわかっている。
恐る恐る目を開けると。
「慌てすぎ」とため息をつくレオンの顔。
うまくキャッチしてくれたようだ。
「えへへ・・・うっかりね」
笑ってごまかす私をジト目で見ているレオン。
いやいや、あなたが驚かさなければ、一人で上手に降りれたのよ?
「みんなが見失うはずだよ。その格好だもんね」
へへ・・・と言いつつ、クルッとターンしてみる。
私の格好は、白いシャツに茶色のズボン。
今の私は「男の子」だ。
断じて「男装」ではない。文字通り「男の子」なのです。