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神様の友達

 御堂家が代々お守りをしている井戸のある庭に降り立つ。

 フワリと浮いていた体にズシリと重力がかかり、自分の体の重さを実感した。

 真那は、目の前に広がった景色に感動を覚える。

 純和風の庭に、純和風の建物。

 伯池神社から自転車で三十分はかかる志生の家まで、ほんの一瞬で到着した。


「わ〜! もう着いてる」

「すげっ! あっという間」


 真那と涼介が感動していると、真那の両肩に乗っていたアーとウンも『キキッ』と鳴いて会話に加わろうとしているようだ。水戸山の狐も、周囲を確認するようにキョロキョロと辺りを見渡していた。

 庭に面している縁側の大きな窓ガラスが開き、相変わらず着流し姿の志生が姿を見せる。

 べっ甲縁のメガネの奥で、わずかに目が見開かれた。


「おや? 涼介と真那さんまで、井戸ルートで一緒に来たのかい」


 志生は、驚くというよりも呆れている。


「叔父さん、凄かったよ! 一度は経験してみるべきた」

「え〜? なにかと不便だぞ。そっち側の世界からここに来たら、また伯池殿の屋敷にまで戻って来た道を帰らないと人間の世界に戻れないんだ。二度手間だよ」

「人生を楽しむには、手間を惜しんでたらダメって言うじゃん」


 いまだ興奮が冷めやらぬ涼介に、志生は諦めたような笑みを浮かべる。なにを言っても無駄だと覚ったみたいだ。神様に向き直り、恭しく礼をする。


「御足労いただき、ありがとうございます」

『いや、今日は急ですまない』


 井戸の前から志生の元へ向かう神様に、真那と涼介も続く。そのさらに後ろから、不安そうな水戸山の狐がついてきていた。


「あの狐が、それですか?」


 尋ねた志生に、神様は頷く。


『住む場所を無くしたそうだ。どこかに住まわせるツテがないかと思ってな』

「では、心当たりに尋ねてみましょう」

『そうしてくれ』


 神様は家に上がることなく、志生と庭先で話をしている。

 会話の様子だけを見れば、神様と人間が話しをしているというふうには、到底見えない。親しい友人が会話をしているかのようだ。

 傍から見たら、真那が神様と話している姿も、そう見えているのだろうな……と改めて気付かされる。

 本来ならば、崇め奉らなければならない存在である神様。事情を知らない水戸山の狐が、口の利き方で怒るのも無理はない。筋違いではないのだ。

 水戸山の狐に視線を向けると、苛立つようにワナワナと唇を震わせている。


「どうしたの?」

『あの人間まで、伯池の神様にあのような態度……許せぬ! 神をなんだと心得る!』

「そうだね……あなたが憤るのも、理解できる気がする。だって、神様は神様だもんね」


 真那がしみじみ言うと、水戸山の狐は『お分かりになるのか!』と意外そうだ。


「でもね……私もそうだけど、神様に親しい態度がとれるのは、相手があの神様だからだと思うんだ」


 元は人間で、大切な女性を守りたくて神様になったフシミハヤテヒノミコト。人間だった頃の神様が持ち合わせていたコミュニケーション能力の賜物なんだと真那は思う。


「私は、そんな神様に恥じない友達でありたいな」

『神様と人間の小娘が友人などと、聞いたこともない話だ。伯池の神から直に伺わなければ、戯言を申すなと怒り狂うところよ』

「でも、私……神様とは十年来の友達なのよ」


 拗ねた真那に、水戸山の狐は溜め息を吐く。


『理解しておる。この短い時間でも、そなたらの雰囲気を見ていればな』


 真那は嬉しくて笑みを浮かべた。


「認めてくれて、ありがと」

『だから我も、そなた等を下に見る態度をとっていないではないか』

「だったら、あの叔父さんも下に見る態度をとらないほうがいいよ。敵に回すと怖い人だから」


 会話に加わった涼介の言葉に、水戸山の狐は眉根を寄せる。


『あの御仁は、そんなに恐ろしい人なのか?』


 まったくそうは見えない……と、狐は呟く。


「人は見た目に寄らないというか……隠すのが上手いんだよな、叔父さんって」


 能ある鷹は爪を隠すという言葉があるが、終始温厚そうな雰囲気を纏う志生は、たしかに怒らせると怖い。

 真那は一度だけ、温厚な雰囲気を消した志生を見たことがあるが、背筋が凍るほど怖かった。


「そうだね。水戸山の狐さん……志生さんの言うことには従ったほうが身のためかも」


 真那と涼介の言葉に、水戸山の狐は怪訝な眼差しを志生に向ける。

 バチリと、狐と志生の視線が合う。


『ッ!』


 水戸山の狐が、息を呑むのが伝わってきた。


『水戸山の狐よ。こちらへ』


 神様に呼ばれ、水戸山の狐は耳と尻尾を垂らし、従順な態度を示しながら志生と神様の元へ歩み寄って行く。

 真那と涼介は顔を見合わせ、同時に吹き出した。


「あの狐、そんなに嫌なヤツじゃないのかもな」

「そうだね。かなり素直」


 ひとしきり笑い合い、真那と涼介も神様達の元へ向かおうと、足を踏み出そうとした。すると、神様が一人で歩いて来る。

 どうしたんだろうと顔を見合わせる真那と涼介に、神様は『帰るぞ』と告げた。


「え! もう?」


 驚く真那に、神様は小首を傾げる。白い髪が、肩口からサラリとながれた。


『そうだ。長居をするような用件ではない』


 もう少しゆっくりするものだと思っていたから、拍子抜けだ。これでは、なんのためについて来たのか分からない。もう少し込み入ったような、詳しい話題が出るのではと期待していたのに。


(なんか、ちょっとガッカリ)


 真那の頭に、神様の手がポンと置かれる。


『そんな残念そうな顔をするな。井戸を通るだけでも、普通はできない経験だ』

「それは、そうだけど……」


 不満に、頬が少し膨らむ。

 神様は片方の口角を上げ、わずかに目を細めた。


『ほら、帰るぞ』


 真那の不満には取り合わず、涼介にも『行くぞ』と声をかけ、真っ直ぐに柵と注連縄に囲われている井戸へと向かってしまう。


「さ、行こう」


 涼介に促され、アーとウンにも『キキッ』と急かされ、真那も仕方なく足を動かすことにした。


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