もうすぐ春祭り
地元出身の作家が作り出したキャラクターの描かれているラッピング車両は、二両編成で無人駅に滑り込んだ。
各駅で停車する汽車は、真那と涼介の他にも数人の駅利用者を降ろし、ガタンゴトンと次の駅へと進んで行く。
涼介の最寄り駅は真那の最寄り駅より一つ手前なのだが、今日は一緒に神様の所へ行く約束をしていたから、登校するとき真那の最寄り駅に集合してから学校へ向かったのだ。
だから今日は、この駅に涼介の自転車もある。
最寄り駅に汽車が着く時間が数時間に一本という片田舎に暮らす高校生の二人にとって、雨の日や風の凄まじく強い日でなければ、自転車は最大で最高の移動手段だ。自転車に乗っていれば、話をしながら徒歩よりも速い時間で目的地に到着できる。徒歩でゆっくり話をしながら、一緒な時間を共有するのも楽しいけれど、それはそれ。
ケーキ屋で入れてもらった保冷剤が溶けないうちにと、両肩にアーとウンを乗せる真那と涼介は急ぎ自転車を走らせた。
真那の家の駐輪場に、それぞれ自転車を置く。買ったケーキが入っている袋を手にし、飲み物を入れている通学カバンを肩に提げ、道路を挟んで斜向かいに位置する伯池神社へ向かって歩き出す。
アーとウンも自分達の足でトテトテと歩き、真那と涼介の周りを遊びながらついてきていた。
軽く会釈をしてから石造りの鳥居を潜り、手水舎で手と口を浄めてから参道の脇を歩く。
社務所を覗くと、神職である真那の伯父の姿があった。
「あれ? 今日は早いな」
「うん。今日は午前中で終わり。修了式だったの」
修了式かぁ……と呟きながら、伯父は壁に貼ってあるカレンダーに目をやる。
「そうか。三月だもんな……。次は、四月だ」
四月と言えば……と、伯父は顔の前で両手を合わせた。
「また、春祭りを手伝ってもらえると伯父さん嬉しい!」
顔の前で合わせた両手を少しずらし、チラリと真那の様子を窺っている。
例祭のときは、いつもより参拝に訪れる人が増えるので、伯父と伯母だけでは手が回らなくなるのだ。アルバイトを募集するほどではないけれど、いつもより少しだけ多めの人手が必要となる。真那は物心ついた頃から、伯父に頼まれて境内のゴミ拾いや、御神札に御守り、絵馬の販売を手伝うようになっていた。
「大丈夫! ちゃんと手伝えるように、予定は空けてるから。任せて」
真那が快諾すると、伯父は嬉しそうに両手を挙げた。
「やったー! ありがとう真那。とても助かるよ」
伯父は涼介に顔を向け、今度は申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせる。
「ごめんね、涼介君。真那を借りるよ」
「謝らないでください。もしよければ、僕もなにか手伝えることありますか?」
「えっ、いいの?」
涼介の申し出に、伯父はとても嬉しそうだ。
「こんなイケメンが社務所に居るなんて、参拝に来た氏子さん達ビックリしちゃうんだろうな~」
「ちょっと伯父さん、涼介君を客寄せパンダにしないでよ」
真那が釘を刺すと、分かってるって~と、中年神職はおどけてみせる。
「これね、完成したばかりなんだけど……」
伯父は嬉しそうに引き出しを開け、一枚の紙を取り出した。
真那は受け取って、涼介と共に紙面を確認する。そこには春祭りの日にちと神事開始の時間が記され、一枚の画像が貼られていた。
ふくよかな頬に、チョビリと生える顎鬚。好々爺の様相を呈した面と手にしている小槌から、一般的には大黒さんと言われている大国主命の姿だと認識できる。
涼介が、大きめのフォントで書かれている文字を読み上げた。
「神楽がやってくる……」
「出し物があるの?」
真那が尋ねると、伯父は大きく頷いた。
「今年は氏子さんの紹介で、十数年ぶりに神楽をお願いできることになったんだよ!」
この地域でいう神楽とは、煌びやかな衣装と面を身に着けて舞う伝統芸能。ある集落では古くから舞われ、地域の人達の暮らしと密接している。
伯池神社の管轄下に神楽社中は一社も無いが、神楽社中は依頼をすれば、他の地域でも神楽を舞いに来てくれるのだ。
「私、神楽は初めて見るわ」
「俺も……話では聞いたことがあるけど、実物は見たことないな」
「だろ? 伯父さんは子供の頃に何度か見たことがあるんだけど、凄くカッコイイんだよ! 祭りに来る子供達にも大人の人にも、ぜひ見てほしくてね。紹介の伝手があって、ホントありがたいよ」
伯父は春祭りのチラシをさらに数枚取り出し、真那と涼介に手渡す。
厚手で光沢感のある紙に印刷されていて、手触りがいい。
「できたてホヤホヤ! もう少ししたら回覧板で回したり、地域の掲示板に貼ったりするんだけど、一足早くあげる」
「私も、友達に配っておくよ」
一番に浮かび上がるのは、親友の顔だった。真那が涼介と付き合うように、奮闘してくれた親友は、毎年春祭りと秋祭りにはお参りに来てくれる。きっと今年も来てくれるに違いない。渡し忘れがないよう、チラシの存在をきちんと覚えておかなくては……。
透明ファイルを取り出して間に挟むと、肩から提げている通学カバンの中に忍ばせた。
「これから神様のところに行くんだろ? もしかしたら、すでにご存じかもしれないけど……こういう催しをしますって、お知らせしておいてくれるかな?」
「分かった。また神様のところに田の神様も打ち合わせに来られたりするだろうから、このチラシを神様に預けておくよ」
「うん、宜しくね!」
社務所で雑務を続ける伯父と別れ、真那と涼介は拝殿を目指す。
賽銭箱の三歩手前に立ち、軽く会釈をすると、真那は鈴緒を手にした。
ガランガランと本坪鈴を鳴らす。すると周囲には、にわかに霧が立ち込めてきた。深く二回礼をして柏手を一つ打つと、周囲の景色が歪み、霧は濃度を増す。もう一度柏手を打つと、霧はさらに凝縮されて色彩を帯び、伯池神社の神紋が彫られた白木の大きな門が現れた。
音も無く、門が観音開きに開いていく。
アーは真那の肩に乗り、ウンは涼介の肩に飛び乗った。
「それじゃ、行きますか」
真那は涼介に「うん」と返事をし、手に持っているケーキの袋を確認する。入れてもらった保冷材は、まだ十分に効果を発揮しているみたいだ。
ケーキの袋を持ち直し、平安時代の貴族が住まう寝殿造りのような間取りの屋敷に向かって声をかける。
「お邪魔しま~す」
中からの返事を待たず、真那と涼介は連れ立って門の中に入っていった。