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92・ミストリアの実家

前回のあらすじ


窮地に駆け付けた援軍に助けられたアネット一行は一路テオテリカへ。そこでぶつかる様々な思惑に判決は持ち越しとなる。


急ぎハルメリーにとんぼ返りしたいところだが、折角ミストリアが帰郷したので領主の住む家に行く2人だった。


 僕と意思疏通ができた事がそんなに嬉しかったのかミストリアは涙を流して泣いてしまった。しばらくして落ち着いたのだけど今度は今まで話せなかった分が一気に押し寄せたのか、彼女から飛び出す文字数はとどまる事を知らなかった。



〔私は永遠に貴方と心を通わせられないと思っていたわ でも諦めないで良かった 最初貴方と出会った時なんて お父様は一体何を考えているのかしらと正気を疑ったものだもの 私自身も自暴自棄だったし 


 でも貴方にされるがまま手を引かれて家に連れ込まれたのは きっと神様がお決めになられた運命だったのよ


 それから貴方の背中を追って 私は成長し目標もできた そう 貴方は私にとっての一条の光 そして今日と言う良き日に お父様とお母様へ幸せのご報告ができるのね!〕


「そ そうだね ミストリアが幸せそうで良かったよ」



 文字は色付きで見えるようになったものの、肝心の僕が読めない字の方が多い。何せ幼い頃に目が見えなくなったものだから彼女の言葉の大部分が解読不能だったりする。なので「良き日」とか「幸せ」と言う単語を拾いつつ相づちを打つ事で何とか会話に漕ぎ着けている始末だ。


 感極まってる彼女への応答としては失格かもだけど、本人は嬉しそうだし良しとしよう。


 そんな気まずい会話をしていると廊下からツカツカと何人かの忙しない足音が近付いてきた。多分ミストリアのご家族だろうか、久し振りの娘の帰郷に胸踊らせているに違いない。


 ガチャリ・・・と扉が開かれると1人に続き幾人かの足音がその後に続いた。そして目の前にいるのが見紛う事なくミストリアと確認すると皆一様に驚いた。


 それこそ普通ではない程に・・・



「え? お嬢様? 本当にお戻りに? でもだって・・・」

「も もうお体は大丈夫なのですか?」


〔何を言っているのです 確かに塞ぎこんでいたのは事実ですが 私はこうして元気に戻りましたよ?〕


「え・・・ 水の文字? 凄い・・・ こんな事ができるのは やはりミストリアお嬢様しかおられないわ!」



 話には聞いていたけど幼い内から魔法の才能を開花させたミストリアは、他者も認める才女だった。しかしこれを見た男性は「ハッ!」としたようにこの場にそぐわない発言をした。



「こ! この者はミストリアお嬢様ではない! 良く似た偽者だ!」

「え?」

「いや・・しかし・・・」



 いきなりの事にここにいる全員が男性に疑念を投げ掛けた。僕はてっきり家族が駆け付けたものと思っていたけど、どうやらそうではないらしい。どうしたんだろう・・・



〔何の冗談ですか ルドマン 貴方は幾度かハルメリーに生活費を持ってきてくれたではありませんか まさか向こうと此方で私の顔に変化があったと? 確かについ先程 途轍もない奇跡を目の当たりにしたので 少々顔がニヤついているかもしれませんが・・・〕

「えぇい 黙らないかこの偽者め!」


〔ルドマン? 本気で言っているの?〕



 ここまでくるとさすがのミストリアも何かおかしい事に気付いたようで、晴天からどんより雲な天気に変わったみたいに心が暗くなっている。今にして思えばここに至る道中、彼女を見て驚く人達は「いきなり帰ってきたお嬢様」を見たと言うより、あり得ないものを見たみたいな驚き方をしていたように思う。


 しかし当人は紛れもない本物。問題はあちら側にありそうだ。



「で ですが執事長 水の魔法をこのように自在に操れるのはお嬢様以外には・・・」

「黙りなさい! 私が偽者と言えば偽者です! 衛兵! 屋敷に侵入者だ! 直ちにこの者等を連れ出しなさい!」



 ルドマンと呼ばれた人物の大声に衛兵と思しき人達が雪崩のように駆け込んでくる。僕もミストリアもあまりにあまりな事だったので動く事ができなかった。不思議なのは衛兵達もミストリアを認識してるのか困惑している点だ。でも立場上の問題なのかそれを指摘する者は現れない。



〔何の真似ですかルドマン! 貴方じゃ埒があきませんね 誰かお父様かお母様を呼んできなさい!〕

「ミストリアお嬢様は重病を患い ここより遠い地で今も療養中だ 何をしているのです! 私の命が聞けないのですか!」



 その言葉を聞き衛兵達はどこか躊躇いながらも僕達の方にジリジリとにじり寄ってきた。



〔ルドマン!〕



 感情が爆発したミストリアはブクブクと水の塊を宙に作る。それを見た衛兵達は攻撃と見なし一斉に飛び掛かった。


 沸点に達した彼女の怒りは例え家の者にでも容赦はなかった。水の連打連打連打。だが彼等とて必死だ。例えどんなに打ちのめされようが心が折れる事はなかった。


 とうとう組伏せられるミストリア。しかし彼女の意思はしっかりルドマンさんに向けられていた。すると・・・



〔何て事だ まさか手を打つ前にお戻りになられるとは しかしお嬢様が健在と衆知される事だけはまずい ここは何としてでも遠ざけねば・・・〕



 ルドマンさんの頭上にはミストリアらしからぬ文字が浮かび上がっていた。これはいったい・・・ 自分の頭の近くでプクプク音がするのに気付いたルドマンさんはその文字を見るや一瞬で心に恐怖が宿った。



「何ですかこれは・・・一体どう言う・・」



 これが何なのか一瞬で理解したのかルドマンさんは足早に部屋を後にする。その際に「その者等を早く屋敷の外に放り出しなさい」と言い残すとまるで逃げるように去っていってしまった。


 全てを読解できた事が訳じゃないけれどミストリアはあれを見て心の矛を納める事にしたらしい。〔もう良いわ 離しなさい〕の文字に皆彼女から離れるとミストリアは静かに椅子に座って塞ぎ込んでしまった。



「ミストリア・・・大丈夫?」


〔・・・ええ〕



 大丈夫ではないだろう。ここにいる人達も全員同じ思いだ。それでもこうなった以上ここに居続ける訳にもいかない。僕はミストリアを促すと外への道案内を家の人にお願いした。


 何故こうなったのか理由は必ずある。だって彼はミストリアを偽者呼ばわりする時とても心を痛めていたのだから。辛く悲しく・・・それでも彼は意を決して自らを貫いた。


 僕はこの状況に似た話を思い出す。



「これはエルヴィラさんに相談した方が良さそうだね」



 何せ彼女の妹さんもミストリアと同じ境遇に立たされているのだから。



 ★



『暇~ ここイヤ~』

『ヤ~』



 いつもは2人で仲良く寄り添ってスヤスヤ寝ている“戦士さん”と“盾さん”。でもこの場所は彼等のお眼鏡には適わなかったらしい。


 牢屋に閉じ込められて何日たつのか。ここでの生活は最悪だ。それでも最低限のプライバシーは守られているものの、近くの牢に男性がいるとかあり得ない。


 出される食事がパン一個ではさすがに足らない。そろそろ暖かいスープが恋しい。家族に会いたい。アネットに会いたいよ・・・



『マルティナ大丈夫~?』

『ぶ~?』

「うん・・・ なんとか」



 2人にはこう言ったけどそろそろ限界が近そうだ。こうも音沙汰が無いと外で何があったのか、皆は無事なのだろうかと不安が心を支配してくる。


 小さい頃からアネットを守ろうと躍起になってきたけれど、本当に守られていたのは私の方だったのかもしれない。だっていつ会えるか分からないと思うと苦しくて悲しくて、どうしようもなくなってしまうのだから・・・


 私が悲嘆に暮れていると入り口の方から「カシャリ」と施錠の音が聞こえた。「また誰か捕まったのかしら」と思ったけど何だか様子が違う。


 扉の開けられる音。それが次々と連続して耳に聞こえてくると、最初小さかったざわめきが次第に大きくなっていき、やがて区画中を騒がせ始めた。どうしたんだろう。


 私が周囲の状況を確認しようと身を乗り出すと、ちょうど1人の兵士が鉄格子の向こうに現れる。すると彼は無言で鍵を解錠し始めた。どうやら囚われている人達を全員解放して回ってるらしい。



「え・・と・・?」



 いきなりの事でどうしたら良いのか困惑していると、その兵士は短く「逃げろ」言葉を残した。それでも状況が飲み込めない。



「ねぇ 何かあったの?」


「俺達に命令を出したギャレズリー大佐が いきなりテオテリカに忠心の兵を引き連れて出ていったんだよ こんなやり方間違っていると思うし 大佐とはそりが合わなかったしな ま 一兵士として俺は失格なんだろうが ただ自分で正しいと思う事をやりたくてよ」



 この町の兵士に懐疑的だった私は素直に驚いた。中には血の通った人間も居たらしい。逃れるチャンスに恵まれた私は解放された人達に混じって兵舎を飛び出した。その足で向かう先はただ一ヵ所。そこに到着すると嬉しさのあまり勢い良く扉を開けた。



「お母さん! ソフィリア! アネット! ミストリア! ・・・・・・・皆! どこ!?」



 でも私の声に返事をする人はいない。皆何処? 広くはない私の家からいつも聞こえる生活の音は微かにすらしなかった。


 言い知れない不安が募る。


 まさか私みたいに皆捕まった? でもあの兵士の人が牢屋を開けて周ってたし。だったら待ってれば戻ってくるよね。


 ・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・



 ダメ! ジッとしてられない!


 町は明らかにおかしな事になってる。だったら冒険者は・・・冒険者の家族が頼るのは冒険者ギルド。もしかしたら皆そこにいるのかもしれない。


 そう思った瞬間、私の足はギルドへと向かっていた。


 町はいきなり解放された人達で混乱を極めている。自分への仕打ちに憤慨する人。大切な人と抱き合う人。皆それぞれ手に入れた自由を噛み締めていた。


 目的地に到着すると話せそうな人を探す。「居た!」 彼女はカウンターで冒険者相手に仕事中だったが緊急の事なので申し訳ないが割り込ませてもらった。



「ポリアンナさん!」


「え マルティナちゃん!? あ えっと・・・ ちょ ちょっとごめんなさいね」



 相手をしている冒険者より自分を優先してくれた事から事態を把握しているのだろうか、彼女は「来て」と私の手を引っ張るとツカツカ歩き出した。


 そして自分にとって馴染みのある託児所までくると、そこで子供達をあやす母と遊びに興じるソフィリアと再会した。



「お母さん! ソフィリア!」


「マルティナ? あぁ 良かった無事で・・」



 私は母に抱きついた。周囲に人は居たにもかかわらず私の涙は止まらなかった。それを何も言わずに抱き締めてくれる母に私はしばしの間体を預けた。



「お姉ちゃん!」



 ソフィリアもそんな私達に感極まったのか、玩具をホッポリだしステテテテと駆け寄りくっついてきた。



「お母さん 今ハルメリーで何が起こってるの?」


「それは・・・」


「あの~ その事なんだけど マルティナちゃん 悪いんだけど兵舎で何があったのかギルド長に説明してくれない? その時にでも詳しい話を聞くといいわ」



 家族との再会を私も噛み締めたかったけど一冒険者として自分の勤めは全うしなければならない。ポリアンナさんに促されギルド長の元へと通された私は、自分の身に何が起きたのかを最初から細かく説明をした。



「ほぅ 奇特な者も居たようだのぉ なるほど大佐の留守に助けられたか」


「で? どうしてこんな事になったの? 何で私が捕まらなきゃいけなかったのよ!」



 悪漢共ならず本来町の守護者たる兵士達も一緒になって理不尽を突き付ける。こんな事が許されて良い訳が無いんだわ。正義は成されなければならない。



「連中にとっては誰でもよかったのじゃろう ハルメリーの住民で人質としての価値があればな 大佐が欲しているのは権限じゃ 意図する理由は分からんが 前々から計画していた事は確かじゃろう」


「そんな! そんな理由で・・・ アネット アネットは? アネットは何処に居るの!? 家に帰ったら誰も居なかったの もしかして何か仕事をしているの?」


「あぁ うむ ちょっとギルドの依頼でテオテリカに行ってもらっとる」



 テオテリカ。テオテリカと聞いて私はハッとした。



「テオテリカ? 確か領主様の居る街よね それで・・・ そう でも・・兵士の人も言ってたわ 大佐は兵を連れてテオテリカに向かったって まさか・・・アネットはそれに関係しているんじゃ・・・ミストリアも? ミストリアって公爵家の令嬢よね! もしかして大佐が兵を出したのって2人を追っていったからじゃない!?」


「う うぅむ・・・」


「何でそんな・・・・」



 カーンカーンカーンカーンカーン・・・


 私がギルド長を問い詰めようとした矢先。町の鐘楼の鐘がけたたましく鳴り響いた。その鐘の速さは正に急を有する、私が以前聞いた事のあるあの惨劇の日と全く同じ調子だった。





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