90・対決ギャレズリー大佐
前回のあらすじ
軍部との対峙を余儀なくされたアネットはミストリアをテオテリカに向かわせる為「プチダーク」を周囲に放った。
難を逃れ1人走るミストリアだったが後方から追っ手が迫る。そして前方テオテリカ方面からも兵士達が突撃してきた。
僕はミストリアがこの場を離れたのを確認すると追加の「プチダーク」を放った。スキルが使えるようになった当初は日に3回が限度だったけど、僕にも成長が垣間見れたのか結構な回数使えるようになっていた。
附随するように効果範囲も広がったようで、月明かりの失くなった世界をあたふたしている。でもそんなスキルにも限界はある。靄から抜けた兵士達はミストリアを追うようにテオテリカ方面に向け走り始めた。
左右からは更に馬の嘶きも聞こえる。
「カルメン! 馬だ! 馬を抑えて!」
「了解!」
返答と共に矢が射られる。それは何かに突き刺さる音を出すと、馬の悲鳴と人の嗚咽と物が落ちる音を奏でた。暗がりの中よく当てるものだと感心する。流石狩人。そして馬ごめんね。
とは言え今は是が非でも兵士達をこの場に押し留めなければならない。理想は全員食い止める事だけど、残念ながら数には勝てず何人かは取り逃がしてしまう。せめて騎兵だけでも潰せれば後はミストリアの体力と脚力に任せられるんだけど・・・う~ん。
内心不安に駆られているとジョストンさんの大声が聞こえた。
「気を付けろ! 奴が近くにいるっ!」
その声に被さるように重たい「ドスドスドス」と地を踏み締める足音が近付いてくると、長い棒状のものを躊躇いなく僕に向けて振り下ろしてきた。
ドスン!───────
地面に叩き付けられた衝撃は僕の体を少し浮かせた気がする・・・たぶん。巻き上げられた土がパラパラ落ちていく中に、僕の背丈を優に超える色が出現した。
「小僧がぁ マイナス等級がランドルフから一本取ったなど到底信じられなかったが この黒い靄 やはり小細工を労したか小賢しい」
「ジョストンさんとノクタールさんは兵士達を! カルメンは馬を止めて! ギャレズリー大佐の相手は僕が努めます!」
「よせ! お前じゃ無理だ!」
「大丈夫 1対1なら勝機はあります!」
「ほぅ 奇をてらった手段が有効だからと 自分が対等であるとでも勘違いしたか? まぁそれも分からんでもないが 若者の鼻っ柱をへし折ってやるのも大人の役目よ 少し遊んでやる かかってくるがよい」
相手は大きい。力もある。でも攻撃を見切るヒントはある。それは長物を振るう音だ。ランドルフさんとの実力差なんか分からない。けど武器の扱いは豪快で分かりやすい。だからやり易い・・・一撃貰えば終わりそうだけど。
僕のとる手段は1つ。タイミングを読んで躱す。真面には打ち合わない。それを良い事に大佐はおちょくる感じでブンブン剣を振り回しながら楽しんでいた。それでも引く訳にはいかない。
幾重にも浴びせられる剣の嵐。その一撃は僕のすぐ横を縦に振るわれた斬撃だった。それは胴の辺りでピタリと止まると、刃は水平となりそのまま横方向に凪いだ。
咄嗟に剣で受けてしまった攻撃は、僕を武器ごと叩き斬ろうと言う力で押してくる。なので自分で後ろに飛んで大佐との距離をとった。この判断は間違いじゃないだろう手が痛い。
「ガッハッハ! 言うだけの事はあるな! 大抵の者は初撃で挫けると言うにっ」
倒せずとも何とかなるという自負はあった。別に相手を軽く見た訳ではないけれど、今が夜と言う事が僕をそう思わせたのかもしれない。でも見積もりが甘かった。
大佐と言う地位がどれ程のものかは分からないけど、人より抜きん出てるのは確かだ。それは実力で勝ち取ったものかもしれない。変幻自在の剣捌きに怪力が乗って・・・
僕はこれを躱し続けるしかない。
僕は意を決して大佐に飛び込んだ。彼はそれに合わせるように剣を振るう。出だしの軌道は読みやすい。問題はそこから剣筋が変わるので気が抜けない。何だか自分が何かに追尾されてる感覚に陥る。
大佐の体は大きいので一見して簡単に懐に入れそうな気もするけど、その剣術の的確さでそれを許してはくれない。ならばと僕が狙いやすい位置。彼の剣を持つ手に攻撃を集中する事にした。
でもそれは瞬時に見抜かれてしまった。「心でも読めるのか?」ってくらい的確に僕の攻撃をいなしてくる。体どころか手先・指先にすら攻撃が届かない。これが経験の差と言うやつだろうか。
更に問題なのは大佐の心が遊んでる事だ。
「盲目さん!」
『プチダーク~』
真っ向勝負では無理。なので此方のやり方に付き合ってもらう事にした。もうそろそろ「プチダーク」も打ち止めになりそうだけど大佐を覆うには充分だ。
「視界を潰せば何とかなると言う考えは浅慮 今までの相手ならいざ知らず この俺にそんな小細工は通用せん!」
ブン! と言う轟音と共に大剣が唸る。挑発かハッタリか。どちらにせよ自分のスキルに賭けるしかない。僕は大佐に悟られないようソッと近付くと剣を振るった。
「そこかぁ!」
僕の剣が大佐に届くより先、怒号と共に強烈な一撃が僕に振るわれた。その攻撃がもし的確に僕を捉えていたものだとしたら回避はできなかっただろう。今のは迂闊だった。
「ふむ 躱したか・・・ だがこれで分かっただろう 夜戦なら幾度も経験しているからな お前の狙いなぞ見え見えだ」
恐ろしい相手だ。僕の長所が通用しない。こんな相手からどうやって勝ち目をとったものか。正攻法では無理・・・ならば別の手段に頼るしかない。僕はそれを気取られないよう攻撃を続けた。
「どうした小僧 得意の霧も晴れてきているぞ 息も上がっているな 頑張ったようだがここまでだ」
息もあがり、体は重く「プチダーク」も切れかかっている。攻撃こそまともに食らってなくても満身創痍と言っても大袈裟ではない。そんな僕に見切りをつけたのか、大佐は力強く踏み込むと、渾身の一撃を僕に脳天に振り下ろした。
でもその一撃は僕に届く事は無い。
『アイ・アンノウン』
「む?」
然しもの大佐もこれには困惑したようだ。何せ自分の手から剣が消えているのだから、それどころか腕すら認識できていない。今動かしているのか、ちゃんと胴体にくっついているのかさえも。
「何だ これはどう言う事だ・・・」
「終わりです 兵を止めて下さい」
僕は大佐の喉元に剣を突き付けた。その返答に短く「ぬぅ・・」と漏らした大佐は残念な事に観念していない。続けて「甘いな」と言い放つと僕に向けて蹴りを飛ばした。
「まだ続けると言うのですか!」
「どう言う訳か腕が認識できん だが痛みが無いなら失ってはないようだ バランスが些か狂うが動けない訳でもない ならば問題は無い 終わらせたくば相手の息の根を止める事だ でなければいつまでも続くのだ 禍根が残る限りはな」
大佐の意思は少しも折れていない。それどころか内にフツフツと煮え立つ何かが渦巻いている。怒りなのか高揚なのか。どちらにせよ諦めるつもりはないようだ。
「奇をてらったスキルとは言え この俺から武器を奪った事は素直に評価しよう だが兵士とは貴族のようにお上品ではない 武器が無ければ手足を使ってでも戦う そう言うものだ」
眠れる獅子を起こしたか、地を蹴る重い音と空を切る蹴り。その狂暴性は剣撃のそれとそう違わない。でも腕が認識できない事でバランス感覚が多少は狂ったか、お陰で対処できなくはない。
とは言え剣が鈍器に変わったようなものだ。どっちも恐ろしい。加えて鎧を着込んでるみたいで、せっかく剣が届いても僕の刃が大佐を傷付ける事は敵わない。
「はぁ はぁ はぁ・・・」
激しい攻防で息が切れる。僕の腕も思うように上がらなくい。これは本格的に打つ手がなくなってしまった。大佐と戦い始めてどのくらい経っただろう。ミストリアはテオテリカに着いただろうか・・・
ドス!
ドス! ドス! ドス!
そんな事を考えていると地面に複数の矢が刺さる音が聞こえた。カルメンの援護だろうか。
「ぬぅ・・?」
『アネット~ 人が沢山来たよ~』
「え・・」
“盲目さん”に指摘され耳を澄ますと、ギャレズリー大佐のいる方向とは逆、僕の背後から地揺れのような音が近付いてくる。例えるなら数多の馬の蹄のような。
「アネットー! ジョストンー!」
その音に混じって僕達の名を呼ぶ女性の声がした。誰だろう。ミストリアは喋れない筈だし・・・
「遅ぇーぞロゼリーヌ!」
そう! ジョストンさんのパーティーメンバーの1人ロゼリーヌさんだ。ん? でもどうして彼女がテオテリカ方面から??
「ふむ どうやらここまでか・・・」
自分の置かれた状況に大佐はそう呟くと、熱していた感情は水をかけられた鉄のように消沈していった。どうやら僕は助かったらしい。




