9・旧市街の出来事
あらすじ
2人のスキルさんに出会った。
「おいおい こんなとこに人がいると思ったら 金魚のマルティナじゃないか 糞のアネットは居ないのか?」
私が空き地で木の棒を拾っていると耳に途轍もなく不快で最悪で嫌悪感を伴う嫌な声が飛び込んできた。え・・・何でコイツがここにいるの? 普段から旧市街の事をバカにしてるくせに。
そこに突っ立っていたのは私とアネットの怨敵ディゼル。
親が町長ってだけで小山の上の大将気取ってるイジメっ子。それが仲間を引き連れてこんな場所までやって来た。でも・・・周りの奴等は普段つるんでる連中じゃない。ちゃんとした身なりの大人達。何だろう嫌な感じがする。
「こ こんな所まで何の用よ!」
「あ? そんなのお前に・・・いや 関係あるか 実はな ここら一帯を取り壊して 冒険者を呼び込む施設を建てようって話が持ち上がったんだ この旧市街ってもう古くて危険だろ? 道は狭いし汚いしよ んで 今日はその下見に来たって訳だ」
「はぁ!? そんなの聞いてない!」
「あぁ まだ言ってないからなぁ」
「じゃぁ ここら辺に住んでる人達は 何処へ行けばいいのよっ!」
「さぁ知らねぇよ どっか余所に行けばいいんじゃないか?」
「そんな・・・そんなのってない!」
「そうは言ってもこの町を取り仕切ってるのは俺の親父だ 文句なら親父に言ってくれよ
ところで お前こそこんな所で何やってんだ? そんな木の棒振り回してよ あぁそうか アイツをみるに見かねてとうとう自分が冒険者になろうとしたのか?」
「うるさい! あんたには関係無いでしょ!?」
「折角だ ちょっと相手してやるよ」
「坊っちゃん・・」
「軽く遊ぶだけだ・・・それと外で坊っちゃん言うな」
ディゼルは自前の剣と鞘を紐で結ぶと、これ見よがしに剣を振って挑発してきた。何なのコイツ。本来ならこんな挑発乗るだけ無駄。だけどこのクズはニヤニヤしながら私達の大切な場所を踏みにじろうとしている。それだけは許せない!
そう思うと自然と木の棒を握る手に力が入った。
『ケンカだめ~』
『め~』
“戦士さん”と“盾さん”の声が聞こえる。でもこれはケンカじゃない。私達の生活と未来が掛かった戦いなんだ。私は今こそ巨悪に立ち向かわなくてはならない。
「やぁ~~~!!」
ガツッ・・!
私は手にした木の棒をディゼルの顔を潰す勢いで振り下ろした。だけどディゼルは剣で私の攻撃を難なく防いでしまった。それだけじゃない。木の棒と剣が接触した瞬間。物凄い衝撃が私の手に走ってきた。
「つっ!」
ディゼルは私よりも背は高いしガッチリした体格だけど、だからってここまで差が出るものなの? まるで固い壁にでも叩き付けたような感触じゃない。私が女の子だからって理由だけじゃないわよね・・・アレ。
ディゼルの側でプカプカ浮いてるのは“戦士さん”つまりそういう事。にしたってスキルさんがいるだけでこうも差がつくものなのかしら。でも諦めない。コイツにだけは奪わせたりしない!
「ハッハ~! 威勢がいいね~!」
私は何度も何度も何度も何度も・・・力の続く限り木の棒をディゼルに打ち込んだ。だけどコイツは剣でただ防ぐだけ。そしてダメージだけは確実に私に蓄積されていった。
「しっかしわかんね~な~ 何で冒険者なんぞになりたがるんだ?」
「アンタだって・・子供の頃は 冒険者ごっこやってたじゃない・・・」
「もう そんなガキじゃねぇよ」
「じゃ~ なんで戦士さん連れてるのよ 冒険者にならないなら・・必要無いでしょっ」
「あ~これか? 冒険者はやたら問題起こすからな あの馬鹿共を力で屈服させるには必要なんだよ」
木の棒と剣がぶつかって私達は鍔迫りあった。だけどディゼルは圧倒的な力で私をそのまま押し返す。勢いをつけて弾かれた私は、まるで大きな大人が赤子を投げ飛ばした勢いで後ろに吹き飛ばされた。
「う・・・」
「これが本物の戦士の力だ! お前なんかがちょこっと真似しただけで埋められる差じゃないんだよ!」
『あの戦士さん 心が死んでる~』
『かわいそ~』
2人のスキルさんの言葉に私はディゼルの“戦士さん”と見比べた。言われた通り確かにディゼルの“戦士さん”は表情が虚ろだ。眠いとかとも違う気がする。
「アンタ自分のスキルさんに何したの!」
「あぁ? 知らねぇよ 俺はスキル屋でコイツを買っただけだ」
スキル屋さん────
それはスキルさんに暗示をかけて無理やりパートナーにするお店の筈。手早くスキルを得たい層に需要があるとか。何にせよスキルさんにだって心はある。まるで好きでもない相手と無理やり結婚させられるのと変わらないじゃない。
「ホント・・・最悪ね」
「はぁ? 商売として成り立ってるところに金を出しただけだろうが 気に入らねぇなら店に直接文句言えよ」
ダメだ・・・コイツとだけは絶対に分かり合えない。少しでも話をしようと思った私が間違ってた。コイツは倒さなきゃいけない敵。それだけだ。
「俺がこの話を纏めたらよ ここら一体は歓楽街にしてやんよ そんでバカな冒険者からたんまり金を搾り取ってやる お前は気に食わねぇが 金に困ったら雇ってやってもいいぜ? ゲスな冒険者共の相手をたっぷりしてもらうけどなっ ハッハッハッ!」
「アンタって本当に最低ね」
★
「町長その話は急すぎでは─────」
「町長殿 その件はもう少し待って頂け──」
「町長 例の件はどうか私に─────」
「町長──────」
「町長────」
俺はガキの頃から親父を見てきた。親父は「いずれお前が町長の椅子に座れ」と言われてきたから良く観察したよ。
どいつもこいつも町長町長。良いもんだな町長って椅子はよ。その息子ってだけで大の大人が俺にまで頭を下げるんだ。
権力は人を離さない。
それが親父の背中に見たものだ。人を利用し上手く使って結果を出す。必要なのは人脈だ。使えるヤツはいくらいてもいい。使えないヤツは必要ねぇ。
ここは冒険者の町だ。まず引き込むには冒険者。コイツ等を町に雁字搦めにするには欲望を叶えてやりゃぁいい。力を発散させる場所。飢えを満たす場所。
そしてコイツ等を纏める英雄に俺がなればいいんだ。
「このバカもんがぁーーーーー!!」
「ぐふぅ~~~」
あぁ!? 何すんだよ親父。俺は自分なりに考えて“戦士さん”を買ったのによ。何でそれが安直な考えなんだよ。冒険者は弱いヤツの言う事なんか聞かないだろ?
親父はいつも冒険者の事で文句垂らしてたじゃねーか。連中には町長ってだけじゃ足らないんだろ? 権力と腕力が必要なんじゃねーのか?
何で俺が殴られなきゃなんねーんだよ。クソがっ。でも何てこたねーよな。要は証明すりゃいいんだ。自分のやり方が間違ってねーって見せ付けてやればいい。
今に見とけよ?
★
「私は諦めないわ! 自分の生活もこの町も! アンタだけは絶対に倒すっ!」
「そうかよ じゃぁ戦争だなぁ!!」
端から見れば子供通しの喧嘩だけど、これは退く事が許されない歴とした人生を賭けた戦いなんだ。戦争と豪語したディゼルもそれを理解してるのか、今度はコイツの方から剣を振るってきた。
ガツッ・・・ミシ・・・
防いだ木の棒から嫌な音がした。それを見抜いたのかいたぶるように何度も剣を叩き付けてくる。
「オラオラ どうしたぁ!?」
「・・・くっ!」
どうして・・・どうしてこんなヤツに。気持ちなら負けてないのに。無力がこんなに辛いなんて思っても見なかった。悔しい・・・
『ここなくなっちゃうの~?』
『の~?』
「大・・・丈夫・・よ ここも・・・あなた達も・・・私が守るわ・・」
「お前にゃ無理だよ・・・終わりだ」
ディゼルは目一杯剣を振り上げた。私の気持ちを表すように木の棒ももう折れそう。ここまでなの・・・? そんな私の儚い意思を挫くようにディゼルは満面の笑みを浮かべて剣を振り下ろしてきた。
『危ないっ!』
『ぶろっく~!』
ディゼルの剣が私の持つ木の棒に触れた瞬間。今度はディゼルの剣が後ろに弾かれて体ごと後ろによろめいた。
「な・・・何だ?」
「え これ・・・スキル・・?」
『ぶれいぶそ~ど~!』
“戦士さん”がそう言うと私の持ってる木の棒に力が宿ったのを感じた。華奢だった木の棒が今では硬く重くなったように感じる。これなら・・・
いけそう!
私はキョトンとしているディゼルに向かって渾身の一撃をお見舞いした。ディゼルは咄嗟に剣で攻撃を防いだけど、その拍子にガンッ! ・・・って木の棒じゃ絶対に出せない音を響かせた。ただの棒が凶器になっているのが伝わる。
「いっ・・・て!」
ガタン・・・
音の通り手に伝わった衝撃が余程のものだったのか、ディゼルは手にしていた剣を地面に落とした。稽古だったら勝負ありだけどこれは稽古じゃない戦いだ。
私は唖然としてるディゼルの横顔に木の棒で殴り付けた。
「あ゛ぁあ゛ぁぁあ゛~~~~!!」
あまりの激痛に頭を抱えてうずくまるディゼル。ざまぁないわねっ!
「さぁ・・・これに懲りたら もう2度とここへは来ないでちょうだい!!」
「そうだ~!! 帰れ帰れ~~~!!」
「町長に伝えろ~! 俺達は何処にも行かないからな~~!!」
「2度と来んな~~~!!」
戦いに夢中で気付かなかったけど、周りにはいつの間にかここの住民達が集まっていた。そして罵詈雑言と一緒に石やらゴミを投げ付けている。どうやら彼等もディゼル達がお気に召さなかったようだ。
「クソがっ! テメ~等・・・! こんな事してただで済むと思うなよ! それからマルティナ~~!! オメェは俺が絶対にぶっ飛ばしてやるからなっ!」
ディゼルは最後にそんな捨てゼリフを吐くと、一緒についてきていた男達に引きずられながら帰っていった。
取り敢えずのところ一難は去った様だ。
ドサッ・・・
「あれ・・?」
戦いが終わって緊張が解けたのか私は地面にへたりこんだ。何だろう・・・今になって怖くなってきた。木の棒を手放した手が震えてる。
『だいじょぶ~?』
『ぶ~?』
「えぇ 平気・・・ありがとう あなた達が助けてくれなかったら私 負けてたわ 私・・駄目ね」
取り敢えず。この場はやり過ごせても次にどうなるかは分からない。ディゼルがここへ来たのだって本当に立ち退きの話が持ち上がってるからかもしれないし。
町が町長の手に握られてる以上、安心なんてできない。
「どうしよう どうすればいいのかな・・・ そうだアネット・・・アネットのとこに行かなきゃ・・・」
本気の敵意と暴力を向けられて私は怖くなった。でも・・・アネットはもっと小さい頃からそれに身を晒されていたんだと思ったら胸が締め付けられる思いがした。苦しくて苦しくてどうしようもなく切なくなる。
今すぐにアネットに会いたい! その思いが私を彼の元へと走らせた。
大通りをおもいっきり駆け抜ける。彼の仕事場に近づくにつれて、今まで溜め込んでいた思いが堰を切った様に溢れ不思議と涙が止まらなかった。
なりふりなんか構っていられない。最後には子供の様に泣きじゃくっていたかもしれない。
町を過ぎ彼の居る仕事場が見えてきた。仕事が終わり丁度入り口を出てきたのか、目の前にアネットの姿が目に入った。
「アネット!!!」
私は構わず彼に抱き付くと、人目も憚らず咽び泣いた。
「マルティナ!? 大丈夫!? 何かあったの!?」
大丈夫なんかじゃない! アネットはいつもこんな思いしてきたのに、自分一人で抱え込んで私には何も言わないでっ!
アネットが怪我をして帰ってきた時、私は彼をちゃんと元気付けてあげられたのか。自分の気持ちを押し付けるばかりで、アネットの気持ちを汲んであげられなかった様に思う。
アネットは未だに泣き止まない私の背中を優しく擦ってくれた。今の私にはそれだけで十分だった。こうやって触れ合っているだけでとても心が安らぐ。
言葉はいらない───────
無言で慰めてくれる彼に全てを預ける事で私はとても救われた気持ちになった。
『マルティナがんばった~』
『た~』
「マルティナ? そのスキルさん達は?」
アネットの言葉に振り返ると私の傍らに“戦士さん”と“盾さん”が宙をプカプカ浮いていた。
「え? ・・・なんで? ついてきちゃったの?」
『マルティナ町まもる~ ボク達もまもる~』
『る~』
「そっか マルティナは見つけたんだね 自分のスキルさんを・・・ おめでとう マルティナ」
攻める為ではなく守る為に戦う。きっとその気持ちがスキルさんに伝わったんだろう。そんな私を彼等は認めてくれたのかもしれない。ただその切っ掛けがディゼルなのが納得いかないけど・・・
「2人とも・・・私と一緒にいてくれるの?」
『駄目~?』
『め~?』
「ううん そんなこと無い これからよろしくね!」
『キャハ~♪』
『ハ~♪』
初めてのスキルさん。私が2人を抱き締めるととても幸せそうな顔で喜んでくれた。彼等の気持ちを裏切らない為にも、必ず強くなって見せると堅く心に誓ったのだった。