81・ギャレズリー大佐
前回のあらすじ
アネットの真の敵は国であると告げたバードラット。しかし冒険者然とした返答を返したアネットの答えをバードラットは静かに受け取るのだった。
一時とは言え貴族の生活を体験した僕達は惜しみながらバードラットさんの店まで戻って来た。でも当の依頼主の仕事はまだ終わりではないらしい。どうやら敵の排除だけが主な目的ではなかったようだ。
それにしても・・・
ミストリアの要望、敵の駆除、本業である商売と、彼はこの街ので3つの案件を同時に熟した事になる。心情的なものは別として、その手腕だけは是非とも見習いたい。
その後も大小様々な商店や館を巡り、この街の滞在日数だけで6日。僕も自分の出来る事をと頭の中の地図作りに勤しんだけど、大通りの雑多な声と裏通りで時折聞こえる怒号と悲鳴と泣き声に当てられて、現在この街の地図は見事に穴だらけ。この分だと完成は望めないだろう。
街の影響を受けたのはどうやら僕だけに限った話ではないようで。初日こそ浮かれていたマルティナも、奴隷の実態を目の当たりにしてからは妙に押し黙ってしまっている。彼等がこの街の地盤を支えている1つと分かった今、とても笑う気にはなれないらしい。
ミストリアも同様、学友との再会に襲撃と、やはり思うところがあったのか、普段中々見せない複雑な心境をしている。
人間模様1つで簡単に命のやり取りに発展する世界を無事に乗り切って、気を引き締められたのは良い経験だったのかもしれないけれど、人に対する価値観や見方が変わってしまう事だけは受け入れたくない。
でもあれから襲撃らしい襲撃は無かった。それは1つの問題が完全に片付いた事を意味した。街の雑踏の裏に潜む光景を気にしなければ、スプリントノーゼはおおむね平和である。そんな見せかけの平和が僕の肌をどうしようもなく逆撫でた。
行き帰も含めて計10日。長く故郷を離れた初体験の冒険はこうして幕を閉じ、僕達は無事にハルメリーへの帰路へとつく事ができたのだった。
季節は冬に差し掛かる。
ひんやり体を震わせる冷たい風に、皆どこかしんみり過ごすのがこの季節の風物詩だ。でも今日に限ってはそれに反して町の様子が騒がしい。ハルメリーに到着してからギルドまでの道すがら、馬車の中にまで住民達のピリピリしている空気が伝わってきた。
普段はあまり聞かないガシャガシャと鎧を着込んだ兵士達の駆ける足音に、不安に彩られたヒソヒソ声。外に居るリタリーさん達も「何かあったのかしら」と、その変化を直に感じてるみたいだった。
町の醸す違和感を胸に抱えつつ僕達は馬車に揺られギルドまで戻ってくると、外と同様ホールまで騒然と慌ただしい様子だった。それは荒くれ冒険者達の喧騒とは違って、例えるなら襲撃のあった日のような緊張感漂う現場が再現されていた。
「うわ何? やっぱ何かあったの?」
「どうやらそのようですねぇ・・・」
依頼主のバードラットさんも只ならぬ雰囲気に何かを感じ取ったのか、早速周囲の人達に話し掛けては情報の収集に神経を注いだ。
僕も事の真相を確かめるべく周囲の不安な声に耳を傾けると「またか」「勘弁してくれ」等悲観的な言葉しか届いてこない。そんな彼等の抱く感情も尋常ではない。ほんと何があったんだろう。
陰鬱な空気の中、ホールを右往左往している1人が僕達の方に駆け足で近付いて来るのに気が付いた・・・のだけど、その人物は何故か人目も憚らず平気で僕に抱き付いてきた。ん~ギルド関係者でこんな事をしてくるのはポリアンナさんくらいだろう・・・
「お帰りアネット君! 大丈夫だった? 怪我は無い?」
「ちょっと! 何いきなり抱きついてんですか!」
「た ただいま ポリアンナさん 僕は何とか大丈夫です それよりも何かあったんですか? 冒険者以外の人達も居るみたいなんですが」
冗談混じりの質問ともとれたけど、彼女の心境には安堵と嬉しさと、他は不安と緊張と気疲れがゴッチャになって心中を占めていた。やっぱりギルド職員の心を揺るがす非常事態が起きたんだ。
「明け方に はぐれモンスターが現れたのよ しかも同時に3体も 警報が鳴って町の冒険者も兵士達も討伐に向かったんだけど 戻ってくる人は皆 負傷した人達ばかりだったわ だけど少し前に無事全部討伐したって報告が入ったの」
「そうだったんですか もしかして町にも被害が?」
「いいえ 存在が確認された現場も討伐場所も 共に洞穴付近と聞いたわ 今のところ町中で怪我人が出たと言う報告は上がってないわね」
「そう・・ですか 良かった」
ハルメリー襲撃事件の惨状が五感に甦る。血と鉄のむせ返る臭い、人々の嗚咽と悲鳴それに恐怖。今回怪我人がどれ程いるのか把握はできないけど、被害が町中に及んでいないと聴いてホッとした自分は不謹慎だろうか。
「取り敢えず仕事が完了したので その報告を・・・」
・・・しようとした矢先、ドアを隔てた隣の通路から1人の大きな怒声が突如、僕達の居る玄関ホールまで聞こえてきた。話の内容から多分誰かと会話をしているのだろうが、当の本人は気付いていないらしく、配慮の無いその中身が此方まで筒抜けになってしまっている。
「まったく話にならん! 先の襲撃があったにもかかわらず 何の対策もとらんからこうなるのだ!」
「────・・・─────・────・」
「言い訳は無用! はぐれが何故ダンジョンを目指すのか まだ解明されてはいないが だからこそ! 来る驚異に準備せねばならんのだろうが!」
「・・───────────・・・──」
「否! 町の守護は駐屯兵の役目 しかしその力を遺憾なく発揮する為には諸々設備が足らんと言っておるのだ!」
「────────・・─────・・─」
「ふん! そうではない比率の問題だ 冒険者ギルドへの依頼料は基本税として 国が20% ギルドへ30% 残り50%が冒険者の取り分となる
そこでだ ギルドと国との割り当てを半々にし 5%を駐屯兵に寄越せば良い! さすれば我々はその力を遺憾なく発揮し モンスターと言わず この町に降り掛かる如何なる驚異も跳ね返す 堅固な盾となるであろう!」
「───・・・─────・・────・」
「無茶ではない! 安定した資源の確保は国全体の平和にもかかわる国民の義務だ! その為にも洞穴には強固な守り 堅牢な砦が必要なのだ! これはハルメリーの発展と安全にも繋がる話なのだぞ! ここで出し渋っていてどうする!
先見性のある御仁方からは既に多大な寄付を賜っている 彼等とは今後良好な関係が築けるだろう・・・ だがそこに来ると冒険者はどうだ
先の襲撃時にはその体たらくで足を引っ張り 我々駐屯兵に甚大な被害を出した! 兵の中には冒険者に懐疑的な目を向ける者も少なくない
だが俺はその兵士達の取り纏める責務を担っている そちらの誠意次第では今一度 冒険者に歩み寄る架け橋になるのもやぶさかではないぞ? お主とてハルメリーを分断させたくはあるまい!」
何だろう・・・ 危機的状況の改善を声高に訴えていたと思ったら、いつの間にやらならず者の脅し文句に変わっている。
「この声はギャレズリー大佐ですね」
この大声は僕以外の人にも聞こえていたようで、情報を集め終えたバードラットさんは会話の内容を訝しむ僕に話し掛けてきた。
「兵士の方なのですか?」
「まぁ ハルメリーの駐屯兵を預かる指揮官になりますね 元は王都の軍部を纏める程の人物でしたが 問題の解決方法が やや 力任せなところもありまして
それならばと今の平和な王都で燻らせるよりかは 何処かのダンジョンを守らせた方が建設的であると 脛に傷を持つやんごとなき方々の推薦も相まって 今に至ると言う訳です」
つまり後ろめたい事がある人達から疎まれると言う事は、少なくとも正しい行いをしている人物なのか? ただ自身の正義を貫く為には多少道を外れる事も厭わない・・・と。
あれ? 結局どっちもどっちでは・・・
僕が人としての在り方をあれこれ考えていると話し合い? は終わったのか、ギャレズリー大佐の居る方の扉が開かれて、おおよそ5人程の足音がゾロゾロとホールに聞こえてきた。
憤り、呆気、嘲笑、懸念、畏縮。
5名の感情は三者三様と言った有り様だ。足並みの揃わない話し合いは、結局物別れに終わったのがありありと想像できた。しかしどうにも不満と言う一点だけは全会一致してるみたいだけど。
その中で懸念を示していた人物は、ふと何かに気をとられたのか、どこか安心した心境に変化すると迷わず僕の方へと歩いて来た。
「アネット! 無事だったか・・・」
「この声は エルヴィラさん? 何だか大変だったみたいですね 僕達は仕事で町を離れていて 今しがた帰ってきたところなんです」
「そうなのか 巻き込まれないで良かった 此方ははぐれが3匹も現れてな 現場は酷いものだ 改めてモンスターの脅威を思い知らされたよ」
歩き方から負傷した訳ではなさそうだけど、気持ちはとても憔悴している。きっと凄惨な現場を目撃して気が滅入っているのだろう。それはスプリントノーゼで奴隷の現状に直面したマルティナ達の感情に似ていた。
「む? 小僧か 何処に行っとった ・・・バードラット一緒と言う事は なるほど 依頼を受けていたようじゃな」
呆気の感情の主はランドルフさん。何故呆れていたのかと言うと、多分ギャレズリー大佐と会話をしていたのが彼だからだろう。
民間人を守る側の人間が、民間人が不利になる条件を脅し文句で突き付ければ、それは釈然としないのも当然だ。冒険者との関係を懸念するエルヴィラさんの板挟みになる気持ちも分からないでもない。
「おや 何やら会話が弾んでいたと思ったら ファーゴット商会のジャニス氏もご一緒でしたか 慰霊祭以来ですな」
「バードラット氏も息災で何より 2度もモンスターの襲来があれば そろそろ事態も動く兆しゆえ こうして罷り越してみれば 一辺倒な意見ばかりで実がない邂逅だったな
挙げ句無頼漢よろしく脅しに掛かるとは とんだ噴飯ものだ いつまでも前線に立っているつもりなのだろう」
「まぁ こう言う時です 大佐のような手合いが突っ走ってくれれば我々も何かと動きやすくなります 正に濡れ手に粟 利用しない手はない」
「もっとも 手綱を引いて止まるなら そもそも体よく王都から追い出されたりはすまい 下手に権限があると言うのも厄介だ 暴走でもされたらそれこそモンスターより手に負えなそうで気が抜けん」
「ハッハッハ 言い得て妙ですな」
本人の耳には届いていないようだけど、笑顔の裏側でどう思われているのか、商人の言動は真に受けてはいけないと感じた。
大佐自身は至って本気だからこそ憤っているみたいだけど、その全てが彼等にとって嘲笑以外の何物でもないとは、どちらも救い難いようにも思う。
それぞれが見知った相手と会話をする中、1人取り残され場に馴染めなかったのか畏縮していた人物は、エルヴィラさん同様此方に気が付き歩いてくる。その内にある感情は彼女とは真逆の焦りと不安が織り成す虚勢に塗れた色彩だった。
「よぉアネット 生きてたのか? 目も見えねぇのに冒険者なんかやってるから 真っ先にモンスターの餌になったと思ってたのによ くたばってなくて良かったぜ?」
「ディゼル・・・」
「ちょっとディゼル! ウチらに何の用よ!」
ディゼルが相手だとマルティナは無条件で食って掛かる。もはや彼女の中のディゼルの立ち位置は略確定してしまっているようだ。ミストリアも彼の言動には不快感を示していた。
「あ? 用が無かったら話し掛けちゃ駄目なのかよ まぁそんな事はいい それよか聞けよ
さっきまで権限のある俺達で話し合ってたんだけどよ そこで町の防衛対策の案が持ち上がってな その施設を何処に建てるかって事でちょっと揉めてよ もしかしたら旧市街が狙われるかもしれないぜ?」
「ふ! ふざけないでっ! そんな事はさせないわ!」
「ま 決めんのは俺じゃねぇけどよ もしそうなったら全力で協力するつもりだぜ? どの道ボロくてきたねぇ所なんだ 一旦全部ぶっ壊しちまった方が よっぽど町の為になると思わねぇか?」
「あんたなんか ただ町長の息子ってだけでしょ! 何の権利も無いわ!」
「そうだな そうかもしれねぇな でもよ・・・ その肩書きは思った程無力じゃねぇぜ?」
「まぁまぁ 2人とも少し落ち着いて下さい とても人前でするような話ではありませんよ?」
バードラットさんは一触触発の雰囲気を察したのか2人の言い争いに割って入った。険悪な空気になれば周りの人達から注目を集めてしまう。
とは言え、マルティナもディゼルも昨日今日に始まった関係ではない。幼い頃からの紆余曲折を経て形作られたお陰で、ちょっとした事でも簡単に衝突してしまう間柄になっているのだ。
常日頃が如何に大切なのかを思い知らされる出来事だけど、今回に限っては本当に場所を選ぶべきだった。ディゼルとマルティナの会話を聞き付けた巨漢が、のっしのっしと肩で風を切って歩いてきたのだ。
「その話・・・・坊主 お前は確か・・・ そう デュダルの息子だったな お前は此方側につけ! 防衛は町の要! どう転ぼうが損する事は無いぞ!」
「ぐっは! ・・・・お お おぅ・・・」
バンバンと力任せにディゼルの背中を叩いたギャレズリー大佐は、横柄な態度と同じように無理やり話を持っていった。流石に難色を示すディゼルだったけど、自分の望む方向と協力者を得た事でまんざらでもない感情が迷いとなって渦巻いた。
「ギャレズリー大佐 あまり事を急ぐと各所から苦情が殺到しますよ? 町を守りたいと思う気持ちは私も同じですが 何事にも順序と言うものがあります 先ずは矛を収め落ち着いてから話し合いましょう
それとディゼル様も安易に話に乗らないように 先ずは熟考し町にとって何が最善かをよくお考え下さい 感情の赴くままに振る舞っていては 誰もついてきてはくれませんよ?」
「う! うるせぇ! 俺は親父やお前の操り人形じゃねぇんだよ! 自分の事は自分で決める!」
大佐が突貫してくれるのを期待していたバードラットさんだったけど、ディゼルがそれに巻き込まれるのは快く思わなかったようだ。子供の頃からお目付け役として目を掛けていただけに、他人に好き勝手利用されるのは面白くないのだろう。
もっともそこに損得勘定が含まれてないと信じたいけど・・・
「よくぞ言った! 男児たるもの一度決めた事は貫き通してこそ本懐! ディゼルよ いつまでも親の背中を追う必要は無いぞ? あれは良いこれは駄目 女の買い物ではあるまいに お前は自分の信じた道をただ愚直に歩けば良いのだ!」
「あ・・ あぁ! そうだな! もう誰の指図も受けねぇ 俺は俺のやりたいようにやる!」
戸惑いだらけのディゼルの感情は、ただ自分の好きなようにやれと言う他者からの承認で吹っ切れた。吹っ切れてしまった・・・
願わくばもっと別の言葉で、然るべき相手から必要とされる人物になっていくのが望ましいのだけど、ディゼルのような人間の感情をよく理解しているのか、ギャレズリー大佐は味方が増えた事に只々ご満悦だった。
これ以上言葉を重ねても彼の心を動かす事は無理だと悟ったバードラットさんはここで口を閉ざした。思えばこの時点でディゼルを説得できていれば結果は違ったのかもしれない。
たったこれだけの出来事がハルメリーの町を大きく二分する事態にまで発展したのである。




