74・スプリントノーゼの街
前回のあらすじ
スプリントノーゼへと向けて出発した一行。
道中、同業者「狂犬の牙」の1人ノクタールはアネット達が気に食わないのか執拗に絡むが、一行は無事スプリントノーゼに到着する。
「ねぇ 皆ちゃんと行列作って並んでるんだけど 私達は順番抜かしちゃって平気なの?」
「一般の方は大体このように並びますね 順番を気にせず通れるのは 門を管理している貴族様と懇意であるか街の有力者か その彼等とコネを持つ一部の者だけです」
「うぅぅ 並んでいる人の横を素通りするのは申し訳無いけど 流石にこの行列を並ぶのはしんどそうだし・・・」
チラリと窓から覗いた先には憔悴した感情の列が1本のロープのように連なっている。そして馬車の中にいるにもかかわらず「まだかよ」「全然進みやしねぇ」等の文句が聞こえてきていた。
その横を優雅に走り抜ける僕達。さしものマルティナも申し訳半分で身を縮めていた。
「この街ではある程度 力を誇示した方が良いのですよ いずれ分かると思いますが 自分の身を守る手段にもなりますからね
そう言う訳で 門を抜けたらお手数ですが とある貴族様の家紋入りの馬車に乗り換えていただきます」
ハルメリーの冒険者はこれ見よがしに自分のランクを見せびらかしたりしないが、ここスプリントノーゼでは力の誇示が余計なトラブルに巻き込まれない、1つの防衛手段となっているそうだ。
あからさまに強そうな人とか偉い人には手を出さないと言う心情だろう。やっぱりそう言う土地柄なんだ。あれ? 外より街の中の方が気を引き締めなきゃならないって何だろう。
その門に到着したのか馬車は一旦停車するとバードラットさんは懐から何やら紙のようなもの取り出すと、外にいた人(たぶん門番)に渡した。するとこれと言った会話もなく馬車は前に進み始める。
その間も窓の外からは人の怒号のような声が聞こえているけど、これが力を持つ者とそうでない者との差の一部なんだろう。
門を潜ったのか馬車は右に曲がって停車した。広場にでもなっているのか何頭かの馬の嘶きが聞こえる。馬車を降りて周囲を見回すと街の中心部でもないだろうにかなりの人達がここに集まっていた。
それに驚いているとバードラットさんが「ここは乗り合い馬車の停留所になっているのですよ」と教えてくれた。しかし何だろう・・・
活き活きとした活気とは違うまるで人を値踏みでもするような絡み付く感情を向けられてる気がする。マルティナもミストリアもそれを露骨に感じているのか、初めて来た街でする感情じゃない。
「それじゃ~旦那ぁ 俺達はここらで失敬させてもらうぜぇ おいガキ共 精々気張れよ~ ガッハッハッハッハ!」
そんな何とも言えない空気の中で周囲に配慮の無いノクタールさんの大声が響く。そして一言・・言うだけ言ってチーム「狂犬の牙」は雑多な人混みの中へと消えていった。
随分あっさりしたものである。
「は?・・・・ はぁ~っ!? あいつら護衛の仕事で来てるんじゃなかったの!?」
「あぁ 彼等はスプリントノーゼまでの契約ですので ここまでとなります」
「ふん! まぁ良いわ! あいつらが居なくなった方がこっちも清々するもの!」
マルティナ達はよっぽど彼が嫌いだったのだろう。彼等が居なくなった途端、溜まっていた鬱憤もむずむずと蟠っていた街への感情も、今では綺麗さっぱり発散されていた。
「バードラットさん 悪いがウチのパーティーメンバーを1人外しても構わないだろうか」
え・・彼等も? 突如ウォルツォさんがバードラットさんにお伺いをたてた。それを不思議に思うバードラットさん。個人的な要件でもあるのだろうか。
「仕事に支障をきたさないのであれば構いませんが 一応理由をお聞きしても?」
そう尋ねたバードラットさんに、ウォルツォさんは周囲に配慮してか、それとも聞かれたくない内容を含むのか、バードラットさんの耳元で囁くように小声で話し始めた。
「ノクタールに監視を付けたい 彼は黒い噂もあるからな もし不穏分子と繋がりがあった場合 貴殿にも被害が及ぶ可能性がある」
「成る程 そう言う事でしたら是非に・・・」
すいません僕には筒抜けです・・・それにしても冒険者の中にもそう言う人がいるのか。ちょっと残念だ。
ここまでで計4人が居なくなった訳だけど、僕達は予定通り馬車を乗り換える。僕達の仕事は街中からと言う事なので、油断無く周囲に気を配るが、人を吟味する視線ばかりが絡みついて正直いつ襲われないかと気が気じゃない。
一方マルティナは乗り換えた馬車の豪華さに「ふぁ~」と感嘆の声を洩らした。確かにソファーから室内の香りまで高級感が滲み出てるけど、外のこの馬車を見る人達の事が気になってそれどころじゃない。
ここまで来たのと同じように、僕達は数台の馬車に分乗して巨大な渦のような街の中へと進んでいく。すると次第に雑多な音が耳につき始め、どうやらこの街の大通りに差し掛かったよう。僕の知るお祭りの喧騒が馬車の周囲を包んだ。
実際にお祭りかな? と、窓からそっと外を覗いてみると、しかしそこにいたのは祭りを楽しむどころか、どこか必死な人達ばかり・・・
まさに「命懸けで商いをやってんだぞ」と言わんばかりの勢いだ。この喧騒の全てがそれなんだろうか。
そんな人達が犇めく大通りを、馬車は街の外と然程変わらない速度で走行している。きっと馬の専用道が道の真ん中に敷設されている筈。
マルティナの「店の看板が沢山道にまでせり出してる!」の発言からも、街の姿がハルメリーとは大分違うらしい。
「凄い人の数ですね さっきの門とは偉い違いです」
「ここはスプリントノーゼのメイン通りですからね 人同様 各種店舗がひしめき合っている通りです
そしてこの大通りに軒を連ねている店は どれも成功を納めている方々の店舗となりますね この通りに店を構える事が 商人にとってのステータスとなっております
もっとも それを可能にするには 伝手とコネ それらを上手く利用できる手腕と能力 更に強運も必要ですが・・・」
「でもこの人達全てに警戒を払うのは かなり厳しいのでは?」
「往来の真ん中で貴族の馬車を狙う不逞の輩はいませんよ それに馬車での移動時は他の冒険者パーティーの担当です アネット殿には私が要人と面会している時の護衛をお願いします」
「分かりました・・・」
「それと依頼中 皆様には私の経営する店に滞在していただく事になりますので 出費に関してはお気になさらずに」
「それは助かります それにしてもバードラットさんはこの街にもお店を構えているんですね」
「えぇ 中々面白い人物と知己になりましてね 今回アネット殿にお声掛けしたのも ミストリア様に 彼を ご紹介したかったからなのですよ」
このバードラットさんにして面白いと言わしめる人物・・・一体どんな人だろう。
「まさか変なヤツじゃないでしょうね あのノクタールとか言う冒険者みたいな」
「フフフ まぁそれは会ってからのお楽しみと言う事で ただ・・・色々と考えさせてくれる人物ではありますよ?」
まるで僕達を試すような含みのある言い方に、着いた先で一悶着あるんだろうなぁと容易に予想できてしまった。
馬車は色々な方向に曲がりくねって進み、今まで外から聞こえてきた数多な音は次第に小さくなっていき、そして終には聞こえなくなってしまった。
それに伴って速度も落ち窓から入る音も閉所特有のものへと変わり、推し量るに今は狭い路地を走っている。
そして臭いだ。
先程まで興奮して窓全快で身を乗り出していたマルティナだったけど、路地に入るとその臭いが鼻の奥に直撃したのか「バタン!」と勢いよく窓を閉めてしまった。
そんな路地を暫く走って、馬車は目的地に到着したのか静かに速度を落とし停車した。「皆様ここまでの道中お疲れ様でした」とバードラットさんが言うからには、ここで間違いはないのだろう。しかし・・・
ハルメリーで見る華やかな彼からは、とても想像できない場所で下ろされた。
「ようこそ 我が店『常闇の奴隷館』へ」
うん・・・まさかの人身売買だった。それは大っぴらにはできない。
「え・・・ 奴隷・・? ・・・・最低・・ 良心の呵責ってものは無いの!? 人をお金で売り買いするなんて! まさか・・・ 私達を誘ったのは アネットとミストリアを拐って 何処かに売っ払う魂胆だったの!?」
突然のカミングアウトにマルティナは憤りを隠せなかったようだ。ただでさえバードラットさんを嫌悪している彼女だ。人を商品と同じように扱っていると明かされて、思わず腰の剣に手が掛かった。
同じくミストリアも不信感をあらわにする。彼とは奴隷についてあれこれ話し合っただけに、まさか本人がかかわっていたとは思いもしなかったのだろう。
僕もそう思う。
だけど・・・ここに連れてくれば確実にこうなる事は分かっていた筈。では何故この場所に僕達を誘ったのか。
「旦那様? 店先が騒がしいようですが 何かトラブルでも?」
緊迫の中、対峙する僕達の間に入り込むように、線の細そうな青年の声が店の奥から聞こえてきた。すると彼を筆頭に、ぞろぞろと幾人かの居丈高な人達が、建物の中から僕等のいる店先へと集まってくる。
「いえいえ ちょっとした行き違いです 問題はありません 彼等は私が雇った護衛の冒険者の方々ですよ」
「何が行き違いよ! あんたが奴隷と関わっていると知っていたら こんな仕事 絶対に! 受けなかったわ!」
マルティナは僕達2人を庇うように前に立った。先程「僕達を売るつもり」と言ったのも、事前にポリアンナさんからマイナス等級持ちはは狙われやすいと聞かされていた為だろう。
しかし敵意を振り撒くマルティナに対し、彼等の感情は此方を害するそれとは違う。不要な衝突を避ける為「マルティナ落ち着いて」と彼女の袖を引っ張るが、多勢に無勢と思ったのか警戒を解く気は無いらしい。
そこに先程の青年がポツリと囁いた。
「あぁ・・・ 成る程 大体の察しがつきました 旦那様 取り敢えず皆様をお店に そこでお話をされてはいかがです?」
「そうですね 旅の疲れもあるでしょうし 今日はこれと言って予定はありませんので
さ ここに居ては他の方々の往来の邪魔になります ひとまずお店の方に・・・ それからゆっくり茶でも飲みながらお話をしましょう」
突如現れた助け船。荒れる前にこれに乗っかる事にしよう。
「2人とも 今更揉めても仕方ないし ここは素直に従おう これにはきっと理由があると思うんだ ね?」
「そんなの!・・・・・・」
納得できないと言った様子だったが、自分達だけが熱り立っている状況に何となく気付いたのか、周囲のそう言う雰囲気ではない事にどうにか矛を収めてくれた。
2人を促して僕達一行はバードラットさんの商う奴隷館へと入る。しかしそこは僕の中にあったイメージとは一線を画す場所となっていた。
ここまでの道中、僕は馬車から奴隷と言われる人達を目にした。その誰もが半ば何かを諦めているような、覇気と言うものが希薄に感じられたのが異様に気になった。
加えてマルティナ達の彼等を見る感情に僅かな忌避感が見てとれた事からも、もしかしたら衛生的ではなかったのかもしれない。
でもこの店は違った。
まずここの奴隷達に悲愴感が見当たらないのだ。そして匂いと言う観点からも清潔感が窺える。
店自体もここまで乗ってきた馬車のように、しつこくない香水の香りが漂い、来る人に不快感を与えない工夫をしているように思う。
だが何と言ってもここの奴隷達の活きた感情が僕には印象的で、バードラットさんの奴隷達への扱いが何となく分かった気がした。
今日の業務は終了と言う事で冒険者各位はそれぞれ提供された部屋へと消えていった。僕達はバードラットさんと共に応接室へ。
マルティナとミストリアも何処と無く「ここの奴隷達は違うのかな?」と感じつつも、やっぱり奴隷と言う事に不信感は拭えないらしい。部屋に到着するまでの2人の足取りは重かった。
部屋には僕とマルティナとミストリア。バードラットさんと線の細そうな青年の5人。
「さて・・・ 先ずは奴隷について私の見解を述べさせていただきますね 以前にも話をしたと思いますが 私は奴隷制が完全悪とは思っていません」
「どうしてよ 人に値段を付けるなんて不謹慎じゃない!」
「確かに 人の値段 なんて言い方をすれば聞こえは悪いでしょう しかしそれはあなた方冒険者にランクがあるのと同じです
冒険者は個人又はパーティーの成果 ギルドにもたらす貢献度によって その価値は変わります
逆に 中々結果が出せない者や 努力を怠る者にだって 社会は否応なしに価値をつける」
マイナス等級・・・そもそもスキルさんに等級を付ける事自体が人のエゴに過ぎない。そのせいで暴力を振るわれるスキルさんや、雑に扱われる人が出来てしまっている。
「そんな儘ならない世の中でも 自分なりの答えを見出だすのも 人の持つ長所でしょう それで居場所を得られるなら良い
しかし中には目先の利益に捕らわれて 楽な方へと流されていった結果 過ちを犯す短絡的な人間も多いのが現実です
そう言った惰性で生きる者は 得てして同じ事を繰り返すのですよ 罰しても罰しても ね・・・」
「つまり 奴隷と言う首輪を付ける事でしか止める方法は無いと・・・」
自身を律する事ができないのであれば、それもやむ無しなのかもしれないが・・・
「それは! ・・・犯罪者の話でしょ! だったら 親に売られた子供の場合は一体どうなるのよ!」
「それは以前話した通り 売られた先如何でしょうな」
それを耳にしたマルティナは、今にも掴み掛かりそうな勢いだ。自分以外は知らぬ存ぜぬでは彼女の説得は難しい。
「落ち着いてマルティナ 憤るのも分かるけど 今はそれが分かっていて 何故バードラットさんは奴隷商を営んでいるのか・・・ それを聞きたいんじゃない?」
「っ!! ・・・・・・・・・・」
それこそ僕達が聞かなければならない事。
バードラットさんは彼女が幾分落ち着いたのを見計らい、その理由を語りだした。
「私の店は他と違い 奴隷を 使う のではなく 貸し出し を行っているのです」
「貸し出し・・・ ですか?」
「えぇ ここから先はあなた方を信用して話すのですが・・・ まぁ企業秘密ってやつです ネイブラ」
その台詞に呼応して、バードラットさんの隣に座っていた線の細そうな青年は、立ち上がって自己紹介を始めた。
「皆様 初めまして 私はネイブラと言う者です 連れているスキルさんは奴隷さん
此方で取り扱っている奴隷達は全員 私が契約した奴隷と言う事になります」
「このネイブラは稀有な能力を有していましてね 契約した奴隷の感情を ある程度高揚させる事ができるのです」
「人の感情を操る事ができるのですか?」
「私ができるのは あくまで気持ちを高揚させるだけで 好き勝手に操れるわけではありません」
「私が奴隷商に手を出そうと思ったのは 実を言うと彼と出会ったからなのです
何故そう思ったのか アネット殿はお分かりになりますかな?」
「ん~・・・・ 高揚・・ 感情・・・ もしかしてスキルさんとの繋がり・・ですか?」
「ご明察です 奴隷と言う立場は一般的に 落とされるもの として広く認知されていますからね いざ自身がそうなってしまうと 殊の外心に傷を負う者は多い
人生に意欲が持てなくなれば 心の繋がりが重要であるスキルさんとの関係は希薄になるので 彼等に一般の人間と同等の能力は見込めません
自明の理とでも申しますか そうなると社会的価値が低く評価されてしまうのは致し方のない事なのです
そんな彼等に人は何を期待するのか・・・ 言い方は悪いですが 替えの利く道具 と言ったところが妥当ですな
そこに輪を掛けてマイナス等級持ちの存在価値はと問われると・・・」
「そんな価値観は間違ってる! 人と人との関係はそんなんじゃない! アネットは小さい頃から頑張ってきたわ! 周りが勝手に評価して良いわけない!」
「それは貴女が今まで彼を支えてきたから言える事なのですよ
では 親に売られた者達は一体誰に縋れば良いのでしょう 誰が助けてくれますか」
「それはっ!・・・・・町とか 国が・・」
こんな話を聞くと、マルティナ家族に引き取られた僕はとても幸運だった事を改めて自覚する。
まかり間違えば、僕はこの街の日の当たらない場所に閉じ込められていてもおかしくはなかったのだから。
「旦那様 彼等には実際に街を見ていただいた方が良いのでは?」
「そうですね 何事も自分で確かめる事は重要ですからね・・・・」
彼の言葉は僕に「お前には何ができるのか」と投げ掛けられているような気がした。
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