73・道中にて
前回のあらすじ
スプリントノーゼへ出発する矢先、同業者のノクタールに絡まれるアネット。
マルティナと言い争いになるが、それを止めるウォルツォ。
先が思いやられつつもアネット一行はハルメリーを旅立つのだった。
ハルメリーを出発してからどのくらい経ったのか、始めこそ頭の中でスプリントノーゼまでの道のりを記憶しようと奮起していたけど、お尻に響く振動と我慢できない揺れで頭の中の地図は白紙に戻ってしまった。
道は整備されてるって聞いたけど整備とはいったい・・・
ミストリアは貴族な為かこんな馬車でも慣れたものか余裕と言った感じ。マルティナは屋根付き馬車は初めてなのか、お世辞にもよろしくない乗り心地にもかかわらず興奮していた。
「気が抜けない」と自ら豪語したバードラットさんが同乗しているのに、彼そっちのけではしゃぐマルティナもやはり年頃の女の子。好奇心には勝てなかったようだ。
しかし護衛の仕事中にもかかわらず気が緩んでいるのにも理由があって、雇い主曰く僕達はあくまで「街中での護衛」として同行しているから大丈夫・・・なのだそうだ。
そうは言っても・・・
「本当に馬車に揺られているだけで良いのでしょうか・・・ 曲がりなりにも僕達は冒険者です 外の警戒をした方が良いのではないですか?」
「物事には適材適所と言うものがあります 道中は広域を哨戒できる能力の者に任せれば良い 残りはいざと言う時すぐ動けるよう 気を落ち着かせるものですよ
それにアネット殿には街中で遺憾無く その手腕を奮ってもらうつもりですので ご安心下さい」
「そうですか 分かりました しかし街中での警護と言うのは 具体的にはどの様な事に気を付ければ良いのでしょう
お恥ずかしい話 洞穴内でなら何度か護衛の経験もあるのですが 街中でとなると今一要領を得ません」
「なる程 そうでしたか まぁ基本的には私の側に居て周囲を警戒して下されば結構です アネット殿であるなら 普通では察せられないちょっとした機微にも敏感に対応できると確信しておりますので」
ん~・・・音で判断できると思っているのかな、でも新人にそこまで期待されても困る。まぁ人の感情を色分けする事はできるので、悪意やら敵意には反応できるけど。
ポリアンナさんが嘆く程の治安なんだよね・・・人間達の悪意に囲まれたらどうしよう。モンスターより難易度高いんじゃ・・・
揺られる事半日近く。馬車は今日の野営地へと到着した。肌に感じる気温の下がり具合からもうすぐ日の暮れる時間帯。まだ日が上っている内にテントの設営をしてしまおうと言う算段だろう。
今こそ修行の成果を活かす時!
馬車の中で休むと言う選択肢もあるけど、折角テントを用意してきたので僕達は外で夜を過ごす事にした。
「じゃぁ2人とも 練習通りにテントを組んじゃおう」
「ほーい」
僕の苦手とする部分を2人が補う形でテントは順調に組上がっていった。やっぱり事前の予習は重要だ。周囲の音からも他の冒険者に引けをとってはいない。まさしく及第点と言った手際だろう。
「ここって旅人の休憩場所になっているのね 私達以外でもここを利用している人達が居るわ」
〔──・──・・─────・・・・──〕
「へぇ ミストリアもこう言う場所を使った事があるんだ 貴族って町の宿にしか泊まらないイメージがあったけど」
マルティナの話だとここはもう山間部らしい。僕達が通った道は交通の要衝となっているので、道中結構な数の馬車とすれ違った。
そんな理由からか、この場所は旅人達の手で切り開かれた森の中の広場となっているそうだ。御丁寧に焚き火に必要な薪も積まれて置いてあるらしい。
更には広場のあちこちには杭が打たれていて、どんなタイプのテントでも設営可能と言う。この場所はまさに至れり尽くせりな休憩所と言う訳だ。
他の冒険者の人達もテントを設営し終わる頃に、僕達は各設営場所をまわる事にした。
その理由はずばり水。
いくら整備されている広場と言っても水場まで完備されている訳ではないらしい。ここに来る途中もミストリアのお陰で水の心配をしなくていいと冒険者達からのウケも良かった。
そろそろ食事の準備をする人も居るだろう、水の提供をと思った矢先・・・肩で風を切るような足音で「彼」が僕達のところにやって来た。
「何だぁ? ガキだけあって 呑気にもう寝床の準備してんのかぁ? 全く良い御身分だぜ」
ノクタールさん。
彼はハルメリーを出発してから休憩の合間合間によく絡んできた。はしゃぐマルティナに「ピクニック気分かよ」とかミストリアにも「お前の魔法さんはお飾りか?」と執拗に水を催促してきたりと、お陰で彼への心証は最悪。
彼が近くに居るだけで彼女達の不快指数はキリキリ上昇していくのだ。ノクタールさんの声が耳に届いたのか、マルティナが駆け付けてきた。
「アネット! ミストリア! 大丈夫!? 変な事されてない!? ちょっとあんた! 私達に何の用よ! 言っておくけど私達の仕事は街中からなんだからね! それまでどうしていようが此方の勝手でしょ!?」
マルティナは彼に完全な敵意すら持っていた。相手が相手なら掴み掛かりそうな勢いだ。
「お目出たい頭してんなぁお前 もしこん中に盗賊でも紛れ込んでたらどうすんだぁ? 俺なら油断しきってるところを襲うぜ?
まぁ そっちの無口なおっぱいちゃんならまだしも お前みたいなつんけんしたのは 頼まれたってゴメンだけどなぁ?」
「何ですって!!」
一触触発な空気。ミストリアも相当ご立腹な様子だ。だからと言って言われた事に一々腹を立ててたら疲れるだけだし、今後の仕事にも支障を来す。
これは身を呈してでも止めなくてはならない事案・・・なのだけど。強そうなベテラン冒険者と怒り心頭のマルティナに水魔法を自在に操るミストリア。果たして僕で止められるのか?
「おいノクタール お前はまたこの子達に絡んでるのか? ちょっとは大人らしく接したらどうだ」
「君達大丈夫?」
あわや大惨事となりそうな場面で冒険者のウォルツォさん。そして別のパーティーのリタリーさんが間に入ってくれた。
どうやら青あざを作らずに済みそうだ。
「は はい 有り難う御座います 僕達は大丈夫です」
「人選に納得できなくても仕事を受けたからには歴とした仲間なんだ そんな喧嘩腰でいざと言う時 連携がとれなくなったらどうするんだ」
「俺達は別に問題はねぇぜ? 感情を優先して手抜きする奴ぁ どの道長生きはしねぇ どっかで野たれ死んでるのがオチさ
案外同業者に寝首を掻かれたりしてな?
ま 別に喧嘩吹っ掛けに来た訳じゃねぇよ そいつらがあまりにも能天気だったから 先輩冒険者としてのアドバイスってのをしに来てやっただけだ
何なら今晩の見張りを変わってくれても良いんだぜ?」
フンっと鼻をならすと一通り満足したのか、言いたい事を言いってノクタールさんはどこかへと立ち去ってしまった。
「ほんと何なのよアイツ!」
「君達もあまり気にするな 冒険者には色々な奴が居るからな いちいち反応していては気が滅入るだけだ」
「そうそう ねぇ それよりも私達とご飯一緒に食べない?」
げんなりする彼女達に気を使ってくれたのかリタリーさんから食事に招かれた。気を紛らわせるには渡りに船。このお誘いには是非とも乗っておこう。
「良いんですか? 僕達もそっちの方が助かりますが・・・」
「・・・・・私も良いわよ」
それとなく2人の了承を確認すると、幾らか溜飲が下がったのか冷静に判断ができる程には落ち着いたようだ。
「では喜んでご一緒させて頂きます」
食事と言ってもただご相伴にあず訳にもいかない。なので食事の準備を僕達も手伝う事にした。今こそ日頃の成果を見せる時!
僕は持ってきた野菜の皮を剥いて細かく刻んでいく。これはスープの具材だ。
「君は器用だな やや辿々しい部分もあるが 完全に目が見えていない人間の動きとは思えない」
「うんうん 私もそう思った」
「僕が盲目さんに魅入られたのは ずっと小さい頃ですから 慣れている と言う事もありますね それに盲目さんもあれこれ助けてくれますし 大切な僕のパートナーです」
『アネットはボクが守る~』
「君は強いのね・・・ 他のマイナス等級持ちの人も アネット君のように思ってくれたら良いんだけど・・・」
そう言ったリタリーさんはどこか物哀しげだった。きっとマイナス等級持ちの実情を知っているのだろう。その感情は何処と無くこれから向かう目的地を憂いているかのようにも感じた。
「いや 強いのは心持ちだけではないぞ? 聞いた話だが 彼はギルド長と手合わせをして一本取っているそうだからな」
「うっそ! 信じられない! どうやったらあんな豪傑から一本取れるのよ!」
「俺も冒険者として純粋に興味があるな 良かったら詳しく教えてくれないか?」
「最初に言っておきますけど 特別僕が強いとかではありませんよ? 盲目さんのスキルで局部的に黒い霧を発生させる事ができるんです それを駆使して何とか当てたと言うだけに過ぎません」
「なる程 魔法さんなら兎も角 マイナス等級持ちの人間がそんな事をしてくるとは思ってもみなかったのかもしれないな
虚をついたとしてもだ あの御仁から一本取れたのは大したものだ・・・ いや それだけで不覚を取るとも思えないな 何か他に・・・
君を見ていて感じたのだが 気配・・ 特に音に敏感だったりするのかな?」
流石はベテラン冒険者。普通なら邪見にしか思われないのに良く見ている。
「そうですね 目が見えない分 音は僕にとっての生命線です」
「ふ~ん 人の体の妙ね やっぱりそれもスキルさんのスキルなのかしら」
「う~ん・・・ どうなのでしょう」
“盲目さん”はあくまで視力に関連するスキルを使用するので、音に関しては目が見えない分自然と耳が鋭敏になったと考えるべきか。
“盲目さん”からも『それはスキル~』と申告は無かったし。
「やはりスキルさんは未知な部分が多いな 水魔法さんを連れていた子も 本来詠唱が必要な魔法を 失語さんを連れているにもかかわらず 無言のまま行使していたしな」
「無詠唱なんて手の内を明かさずに魔法が撃てるんだもの それってかなりのアドバンテージよね」
僕達の事に彼等は終始驚いてばかりだった。ベテランにして不明な点の多いスキルさん。一体世界にどのくらいの種類が居てどんな可能性を秘めているのか。
彼等の話を聞いている内に「マイナス等級持ち」の先行きは決して暗いものばかりではないと確かめる事ができた気がした。
夜が明け。旅路へと戻る。
例によって一悶着起こりそうな出来事もあったけど、モンスターや盗賊と出くわす事無く僕達は無事にスプリントノーゼへとたどり着いたのだった。




