70・ラトリアのこれから
前回のあらすじ
バウゼン邸にてラトリアの抱える問題は一応の解決を見たが、アネットの存在に気付いたバウゼンはバードラットの帰り際、忠告ともとれる耳打ちをした。
ハルメリー慰霊祭から数日。
僕達がいつもの様にギルドに顔を出すと、そこにはバードラットさんの部下でコンシェルジュのマデランさんが例の会談の結果報告をしに来てくれていた。
彼の話によれば、ラトリア家族が今まで不当に支払わされてきたお金は全額払い戻されるとの事。そして「事件は全て亡きプルトン氏の仕業」で片付けられたと、やや含みのある言葉で伝えてくれた。
同時にマデランさんから「身辺には気を付けるように」と釘を刺されたので、僕は「何故ですか?」と尋ねると「名が広まるのはなにも良い事ばかりではないからです」と返された。
う~ん・・・僕は何か目立つ行動をしてしまったのだろうか。物珍しいと言えばせいぜい盲目で冒険者くらいなものだけど・・それかな?
ともあれ、これでラトリアも後顧の憂いなく自分の将来に邁進出来るだろうし、今までギクシャクしていた親子関係も徐々に取り戻していく事ができるのではないだろうか。
取り敢えずこれにて一件落着・・・そう言う事にしておこう。
用件を終えたマデランさんは僕達に一礼するとギルドを後にした。
友人の抱える問題が解決した事で浮き足だったマルティナは掲示板へと駆けミストリアもその後を追った。
少し前まで僕が盲目と言う事もありポリアンナさんに仕事を見繕ってもらっていたが、今ではマルティナとミストリアがその役をかってくれている。
「う~ん 朝の争奪戦の後だと割りの良い仕事って残ってないのよね さて・・どんな仕事があるかしら 出来ればこの近間がいいんだけど」
『モンスターやっつける~』
『る~』
「モンスター討伐か~ 私達洞穴であんな事があったばかりだし ギルド長にも注意されてるのから洞穴の仕事は無理なのよね~ 近くの森で何か適当な依頼でもあれば もしかしたらモンスターとも戦う事になるのかも?」
『お~』
『お~』
洞穴での一件で“盲目さん”の『予見の目』に危機感をもったランドルフさんから「洞穴に入る際は腕のたつ冒険者と一緒に居ろ」と忠告されていた。なのでここ最近は洞穴には潜らずに近間の森を中心に活動していたりする。
ハルメリー襲撃事件以来、狂っていた外の生態系は元に戻りつつあるようで、掲示板に討伐依頼は貼り出されてはいないもののチラホラとモンスター発見の報告が入っているらしい。
それに今の僕達の目標はあくまでミストリアの“失語さん”の有用性の証明であるので、ガッツリ洞穴に潜るつもりもない。
そんな訳で思いっきり体を動かせないマルティナとしてはフラストレーションが貯まっているのだろう。それが自然とスキルさんにも伝わっているのかもしれない。
「ミストリアは何かやってみたい仕事とかある?」
〔─────・・・──────・・・〕
「うんうん 成る程 確かにそれだと失語さんとは関係無さそうだねぇ じゃぁじゃぁ・・・」
〔─・・───────・・・─────〕
「う~ん やっぱりそうなるかぁ」
ミストリアは“水魔法さん”と“失語さん”のスキルを掛け合わせた無詠唱魔法が使えるのだけど“失語さん”のみのスキルとなるとまだ発現をしていない。
彼女の望みはあくまで“失語さん”のスキル獲得なので、それに見合った仕事を探してるようだけど“失語さん”に見合った仕事って何だろう・・・潜入捜査とか?
僕はああでもないこうでもないと右往左往してる彼女達に何となく安らぎを覚えた。
「アネット これなんかどう? スノーベリーの採取だって もう少しで冬だし そろそろ実も生ってるんじゃないかな」
「スノーベリーかぁ 乾燥させて食べたり クッキーに混ぜても美味しい実だよね」
この様子ではまだまだ“失語さん”の有用性の証明には時間がかかりそうだ。
そんな事を考えているとギルドのカウンターから「アネット!」と僕の名を呼ぶラトリアの声が聞こえた。
「アネット 皆! よかった 聞いてくれ! さっきギルドから 私達が抱える問題が解決したって聞かされたんだ! 今まで払い続けてきたお金も全額返ってくるって!」
「うん 僕達もさっき商会の人から聞かせてもらったよ 良かったね」
「あぁ それもこれもアネット達が動いてくれたおかげだ 本当にありがとう!」
「良かったじゃないラトリア! これで気兼ね無く騎士を目指して鍛練できるね!」
「マルティナ・・ うん そうだな」
「ラトリア? 何か別に気になる事でもあるの?」
ここまで素直に喜んでいたラトリアだったけど、何か心に引っ掛かる事でもあるのか、途端に気持ちが沈んでしまった。それはもう感情を色で見れないマルティナも気付くくらいに。
「え? いや・・・そんな事はないぞ?」
「ラトリア 私達に隠し事は無しよ? それにもう乗りかかった船なんだし 遠慮なんていらないわ!」
「そうは言っても これ以上君達に迷惑はかけられない それにこればかりは私自身が向き合わなければならない問題だから・・・」
と言っていたラトリアだけど、肉迫するマルティナの圧しに負けてポツリポツリと心のつかえを話し始めた。
「まぁ 有り体に言えば父の事なんだ 自身の失敗で私達の日常は壊れて やさぐれる気持ちは分からなくはないが・・・
だからと言ってお酒に逃げて 何の臆面もなく人様の前でお金をせびる父に 正直に話してしまって平気なのかと・・・ ギルドからの報告を受けた際にフト思ったんだ
これを切っ掛けに心を入れ替えてくれたらとは思うけど 今までを見てきた私として期待は・・・できそうにない・・・」
「あぁ~ 何となく・・・ 分かるかも」
以前ギルドで酒に酔っ払って娘にお金を無心するラトリアの父と出くわした。正常ではなかったとは言え・・・いや、正常でないからこそ本心が浮き彫りになったのかもしれない。
あの時の彼の胸中はどこか自暴自棄で、加えて周囲に対する不信感で満ちていた。
ともすれば実の娘にすらも・・・
「だったら・・・ お金の事は伏せて問題が解決した事を話してみたら良いんじゃないかな その上でラトリアはお父さんを立ち直らせる努力をする
そしてこれからは今まで離れていた関係を縮める事に時間を設けて お金の話は頃居合いを見計らって伝えれば良いと思うんだ」
「うんうん! そうだよラトリア! ラトリアは今まで苦労してきたんだから これからは幸せにならなくちゃ変だよ!」
「幸せか・・・ そうだな 人間関係だって自分から良くしようと心掛けなければ変えられない それに父にはもう私しかいないんだし 今度こそちゃんと支えてあげなきゃダメだものな・・・
ありがとう2人とも そうだな・・・ もし・・・今後私が挫けそうになったら その時は相談にのってもらっても良いだろうか」
「もちろんよ!」
結局のところは自分の出来る範疇で、するべき事をするしかない。
それにいくら僕達と会話を重ねても、彼女の心に纏わり付く不安を完全に払拭する事は叶わないだろう。こればかりは自分で拭わなければならない感情なのだから。
しかしそれができた時こそ、ラトリア家族が本当の意味で報われる瞬間となる筈だ。
「あ でも そう言う事ならギルドにも相談に乗ってもらった方が良いんじゃないかしら? 何だかラトリアのお父さん 体鈍ってそうだし・・・
訓練所を利用してる人って 年輩の人も居るじゃない? イゼッタ先生に理由を話せば 一緒に鍛えてくれるんじゃないかな」
「う~ん でも今更訓練生の中に混じるのは 父にも抵抗がありそうだな 意外と頑固なところがあるし・・・ 暫くは私が父に寄り添う事にするよ
それに先生も最近は忙しいらしくてね 自習の時間が結構増えてるんだ 何でも不在の多いギルドマスターがこのところギルドにも寄り付かないで 何処かに姿を隠してるんだとか
噂では1人で洞穴に潜ってるらしい目撃者も居てね そのせいでギルド職員もてんやわんやなんだって」
最近か・・・洞穴で僕達が襲われた件の調査だろうか。それなら隊を組織した方が良いのではないか? それともプライベートな用事だろうか。
「あぁそれねぇ なんでも洞穴で行方不明になった人を探してるんだって たぶんご家族なんじゃないかなぁ」
カウンターで仕事をしていたポリアンナさんが話の輪に加わってきた。
「ポリアンナさん おはようございます」
「おはようアネット君 依頼は見付かった?」
「はい スノーベリーの採取になるそうです」
「スノーベリーかぁ あれケーキに乗せても美味しいのよねぇ あ マスターの話だっけ
まぁ私は受付嬢だから今のところそれ程影響は無いけど 事務方は忙しいって嘆いているわねぇ だからもし外でマスターを見掛けたら首に縄をつけてでも引っ張って来てね!
皆が忙しいと巡り巡って 私まで忙しくなっちゃうんだから!」
★
と言う訳で、私達はなし崩し的に森で木の実を集める事になった。
今いる場所は確か以前アネットと薬草採取をした雑木林の更に奥まった所。木が鬱蒼と茂って日の光を木陰が遮るそんな場所。
私達は腰を曲げながら薄暗い藪の中を掻き分けて小さな木の実を黙々と探している。
これはこれで収入に繋がるのだから良しとしても“失語さん”の有用性にどう直結するかは甚だ疑問である。まぁ無言で仕事を処理しているのだからこれはこれで“失語さん”の独壇場なんだろうけど・・・そう言う事ではない。
〔失語さん 何か閃きそう?〕
『〔木の実探し 楽しい~♪〕』
『水あげたら育つ-?』
楽しんでるようでなにより。でも手応えは無さそう・・・
って言うか。そもそも人社会の中で役立つスキルを見出ださなければならないのだから、こんな藪の中の孤独な仕事ではなく、もっと社会に関わる仕事をするべきではないかしら?
『〔ミスティー元気ない?〕』
『大丈夫~?』
〔ごめんなさい ちょっと考え事をしていたの 私も何か人の役に立てる事をしたいなって思っても 具体的に何ができるか思い付かなくて・・・〕
『植物に水あげ~ お花いっぱい咲くよ~?』
『〔ボクは~ ボクは~・・ うぅ~・・〕』
大変! “失語さん”が困ってるっ!
こんな時こそ投げやりな対応は相手との溝を生みかねない。私もまだまだだけどその場にあった受け答えと言うものがあるのは知ってる。大丈夫。私は出来る子。
〔大丈夫よ 急いで答えを出さなくても 皆でゆっくり考えていきましょう〕
『〔わかった~〕』
『ボクも~』
私も過去の自分を見つめ直して学習したのだ。きっと前の私なら全てをスキルさんのせいにして目を伏せたに違いない。
でも不思議よね。スキルさんは人じゃないのに人以上の繋がりを感じる。知人友人はおろか家族よりも・・・ 何だか自分と向き合ってるみたい
〔ホント 不思議よね・・・〕
『〔?〕』
『?』
〔フフ 何でもないわ ・・・ねぇ2人とも もう一度こっそりアネットの心を水で表現してくれない?〕
『〔ん~ ん~・・・ できない~〕』
『むり~』
〔そう・・・ ありがとう〕
他の人はできるのにアネットだけは心が見れない。何でだろう・・・分かってる。彼の本心を知るのが怖いんだ。
アネットとの距離が分かるのが怖い。アネットの中の私の姿は? 私はどう思われてるの?
知りたいけど知りたくない・・・
そんなモヤモヤが私の心を締め付ける。けど今のままが安心できる自分もいる。儘ならないわね・・・全くもってやきもきする。
でもこんな前にも後にも動けない膠着状態が、マイナス等級保有者が心の奥底で抱いている気持ちなのかもしれない。
私は何がしたいのか──────
そうね・・・あの日のアネットのように、願わくば出口の見えない暗がりで光の道を示す事が出来れば、迷える人達を導く事が出来るのに・・・
そうすればいつかきっと自分も救われる気がするから。




