7・コドリン洞穴
あらすじ
ジョストンさんのスキルの前に為す術がなかった。
「おはようアネット! 盲目さん!」
「おはよう・・・マルティナ・・」
『はよ~』
今日も元気よく僕を起こしに来たマルティナは問答無用で寝巻きを引き剥がし始めた。僕だってもう1人で着替えができるんだから、そろそろ放っておいてくれてもいいと思うんだ。
それにこれは男の子としての沽券にかかわる問題でもある。僕だっていつまでも子供じゃない。
なのに朝の鍛練が余程嬉しいのかマルティナは心はポワポワしていた。
今日の天気は爽やかな晴れ。肌で感じるお天道様の暖かさと清々しい空気を深呼吸で堪能する・・・間も無くマルティナは僕の手を引くと、まだ静けさの漂う町中を走り出した。
家の前の小道を抜けて大通りに出る。こんな朝早くだと普段の喧騒は何処へやら。今は人っ子1人見当たらない。
ここが僕の知る大通りなのか、もしかしたら知らない通りに出たんじゃないかとさえ感じた。
「昨日はちらほら人がいたけど これだけ早いと私達しかいない世界みたいね 独占しているみたいで気持ちが良いわ! さっ! 走るわよ!!」
僕はマルティナの後ろを引っ張られながら必死に走った。まるで幼い頃に戻ったみたいだ。
「はぁ~はぁ~・・ はぁはぁ~はぁ~・・」
そして当時と同じように僕は彼女に追い付けない。こんな近くに居るのにマルティナの背中が遠くに感じてしまう。いつも側にいるからこそ、そう思ってしまうのかな・・・
家を出発して大通りをコドリン洞穴の方へ。マルティナは「このままダンジョンに入れないかしら」と冗談を言ってたけど残念ながらそれは適わない。
何故なら洞穴の入り口には大きな建物が建てられていて、許可の無い者の侵入を拒んでいる。
「ここを通りたくば許可証を」通れるのは冒険者と資源を集める採掘師と国から許可を得た商人、それと貴族と貴族の私兵達だけ。とジョストンさんから聞かされた。
今の僕にはまだ無縁の話だけど、喫緊の課題があるとすれば、ここまで走っただけで体力が切れる事。それにしても何でマルティナはこんなにも余裕なんだろう。僕が特別体力が無いのかな・・・
家に引き返す頃には大通りに人がチラホラ出ていた。食事処か朝の仕込みをしているのか美味しそうな匂いが漂ってくる。その中に微かな鉄を打つ音も混じっている。どうやら町も目を覚ましたようだ。
「はぁはぁ・・マルティナ・・待って・・」
「もうだらしないわね そんなんじゃウサギにだって逃げられるわよ?」
「僕の事を 思ってくれるのは・・嬉しいんだけど はぁはぁ・・ 無理して付き合ってくれる事は・・・ないんだよ? はぁはぁ・・・」
「良いのよ 無理してない それに私にだって考えてる事があるんだからっ」
「え・・それって なぁに? はぁはぁ・・」
「まだ内緒~」
そう言うとマルティナは遠慮なく僕の手を引っ張り続けた。出来れば休憩したいんだけど、僕の考えてる事も考慮していただきたかった。
★
朝食も食べ終わってアネットを仕事場まで送る。何だかアネットは食が進まなかったみたいだけど大丈夫かしら。
朝のこの時間は仕事始めの冒険者達と歩く方向が被る。冒険者の町ハルメリーの名に相応しく多くの冒険者が大通りに川を作るので、私達はその流れに沿って薪割り場まで歩くのだ。
でも人混みって流れっぱなしじゃなくって、動いたり止まったりするのよね。たぶん皆が皆コドリン洞穴に行く訳じゃないからかもだけど私はちょっと慣れない。
でも不思議なのは私が合図をしなくてもアネットがちゃんと流れに沿って動く事。本当は目が見えてるんじゃないかとさえ思ってしまう。
「それじゃアネット お仕事頑張ってね」
「うん ありがとう マルティナも気を付けて帰ってね」
『バイバイ~』
さて・・・アネットを見送った私にはやる事がある。それは私だけのスキルさんを探す事。アネットにはまだ秘密。だって驚かせたいじゃない。そんな訳で時間の許す間は町中を歩くのが最近の日課になっていた。
私が探しているスキルさんは“戦士さん”
最初は魔法系でアネットを援護したり傷を回復したりサポートできたら良いなぁとか思ってたけど、魔力測定をするのに目が飛び出る程のお金が掛かると分かって諦めた。
だったら私がアネットを守る剣になればいい。か弱い者を守って戦う女戦士。格好いい! あれ? でもそうなるとアネットはどんな立ち位置になるんだろう? まぁいいや。
それにしても町中を駆けずり回って探してるけど一向に見付からない。やっぱり戦士系のスキルさんは人気だから町中じゃ数が少ないのかな・・・
そう言えば「スキル屋さん」なんてものもあるのよね。
確かスキルさんに魔法をかけて無理やり契約を結ぶとか聞いた事があるけど・・・論外ね。例え何日何週間掛かっても自分の足で見付けてみせるわっ。
★
「それでジョストン 本当にあの子供の面倒見るんだな?」
「あぁ 実際拾いもんだと思うぜ? お前等も見ただろう」
「そりゃ見るには見たが ここと訓練所じゃ根本が違うだろ」
俺達は仕事で採掘師の護衛でコドリン洞穴に来ている。コドリン洞穴の資源は鉱石。ここはその中でも鉄が採れる区画だ。それを採掘師達が掘ってその間に現れるモンスターから彼等を守る。それが仕事だ。
「ダンジョン潜るようになって 早々に怪我をして 中途半端に生き残って 目が見えないところに体の一部を失って それでも人生は続くんだ 残酷だぞ」
「そりゃ~・・・そうならないように鍛えるさ」
冒険者の報酬は依頼人がギルドに払う金の50%が報酬だ。もう片方の50%の内20%を国が、30%を冒険者ギルドが持っていく。
横暴だ! と思うかもしれないが国は国防の為、ギルドは職員と冒険者の家族の為にそれだけの額を持っていく。いわゆる福利厚生だ。
「確かあの子の家って片親で 1人女の子と幼い妹がいるのよね もしそうなった時・・・大丈夫なのかしら・・・」
「うぐ・・・ だからっ そうなんないように鍛えるんだって!」
冒険者は短命だ。何故短命か。そんなもんモンスターと命のやり取りしてるんだから言わずもがな。問題はそうなった後だ。例えば残された家族。怪我のせいで冒険者を続けられなくなった奴等への保険。
それだけじゃない。親が冒険者だったりすると仕事をしている間、子供をギルド内の託児所に預ける事ができる等々。依頼料の内訳は冒険者達のサポートに使われる。これは悪い話じゃない。
「まぁ言いたい事は分かるさ 怪我したからって幾らか金が貰えても そこから先の人生考えると立ち直れねぇもんな でも・・・才能はあると思うぜ?」
「いやいや 明らかに戦闘系じゃないだろ ダンジョンに潜って何か出来るんだ?」
「俺はよ マイナス等級のスキルさんに魅入られたヤツを何人か見てきたよ・・・皆それでどこか諦めちまってるんだ でもアイツは違う 努力する事をやめねぇ しまいにはスキルまで会得しやがった・・・ 見てみたいじゃねぇか その先をよ」
「うっわ! そんな理由? ・・・ちゃんと責任持てるんでしょうねぇ」
「わぁかってるって! それより・・・ 先にコイツ等を何とかしねぇとな! 《戦士の装甲/ウォーフレーム》!!」
「ゴドウィン! 右からも来てるわよ!」
「おう!」
今は戦闘の真っ最中。俺達は連繋を組むと敵陣に斬り込んだ。
仕事の終わりは採掘師が規定の量を取り終えた時だ。ダンジョンの管轄は基本国なのでそこから採れる物全てが国の資源だ。つまりちょっと多く取っていこうとか懐にしまっちゃえってのがバレると捕まる。
もっともダンジョンの出口には検疫所が設けられてるのでズルはできないんだが。
そこでは1つ1つ不正がないかのチェックが行われる。つまりは混む。不正の有無も去る事ながら鉱石の中には有毒物質を含む物もあるのでなおの事時間が掛かる訳だ。
そんな暇をもて余した冒険者をターゲットにダンジョン内部には商人が露店を広げて待ち構えてたりもする。
「げっ! こりゃだいぶかかるな」
「俺達冒険者だけでも先に通してくれりゃ良いんだけどなぁ」
「ホントよねぇ~ 非効率 ・・・あら?」
何だ? 何やら周囲が騒がしい。どうやら奥の方で何かあったようだ。「うわっ」「うおっ」「マジか!」等々冒険者の情けない声が奥からリレーしてくる。
「大変だーーーー!! モンスターが逃げたぞーーーーー!!」
★
「それでは親方 お疲れ様でした」
「おう アネット 気を付けて帰れよ ん? 何だ?」
僕がお疲れ様の挨拶をした時には既にコドリン洞穴の方が騒がしかった。怒声とか藪を掻き分ける音とか。それがごっちゃになって僕達のいる方に近付いてくる。
何だろう。まるで何かを追い掛けてる感じだ。
「誰か追われているみたいですね」
「そうなのか?」
薪割り場の周囲は全て森で囲まれてる。その中を大勢が互いに声を掛け合って誰かを探していた。ん? よーく聞くと大人達とは別に小さな足音がカサカサカサと藪の中を走ってる音が聞こえた。動物だろうか。
「おい! どっち行った!!」
その声が聞こえた途端、何かが草むらから薪割り場に飛び出してきた。それは小さい動物。猫くらいか? その動物は僕の足元まで駆けると隠れるようにして「シャーシャー」と何処かに向けて威嚇し始めた。
「おい! そのまま動くなっ! いいなっ!」
「うわっ! こいつデッドスクウェレルか! アネット! いいからそのまま動くなよ!?」
「え? え?」
モーリスさんはこの小動物を知っているのか大声で僕に注意を促した。何だろう・・・こんな小さな動物が怖いんだろうか。もしかしてモーリスさん動物苦手?
でも追われていたのは確実にこの子だ。だってこんなに怯えてるんだもの。
『大丈夫だよ~』
僕がその動物の感情を見ていると“盲目さん”が話し掛けてきた。
『背中ナデナデしてあげて~』
“盲目さん”はそう言うけど、怖がってるところそんな事して大丈夫なんだろうか。まぁでも僕も悲しい時とかに誰かに撫でてもらうと不思議と落ち着くものだから。それは動物も同じなのかもしれない。
僕は“盲目さん”に言われた通り足元で怯える動物を撫でた。小さい頭に長い耳。体毛がフサフサで尻尾も長い。これが・・・これがモフモフ・・・
「おぃ アネットか!?」
僕がこの子をモフモフしているとジョストンさんの声が聞こえた。いつもは軽い口調のジョストンさんが慌ててる。モーリスさんまで・・・
もしかして凄く気性の荒いモフモフだったりして。でもしばらくモフモフしていると段々落ち着いてきたのか色が変わっていく。うなり声も止んだところで僕はこの子をダッコしてみた。
「ジョストンさん この子は?」
「お・・おぉ そいつはデッドスクウェレルって言う 洞穴にいる動物だ ただ口に毒があってな 噛まれても舌で舐められてもまずい いいからそいつをこっちに寄越しな・・」
「だったら この子を洞穴に帰してあげられませんか?」
この子は洞穴に返すべき。だってそうしないとジョストンさん達はきっとこの子に酷い事をするから。ここに集まってきた人達の心がそう言っているから。
僕はジョストンさんに顔を向ける。
「お前なぁ~・・・・・・
はぁ・・・・・たくっ・・・・・
・・・・・・・しょうがねぇな・・・・」
「そいつは一応動物だけど毒持ちで危険だぜ ここで殺っちまおう」
「子供の前でか?」
「別にここでって訳じゃねぇけどよ・・・」
「まぁ 良い機会だ アネット ついてきな」
「はい!」
僕はジョストンに連れられてコドリン洞穴へと向かった。何だかドキドキする。産まれて初めてのダンジョン。入り口には警備の人達が部外者を門前払いする為に立っている。
だけど今はこの子をダンジョンに返すと言う名目で入れるかもしれない。警備員の突き刺さる感情が痛いけど我慢だ。
「ジョストン 何故子供がソイツを連れている! 噛まれたら危険だろ! どうして処分しない!」
「その子供が捕まえたからだよ 洞穴に帰してやるのさ 情操教育にはうってつけだろ?」
「お前なぁ~・・・」
「別に良いだろ? 洞穴にあったもんを洞穴に返す それだけだ 何かを持ち出す訳じゃねぇ~よ ホレ 行くぞ?」
ジョストンさんは僕の背中をポンと押すと先導するようにダンジョン入り口へと入っていった。
ここがダンジョン。ここがコドリン洞穴。
でも何でだろう嗅ぎ慣れた食べ物の匂いがする。ダンジョンって美味しいんだろうか・・・でも外とは裏腹に内部には沢山の人でごった返していた。
「ここいらにゃ 検疫待ちの採掘師と冒険者が順番待ちしてるのさ そいつ等を狙った露店もな 運が良けりゃすんなり出られるが 悪いとこうなる」
言われてみると何だか皆の感情はギスギスしている。列には並んでみたものの全く前に進まず、周りから漂ってくる美味しそうなにおい誘惑されても列からは出られない。そんな中を延々と待たされるような苦行を強いられる。
お腹が空いてるとなおさらそうなるのかもしれない・・・
「でも 凄いですね ここだけで1つの町みたいです」
「そうだな 色んな露店と宿屋と それから治療院まである ここで暮らそうと思えば暮らせるぜ? 外より金が掛かるがな ほれこっちだ」
広い出口付近からしばらく歩くと辺りは通路のような感じになってきた。僕達の歩く足音がコツンコツンと周囲に響く。困った事にそのせいで周りの音が把握しづらい。
おまけに地面もゴツゴツしていてうっかり転びそうになる。僕が冒険者デビューを果たしたらここを通る事になるんだけど大丈夫だろうか。今から不安になる。
僕の腕の中で丸くなっていた動物はここに来て不意に頭を上げた。そして一言「キュイ」と鳴くと腕から飛び降りて何処かへと駆けていってしまった。家が近かったのだろうか。
すると遠くで「キュイキュイ」と複数の鳴き声が聞こえてきた。良かった。無事に仲間の所に戻る事ができたみたいだ。
「え・・・」
「あ? どうした」
「いえ・・・何か周りに色が・・・」
僕がその鳴き声にホッコリしていると、地面や壁や天井が突如として色を帯始めた。そのお陰で今ではダンジョンの姿が分かる。
『わ~ ミーメが喜んでる~~♪』
「盲目さん?」
おかしい・・・色は感情しか表せない。なのに今は周りの全てに色がついて風景になっている。もしこれがスキルによる効果を表しているとするなら・・・
コドリン洞穴には意思がある?