69・バウゼン伯爵の武器
前回のあらすじ
慰霊祭終了時、宝剣ハルメリアと再会を果たしたオルソンはこの剣を偽物と断言した。
事の真相を知っていそうな町長を問い詰めるとバウゼン伯爵が怪しいと口を開くのだった。
「バウゼン~?・・・・ あやつか・・」
「オルソンさんはバウゼン伯爵をご存知なのですか?」
「あぁ ワシん所にも客としてたまに来とるよ 値の張る古美術品に目が無いのか 嘗めるような目で見詰めとるが・・・ ありゃぁ 作品を通して別のもんを見とる 正直好かん目だ
しかし金払いが良いのも事実じゃな 如何に職人の作った物とは言え 買い手がつかなければガラクタと変わらん その意味でここいらの職人の食い扶持は奴から出とる側面もある 中には頭の上がらん奴もいるじゃろう」
職人としては訝しくても客としてはありがたい。だけど町長と同様にバウゼン伯爵のあまり良くない噂を耳にしているのか、やはり怪訝に思う気持ちは隠せないらしい。
「バウゼン伯爵は犯罪に加担している と言うより親玉である可能性の方が高い 奴の手下共が起こした犯罪の規模からして 貴族レベルの繋がりが無ければ成立しないものばかりだ
しかも罪人の処遇にまで口出し出来る程の伝手と金と力を持っているときた 私は町長と言う立場だが 上級貴族に物申せる程の権限は無いからな 実質ハルメリーの経済を潤している1人である伯爵に 強く出ることが出来んのだ!」
地位と権力とお金があると法まで曲げれるんだろうか。町長はとても苦しんでるんだけど心を見るとそれだけではない複雑さがある。
話を聞く感じ汚れたお金でもハルメリーの経済を湧かせてるんだから当然と言えば当然か。たぶんこの複雑な気持ちが顔にも表れてるのかもしれない。板挟みになってる為政者は大変だ。
「それで・・・ 何故今になってハルメリアに執着する」
「何故じゃと? 小僧共からワシの作ったもんが偽物とすり変わっているなどと聞けばな 確認せずにはおれんだろうが! そこにバードラットも絡んどるなら 尚のこと信憑性は増すと言うもんじゃろ!」
「ハルメリアについて話を持ち出したのは僕達です 実は・・ そのハルメリアが原因で今も苦しんでいる人達がいます 僕は10年近く続く未解決の事件を終わらせたいんです」
「10年前だ? ・・・・・・事件? あぁ あの商人か 確かバウゼン卿と繋がっていた 名前は・・・プルトンだったか 冒険者相手に阿漕な商売や詐欺 恐喝を働いていた・・・ まさかそれにハルメリアが使われたと!?」
「ラトリア 君が昔目にした剣はハルメリアで間違いは無い?」
「間違いない・・・と思う 私も一目見ただけだが あの剣の事は忘れない それ程までの輝きを放っていた
それに悪漢共も有名鍛冶師が鍛えたとか 貴族が名をつけたとか豪語していたしな エルヴィラ様に鑑定証明書を見せてもらったが そこには確かにハルメリアと記載があった」
「証明書など知らんが これが本当ならけしからん事じゃぞ! ワシらの血と汗の名誉の結晶を犯罪なんぞに使いおってあの古狸め! 問い詰めて自白させてやるわい!
それにこの偽物の剣! ワシらの剣と寸分違わなぬ出来映え! 一体これを何処でこさえたのか 何としてでも聞き出さねばならん!」
何だろう・・・オルソンさんは汚された誇りに怒り心頭なんだけど、同時に好敵手にでも出会えたような熱い思いで煮えている。これが職人魂なんだろうか。
「まてまてまて! バウゼン卿は詰め寄って白状するようなたまではない!」
「町の調停者が権力に怯えるかデュダル! 見損なったぞ!」
「違う! やるならもっと上手くやれと言っとるんだ! そもそもっ・・・!
疑わしいと感じたときに 私がすぐに行動しなかったのにも原因はあるっ・・・しかし! ハルメリアを偽物とすり替えたのが本当にバウゼン卿か 今となっては証明のしようもないのだ・・・」
プルトンさんと言う生き証人を失って今回は完全に遅きに失した感が否めない。疑惑の張本人を問い詰めてものらりくらりと口撃を躱すだろうし。どうしたものか・・・
「だったら・・・ その剣を 本物にしてみてはいかがですか?」
「な なに? どう言う事だ」
「オルソンさんがその偽物の剣を本物と言ってしまえばいいんです 現物はあるべき場所にきちんと収まっていた だったら行方不明の剣こそ偽物です
仮に伯爵が剣は偽物だと言ってきたとしても 製作者と貴族 果たしてどちらの言い分が正しいのでしょう 例え権力に物言わせても職人達の信頼を失うんです 伯爵としては失うものの方が大きいのでは?」
かなり強引だけど法でも誠意でも動かせないなら力に訴えるしかない。ここはオルソンさんに曲げてもらって・・・曲げてもらって・・・
「ほぅ・・・ つまり小僧 ワシに恥の上塗りをしろと言うのか」
声を震わせたオルソンさんの怒りは完全に僕へ向けられてしまった。どうやらこちらも曲がらないらしい。
「ア アネット さすがにそんな事を他人にさせる訳にはいかない これは私達家族の問題だ その問題を解決するのに また人を不幸にさせてしまっては本末転倒ではないか」
「ラトリアはまた1人で抱え込もうとしてるけど もうそれで解決できるレベル超えてると思う 貴族とか職人とかが出てきた以上 これは町の問題として取り組むべきだよ
きっと他にも伯爵に苦しめられてる人はいるんだ だったら町を管理する人達に今こそ立ち上がってもらわないと 泣く人が増えるだけだよ」
力の及ばない平民としてはなりふり構ってはいられない。せっかくここに関係者が集まっているんだから、ここは何としても力を貸してもらう他ない。
「お願いしますオルソンさん 貴方の顔に泥を塗る事になりますが 人の人生が掛かってるんです 今回だけは折れて下さいっ」
「むぅ・・・ ・・・ ・・・いいじゃろう ワシがあの剣を本物と認めてやる」
「い 良いのか? 私はてっきり渋るものと思ったが・・・」
「なに・・・昔を思い出したのよ 領主のところで保管すればいいものを ハルメリアは町の為に使われるべきだと頑なに言い張った奴がいてな
ハルメリア───町の名前を冠する剣 町の為に使われるならコドリンのやつも本望だろうよ」
ハルメリーの英雄・探窟家コドリン。僕にとってその存在は伝説過ぎて物語の中の登場人物的な位置付けだったけど、ちゃんとここに実在したんだ。
でもこれで騎士団のみならず町も動いてくれる事になったので取り敢えず一歩前進と言ったところだろう。でも以前直接会ったバウゼン伯爵と言う人物は一言で言って悪辣。
これだけで解決できるとは思わない方がいいのかもしれない。
★
世の中は善意で動かない。
行動とは全て欲から生じる衝動である。
平和─────それはコントロールの末に保たれる状況の均衡である。
平和にはお金が掛かる。
平和を作るには地位も必要だ。
平和の名の下には暴力さえ許される。
それらが混ざりあった混沌こそがこの世の平和だ。
平和とは平和を作れる者に許された特権だ。
平和は平等ではない。
平和とは勝った者にのみ与えられる。
人は人間様を気取ったところで所詮は獣。弱肉強食の理からは逃れられない。ならば勝つしかない。勝ち続けるしかない。
正義とか悪だとか、そんなものに価値を見出だす事こそ弱者の言い訳。それにすがるしか自分を慰められないのだ。
★
「これはこれは 珍しい組み合わせもあるものよ 町長とバードラット殿 そしてオルソン殿
わざわざワシの自宅に足を運んでいただけるとは 何やら珠玉の一品でもお持ちいただけたのかな?」
私のバウゼン伯爵に対する第一印象は蛇。初めてお会いした時に感じたその感想は今なお変わらない。
この来る者全てを呑み込もうとするようなギョロリとした眼球は、人の形をしながらに別の生き物を彷彿とさせる不気味さがある。
「バウゼン卿 ご機嫌麗しゅう御座います 貴方様のご活躍は商売を生業とする私共の耳に届かない日は御座いません」
「その様な世辞はよい それよりもお主らがワシに会いに来た理由がとても気になる 気になってしょうがない」
私は両隣にいる町長とオルソン殿にチラリと目をやった。町長はバツが悪そうに目を反らし、方やオルソン殿は怨めしそうな目で伯爵を睨み付けている。これから和やかにお話をしましょうと言う雰囲気ではない。
ここに来る道すがら2人に『会話は自分に任せてほしい』と言ったのはやはり正解だったようだ。この場は私が手綱を握らねば話が拗れた挙げ句、ボロが出るのは火を見るより明らかだろう。
最もそれすら楽しもうとするバウゼン卿のしたり顔が彼等に火と油を注いでいるのだが・・・
「実は今日此方に罷り越しましたのは 貴方様ととある物品において契約上の不備が見つかりまして そのご報告に参った次第です 失礼ですが 宝剣ハルメリアについてはご存知でおられますか?」
「知らぬ訳がない この町にとっての正に宝と言っても等しい そこにおられるオルソン殿も製作に携わった剣だ」
「ご明察です しかしそのハルメリアなのですが 此方のオルソン殿にも直接確認いただいたのですが 本物は町長の元で厳重に保管されているにもかかわらず どう言う訳か偽物が外で独り歩きをしていると言う
更に不敬な事にバウゼン卿の名を勝手に使い 鑑定証明書まで作成して冒険者に貸し出していた不逞の輩がいた事が判明したのです
それに加担していたプルトン殿は既に故人となっておりますが 被害に合われた冒険者は今なお偽物の剣にお金を払い続けている始末
どうかバウゼン卿の鶴の一声で 苦しんでいる民草に慈悲を授けては頂けないでしょうか」
「ふむ・・・ 時にオルソン殿 お持ちいただいたその剣は紛う事なく本物であると言うのだな?」
「ぐ! ・・・間違いなく本物じゃ・・! 二言はない!」
そんなあからさまに納得がいかないと言った態度で応対したら誰だって不信に思うだろうに・・・
「成る程 相分かった やれやれプルトンの置き土産と言うなら 囲っていたワシにも責任の一端はある
その冒険者には責任をもって 今まで支払ってきた全額をお返しすると伝えてもらいたい それでこの話は終い・・・ これで良いな?」
意外だ。
知らぬ存ぜぬを突くものと思っていたが、あっさりと認めてしまった。職人そして商人と町の長を前にして分が悪いと踏んだのか?
結局話し合いはあれよあれよと怖いくらい順調に進んだ。言葉の通り害を被った冒険者には今までずっと払い続けた金額を全額返すと言う事で纏まった。
今後ハルメリアのような案件が浮上しても、その全てがプルトンの仕出かした事として片付けられていくだろう。
そして帰りの段になって私は伯爵に呼び止められた。
「で? 今度は何にご執心なのかね たかだが冒険者を救う為私の元にやって来た訳でもあるまい まさか本当に善意の行いなどと言ったりはすまいな?」
「私も商人の端くれですので 利のない事はいたしませんとも 今回は偶々バウゼン卿のかかわるところとなりましたが 私も貴方様にご迷惑をおかけしたかった訳では御座いません
それも全て亡きプルトン氏が バウゼン卿のご厚意を無下にした結果の事 全くもって同情を禁じえません」
「まぁ 最後の最後まで手のかかるヤツではあったが あれはあれで使えるヤツでもあったからな 目をかけていたに過ぎんよ
使えると言えば・・・ 最近巷で聞く盲目の冒険者か 何かと気にかけているそうだが この国の有り様を知らぬお主でもあるまい?
身を滅ぼしたくなければ戯れ程度で済ませておく事を進めておこう こう見えてお主の事は買っておるでな」
「ありがとう御座います ご忠告心に留めさせていただきます
彼は・・ なに 物珍しさは話題を呼びますからね それこそ物は使いよう マイナス等級持ちなどは利用するに丁度良いマスコットなのですよ」
やはりバウゼン卿の知るところとなったか。有名になるとはこう言う事だ。しかし今の段階でちょっかいを掛けられたくはない。特に伯爵の興味をこれ以上引く訳にはいかない。
しかし何故ここでアネットの話を持ち出した。もしかしたら私が今回の件に首を突っ込んだ事に対する当回しな警告か?
私と彼の関係性が周知されていればバウゼン卿の耳に届くのは時間の問題。寧ろ知らない方がおかしい。
ではここで警告を発するその意味────
私は口にこそ出さなかったが、あの偽物のハルメリアが何なのか実は心当たりがある。それは“模倣さん”と言われるスキルさんの存在。
ハルメリアは偽物だった。名工オルソンの悪戯のサインがなければ偽物と断言するに難しいまでの、本人をも唸らせる一品。
冒険者にランクが有るように、職人にも名工と呼ばれる地位は存在する。しかしそれらに序列があるように、全ての人間が栄光の光を浴びて生きている訳ではない。
逆に何らかの理由で暗闇の中でしか生きられない人間も居るのだ。そんな隠れた人材こそがバウゼン卿の武器の一つなのかもしれない。
だが決してそれに触れるような愚かな真似はしない。何故なら少しでも彼の庭の藪をつつけばひょっこりバウゼンと言う名の蛇が頭を擡げるからだ。
彼が獲物に噛み付けば、次から次へと噛み付く蛇が現れるだろう。実際彼と同じものを食み、恩恵に与りたい者など掃いて捨てる程居るのだから・・・




