63・宿までの道程
前回のあらすじ
訓練所で中年くらいの冒険者達に、鈍った体を鍛え直したいと戦いを挑まれた。
それに答えたルミウスだったが、どうにもその冒険者は普通とは違う内面を宿してることに気付いたアネットだった。
コンコン・・・
ギルド会議室の扉がノックされるとギルド職員のポリアンナさんが部屋に入ってきた。
「訓練所に居た人達 ギルドを出ていったわよ」
彼女のその一言に僕はそっと胸を撫で下ろした。気を抜きたいところだけど残念ながら危険が去った訳ではない。何故なら先程の危険が野に放たれた事を意味するからだ。助けを望めない町中で絡まれたらどうしよう・・・
「ねぇ 君達の話を聞いて思ったんだけど あの人達ってもしかしたら 始末屋って人達じゃないかなぁ」
「うぇ!? 何ですか! その殺し屋みたいなのはっ!」
ポリアンナさんの口からとんでもない言葉が飛び出した。あの人達はどこか普通の冒険者とは一線を画していると思えたのは間違いではなかったらしい。目をつけられる事をした覚えはないんだけど。
「あぁ いぇ まぁ物騒は物騒なんだけど 殺し屋とかじゃなくって 暴力に訴えて人に言うこと聞かせたり ケジメを付けさせたりするのが仕事と言うか 稼業と言うか・・・
兎に角 そう言う方面に長けた人達なのよ 町の治安って言っても 兵士達で全てをカバーできる訳じゃないじゃない?
つまり非合法でも 抑止力が必要になることもあるし 案外それで平穏が保たれてる部分もあるのよ ここは冒険者の町だし・・・ね?」
「訓練所に堂々と入って来るってことは 連中 冒険者なんでしょ? だったらギルドの方から注意して下さいよ」
「もちろん仕事に支障が出るような傷害を負わされる事があればギルドだって動くわ でもそれがただのケンカである場合 冒険者同士の解決が奨励されてるわ
何だかんだ荒事の多い冒険者って強い事が求められるじゃない? ギルド側としても弱いよりは強い方を擁護・・・って訳じゃないけど求めてたりするから・・・ つまり こう言う経験も上手く捌いてこそ 本物の冒険者って事で」
「え~ 何それ~ じゃ~ 結局ウチらで解決するしか無いじゃん!」
「些細なすれ違いが 取り返しのつかない事件に発展していくかもしれないのにな・・・」
「うぅ・・・」
「ギルドの人達も人員には限りがあるんだから 全てを解決できないのは仕方のない部分もあるよ」
「あ~ん アネットく~ん・・・むぐ・・」
「あ~はい 離れて離れて~ ・・・でもさ 貴女と言うよりか 誰でもいいから学園の生徒を狙ったって事もなくない?」
僕に抱きつこうとしたポリアンナさんを止めたマルティナは、ここで1つの可能性を打ち出した。
確かに昨日の今日でナディラスさんを特定するには早すぎる。それなら1人でギルドにやって来た「学園の生徒」を狙った・・・と考えた方がしっくりくる。
学園は王侯貴族も通うと聞くので、身なりがそれらしい生徒を誘拐して身代金を請求するれば、大切な子供にお金を出し惜しむ親は居ないだろう。
それにしては人目につくギルド内で犯行に及ぶとは随分抜けた犯人達と言う事になる。もしかしたら本当にただの悪ふざけだった可能性も?
「それもあるが 俺達も何処かで誰かの恨みを買っているかもしれないぞ? 自分達が気付かないだけでな」
エデルの発言にも一理ある。僕の場合一番可能性がありそうなのが、バウゼン邸で私兵に顔を覚えられたか、もしくはバウゼン卿本人か。
それとも盲目の僕が冒険者をやってることに、良く思わない人の不興を買ったか。どの道迷惑この上ない。
「それなら俺にも心当たりあるな 以前報酬の金貨600枚に踊らされた時に 他の冒険者と揉めそうになった事があったんだ 皆ギスギスしてたから知らず不興を買ったのかもしれない」
「単純にあいつ等がケンカ吹っ掛けてきただけじゃない?」
「それありそー お酒に酔った冒険者がケンカしてるとこ よく見るし」
「うーん・・・・・ いや! 俺はアネットの言葉を信じるぜ!」
「考え過ぎじゃなーい?」
「お前らは昨日の班分けで別々だったから分からないだろうけど 俺達が戦ったケモミミ女を追っ払ったのはアネットだぜ?」
「マジで!?」
「なぁアネット 音もしない 目でも追えなかったアイツを 盲目のお前だけが見付けた さっきもお前が教えてくれなければ 俺は大怪我してたと思う
別に全部話せなんて言わないが 俺みたいな勘とかじゃなくて お前にはあいつ等を疑うだけの確信があったんだよな?」
「・・・・・・・・うん 少なくとも普段から遊び呆けてできる動きじゃなかった あぁ言う戦い方・・と言うかやり方にも練達してる感じがしたんだ」
「つまりチンピラと侮って良い相手じゃ無いって事だよな」
「信じるぜ!」そう言われたとき、僕は初めて冒険者として認めてもらえた気がした。
最近自分の至らなさが頭を過って、それを埋めることばかりに心を割いてきた。子供の頃に思い描いた夢とか理想とか、近頃は現実だけが心に居座り、どこか余裕と言うものが欠如していたようにも思う。
ルミウスから信じるぜと言われ、不意に子供の頃目にした記憶の中の冒険者達が颯爽と歩く光景が甦った。
ルミウスに認めてもらえた事で僕は彼等に近付けただろうか。そう思うとちょっとだけ気持ちがこそばゆかった。
「要するに 理由が知りたければ 彼等に直接聞けば良いだけのことですわ」
「待って待って もし私の言った通り彼等が本当に 始末屋 だった場合 そう簡単にはいかないかもしれないの
いい? まず彼等は意外と横の繋がりや 手駒にしている人達が多いのよ ハルメリーは冒険者の町だけど 皆が皆真面目に冒険者をやってる訳じゃないわ 何らかの理由で冒険者稼業が続けられなくなったり 日の目が見れないと横道にそれてしまった人達とか・・・
兎に角 そんな冒険者に声を掛けては 良いように利用しているの」
「利用って事は そこに何らかの利害が発生してるって事ですよね つまり必死と言う意味では僕達以上かもしれないと・・・」
「追い詰められた人間って 本当に何をするか分からないの・・・ もしかしたら 一線を越えちゃう事だってあるかもしれないわ」
そうなると、この問題の本質はその後にこそあるような気がする。例えば今後嫌がらせをされるようになったり家族が狙われたり。
ポリアンナさんの懸念も実際にあった事に基づいての忠告なのだろう。もしかしたらこれが冒険者の常と言う事もありうる。
そうならない為の抑止として、バードラットさんはギルドで色々大立ち回りしてくれたのかもしれないのだが。
何だかなぁ・・・・
「でも・・・ 本人に止まれぬ事情があったとしても 人の人生の足を引っ張って良い理由にはならないと思います
ポリアンナさんの心配も分かるけど 彼等の関係性がそう言う理由なら 僕達こそ折れてはダメだと思うんです」
「アネットくん・・・」
「よくぞ言いましたわ! ここで引き下がる事は影でうごめく連中に屈するも同じ! 例え利用されてる者達に憐憫の情を覚えたとしても 悪に加担している事に違いありません!
だからこそ 真正面からぶつかって打ち砕くだかなければならないのですわ!」
「意気込みは伝わるが 流石に無策でって訳にもいかないだろ」
「小悪党のする事など相場は決まってます 私達は堂々と道を歩けば良いだけの事ですわ そもそも此方が下を向かなければいけない道理なんて どこにも無いのですから」
そう言うとナディラスさんは臆した様子も無くギルドの会議室を1人で出ていってしまった。
「えー 行っちゃった・・・」
「絶対人の言うこと聞かないタイプだろ アレ」
「あの自信がどこからくるのか分からんが このまま1人で行かせるのは流石に不味い」
「うん 僕達も行こう」
どの道ギルドに隠れていたって、いずれは出ていかなければならないのだ。だったら向こうの体勢が整う前に行動を起こすのも手としてはありだろう。
「ちょっとあなた達! 気を付けてね!? 彼等は暴力に訴えるだけがやり口じゃないんだから!」
行き掛けにポリアンナさんから声を掛けられた僕達は軽く手を挙げて答えると、足早に会議室を後にしてナディラスさんを追った。
「いてー! いてーよー!」
ホールに出て扉まで行くと、開け放たれた入り口の前で立ち尽くすナディラスさんと、彼女の足元に「痛い痛い」と叫び横たわる男性が1人。
ほんの少し彼女に遅れをとっただけなのに、ギルドの外では早々とそんな出来事が展開していた。男性の泣き叫ぶ声は存外大きく、ギルドホールからも外からも注目を集め人が集まっている。
「おいおい どうしたんだよアンタ 何かあったのかい」
「あ あぁ 俺がギルドに入ろうとしたら いきなりドアが開いて そこの女に吹っ飛ばされたんだよー
折角足の怪我も治りかけてたのに これじゃー 冒険者続けらんねーよー! 俺も家族食わせていかねーといけねーのにぃ うぅうぅぅ~」
「うわ こりゃひでぇな もしかしたら折れてるんじゃぁないか? 取り敢えずギルドに行って そこで今後について話し合ったらどうだ?」
「で でもよー 向こうだって別にわざとじゃないんだし 俺だってそこまで 問題に するつもりはないからよぉ~・・・」
「つったって お前さんにも生活があるんだろぉ? どうすんだよそんな体でぇ」
「うぅ・・ せめて金貨1枚でもあれば 一月は何とかしのげるんだけどよー」
「どうする? 嬢ちゃん 向こうは金さえ払えば これ以上は問わねぇって言ってるんだがよぉ
その服 学生さんだよな? こんなことになって大変残念だが 学生が簡単に払える額でもねぇ
そこで提案なんだが その金貨1枚を俺が工面してやっていい その代わり嬢ちゃんは俺と一緒に来る それで解決って事で手を打ってもいい
それともこのままギルドに行くか? こっちは別にそれでも良いんだけどよぉ こいつぁ確実に問題になるぜ そっちとしても綺麗な経歴に傷が付くのは不本意なんじゃねぇかなぁ
ま こっちはどっちでも良いんだけどよ?」
・・・・・的な会話がナディラスさん本人をそっちのけにして淡々と進行していた。
僕も最初は事故かな? とも思ったけど、転がってる男性は全く痛みを感じておらず、必死で演技をしているのがまるわかりだ。
声の調子から誰が聞いても演技だと気付くだろう。その三文芝居にナディラスさんの感情も段々と呆れたものになっていく。終いには完全に相手を蔑んだ色になっていた。
まだ大人になりきれない年頃の女の子に堂々とお金をせびるおじさん。お金の為にプライドを捨て転がるおじさん。
言葉にするなら「うわぁ・・」だろうか、遠巻きに見ている野次馬たちも、いつの間にかナディラスさんと同じ色になって注視していた。
それにしても。
仕掛けるならもっと人目の少ない所でと思っていたけれど、まさかギルドの目の前で堂々と絡んでくるなんて。
たぶん彼等も刺客なんだろうけど、これが「暴力に訴えないやり口」なんだろうか、何と言うか気の毒な気がした。
もはや何の感慨も浮かばない様子のナディラスさんは、懐からジャラリと音が鳴る布製の袋だろうか・・・を取り出し、未だ転がる男性に向けて挑発的な声で言い放った。
「ここに金貨が10枚あります このままギルドに行っても良いのですが そんな小芝居が本当に通用するとでも? 寧ろ問題になるのは貴方の方ではありませんか?
ギルドで揉めて これが幻の金貨となるか それとも本物の金貨を手にするか・・・ 貴方はどちらがお好みかしら?」
「そぉー・・・ そっち・・ 10枚で・・はぁはぁ・・・はぁ・・」
ナディラスさんは元気良く立ち上がった男性にお金の詰まった袋を投げると、折れてるかもしれない足は完治したのか、男性は一目散に何処かへと駆けていってしまった。
「さぁ どうやらギルドの方々も出てきているようですし これは何でもなかった・・・と言う旨を 是非ともここに集まった皆さんで証言していただけますか?」
「おぉ・・ 俺 ちょっと通り掛かっただけだからよ!」
「あぁ 俺も用事があって急いでるんだわ!」
10枚の金貨を投げられてサクラと思われる人達の意識は全力でお金に向けられたのか、各々言い訳をすると足早に去っていった男性を追い掛けて走り出した。果たして金貨を獲得した男性は全額懐に納める事ができるのか。
そんな彼等の様子を見て心の底から嘲笑っている彼女は、きっと途轍もなく悪い顔をしているのかもしれない。
「すご・・・・」
「あんな奴等に金貨10枚なんてばら蒔くか? フツー・・」
「金持ちの金銭感覚はおかしい・・・」
「それにしても ギルドの真ん前で絡んでくるなんてね」
「あぁ 俺もちょっと面食らったが・・・ 度胸があるのか 馬鹿なのか」
ふとしたマルティナの言葉に皆は概ね同意したようだ。
「もしかしたら・・・ 問題を起こすこと自体が目的なんじゃないかな・・・」
「ん? それ何の得があるんだ?」
「つまり この中で問題を起こされて 一番外聞に響くのは誰かって事
そもそも 訓練所で絡まれた時点で気付くべきだった 冒険者同士の揉め事は大事に至らなければ ギルドにとっての問題にはならない
じゃぁ 冒険者とトラブルになって困るのは さっきの男性の言った通り 学園に通っている学生なんじゃないかな」
「だとしても そんなの普通に話し合いで解決すれば良いんじゃないか?」
「もしこれが周知の事実となった場合 企てた本人に格好の攻撃材料を与える事になる
問題は 噂には尾びれが付くって事 例え全くの虚言だったとしても 人は信じたいものを信じてしまうものだからね そうなったら止めようが無いよ・・・ 安全に人を貶めるなら これは十分有効打になるよ」
「ハッハッハ そんな事して喜ぶ奴は大抵 身近な人間だけじゃないか? 大金放り投げるあんたの事だ 案外周囲の不興を買ってたりしてな
学園って貴族も通ってるんだろ? もしかしたらあんたと同じ貴族が連中を金で雇って ・・・何かこれが一番しっくりくるんだが?」
「でしょうね」
「おいーーーーーー!」
「うわぁ もう既に敵が居たんだ・・・」
貴族間で巻き起こる争いとはなんだろう。爵位? 家柄? もしかしたら僕達平民では想像もつかないドロドロとしたものが渦巻いているのかもしれない。
触れたくはないけれど渦中にはミストリアも関わっている事だし、彼女に気を許してるナデュラスさんを見て見ぬフリはできない。
かと言って冒険者の僕達に何が出来るのか。それはまだ分からないけど、彼女はこのまま学園に戻ってはいけない気がする。
「さ とっとと行きますわよっ」
そう言った彼女の心には、この先に待ち受けるだろう出来事に一抹の不安も抱いてはいなかった。凄いな・・・僕なら尻込みしそうなのに。
これこそ貴族然とした振る舞いかは分からないけど、人を引っ張れるのはこう言う人なのでは思った。そこに惹かれる反面、身が焦げるくらいの嫉妬を覚える人もいるのかも。
彼女を筆頭に大通りを堂々と歩いていると、今度は明らかに町中で出すにはそぐわない速度の馬車が、遠くからけたたましい音を響かせ近付いてくるのに気が付いた。
「何だ?」
怪訝なルミウスは警戒すると腰の剣に手を掛ける。馬車は此方を狙いすましたかのように迫ると僕達の前で荒々しく急停車した。勢いそのままに開かれた扉から2人分の足音が地面に着地する。
「ナディラスさん! 良かった 無事みたいね」
「ナディラス君!」
馬車から降りてきた1人の声には覚えがあった。学園の教師ファムエルさん。もう1人は声の調子から僕達と同年代の女の子。ナディラスさんのお友達だろうか。
「先生 それと貴女は確か・・・今朝の リーデットさん だったかしら? そんなに急いで何かありましたの?」
「いや リーデット君から君が狙われていると聞いたものでね こうして宿の馬車を借りて ギルドまで向かっていたところだったんだ しかしこの様子なら大丈夫のようだね」
「心配して下さるのは大変嬉しいのですが これは少々大袈裟ですわね こんな仰々しいお出迎えをなさらなくても 不逞の輩なら先程追い払いましたわ それにしても・・・何故私が狙われていると?」
「それも踏まえて 取り敢えず宿まで行こう こんな道端でする話でもないし 往来の邪魔になる・・・君達はどうする?」
「俺はついていこうかな デュートリッヒって奴に じっちゃんに会わせる約束してるんだ」
「皆でついていった方が良くない? ポリアンナさんも言ってたけど いくら馬車が来たからって 安心はできないと思うんだ」
屈強な冒険者の本山であるギルドの前でも平気で手を出してきたあたり、今後も体を張ったアクションを起こす可能性は否めない。お金が人を突き動かすが、それを解決するのもまたお金。
もしまた何事か起きたらナデュラスさんに馬車からお金を撒いてもらおう。
そんな不心得な考えに落ち着いていると御者台から降りてきた人物は、軽やかな足取りで僕の元までやって来て耳元でそっと呟いた。
「ご安心くださいアネット様 問題は既に解決済みですよ」
「え? あなたは・・・」
この声にも聞き覚えがあった。確か僕が歓楽街に連れていかれた時に出会った・・・
「コンシェルジュの・・マデラン・・さん?」
「おや 覚えていてくださったのですね 光栄です」
問題ない・・・ではなく解決済み。どこかそれを裏付けるかのように彼の心は平静そのものだった。
何をもって解決とするのかは分からないけど、ナディラスさんの境遇を思うとまるでモンスターの巣穴に飛び込むような感覚だけは拭いされなかった。




