59・帰路にて
前回のあらすじ
何とか敵を退けたが彼女から不可解な伝言を託された。
あれから僕達を助けに駆け付けてくれた冒険者の人達に伴われ、僕達は負傷者を出してしまったものの、誰1人欠けること無く地上に戻る帰りの途上に着く事ができた。
その際彼等に「道中何事もありませんでしたか?」と聞いてみたところ、得に変わった様子もなく通常通りの道程だったと返された。
罠がある・・・と判断したのは僕の深読みだったか? 「この相手ならそれくらいやってもおかしくない」と言う、思い込み1つで動けなくなってしまうのはとても恐ろしい事だと教えられた。
それにしても・・・・
「盲目さん さっきの戦いの時に 何かスキルを使ってくれたの? 相手の動きが目に見えておかしくなったし 彼女ならあんな行動は絶対にとらないと思うんだ」
『「アイ・アンノウン」色々な物が分からなくなっちゃうスキル~』
「分からなく? 真っ暗になっちゃうんじゃなくって? う~ん ちょっと想像がつかないなぁ」
あの場で誰よりも強かった彼女が、半人前の僕を前にして立つ事すら儘ならなかった。もしかせずとも自分が思ってるより遥かに凄いスキルなのかもしれない。
休憩中1人の男子生徒と試合をした際の違和感の正体もこれだったのだろうか。彼も不思議と一歩を踏み込まないでいたし、あれは彼の剣の未熟さゆえではなく“盲目さん”のスキルがそうさせていたのかもしれない。
「でも ありがとう 盲目さんが助けてくれなかったら 僕は確実にあの人にやられていたと思う」
『大丈夫~ アネットはボクが守る~ でもあの人本気じゃなかったよ? それに・・ ちょっとだけミーメの匂いがしたんだ~』
「ミーメ・・・」
それは“盲目さん”の言うところの、洞穴の奥に居るとされる“精霊さん”。更には巫女なる存在も居ると言う。今回僕達のところにやって来たらしい女性は、その巫女からの伝言を預かってきたと言った。
しかし誰宛かなのかは曖昧で、結局彼女の御眼鏡に適った者への言伝てとして僕が預かる事になった。
果たして僕で正解だったのかは不明だが、巫女からの伝言と言うからには神様の神託と言う事になる・・・或いは“精霊ミーメ”からの・・・
あれが一種の予言とした場合、僕達の世界にはいつしか暗雲が立ち込めるらしい。それから自分の元まで来いとも言っていた。
もしかしたらそんな有事の際に助けてくれるのだろうか。僕宛かそれとも地上に暮らす人達全てに対する助言なのかは分からないが・・・
この世界で何かしらの危機的状況が起こった場合、巫女の元まで行けば解決の糸口が見つかると言う事・・・?
もっとも真に受けて良いのか疑問は残る。
ともあれジョストンさんからも口止めされているし“ミーメ”の事は省いてギルドに報告した方が良いだろう。
そんな事を思っていると僕の傍らに1人の足音が近付いてきた。ファムエルさんだ。
「アネット君 今日はありがとう 色々助かったよ」
「いえ・・・ 僕達は皆さんの護衛の筈なのに 結果として半数以上の生徒さんに怪我を負わせてしまいました すいません」
「男の子は・・ いや 人は時として痛手を被らなければ心に響かない事もある 学園では協調性の有る子と無い子とが居るけども 1つの目標に向かって共に歩く機会を作ってくれた事には感謝しているんだ
代わり映えしない学園に閉じ籠ってばかりじゃ 思考も偏ってしまうからね 今回の課外授業を機に 各々が何かしらを感じとり そこから枝の様に考えを巡らせていってくれたら良いんだけどね」
「う~ん・・・ 洞穴に入って ただ痛い思いと怖い目にあっただけな気もするのですが・・・」
「そうだね・・・ でも 学園の授業を終えた時の顔より 疲れきった今の彼等の顔の方が 僕には生き生きしている様に見えるよ」
僕は生徒達の方を見やるが、感情は憔悴しきっている色しか見えない。しかし教師と生徒の間柄だからこそ通づる何かがあるのだろう。僕には分からないが納得してくれたのだから良しとしよう。
「それと あのケモミミの女性にもお礼を言っておいてほしい」
「え?」
「致命傷になるかならないかの ギリギリのラインで傷を負わせる 彼女の手腕は生徒達の良い起爆剤になったからね それに彼女の言葉には僕も感じ入るものがあった」
「はぁ・・・ まぁ いつか出会った時にでも伝えておきますが・・? いつになるかなんて分かりませんよ? と言うより2度と会えないかもしれませんよ?・・・と言うより2度と会いたくありません・・・」
「ん? 彼女も君達が用意してくれた仕事仲間だったんじゃないのかい? だって人の姿をしていたし 此方の意を汲んで生徒達を奮い起たせてくれたし・・・」
「いえいえいえ 違いますよ? 今回の事は本当にアクシデントですよ?」
「え・・・? 僕はてっきり彼女は敵役で あれは演技って・・・ だから僕も興が乗って前に・・・」
「いえいえいえ ファムエルさん 貴方本当に危なかったんですからね? 彼女がその気なら喉元かっ切られていてもおかしくなかったんですよ?
彼女も言っていた様に 今回は伝言を伝えるべき相手に伝える為 僕達に接触したに過ぎないと思います あの人の腕で死人が出てないのが何よりの証拠ですよ」
それを聞いたファムエルさんはその場に立ち止まり固まって・・・・・倒れた。
バタン!
「ファ! ファムエルさん!? あ あの! 誰か! 誰か!」
「あぁ~ こりゃぁ綺麗にのびてるなぁ お~い誰か台車持ってきてくれ~ 荷物が1つ増えたぞ~」
駆け付けた冒険者達に担がれ、ファムエルさんは用意された台車へと運ばれていった。お休みなさい。
できる事なら僕も台車に乗せてもらいたかったけど、疲弊して歩く生徒達の手前進言する事はかなわなかった。
だけど疲れているのは僕だけじゃない。直ぐ後ろを歩くエルヴィラさんにも疲れの色が見えた。
そう言えば・・・
僕は戦闘中に投げ掛けられた“盲目さん”のスキル『予見の目』について聞いてみる事にした。
「エルヴィラさん さっきの戦いの最中 僕に尋ねた盲目さんのスキルの事なんですけど・・・ 貴女のお知り合いに 盲目さんを連れた方が居るんですか?」
「あ あぁ・・・・・・・ 妹・・がな」
咄嗟に聞かれたので面食らった感じだったが、そう答えた彼女の言葉はどこか歯切れが悪かった。やはりマイナス等級の話題になるのは気が進まないのだろうか。
しかしスキルを会得するからには妹さんとスキルさんとの関係は良好である筈。とは言え家族としてはやはり心配の種は尽きないのだろう。今までも色々とあったのかもしれない。
「いつか ・・・・・時間の都合がついた時にでも 妹に シルヴィーに会ってやってくれないか?」
「それは構いませんが・・・ いえ 同じスキルさんを連れる者として 何か共通のお話しが出来るかもしれませんね この事は前向きに考えさせてください」
「そうか・・・ 良かった」
僕は周りの人達に助けられてきた。今の僕が形作られているのもそんな彼等の真心の造形なのかもしれない。ならエルヴィラさんの妹さんもまた誰かの支えがあった筈だ。
実際目の当たりにした事は無いが、マイナス等級は何かと見放される社会であると聞いた。しかしエルヴィラさんの妹を想う姿を見て、全てのマイナス等級保有者が必ずしも不遇であるとは限らないと確信できた。
ならば妹さんと話し合う事で、今も下を向く事を強いられてる人達の環境の改善に何かしらのヒントが得られるかもしれない。つまりこれは価値ある出会いになる筈だ。
それに個人的にも“盲目さん”についての情報交換をしてみたい。きっと僕の知らないスキルが沢山ある筈だし、単純に“盲目さん”仲間ができるのは嬉しい。
「ところで 年上の異性をお前はどう思う?」
「え? どう・・とは? う~ん・・ そうですね・・・ 僕の知っている人達ですと 皆さん良くしてくれますよ?
どう思う? と聞かれると一概に言えない部分もありますが 年上の方は包容力があって暖かくて 僕は好きです」
「そ! そうか! 包容力・・・つまりは面倒見が良い と言う事だな!?」
「え えぇ・・・・」
唐突に話が反れたがどうしたのだろう?
先程まで暗く沈んでいたエルヴィラさんの心に色とりどりの花が咲いた・・・気がする。まぁ人は皆誰かに好かれていたい筈だから無難な答えな筈だ。
「実を言うとハルメリーには妹の助言・・・『予見の目』に従ってやって来たのだ それもごく私的な理由でな」
そこからは彼女達家族の内情を淡々と話し始めた。やはり浮き沈みが無いとはいかないようだ。
「妹が盲目さんを連れる事で 家庭に何も無かった訳ではない しかしだからと言って不遇な想いをさせた事は無いんだ 他の者達と違い両親も私もシルヴィーを溺愛したからな
だが妹が予言を・・・ スキルを使う様になってからはそれも変わってしまった 富と名声を得る代わりに 家族の絆は目に見えて離れてしまった様に思う
私がハルメリーに来た本当の理由は モンスター討伐に託つけて お前に会いに来る為だったんだ 妹の言うところによると お前が・・・私と妹の救いになるからと・・・」
成る程そう言う背景があったのか。エルヴィラさんと初めて会った時、彼女は僕を値踏みする様な感情で見ていた。最初は疑問に感じたが自分と家族の命運を変えるかもしれない相手なのだから慮るのも無理からぬ話だ。
「僕に何ができるのかは分かりませんが 貴女方の一助となれれば幸いです」
「うむ 私も具体的にどうしたら良いのかは不明だが 懇意になるに越したことはないからな
と言う事は 行く行くはご家族にも挨拶しなければならないか こう言う事は早い内に済ませておいた方が良いと聞く お前もその事は考えておいてくれ」
「え? えぇ・・ 分かりました」
騎士団長と言うだけあって想像通り律儀な性格の人物らしい。しかしこう言う立ち居振る舞いがきちんと出来ると、如何にも大人の人と言う印象を強く受ける。僕も見習いたいものだ。
そうこう会話をしている内に僕達はいつの間にか洞穴の出口付近の広間へと帰ってきていた。すると僕達の姿が目に飛び込んだのか広間の空間は女生徒達の甲高い声が鳴り響いた。
教師であるファムエルさんを呼ぶ声。個人の名を叫びながら駆け寄る女生徒。端から見たら出血による血のりで、あたかも大怪我を負った様に見える事から彼女達の心配もひとしおだ。
「アネット!!」
「マルティナ!」
男子生徒の様相を見ればマルティナとてそんな声になるのも仕方がない。しかし彼女の心の内には言い知れない恐怖が渦巻いているようだった。
やはり女子グループにも何らかのアクシデントに見舞われたのだろう。しかしそのお陰で僕達の元に救援が到着し一命をとりとめたと言えなくもないのだが。
「アネット! どこか怪我とか無い!? 大丈夫!?」
〔・・・! ・・・・・・!〕
そう言いつつ彼女達は僕の体にどこか不備が無いか身体中を無遠慮にチェックしてきた。若干1名興奮して息が荒くなっている子もいるが、今だけは敢えて指摘しないものとする。
「だ 大丈夫だよ 僕に怪我は無いから・・・ それよりも2人の方こそ大丈夫? そっちの班にも何かトラブルがあったんじゃない?」
「そうなのよ! 人の言葉を話すスキルさんを連れた二足歩行のモンスターが出たの! それで・・・・! ミストリアと女生徒の人が追い払ったんだけど・・・ 私じゃ手も足も出なくって・・」
〔・・・・・・ ・・・・・・ ・・〕
プクプクプク・・・ ミストリアも何か言いたそうに水の文字を形成しているが僕には彼女の言葉は分からない。しかし先程とは違い、幾らか安堵した心情に2人とも大事には至っていない事だけは伝わった。
「僕も・・・ 盲目さんが居てくれなくれければ彼等の様に傷だらけになっていたところだったよ そうでなければ僕は手も足も出なかった 反省点ばかりさ」
僕はマルティナを宥める様に語りかけたが、彼女等の前に現れた敵も遥か格上だったに違いない。
善戦出来なかった事への罪悪感か慚愧の念か、言葉1つで回復できる程その悔恨は軽くはなかった。
〔・・・・・ ・・・・・・・〕
「ミストリアもお疲れ様 皆を危機から救ってくれてありがとう」
〔・・・! ・・・!! ・・・・!〕
「当然の事ですわっ あれは私とミストリアさんの奇策 そして絶妙なコンビネーションが生んだ 奇跡の合作魔法! 躾のなってない犬っころを追い払うくらい 造作もない事ですっ」
〔・・・・・・・・〕
突如会話に入ってきたこの声の主は、確かミストリアに噛み付く文言を羅列しつつ再会した事に内心とても喜んでいた女生徒。
しかし先程までクツクツと煮たったお湯が一気にぬるま湯にまで冷めるようにミストリアの感情は湯気すら無く平坦だ。
「えぇと・・ 貴女の尽力があればこそ こうして皆が無事に帰ってこれたのですね ありがとう マルティナやミストリアを助けてくれて」
「言われるまでもありませんわ 貴族として民草を守るのは当然の義務ですので ところで貴方はミストリアさんとは・・・・ そう その距離感・・・ そうなのね 貴方が彼女の言う『彼』なのですわね ぐぬぬぬぬ・・・」
何だか知らないけど突然ライバル視されたように思う。中々に濃い人なのかもしれない。
「兎も角 ミストリアさん! この私と並び立つに相応しい働きをした貴女には・・・ と 特別に ナディー と呼ぶ事を許して差し上げますわっ」
〔・・・・・・・・〕
「で・・・ ですので! 私も貴女を ミ・・ミスティー と呼ばせていただきますっ!」
これぞ女の子通しの友情なのだろう。1人は太陽のように明るく、1人は月のように白んでいるが・・・
ミストリア本人は気付いているか知らないが、学園時代ちゃんと彼女を見ていた人が居てくれた事に安堵した。
洞穴内で一通りの応急処置を受けた生徒達も大分落ち着いてきたところで宿への帰路についた。
その途上僕に決闘を申し込んできた男子生徒がお礼を言ってきた。最初こそ盲目と嘲ていた心の彼も今はその色は見られない。自責と改悟その2つの感情が彼に謙虚さをもたらした様だ。
僕は努めて「気にしない」と言ったが、他人を認める感情が芽吹いた今なら、偏見を持たず真摯に人と向き合う事もできるだろう。今もまだ台車で眠りについているファムエルさんも彼を見たらきっと驚く筈だ。
そんな事を思いながら道を歩いているとエルヴィラさんが唐突に近付いてきた。
「ところでアネット 私は騎士団長を努めているが 家は男爵の爵位を賜っている」
「そうなのですか」
「だが気にする事はない 周囲が何と言おうと妹の助言は本物だ 両親は強く反対するだろうが 私も負けじと押しきる所存だ 私は不遇なシルヴィーを救いたい その為の鍵はお前と私にある
御家族への挨拶は そうだな・・・ このまま結婚を前提としたお付き合い と言う形で良いだろうか?」
「え?」
「ん?」
〔・?〕
いきなりどうしてそう言う話になったのか分からない。結婚を前提? お付き合い? 一体何の話だ。
思えば洞穴に来てから分からない事だらけだ。ケモミミの女性。巫女の存在。そして伝言。女子グループに立ちはだかった敵。そしてエルヴィラさんの話。
全てに混乱する。
思い返せば彼女との会話にはどこか乖離した部分があった様に思う。家庭の事。妹さんの事。向き合うには波乱が待ち受けていそうな気もするが、ここは1つ1つ紐解いていかなければならない。
何となく拗らせてはいけない難問に思えたからだ。




