58・巫女からの伝言
前回のあらすじ
突如現れたケモミミと尻尾を有した女性は「試す」と称し襲い掛かってきた。
その際、出血等の“狩人さん”特有のスキルを遺憾なく使われ、思わぬ苦戦を強いられる事となる。
僕は耳で生徒達の様子を窺った。
戦闘に参加したほぼ全員が肩で息をし呼吸も動悸も激しいが、傷を負い気持ちが萎えてしまった生徒もいる中で、今だ剣を敵に向けている生徒もいる。
自分達より遥か格上である敵を前に畏怖と恐怖を混在させながら、それでも引き下がらない彼等には彼等なりの矜持があるのだろうか。
「大丈夫? まだやれそう?」
「愚問だね・・ やれるか ではなく 成し遂げなければならないのだよ・・はぁはぁ・・・」
「気持ちだけは一丁前かい だけど大言壮語が許されるのは 理想を現実に変える事が出来る奴だけだよ」
その台詞と同時に「ヒュッ」っと刃物特有の風を切る音が眼前で確認できた。いよいよ相手はターゲットを僕に切り替えたらしい。素早さが売りの四足獣よりも素早い突撃で僕に迫っていた。
決して油断していた訳ではない。しかし初めて経験する程の速度に僕の反応速度は大分及ばない。だが幸いにもこの攻撃は左隣にいたエルヴィラさんによって防がれる事となる。
敵の戦闘スタイルは小さくそれでいて出血と言うスリップダメージを伴う攻撃を小刻みに仕掛けてくるスピードを重視した動きが持ち味だ。
そんな変則的な手段にもエルヴィラさんは適宜対応しているのは流石騎士団団長と言ったところか。
そこからは互いに一歩も引かない連撃の応酬となる。何とか耳で戦況を把握すると真っ向から剣を受ける重い音よりも、刃を滑らせる独特な金属音が鳴り響くのが印象的だ。
察するに腕力はエルヴィラさんが一枚上手なのか、相手は正面切っての打ち合いを避け攻撃をいなしている嫌いがある。
「ふん 確かアンタ等みたいなのを兵隊って言うんだろ? 中々やるじゃないか だけど目的はアンタじゃないんだよ」
埒があかないと感じたのか今度は打ち合う事もなくエルヴィラさんの攻撃を躱すと、彼女のすぐ横を撫でるように過ぎて僕へと迫った。
だがそれを予測していたルミナスは僕の正面に躍り出る。エルヴィラさんに負けじと応戦するがその音は残念ながら鈍い。経験と腕力が足りていないのがその動きから分かってしまう。
しかし僕にとってそれが逆に与し易い。足りてないなら僕がそれを補えば良い。僕は静かに剣を抜くとでタイミングを合わせて彼等の戦いに混じった。
「アネット!?」
「ルミウス 僕の事は気にしなくて良いから 相手に集中して! 僕が合わせる!」
「お おう!」
彼の邪魔にならないようルミウスの動作の先を読んで道を開ける。これからどう動こうとしているのか、どこに意識を向けているのか、足の運びと武器の位置を音で把握し敵の姿を捉える。
難しいとも思われたそれらの行為も、敵の心が見える事も相まって、何とか形になるところまでは漕ぎ着けた。
ルミウスの隙を僕が埋める。ルミナスが攻撃を防いだところを僕が攻める。
それでも相手を押し返すにはまだ足りないが、新米冒険者2人でも接戦と呼べる範疇には持ち込めた様だ。相手も何処か見下した趣の心構えであったが、今はその色も大分薄らいだ気がする。
「はっはっは! いいねいいねぇ! 私ではなく相方の動きから私を捉えるかっ 盲目だからこその機転と言ったところだろうなぁ 読みも悪くない では・・・ これはどうかな?」
次の手があるのかと一瞬思ったが、逆に僕達が相手を押し返し始めた。実力は相手が上だろうに・・・これには違和感しかない。
徐々に徐々に場所を移動しながらの戦闘。相手も手数が多い割りに押すでもなく引く。それでいて此方が手を緩めれば確実にダメージを負うギリギリのライン。
だけどそれら意図がその瞬間分かった。
「痛っ! う うわぁ~・・!」
相手は移動しつつ近間の生徒達を斬りつけていく。気付いた生徒も躱そうとするがかなわず、攻撃を加えようとするも当たらず。僕がルミウスを盾にするように相手も生徒達を盾にし始めた。
「くそっ! 厄介だな!」
こんな状況下で下手に剣を振り回せば誰か味方に当たる可能性が高い。しかし敵が自分の目の前に飛び込んできた事に恐れ退こうとする生徒や、好機と捉え攻める生徒、それらを引っ掻き回す身のこなしで集団を翻弄する敵とで、この場はまさに混戦の様相を呈した。
2対1でも何ら引けをとらない彼女が、何故この様な行動をとるのか。きっと僕を試しているのだろう。そして楽しんでもいる。
もはや彼女にとって負傷し息も絶え絶えの生徒など戦力外であった。むしろ自分にとっての道具として利用されている。この状況だけは打開しなければ。
「くそっ! このっ! 避けるな! 堂々と戦え・・・! はぁはぁはぁ・・・・・」
「皆! 落ち着いて! バラけないで極力固まるんだ! この人多分 集団戦が得意なんだよ!」
洞穴と言う草木や風音が無い中で狩人。
人間が植物や自然の環境を利用するのと同様、この相手にとって敵の存在がそれに類するものなのかもしれない。
つまり敵の集団に溶け込んでの狩り。それが彼女の正体だ。
「例え相手が如何なる者でも 騎士道とは正々堂々と戦うものだ・・・ そこを曲げてどうするものぞ・・・ はぁはぁ・・」
「落ち着いて! 君達にも譲れない矜持があるんだろうけど 死んじゃったら意味がないんだ 死ぬ事は誉れなんかじゃないんだよ? 残された人の事も考えて!
冷静に周りを見て 君の友達は皆負傷している だけど彼等に届くのは僕の声じゃない 君の言葉だ バラけていたら不味い 皆で固まった方が良い」
少しの間逡巡したが、心の整理はついたのか周りからロダリオと呼ばれていた生徒達に指示を出した。
「・・・・・・・・動けない者は壁に! 戦える者は互いに背を向け数人で固まれ! むやみに攻撃しても当たらない! 倒す事よりも自分を守る事を重視しろ! 敵から目を離すんじゃないぞ!」
「お おう!」
「分かったぜ!」
「了解だ!」
こう言う場面こそリーダーの資質が試される。混乱した現場での的確な指示出しと説得力、それは普段の人間関係と行いが左右する。
最初ファムエルさんから学園の生徒達の内情を聞き、ミストリアの事も相まって正直良い印象を抱いていなかった。
しかし良くない行いをしたからと、その人の全てを「そう」と決めつけ否定するのは誤りだ。人間誰しも良い面悪い面はある。
この状況は全くのアクシデントだけど「凝り固まった思考や概念だけで世界が作られているのではないと知ってもらいたい」と言ったファムエルさんの想いは成就されただろうか。
「そうそう そうやって足りない部分を埋めていく 即ち自分の弱さを認め 受け入れる事が肝要なのさね
怖い 嫌だ 見たくないと 目を背ける奴に明るい明日は訪れない 実力が伴わないお前達だけど その点だけは認めてやろうじゃないか」
「貴族には・・・背負うものがある・・・ 家名 そこに集まる重責 誇り 絶対に曲げられない信念・・・ それらに土をつける事は 何があってもあってはならない・・・ はぁはぁ・・・
お前が何処のどう言う敵かは関係ない・・・ 私の行く末の邪魔をするなら それは須く打ち倒さなければならない敵なのだ
お前から目を背けるつもりなど毛頭無い・・・ 勝って明日の栄光を この手に掴むまでだ!」
暗闇に生きる僕にとって唯一光を確信できるのが人の心。
相手の異質な気配に呑み込まれていた彼等も、追い詰められ苦難を乗り越えようと心を一にすると、感情の爆発が色彩となって広がり僕の黒いキャンバスを明るく彩った。
彼女の言葉が心に刺さったのか、それとも彼の言葉がそうさせたのか。いの一番に退避した生徒達の一団からもチラホラと剣が抜かれる音が聞こえた。
「さすがにそれを言われると耳が痛いな 僕はこの上無く運動が苦手だから 邪魔になら無い様 隅っこにいるべきだと思ったが 生徒を守らなければならない教師が 君達の後ろに居ると言う行為は 恥ずべき選択だった
その事を敵からも生徒からも教えられるなんてね・・・ このまま何もしなければ 人としても失格となってしまうからね」
「先生・・・」
意を決したファムエルさんは腰から下がったの剣を「ふんぬっ」と引っこ抜くと、前線で戦う生徒達の前に躍り出た。
しかし一連の所作から鍛練不足と不摂生が窺え、彼が1人加わったところで戦力として数えて良いのかと疑問が残った。
「そりゃあれだ あんたのそのへっぴり腰を見ていると 無謀と勇気の違いって言葉がピッタリと当てはまりそうな気がするよ」
「真理を探究する者として 時には無謀であらねばならない場合もあるんでね 例えば今もこうして君に切り刻まれ様としているのに 僕の目は君の耳と尻尾に釘付けだよ
どう見ても本物っぽいが 君は本当に人ではないのかい? モンスターだと言ってはいるが 産まれたときからその姿だったのだろうか
環境によって違う種が似たような姿になる収斂進化だとしても どう言う経緯で人に似るのだろうか 二足歩行がそれを促したのかな?
その真実に辿り着くためにも 君の耳や尻尾の付け根を 是非ともこの目に焼き付けさせてくれないか? いや 君と言う存在を紐解くには 全身余すとこ無くじっくりたっぷりと 観察するところから始めないといけないね! うひひ・・・」
この場においてもブレないファムエルさん。根っからの探究者なのかそれとも頭に花でも咲いたのか、敵と相対する心構えからは完全に逸脱し心は浮き足だっていた。
「気持ち悪いねぇ」
冷ややかな言葉と視線を送られたであろうファムエルさんから何やらくぐもった音が聞こえると、その衝撃で呆気なく剣を手放したファムエルさんは「おふぅ~///」と嗚咽を撒き散らしながら地面を転がっていった。
「先生・・・・・・」
「気を抜くな! 残念がっている場合ではないぞ! 授業通り陣を組め!」
残念がられた教師を残し生徒達は気を引き締めると、今度は混戦にならないような位置取りを心掛け動いた。彼等の実践の有無は分からないけど知識においては手解きを受けているらしい。
相手もそれに気を良くしたのか感情の昂りが異様な色彩となって浮かび上がった。僕も彼等を見習いルミウスとエルヴィラさんとで固まった。
「ちっとはマシな味になったって感じかい? それじゃぁ堪能させてもらおうかねぇ!」
その声と共に相手が動いた。
しかしそこからの行動は執拗に僕を狙うやり方から全体をなぞる様に舐めるような動きへと変わる。
陣を敷いたからと何が変わる訳でもなかったようだが、それでも先程までとは違い一矢報いるのは無理としても大きな混乱に陥る事は無かった。
またそのお陰か彼女の動きは幾分読みやすくなり、同時に相手の戦い方にも慣れてきたのかエルヴィラさんルミウス共に何とか真っ向から打ち合えるまでになっていた。
そうなる事で敵の次なる一手はどう出るかの予測もたち、また僕もそこに攻撃を被せる事に成功し始めるた・・・ のだが、この流れのままいけるかと思った矢先、彼女の心に変化が表れた。
「よっしゃ! いけるぜアネット! その調子で攻撃し続けろっ!」
「ふぅん 少しは形になったからって 勝てる希望でも出てきたのかい? それじゃぁ~ もぅちょっとスピード上げても大丈夫だねぇ!」
「んなっ! 消えっ・・・!」
「!? 何処だ! 何処へ行った!」
言葉通り実際に急激に速度を上げた彼女は、僕の目に光の線を残し程なくして消えた。
だが彼女の存在が消滅した訳ではないのだから何処かにいる事は間違いないのだが、周りの人達からも「何処へ消えた」と相手の姿を完全に見失ったとの声が次々あがる。
そして「痛って! 斬られた!?」「! この!」と、唯一彼女と渡り合えていたエルヴィラさんとルミウスも彼女の刃に撫でられのか堪らず声を出す。
ダメージをあたえられても相手の存在を目で追う事すらできなかったのか両者とも困惑していた。
僕には相手の動きが速すぎて、子供の頃に目にした事のある流れ星が縦横無尽に線を描いている様にしか見えない。試しにその線を斬ってみても残像を斬るような手応えしかない。
触れる事すらかなわない。
不意にその流星群が止むと生徒達もエルヴィラさんもルミウスも周囲を必死になりながら敵の姿を探した。しかし誰の口からも発見の報告は上がらない。
居なくなった? そんな筈はない。何処かに隠れているのだろうか。
あちこち顔を向けているとあの特異な感情の色彩が偶然僕の目の片隅に触れた。それを辿るように顔を動かし相手の所在を探ると・・・
「皆! 天井だ! 上に居るよ! 気を付けてっ!」
彼女が狩りに夢中になればなる程その心は鈍色に輝き大きく隠しおおせない。それは記憶にある太陽の如く際立って見えていた。
「盲目の坊や・・・・・ 目も見えず気配も捉えられないお前が どうして私を捕まえる事が出来た・・・
そうか なる程な・・・
どうやらお前の見えない目には 私の姿が映っているらしい これは大きな発見だ ・・・やはり お前なのだな」
速さで撹乱し続けた攻撃の小休止か、彼女は洞穴に出来ている天井の岩肌を掴み潜んでいた。
「アネット よく見つけられたな 私でも捉える事ができなかった奴を・・・ もしやお前も『予見の目』を使えるのか?」
エルヴィラさんから告げられたそのスキル名を聞き戦闘中にもかかわらず僕は一瞬動転した。『予見の目』とは“盲目さん”のスキルで「未来を予見する」スキルである筈だが・・・
世間一般で絶望視されるマイナス等級。そのスキルを何故知っているのだろう。
そこから導き出せる答えとして、少なくとも前向きに生きている人間が彼女の身近に居る、または居たと言う証拠になるのではないだろうか。
★
人間はスキルさんに「等級」などと言う格付けをして優劣を決めている聞いた。
まぁ実際のところマイナスとされたスキルさんにはクセがあり、彼等とよろしくやっていくのは容易ではないのだが・・・
特に洞穴内の優劣は勝つか死ぬかが全てだし、ハンデを背負って生き残れる程甘くない。
そんな我等が巫女様は外から来られたお方。
もし彼女が洞穴でお生まれになっていたら果たして御歳まで生きられたかどうか。その彼女が言った「我々の希望は今日 この洞穴に誘われる」と。
あの方の言葉は予測などではない。約束された確定事項。
不遇なハンデを乗り越えて頂へと辿り着いた巫女様の言葉。様々な事象を起こしてきたお力はやはり偽りではなかった。
そしてこの坊やもそんなハンデを克服し私の前に立っている。
鍛え抜かれた私の“狩人さん”は単純に気配を消すだけに留まらない。音そして匂い更には温度まで、あらゆる動物の感知能力にも捉えられない能力である筈だ。
まるで未知を体験しているようではないか。私の五感では理解できない事が起きている。
面白い・・・・
その他の有象無象共を見やる。
唯一私と斬り結べた人間も本気で駆けた私を捕らえる事は出来ないようだ。更に傷も負い出血もしている。何もせずとも弱っていくのを待つばかり。
つまりこの場で私の邪魔をできる者はもう残っていない事が証明された訳だ。
天井の出っ張りから手を離し地面に着地する。音はたてていない筈だが、盲目の坊やは上に向けていた首を私の落下に合わせて下げてきた。
やはり何らかの方法で私を「見ている」と捉えるべきだな。
「ねぇ盲目の坊や 私と1対1で戦ってみないかい? そうすりゃ周りの連中に危害は加えないよ 元々私の狙いはあんたらしいからねぇ
どうだい? 悪戯に動いて お仲間の血を失わせる事もないだろう?」
「安い挑発だアネット! こいつは全員で掛からなければやばい相手だぜ!」
「同感だ 私も個人的な都合でお前を失う訳にはいかないのでな」
いいや・・・残念ながら詰みだね。この状況、誰かを犠牲にして逃げるってのが正解だ。
私との距離が稼げれば少なくとも出血スキルからは解放されるのに、それとも血を失うって経験をした事が無いのかねぇ。このままじゃぁ全員動けなくなって死んじまうよ?
「いいえ 僕が相手になります 皆さんはその間に傷の手当てを・・・ 出来る事なら退いて と言いたいところですが トラップが仕掛けられている可能性も捨てきれません」
「でもよ!」
「ルミウス 勝つ事ではなく 逃げる事を考えて 目の前の彼女がどう言う相手か・・・ もう見当はついてるでしょ?」
「・・・・・・・・くっ」
まぁ罠までは仕掛けて無いのだけど、勝手に勘違いしている事だし面白そうなんで言わないでおこう。盲目の坊やの意も決した様だし。
「それじゃぁサシの勝負 楽しもうじゃないか」
そう言いつつ私は歩きながら横へと移動した。それに伴って坊やも首を此方に向ける。やはり見えているのか。それを確かめる様に近づくとナイフを坊やに向け振り下ろした。
キィン・・・・・
止められた。
そう言えば先の戦いにおいて坊やは防御を他人に任せて攻撃を担当していたな。思い返してみても相方が私の攻撃を防いでからの反撃が多かった様に思う。
それも音がする箇所、つまりは私の手首に集中していた気がする。
まさかな・・・
私は何度かナイフを大きく振りかぶり坊やへと振るった。だがそれら全ては悉く弾かれてしまった。
やはりそうか・・・ 僅かな武器の風切り音に反応していたのか。
次いで坊やからの攻撃を待ってみる。
しかしその一連の動作の全てが何だか稚拙に感じられた。私に届かなかったとは言え、音があった先程の動きと比べると明らかに見劣りする。
技術うんぬんは活かせないとしても、武器を振るう速度からあからさまに鍛練不足が見て取れて筋力も足りていない。
と言うより目に見えて小さく体格にも恵まれていないのだから無理からぬ話か。しかしよくこんな体たらくで洞穴になんぞ入って来れたものだな。
上層部ならこんなのでも大丈夫なのか? しかし先程から坊やの剣筋はどうも馬鹿みたいに1ヶ所に集中している様に感じられる。
この位置は・・・心臓か? 私の心臓に何かを見ているのか? 興味は尽きないが大体の事は分かった。
美味しくなるにはまだまだ未完成の一品と言ったところだが、此方もそろそろ飽きてきた事だし何か理由を付けて退散するとしようかねぇ。
ドン・・・・・・
「え・・・」
私は後ろを手探った。
壁だ・・・・
いつの間にか壁がある。
これはどう言うことだ?
私は坊やの攻撃はナイフで受けず全て避けていた。それでも周囲の確認は怠らない。狩人が周りの環境を把握できないなど話しにならないからね。
私は突如目の前に現れた坊やの剣を躱す。さっきより速度が上がった・・・? 本気ではなかったと言う事か? だが避けられない程ではない。
ドン・・・・
今度は地面から隆起している岩にぶつかった・・・筈だ。手探って見てもこれは隆起した岩に間違いは無いが・・・
どう言う事だ・・・・これは岩だ・・岩の筈だ・・・ だけどうまく認識が出来ない・・・
手で触っている感触はある。
でも目に写るそれが私の頭の中からスッポリと抜け落ちている感じで、岩を岩と認識できない。
そこに坊やの剣が「ヌッ」と姿を表した。
「くっ!」
今攻撃を仕掛けてきたのか? いや・・・攻撃をしてきたから剣が目の前にあったんだ。その攻撃の動作は目で捉えられたか? 相手から目をそらすなんて事はしてない筈なのに・・・・何故だ・・分からない・・・・
私は一旦坊やから距離をおくためにその場から飛び退いた。
ガク・・・・
「え・・・・」
着地と同時に膝が折れ私はバランスを崩し尻餅をついた。今の感覚を例えるなら一段下がった段差に気付かず足を踏み外すのと同じか。
私は急いで立ち上がる。・・・が、バランスが保てない。
それはまるで細長い棒の上でバランスを保ちながら、何とか落ちない様に踏ん張る動作に似ていた。
「何だい・・・どうなってんだい・・・!」
そこに坊やが迫る。
段々と距離を詰め・・・詰め・・・
目の前に剣が現れた。
「ひっ!」
私は後ろに倒れ込んだ。避ける為にはそれしかない。バランスが保てないのだから思い通り足に力が入らないのだ。
その時全てを悟った。
坊やが速くなったのではない。
その動作までもが認識できなくなったのだと。
認識できない────つまりは脳が情報を処理しない。それは目で見ていようが関係がないのだ。そう・・目では見えている・・・でも体はそれに相反し言う事を聞かない。
落ち着け・・・壁は動いたりしない・・ 地面は多少凹凸はあるが平坦だ。地面は平坦・・・地面は平坦・・・平坦・・
そう頭で反芻するも四つん這いで這うのも難しい。地面は平らな筈なのに指の爪のすぐ先は奈落へと落ちる谷底の様な感覚が支配して動けない。
だったら・・・地面を見なければいいのではないか? あえて地面を意識せず今まで私が培ってきた感覚を信じ坊やにだけ集中する。そう思い立ち上がると奇妙な感覚だが立てない事はなかった。
それにしてもこれをどう攻略する。地を味方につける私の持ち味は完全に防がれた形だ。
唯一の救いは坊やが未熟な点か。
「───────・・・い・・ おーーーい!」
これからどう立て直すか模索していると、彼等の背後から複数人の叫び声が反響し聞こえてきた。
どうやら連中に救助が来たらしい。と言う事は「アイツ」の事は済んだと言う訳か。
「なら・・ いよいよもって引くには丁度良い潮時かねぇ 盲目の坊や いや アネットと・・ 名前で呼ばせてもらおう 巫女様からの伝言だ 私達が認める相手と出会えたら こう伝える様にと言い含められてんだよ
『お前の世界に暗雲が立ち込めた時 私の元まで来ると良い 太陽は空の上だけにあるのではないのだから・・・』と 確かに伝えたよ」
「おい! 逃げるのか! させないぞ!」
「待ってルミウス! 退いてくれるのなら有難い 彼女が言った様に 距離をとってくれるなら出血は収まる筈だ
僕達の仕事は学園の生徒達の護衛・・・でしょ?」
「う・・それは・・・そうだな」
聡くて助かる。無様な撤退となったが何とかバランスを保ち私は自分の帰るべき場所へと帰還する事にした。
「で? 何だい? その大火傷・・・」
「う うるせぇ!」
「大方油断でもしたんだろう 私も人間と戦ってみたが とるに足らない連中ばっかりだったよ」
「ケッ その割りにゃ 顔がニヤけてるぜ? 戦闘狂のお前がよぉ 満足させてくれる奴でも居たか?」
「あぁ 面白い坊やが居てねぇ 多分私達の求めている逸材さ 正直ゾクッときたよ 洞穴の中は戦いのメッカだが 外には外の強さってものがあるんだろう ちょっと興味が湧いたよ」
「まっ 外から来た巫女様も異質だからなぁ」
「そんな事より アンタちゃんと薬は塗ったのかい?」
「あ? この程度ほっときゃ治る 俺の特技は格闘だけじゃねぇんだぜ?」
「今の私は気分が良いんだ ちょっと手伝ってやるよ て言ってもそんなゴワゴワの体毛じゃ薬も届きゃしない まずは患部の毛をゴッソリ剃っちゃおうかねぇ」
「お! おい! やめろ! てめっ!」
住処に帰ってから気分が良い。坊やから距離をとったからか或いは時間か。
綺麗さっぱり感覚が元に戻っている事から、あの認識障害を引き起こしたのは“盲目さん”のスキルである様だ。
巫女様の伝言によると坊やにはこれから試練が訪れる筈だ。是非ともそこで荒波に揉まれ一皮剥けてここまで辿り着いて欲しいものだ。
私達だけでは到達できない。
全ては『精霊ミーメ』に出会う為に・・・




