57・それぞれのパートナー
前回のあらすじ
不意に襲ってきたモンスターに応戦する女子グループ。
ミストリアとナディラスの策に見事嵌まったモンスターは、致命傷を負い尻尾を巻いて逃げ出した。
僕はその女性が現れた時この現状に何故か既視感を覚えた。
いやこの感じ・・・一度だけ身に覚えがある。
あれは確かバウゼンと言う名の貴族が、ギルドの目の前で金貨600枚をチラつかせ冒険者達を異変の調査に駆り立てた日の事だ。
そのせいで町から冒険者達が掃けてしまいギルドの依頼が立て込むのだが、ジョストンさんの誘いで洞穴の地下2層目に向かったおりに「それ」と出会ったのだ。
僕にとっての「それ」は一言で言って異質。克つ「それ」の接近にまったく気付けなかった過去がある。
ではどうやって「それ」の存在に気付けたのかと言うと、その存在の特異とも言える心の色が採掘師達の中に混じり込んでいたのを偶然目にしたに過ぎない。
僕の目には「それ」は形容しがたい何かに写ったがジョストンさんは「それ」に向かって「冒険者か?」と問うた。
そして今もまた一人の男子生徒があの時のジョストンさんと同じ質問を投げ掛けている。人の顔をし獣の耳と尻尾を有しているであろうその相手に・・・
それにしても前回の事と言い今回と言い、唐突に襲い掛かるでもなく人に接触してくる理由は何なのか疑問が拭えない。
もっとも理由は何であれ此方も気を緩めて良い場面ではない。自ら「人ではない」と豪語した彼女ともし対峙する事になった場合、盲目でしかも相手の気配を察知できない僕が、この中できっと誰よりも足を引っ張る事になるのだから。
従ってそうならない様に会話は言葉を選び、慎重に流れを紡ぐ必要があるのだが、異彩を放つ人外を自称するこの人物は、果たして以前出会った「それ」と同一人物なのか、それは確認しなければならなかった。
何故ならこんな稀有な存在が人前に姿を現すからには、必ず相応の理由があると思うから。それ如何によっては、今後の展開が劇的に変わる事となる。
「あの・・ 以前ここの2層目で僕とお会いしませんでしたか? その時の気配が今の貴女と とてもよく似ている気がするんです」
正確に言えば感情の色がだが。言葉を話さず音もたてずにゆらゆら消えた相手は幽霊かと訝しんだものが、人の言葉を話し拍手をする手を兼ね備えている事で物理的に対応できる相手である事に少しだけ胸を撫で下ろせた。
だがそんな相手の返答は此方に都合の良いものではなく、それどころか方向性を欠いた難解な回答となって返ってきた。
「そう・・ そうなのか・・ 前にも見た顔だとは思ったが 巫女様が啓示した人間と言うのはお前の事なのかもしれないな
今にして思えばあの時 真っ先に私に気付いたのはお前だった 私の狩人さんは気配を完璧に消していた筈 ドンくさい人間共がひたすら穴堀に夢中になってる中で 唯一お前だけは私の姿を捉えていた・・・ 盲目であるにも関わらず
上々だぞ? 盲目の坊や 暗闇の中 目には見えぬ光を信じ ついには私の存在を感知できるまでに至った お前は我々の探し求めている可能性を秘めているのかもしれないねぇ」
喜ぶべきか悲しむべきか、どうやら相手側の事情で僕は一方的に彼女の御眼鏡に適ってしまったらしい。
「それで ここには何を? もし偶然の出会いとなら このまま挨拶を交わして互いに別々の方向に行きませんか?
冒険者同士でも突然のバッティングは あまり良く思われないので・・・」
「それは叶わない相談だよ 何せ私は偶然ここに居る訳では無く おそらくお前に出会う為に ここに来たのだから」
「おそらく? それはどう言う・・・僕が目的との事ですが 用向きは何でしょう」
「さぁ? 私は巫女様の指示で今日 この場所に居るに過ぎない
その際 巫女様からはただ『試せ』と・・・」
「試す? 何を・・・」
「さぁ? 分からないが・・・付け加えると 『お前のやり方に任せる』だそうだ
ただ・・・ 私は根っからの狩人なんでんねぇ 困った事に 相手を狩り殺す事以外方法を知らないんだよ」
彼女の元から短刀が抜き放たれる音が確認できた。どうやら全ての気配を遮断できる訳では無いらしい。
肢体は無理でも武器が振るわれる音に耳を欹てれば、何とか躱す事は出来るだろうか・・・
「先程から聞いていれば 随分と自分勝手な事を言う輩だな! 刃を抜いたからには冗談でいられる範疇は越えた! その様な振る舞い 秩序を守る騎士団の この私が許すと思うか!」
騎士団長エルヴィラさんが彼女の前に立ちはだかるも、相手の心境に僅かながらも変化は生じない。それは眼中に無いと言った体でもあった。
大勢の居る前での抜刀は僕を試すと言いつつも、端からここに居る全員を相手取る前提の物言いであるかの様にその声は後方までよく響いた。
「是非もない! 先程も言った通り 私は人間ではないんだ お前達の言うところのモンスターに分類される存在だよ?
ここは洞穴 人間とモンスターが相対すれば何が起こる? その出会いが偶然か必然かなんざ関係ないんだよっ
後ろの坊や達も洞穴散歩に飽いていたのだろう? ほぅら 正真正銘のモンスターと剣を交えるチャンスだぞ? 日頃のお稽古が無駄じゃないか これで証明できるなぁ~」
クツクツ笑う女性の声はあからさまに生徒達を煽っていた。
その効果は抜群で多感なお年頃の為か、はたまた侮辱に対する耐性が低いのか「何だと!」「よくぞ言ったな!」等々。1対多数である事も相まって彼等も思い思いに抜刀し戦場のボルテージを上げてゆく。
それに気を良くした自称モンスターの感情がゆらいだ。
その瞬間エルヴィラさんが鞘から剣を抜く音と同時に鉄と鉄のぶつかる衝撃の音が甲高く周囲に響き渡る。次いで打撃音の後にその異様な感情は高く空を舞い元居た位置に音も無く着地した。
「くっ! 全員抜刀ー!!」
本来であるならエルヴィラさんと兵士達、そして護衛で来ている僕ら冒険者が、生徒達の盾とならなければならない場面だが、今の相手の速度からおそらく「逃げるのに邪魔なもの全てをかなぐり捨てても逃走は無理だろう」と言う判断をエルヴィラさんはこの一撃で下したようだ。
もはやこの場に居る全員で事に当たるしか現状を打開する手立てはなさそうだ。
今の状況を思い返してみても相手の速度に釣り合う筈の地を蹴る音を、やはり僕の耳で感知する事ができない。これに反応できたエルヴィラさんは流石と言うべきか。
「どうした? 今のでビビっちまったのかい? 良いんだよ? 急いでママの所に泣きに帰ってもさぁ」
「ふざけるな! このロダリオ・ウィンスター 貴族の名にかけ 貴様ごとき不逞の輩に臆する事など決してない!」
「あぁあぁ 知ってるよ 貴族ってあれだろぅ? 地位や名誉を親から継いだと言うだけで 然も当然の様に他者の上に君臨していると思ってる勘違い共
実力も伴わず 盲目の坊やに手も足も出なかったクセに 良くもまぁ何の臆面もなく お家の威光を笠に着て 一丁前に名乗れたもんだねぇ
私がお前のママなら恥ずかしくて お尻ペンペンしてるところだよ」
「おのれ女! 貴族への侮辱は不敬罪に相当する! これで正当に咎を受ける理由が出来たな! 皆の者 私に続け! この不届き者に正義の鉄槌を下すのだ!」
「お おう! 皆! ロダリオさんに続け!」
「我ら王立学園の者に軽口を叩いた事を後悔させてやる!」
それぞれ思い思いに口上を述べると、激昂した生徒達は女性を囲むように輪を形成する。しかし中には様子を見る為かもしくは向きではないのか、その輪に加わらず距離を取る生徒もちらほら窺えた。
「皆落ち着いて! 相手の手の内に乗っては駄目だ!」
「まてまてアネット 油の乗ったやんちゃ小僧を止めるのは無理だぜ それよりも残ってる生徒を兵士達に固めさせた方が良い 理由は分からないが 狙いはお前みたいだし 距離は放しておいた方が懸命だ」
「そうだね・・・・」
僕が狙いと言いながらどうして自分に剣を向けさせるのだろう。単純に戦闘狂なのだろうか。しかし人とは違うその感情からは判断がつかない。
「ファムエルさんも後ろの生徒達の方に!」
「あ あぁ そうだね そうさせてもらうよ 僕も運動は苦手だからね」
「兵士さん達も彼等の護衛に! エルヴィラさんとルミウスは前衛の生徒の援護を!」
「デュート! 後方でも油断はするなよ!? 一応聞くが剣は扱えるんだよな!?」
「じゅ 授業で習った事しかできないよ! 敵が来たらひたすら剣を振り回せばいいんだろ!?」
僕とルミウスが指示出しをしている最中にそれは鉄火場で起こっていた。
「いっつ!」
「くっ!」
「うわっ!」
「痛っ!」
「くっそがぁ!」
幾つもの小さな悲鳴が上がり生徒達の間で動揺が広がる。どうやらほんの僅かな間で複数の生徒が斬りつけられたらしい。
それでも根性で剣を振る生徒もいたが、その全てが空を切るだけに終わっていた。彼等の調子からいずれも致命傷ではないが伝わるが、しかしここで僕は容認し難い「音」を止めどなく耳にする事となる。
ポタポタ・・・ポタッ・・
それは彼等が激しく音をたてる度、即わち大きく動作をする度に地面に滴る液体の音で、更にその音はおおよそ1人から放たれるものとしては余りにも広範囲過ぎた。
「くっそ! 生徒が密集していて中に入れねぇ!」
「皆の者! 一端距離を置け! これでは敵の思う壺だぞ!」
事実、人が密集している中で本当に火の玉が飛んでるかの如く、その感情は宙を地面を縫う様に自在に動いている。
この時点で既に地力の差が窺い知れる訳だが、何故か生徒達は今なお立ち続けている。彼女の腕なら肢体を一刀の元両断するなど雑作もないだろうに・・・
言うまでもなく狩りを楽しんでいるのだろう。
生徒達はまだ致命傷こそ負っていないものの息遣いと動作からかなり疲弊している様子だ。冒険者で無い者の体力はこんなものなのだろうか? 僕でももう少しはある気がするが・・・
それともこれは疲労からくるものではないのでは? 斬られた時に何かされた? スキル?
相手は狩人──────
その時僕はある1人の少女の言葉を思い出した。
「皆! 急いで止血してっ!!」
─面白いのだと 血抜きのスキルなんかもあるんだよ?─
以前カルメンが話してくれた“狩人さん”のスキル。血抜きと聞いて後処理の為のスキルかと思い込んでいたが、動いている相手にも有効だったのか。
相手が自らのパートナーを“狩人さん”と言ったときにもっと思考を巡らせるべきだった。ここにきて無知が仇となってしまった訳だ。
「へぇ 気付いたのかい しかしこれで御膳立ては整った 知っての通り血抜きスキルは術者が解除するか 一定の距離を置くかしか解除の手立てが無い
どうだい? 後ろの連中も 今ならコイツらを見捨てて逃げたっていいんだよ?」
逃がす? その言葉とは裏腹に彼女の心はそうは言っていないように思う。狩る気満々なのに何故かそうなる事を期待している節がある。
思い出せ・・・ あの時カルメンは他にも何かを言った筈だ。
─狩人さんのスキルって 弓だけじゃなくナイフや罠とかもあるんだよねー ─
罠。
気配を殺し獲物を仕留める狩人がこうして衆目に姿を晒すのは、彼女の行動は既に完了しているからではないか?
実際に罠スキルまで使えるのかは分からないけど、獲物を嬲って喜ぶ彼女の性格から習得している可能性は大きい。
「駄目です! 道中 罠を張り巡らせている可能性が高い!」
「そうか! 単独で狩人を名乗るくせに 忍ばず安易に姿を見せるから腑に落ちなかったが・・・ 気を付けろよアネット 獲物を罠に追い立てて仕留める罠使いってのは残忍だって聞くぜ」
「察しが良いねぇ お前達は見た感じ冒険者ってやつだろ? 敵と思えば見境なしに突っ込んでくる なんちゃら貴族とは 実際戦いに身を投じている分 モノが違いそうだよ」
「何をぉ~・・・ 下賎な狩人風情が・・ その様な姑息な手段で戦いを汚すか・・・はぁはぁ・・」
「はっ! 戦いなんざ勝ってなんぼさね そこに礼節なんぞ不純物が入り込む余地なんて無いんだよ 勝者こそが本物の生を栄誉を紡いでいく資格があるのさ!
何て事無い 要は勝てば良いだけの話さね 坊やが勝てば私は下賎な狩人 私が勝てば坊やはオモチャを振り回す口だけお坊っちゃま・・・ 大なり小なり そうやって淘汰されてゆくのが 世の真実 ってものだよ」
「上等・・だ・・・」
たった1人の相手に為す術無く返り討ちにあった現実と、自身から流れ続ける血を目の当たりにして、大多数の生徒は戦意を喪失しゆっくりと後ずさっていた。
初陣だった生徒も居るだろうトラウマにならないと良いが、しかしお陰で人垣に隙間ができ僕達はなんとか敵の包囲網の輪に入り込む事ができた。
残った生徒の何人かは彼女の発言に反骨心を抱いたのか気骨のある者は強く剣を握り締めている。何が彼等を突き動かすのかは分からないが、事この相手を努めるには心強い。
「ルミウス 立ち回り次第で僕は皆の邪魔をしてしまうかもしれない この相手の気配は特別分かり辛い」
「なるほど 盲目のお前がどうやって相手の動きを把握してたのかって今まで疑問に思っていたが そう言う事か
だが後手にって事は 全く対処出来ないって訳じゃ無いんだよな?」
「たぶん・・・ やってみなきゃ分からないけど・・・」
僕にとって彼女との戦いは霧を相手取るのに等しい。ただ誰かが動けば霞も移ろう。
心がある以上相手の大まかな位置は分かるけど体の細かな動きはまでは分からない。つまり今回注視するべきは相手ではなく、味方の動きの気配から予測をたてる以外に無い。
初めての試みだが、それが出来なければこの窮地を脱することは不可能だろう。
「盲目さんも 今回ばかりはサポートをお願いね」
『わかった~』
周囲の状況を感覚を使って把握できるようになって以来、僕は“盲目さん”を頼るのを止めていた。
それは自身の向上の為でもあったが、頼りきりになるとやがてそれは依存となり、信頼関係に破綻を来すと思ったからだ。
頼るならここぞと言うとき。
きっと彼ならこの場に合った助力をしてくれるだろう。「あれをして」「これをして」ではなく、ただ任せる・・・と言うのも信頼の形の1つでもある筈だから。
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