54・洞穴探索「女子の部」
前回のあらすじ
男女で別れたグループで騎士爵家を名乗る男子生徒に絡まれた。
男子グループが洞穴に入ってしばらく時間を置いてから私達女子グループも初めてのダンジョンに足を踏み入れた。
入り口付近は話に聞いた通り冒険者達がひしめいて、彼等を狙った様々な出店が美味しそうな匂いを武器に冒険者達の鼻を刺激している。
ダンジョンと聞いて今までは「きつい」「汚い」「危険」と言うイメージを持っていたが、ここは活気ある町の一角と言っても通る様相だった。
もっとも汗まみれの冒険者の体臭は「きつく」土や泥更には血に塗れた体は拭いていないのか「汚く」ギラついた男共の下卑た視線が女生徒達の女の部分を臆面もなく凝視していて「危険」なのだが。
兎も角・・・
ここがアネットがいつも見ている景色の1つなのかと思うと、それらの事も遠巻きに見ている分には許容出来そうな気はした。
今回「手伝う」と言ったものの私の目的は過去と向き合う事。と言っても具体的にどうしたら良いのか決めてはいないのだけど・・・
しかしこうして実際に再会を果たしてみても特別何かの感情が湧いてくる感じも無さそう。うん。こんなものか・・・
結局ここには何をしに来たのか。
多分確認したかったからだと思う。
私達が友人として共に過ごしてきた時間は、結局のところ嘘に塗り固められた偽りの思い出。
この無言の距離感がそれを思い知らせてくれる。「もしかして・・・」などと言う淡い期待もあったけどもう充分。完全に払拭する事ができそうだから・・・
「辛気臭い顔をしてますわね 何か言いたい事があったから ここに居るのではなくて? あら・・・そう言えば 今は喋る事が叶わないのでしたわね?」
ナディラス・セルマレイ。
彼女は昔から飽きもせず私に絡んでくる子だった。しかし此方からどう接すれば良いのか苦慮していたところなので、今はそんな彼女の難儀な性格が有り難い。
〔言葉を話す事は出来ずとも 意思を伝える方法はあります 実益とは言葉以上に真実を雄弁に語るもの 私は今後の私に必要な手段を手にいれる為 この町にやって来たに過ぎません〕
本当は自暴自棄の私をお父様が勝手に連れてきただけだけど、事実を知らない様なのでここは静かな虚勢を張ってみる事にした。
そんな私達のやり取りを周りでチラチラ盗み見ていた生徒達は「え 今スペルを言ってなかったわよね」「何この魔法 こんな自在に・・」等々、思い思いに驚いている様なので私の言葉も全てが嘘ではない。
「それは何よりですわね 水魔法が得意な貴女の事ですから お家で目からポタポタ魔法を垂らしているのかと思っていましたわ」
〔ご心配には及びません 火魔法が得意な貴女の方こそ 私が居なくなって寂しさのあまり 髪の毛まで真っ白に燃え尽きていないかと憂慮しておりました〕
・・・と言う具合に、私達の関係は昔からこんな感じだった。いつからこうだったのかしら。最初から?
でも・・・
正面切って突っ掛かって来た子は結局彼女だけだったけど。
★
冗談じゃない!
折角追い出したのに何でまた現れるのよ! もしかしてミストリアに嫌がらせしてきた私に報復するつもり?
クソが! 後はナディラスを貶めれば私が一番になれるところまできたのに! 何であと一歩が上手くいかないのよ!
もしかして学園への復帰を考えているの? 何だか水で文字を浮かび上がらせてるし。それを手土産に返り咲く気かしら・・・
ダメよ! そんなの認めない!
そう・・・確認しなきゃ。
「ミ・・・ ミストリアさん お久し振りね きゅ 急に学園から居なくなってしまって 今まで何処に行ってらしたのかしら とても心配していたのよ?
わ 私もね ちょっと魔が差してしまっただけなのよ 貴女をないがしろにしたかった訳ではないわ ねぇ? 皆さん?」
「そ! そうよっ・・・です」
「わ わたっ 私も・・・」
〔・・・・・・・・・・・〕
「と ところでミストリアさんはこれからどうするつもりなのかしら・・・ 学園に その 戻ってこられるの?」
〔戻るか戻らないかと言われるなら 今のところ何も考えていないと言うのが正しいのかしら そう思うのもたぶん学園に未練が無いからでしょう〕
「それは貴族としての自覚が足らないのではなくて!? 貴女も公爵令嬢であるなら ご自身の経歴には箔を付けるものですわ!
人の上に立つ者とし 徒人には成せぬ功績を持って斯くあるべし
周囲に認められない者の後に 人は続かないものですわよ!?」
余計な事言うなよクソナデュラスが! 本人が腐ってるんだからほっときゃ良いだろ! ミストリアに執拗に突っ掛かるくせして今更良い子ちゃんぶってんじゃねーよ!
コイツの高圧的な上から目線が気に食わないんだ。コイツの言葉は人の努力を無駄にする。
熟せど熟せどコイツは否定しかしない。他人を認めないばかりか此方の痛い部分を的確にえぐってくる。自分が出来るのだから他人も出来て当然とでも思っているのか?
ま・・・こう言う性格だから他の生徒からも避けられてるのだし私にとっても都合が良いんだけどね。
〔そうですね まさしく貴女の言う通りだと思います 自分が認める人だからこそ側に寄り添いたいと思う・・・
私はそれに価する彼に出会えたからここに居るのです それは学園を含め今までの人生全てを秤に掛けても重い
傾いたこの天秤が揺らぐ事はもう無いでしょう そう言う事です〕
「面白くありませんわね」
「そ そうよね 学園だけが人生の全てではないんだもの ミストリアさんはきっと自分の居場所を見付けたのよ!」
一応ダメ押しで一言付け加えておこう。
〔まぁ 今さら学園に戻ったところで 私の席が無い事に変わりは無さそうですもの・・・ね?〕
ふん! そんな目を私に向けたところで学園に戻らない貴女なんかどうでもいいわ。後はナディラス1人に注力すれば良いだけなのだから。
★
ミストリア。彼女と初めてお会いしたのは学園の入学式当初の事。
幼い時分よりセルマレイ公爵令嬢として、人の上に立つに相応しい振る舞いと、素養を養うべく周囲の期待を胸に研鑽を重ねてきた。
折れず曲がらず堂々とそして優雅に前のみを向く、斯くある為にも人より常に抜きん出ていなくてはならない。
だからこそ自身の名と家名は他者に敬われる者として良き手本で在らねばならないのだ。
私の声が。言葉が。その一挙手一投足が。周りの視線を集め人を惹き寄せるはそんな努力の結晶であり、それを無視して良い者など存在してはならないのだ。
そう・・・ あれは入学式の当日。講堂での挨拶を終え自分のクラスに戻ってきた時の事。
周囲の生徒達が私の可憐な容姿と家名に釘付けとなっていた時。クラスの扉が開けられ1人の女性徒が教室に入ってきたのがたまたま目についた。
「ごきげんよう ですわ」
「こんにちわ」
軽い挨拶は交わしたものの彼女の素っ気ない返事と私に何の関心も示さないと言った態度が、妙に引っ掛かったのを今でも鮮明に覚えている。
その子の名前はミストリア。
聞けば私と同じ公爵令嬢であると言う。なるほど私と誼を結ぶのに相応しい家柄であるようね。
であるなら是非ともお近づきにと接してみるが、どうにも爵位に対する気構えや心構えと言ったものが乏しく、考え方も私と相容れない事に気が付いた。
彼女は何と言うか・・・分かりやすく言うなら自由奔放。
自分の好きな事にはのめり込むくせに、それ以外は「どうでも良い」と言う嫌いがあるのか、その中には私も含まれているようで淡白な応対が鼻についた。
その頃からかしら「絶対に振り向かせてやる」と彼女を意識し始めたのは。
もっとも当時の私は虚勢を張るただの女児だったけど、彼女はその当時から“水魔法さん”を連れていたし、唯一心からの笑顔を見たのは魔法に接する時だけだった気がする。
悔しかったのでその日の内に親にせがんで魔法適正検査を受けたっけ。
「どう? ミストリアさん私のスキルさんは 貴女が水なら私は炎だわ」
「そうなんだ」
まぁ予想していた反応だけどこれで条件は五分と五分。今度こそ振り向かせてあげるわ。
私の情熱に火が灯る。何故炎に親和性があったのか分かった気がした。決して嫉妬の炎ではないと明言しておこう。
そんな事もあってか魔法と言う事象もあって私達はそこそこ会話をする間柄になった。
でも・・・
人の心とは分からないもの。
他人の誹謗中傷など己の信念で燃やしてしまえばよいものを、彼女は存外得意の水の魔法と同じく流されやすく、そして透き通っているからこそ汚されやすかったのかもしれない。
彼女は私の前から姿を消した。
その時から私の心は下火になった。
それがこんな田舎に引き篭もっていたなんて! 健在なら手紙の1つでも寄越して然るべきですわ! まったく!
それにしても本当に楽しませてくれる。有象無象のクズ共に言葉を奪われてもスペルを口ずさむ事無く、克つ繊細な魔法の妙技を会得しているだなんて。
何が彼女をそうさせたのか興味が尽きないけど、魔法と言うスキルでハンデを乗り越えた彼女に、消えていた私の中の対抗意識が一気に熱を帯びた。
「それは何よりですわね 水魔法が得意な貴女の事ですから お家で目からポタポタ魔法を垂らしているのかと思っていましたわ」
普通に返答を返すのにもドキドキする。それを悟られまいと平静を装う事で手一杯だったけど「ミストリアさんは学園に戻ってくるのか?」と聞いた女生徒に対し〔何も考えてない 未練もない〕と返した彼女の言葉には腹が立った。
でも思い返せば彼女はそう言う人間だ。好きな事にしか興味を示さない。
だったら〔私はそれに価する彼に出会えたからここに居る〕彼って誰よ!
彼女にとっての彼がどう言う存在かは知らないけれど、その人が居るこの環境が彼女の背中を押したのなら、彼女の居場所は学園ではなくなってしまったのかもしれない。
互いに影響し合える相手が私でなかったのは残念だけど、前向きに生きていると言うのなら今はそれで良しとしよう。
「面白くありませんわね」
これからも張り合いの無い学園生活を過ごさなければならないのだから本当に面白くない。ここで文句の1つを言ったところで罰は当たらない筈。
スタスタと洞穴を歩く彼女の背中は心なしか軽快に感じた。まったく人の気も知らずに。
でも・・・まぁ良いでしょう。貴女は私の前を歩いてこそなのだわ。その背中が私の闘志に火を付けるのですもの。
「ところで・・・・ 先程から私達の後にへばりついているのは 何処のどちら様ですの?」
私は視線を隊列の最後尾奥に向けた。私の声につられて生徒達は後方を見やるが、同時に「きゃぁぁ!」と言う悲鳴が通路に木霊した。
「へぇー 人間なのにオレに気付いたのか アンタやるなぁ」
女生徒の悲鳴それは当然の事。そこに居たのは二足で立つ顔は獣で尻尾が生えている。人の言葉を話す人間より一回りは大きな体躯のモンスターなのだから。
「私 こと熱には敏感ですの」
こんなモンスターなど居るものなのか? 学園の授業でも噂でも聞いた事が無い。
「ちょっと! 冒険者の方! あれは何なのですか!?」
「えー! あのモンスター喋ってるよ!? 本物? 獣の皮被った人とかじゃない?」
「いやリッタ 見た感じ本物っぽいが・・・」
「気を抜かないで! 前衛は盾持ちの私が努めるわ!」
先行していた年齢的に大丈夫なの? と思っていた冒険者の3人は、悲鳴に反応してからの行動は速かった。
生徒達の列を縫って最後尾まで駆けると、どうして良いのか固まっている生徒達とは違い躊躇う事無く武器を構えた。それにつられる様にして護衛の兵士達も腰の剣を抜刀する。
しかし現役の冒険者のこの反応。もしかするとあってはならない非常事態に直面してしまったのかもしれない。
「本物かどうか? それは関係ありません 問題は敵か否か ですわ!」
「へへ まぁ・・な 案外嬢ちゃんがあの方の探しているヤツなのかもしれねぇな だが目も見えて 耳も聞こえて 口もきけるとなると・・・ やっぱ違うか
って事はこっちはハズレか? もしかしたら もう片っ方の集団の方に居るのかねぇ」
言葉尻から誰かを探しているようだけど、相手が敵であるなら理由など倒した後に訊けば良いだけの話。
どうやら学園で培ってきた全てを披露する日が来たみたいですわね。




