5・マルティナの決意
あらすじ
ディゼルに絡まれたよ。
アネットとは従姉弟と言う事もあるけれど、元々家も近かった事もあって小さい頃からよく一緒に遊んでた。年下で小さくて私の後をついてまわる可愛い子だった。
私は可愛いものが好きだ。母には「スキルさんにはあまり近付いちゃ駄目よ」と言われたけど、ちっちゃくて丸くてフワフワしてコロコロしているスキルさんを撫でると、それだけで幸せな気持ちになれる。
そんなアネットは私の側にいない時は他の子と遊んでるみたいで、たまにケンカでもするのか泣いて帰ってくる時がある。この年頃の子供は「ワンワン」大声を出して泣きじゃくるものだけど、この子は小さく静かにか細く「すんすん」泣く。
こんな可愛い子を苛めるとか信じられない。私はあやすように抱き締めるのだけど、胸の中で泣く彼がまるで私を求めてるようで愛おしくてたまらない。同時に「この子は私が守らなきゃ!」と言う使命感で心の中は満たされた。
そしてアネットが泣いて帰る理由が判明する。
ディゼルとか言うちょっと年上の大柄な男の子が原因だった。そいつの事は近所でも噂になっていた。いわゆる悪童と言うヤツだ。どうも町長の家の子と言う理由で威張り散らしているらしい。
だからコイツがアネットを苛める現場に突撃して直接理由を訊いた事がある。
「どうしてアネットを苛めるのよ!」
「ああ? コイツが弱いくせに冒険者になるとか言ってるからだよ!」
それを聞いて「え!?」ってなったけど、大事なのはそこじゃない。何でこんな可愛い子に寄って集って酷い事が出来るのかって事。男の子って皆こうなの? アネットが意地悪な彼等の様にならないように私がしっかり育てなきゃ!
そうは言っても家は母子家庭でまだ赤ん坊のソフィリアもいる。アネットばかりに構ってはいられない。だから「ディゼルとは遊んじゃダメ!」って言っても冒険者ごっこに明け暮れる始末だ。
そんなある日、アネットが私の家で一緒に暮らす事になった。その理由は彼が“盲目さん”に魅入られたからだと言う。彼の両親はどうしたんだろう・・・
アネットは変わってしまった。
苛められて泣く事もあったけど、よく笑って優しい子だった。でも今はあてがわれた部屋で泣きはらす毎日だ。ベットでうずくまる彼の背中を擦っても笑みがこぼれる事はない。
『アネット 元気出して~』
「アンタのせいでしょっ!」そう怒鳴り付けたかったけど、何だか彼を全否定してしまうような気がして怒鳴れなかった。それに私が感情を剥き出しにして怒っていてはアネットも落ち着けないだろうし、スキルさんに当たり散らしてはディゼルと変わらない。
だからこの耐え難い感情はグッと我慢する事で「全てはアネットの為」と誤魔化す事にした。
それから数日経ってアネットも心の整理がついたのか、自分で起き上がるようになった。食事も少量だけど口に含んで言葉も話すまでに回復を見せた。
でもそこからが大変だった。目が見えない事がこんなにも私生活に影響を与えるとは思わなかった。まず真っ直ぐ歩けない。本人はちゃんと歩いているつもりだろうけど何故だか次第に曲がっていく。
物の位置がわからない。部屋の構造もそうだけど、テーブルに置かれたスープに指を突っ込む事もあった。それからトイレ・・・まぁ・・うん。大変だった。
家に来た頃は塞ぎこんでいたけれど最近はとても頑張っている。だから何でそんなに頑張れるのかを聞いてみたんだけど・・・
「僕は冒険者になりたいんだ」
唖然とした。
自分の置かれた状況を分かってるの? 家の中を歩くのだって危ないのよ? 普段の生活だって儘ならないのに、危険極まりない冒険者になりたいだなんて本気で言ってるの?
でも何故か分かってしまう。アネットは本気なんだって・・・
私は怒った。この時ばかりは声を荒らげて叱りつけた。結構酷い事も言った気がする。それでも彼は頑なに諦めなかった。
矛盾してるのかな。その思いがあるからアネットは立ち直れたのに。何だろうこのモヤモヤ・・・
それから数年。
彼の日々の努力が実を結び、今では普通に歩く事ができるようになっていた。家の中も家の外も・・・これは奇跡だと思う。多少危なっかしいところもあるけれど、健常者と言っても差し支えな程には歩けている。これなら安心ね。
そう・・・安心してしまった。
「え ちょ・・仕事? 仕事って? アネットが?」
「うん 薪割りの仕事をさせてくれるって」
ちょっと目を離した隙に大変な事になっていた。目が見えないのに仕事だなんて想像できる筈ないじゃない!
その仕事場と言うのはコドリン洞穴の手前にある雑木林の中。家からはちょっと距離もあるし道中には荒くれ冒険者もいる。そんなのに触れようものならアネットなんか簡単に弾き飛ばされてしまう。危険だわ!
だから見守らなくちゃ。家の手伝いもあるけれど、家族としてお姉ちゃんとして彼が無事に仕事場まで行けるのか、コッソリ付いていってあげないと。
そんなアネットのハラハラ私生活が軌道に乗りかけたある日、帰りが遅い事に気が付いた私は彼の働いてる薪割り場まで行こうと家を出た。大通りまで出たところでフラフラと歩くアネットを見付けたのは本当に偶然だった。
「アネット? ちょっと・・・大丈夫?」
怪我をしていた。本人は「転んだだけ」と言い張ってるけど絶対に違う。どうしたらこんな怪我を負うのか想像できてしまった。これはもう子供のする怪我の範疇を超えている。
「ディゼル? ディゼルねっ ディゼルにやられたんでしょっ!」
「違うよっ 違うんだっ ほんと ちょっと転んだだけだからっ・・・」
それは嘘だと分かってる。でも本当の事を言ってくれないのは辛い。私に心配掛けない為? 私じゃ頼りにならない? 何か悲しいよ・・・
その日から仕事が遅くなる日が度々あった。事前に「今日は遅くなる」って言われてもその日に限ってクタクタになって帰ってくる。これ絶対仕事のせいじゃない。まさかこの歳でごっこ遊び・・・?
何にせよ真相を確かめねば。
私は仕事終わりのアネットの後をコッソリ付けてみる事にした。でも薪割り場から帰るにしては遅い時間じゃない。寄り道でもするのかしら。大通りを歩くアネットは自宅のある小道を過ぎて、とある大きな建物に入っていく。
「え・・・ちょっと! ここって」
冒険者ギルド。
あろう事かアネットは冒険者ギルドに入っていってしまった。何で? いや分かってる。昔から「冒険者になりたい」って言ってたし・・・勘弁してよ。
ちょっと怖いけど中にはアネットがいるんだ。外ですくんでても始まらない。私は意を決して敵地に乗り込んだ。
入ってすぐの所は大きなホールのようになっていた。周囲にはテーブルや椅子が乱雑に置かれている。減点ね。こんな環境アネットには良くないわ。それだけじゃない。ガラの悪そうな筋骨粒々の筋肉があちこちで進路を塞いでいる。
最悪だわ。ここはトラブルの宝庫じゃない! こんな場所に踏み込んだらアネットなんか簡単に押し潰されちゃう! 私は必死になってアネットを探した。
すると見覚えのある後ろ姿の少年が、大人の女性に手を引かれて建物の奥に・・・
「は? え? アネッ ト?」
気が付いたら後を追っていた。心臓がバクバク言っている。絶対に逃したらダメだ。逃したら大変な事になる! それしか考えられない頭でアネット探した。
建物内を更に奥へ行くと外に出た。そこに広がっていたのは通りの景色ではなく円形の広い空間だった。そこでは数人が武器を手に戦いを繰り広げている。アネットの姿はそんな彼等の中にあった。
「ちょっと何やってるの! 帰りが遅いて この事だったの!?」
「マルティナ? どうしてここに・・・」
「そんなの後をつけてきたからに決まってるじゃない! さっ とっとと帰るわよ!」
「でも僕はここでやる事が・・・・」
「いいから来なさい!」
「おいおい 痴話喧嘩か~?」
私がアネットを連れ帰ろうとすると、側にいた冒険者風の男が茶々を入れてきた。これだから素行の悪い冒険者はっ!
「彼は家族です! あなたこそ何なんですか! アネットに何しようとしてたんですか!」
「何ってそりゃぁ 剣の稽古だが?」
「アネットは目が見えないんです! そんな危険なこと出来る訳ないでしょ!?」
「そんな事は無いぜ? 他の連中には無い 中々面白いもん持ってると思うがなぁ」
面白い? 目の見えない彼と剣で打ち合って面白いって言うの!? これじゃいじめっ子のディゼルと変わらないじゃない!
「目の不自由な人をなぶって面白がるなんて最低! やっぱり冒険者なんて碌なものじゃないわ!」
「いやぁ・・・そう言う面白いじゃないんだが・・・」
「マルティナ待って・・これは僕が望んでしている事なんだ 僕はこんなだけど それでも冒険者の道は諦められないから・・・」
アネットの意思が私の引く手を拒絶する。分からない・・・そこまでして冒険者になりたいの? 何なのよ、冒険者って。
私はアネットを困らせたい訳じゃない。心を折りたい訳じゃない。いくら言葉を重ねても諦めてくれないなら私が妥協するしかないじゃない。
結局アネットに無茶をさせない事。怪我を負わせない事を条件に私は渋々折れた。昔は私の後をついてくる可愛い子だったのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。
今日も私のする事は変わらない。時間の許す日には彼の後を追って無事に仕事場まで行けるか見守ってあげる。でもこの日はいつもの大通りではなく、一本裏手にある裏路地へと入っていった。
でも今日だけは裏路地に行くべきではなかった。私がアネットの後を追うとそこにはあのディゼルが不良仲間数人と行く手を阻むように立ち塞がっていた。
どうしよう。私がアネットの手を引いて逃げるべきよね。でもそれじゃ何も解決しない。問題があるなら根本的な部分を取り除かなきゃ。
私はアネットを残して1人立ち去る事に胸を痛めながら大通りに戻り兵士の人を探した。
「何よっ! いないじゃないっ!」
普段なら何気なくそこら辺歩いてるのに必要な時いない。どうなってるのよ! それでもめげずに兵士を探す。こうして駆けずり回ってる間も酷い目にあわされてるとと思うと気が気じゃない。
何もできない自分が悔しくて怖くて自然と涙が出てきた。
やっとの思いで兵士を見付けると急いで彼の元へと駆ける。私の目に写ったのは男達数人で押さえ付けられたアネットと、アネットに剣を向けて斬りかかろうとしているディゼルだった。
「おい!! お前たち何をやっている!!」
兵士達に気付いた男達がアネットから離れた瞬間、私は彼の手を引いて薪割り場の近くまで必死に走った。怖くてバクバク言ってた心臓はまだ治まらない。あとほんの数秒遅ければアネットは大怪我してたに違いない。
そう思った瞬間私の頭の中に血を流して地面に倒れて、ピクリともしないアネットの姿が脳裏を過った。
「どうして・・・どうしてよ どうしてアネットばっかりこんな・・・ もう少しで取り返しのつかない傷を負うところだったんだからっ! うぅうぅぅ~・・・」
「マルティナ・・・ごめんね」
「アネットが アネットが 謝る 事じゃないじゃないっ・・・」
普通の人とどこか違うから虐められるの? それとも体が小さいから? 弱そうだから? 自分とは別の生き物にでも見えるの? そんな相手が反発するのが許せない?
「私が・・・守らなきゃ・・・」
「わっ・・・」
私はアネットを抱き締めた。私の心臓もバクバクだけど、彼の心臓もバクバクしてる。何も違わない。アネット普通の男の子だ。
そのまま仕事場まで彼を送って私は走って家まで帰った。心臓の鼓動がまだ治まらない。でもこれは走ってるからじゃない。もっと別のバクバクだ。
家の扉を開け母の元に向かう。
「お母さん! 私 決めたわ!」